「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「ハムレットのふたり」終わりにしたい。



コンビニでおにぎり2個とジョージア・ブラックを買う。

プリウスに戻る。
見える空は曇天。・・・少し寒い。

電源スイッチを押して暖房を入れた。
エンジンが唸る。
テレビをつけた。

線路上で立ち往生している新幹線の映像・・・まだ復旧の見通しが立たない・・・新幹線史上初めてのことだという・・・
あまりにも被災地が広すぎる。
各地で鉄道が寸断されていた。
各地で道路が寸断されてる。

おにぎりをパクつく。

「15分後くらいに声聞きたい」

亜貴にメールを打った。
すぐに「大丈夫だよ」と返事が来た。

ピグで出会い、気がつけば恋に落ちていた。

・・・・しかし既婚者だ。
会うわけにはいかない。
会ってはならない。

そう自分を戒めていた。
・・・・たぶん亜貴の方が戒めは強かったと思う。

そんなときに「震災」が起きた。

日々、命の危険を感じた。
周りに「死」が溢れていた。

人生の・・・人間の命の儚さに気づかされてしまった。

そして、「震災」によって強制的に会えない時間ができてしまった。引き裂かれてしまった。
・・・お互いに、どれだけお互いを必要としているかを確認させられてしまった。

思ったのは、ひたすらの後悔だった。
亜貴がピグから消えて人生最大の後悔をしていた。

「好きだ」

「愛してる」

気持ちを伝えなかったことの後悔。
・・・・そして会わなかったことの後悔。

それは亜貴も同じだったんだと思う。

人生は短い・・・そして儚い。
今日の延長線上に、当たり前として明日が来るわけじゃない。それを嫌というほど気づかされた。

・・・時間は戻らない。

取り返しのつかない後悔をしていた。もう会えない・・・もう諦めるしかない・・・そう思っていたところで再会した。・・・それは、人生の時間を引き戻したのと同じだった。
後悔した人生の分岐点、分かれ道に人生の時間が戻されたのと同じだった。

亜貴に電話する。


「ひとり?大丈夫?」

「うん、友達と買い物に行くって・・・・」


時間があれば電話していた。
5ケ月間、毎日ピグで話していたのと同じように、時間があれば声を聞いた。


「亜貴・・・会いたい・・・」

「うん・・カズくん・・会いたい・・・」


日々は日常に戻っていった・・・・いや「震災」の被害拡大が終わったといったところ。まだまだ復旧作業まで手が回らない。
それでも、亜貴は自宅に戻っていた。

東京では計画停電が実地され、ガソリンも計画給油のようなカタチになっていた。
満タンにはできず、行きつけのガソリンスタンドからは「ガソリン入荷日」のお知らせメールが届くようになっていた。

さすがに東京は首都であって、また大きな建物の崩壊とかがなかったため、生活は復旧軌道に乗り始めていた。
スーパーでも物が並んできていた。


「でも・・・会ってもいいのかな・・・・」


亜貴が逡巡している。


「だって会いたいもん!」


と、ボクが笑って言った。亜貴も笑った。


お互い既婚者だから会わない。
お互い、永遠の「純愛」として心に秘して生きていく。

それなら、いつまでも未練だけを残すことになる。


ボクにとって亜貴は完璧な女性だった。
亜貴の家事能力の高さ。・・・別にそこを好きになったわけじゃないけれど・・・なんというか、人間としての丁寧さのようなもの・・・物事を雑にはしない・・・そんな性格の象徴が家事能力の高さに感じた。
そして、最大なのは、話していての「相性」の良さだった・・・・

しかし、そこに「美化」が入っているのは間違いない。
会っていないからこそ、脳内で作り上げた亜貴に恋してる部分があるに違いない。

ボクは、会った方が「美化」が消されて終われるんじゃないかと思っていた。


・・・そう・・・「終われる」と思っていたんだ。


「恋愛」は奇跡の積み重ねだ。

片思いは簡単にできる。
しかし相思相愛になるなんて、まずはない。奇跡の出来事だ。

自分の好きな人が自分のことを好きになってくれる。
・・・・こんなのは奇跡以外の何ものでもない。

・・・・今は会っていない。

確かにピグでは相性が良かった・・・・ボクは「愛してる」までになってしまった。
亜貴にしろボクのことを「好き」にまではなってくれてるんだと思う。
毎日電話をするようになっても気持ちは変わらない。

しかし、会ったらどうなんだろう・・・・
それでも一緒にいるんだろうか・・・


リアルの恋愛だって、「好き」になり、「告白」して、奇跡的に「交際」できたとしても

「何かちがう・・・」

そんな感じで間違いだったと気づくことはよくある。


「だからさ、会ったら、意外と「こんなヒトじゃなかった・・・」って化けの皮が剥がれる・・・「美化」が、あっさり消えると思うよ・・・そのためにも会った方がいいんだってば」


笑いながら、ことさら茶化した言い方で話す。


「そだね、カズくん、私のこと相当「美化」してるもんね」


亜貴も同じだ。
笑って話すしかない。
真面目に考えれば・・・真面目に考えれば・・・一歩も前に進めなくなる。


「いや・・・そうじゃなくて・・・ボクの気持ちは何があっても変わらないけどさ・・・亜貴は「あ・・・なんか違う、ゴメンなさい・・・」って言いだすと思う・・・・そして、それでいいと思うんだ。
お互い「美化」して胸にしまったまま終わりにする方が、この後の人生に良くないと思う」


笑いながら、笑顔を浮かべながら明るく話す。
深刻になるのが怖かった。


「カズくん、ごめん、帰ってきた・・・」


電話を切った。

学校は臨時休校になっていた。
家には娘さんがいた。
学校が休校の間は会うってわけにはいかないよな・・・


お互いがお互いを「美化」しているのは感じていた。
このまま失ってしまうことを恐怖と感じてしまうほどの「美化」をしている。
だから、それを打ち砕くためにも会うべきだと思った。

・・・・そうすれば「美化」がなくなる・・・失ってもいい相手になる。
麻疹で終わる。次に進める。前を向くことができる。・・・このままでは、時が止まってしまう・・・「脳内の純愛」を抱いたまま、人生のこの場所にウジウジと立ち尽くしてしまう・・・


会っていいのか・・・?
会ってしまって・・・後悔することにならないのか・・・・?


人間は「後悔する生き物」だ。
右へ行っても、左へ行っても、行った先々で後悔をする。
右へ行けば左が良かったと、左へ行けば右へ進めばもっと明るい未来があったんじゃないかと後悔する。
同じ後悔をするのであれば、立ち止まらずに後悔をしたい。
ウジウジと立ち尽くして後悔し続けるのではなく、先に進んで後悔をして・・・そして「思い出」としてしまいたい・・・
立ち竦んでいては「思い出」にすることができない。


・・・そもそも、そんなに簡単に恋愛なんて上手くいくはずがないじゃないか。
運命の人なんて、そんな簡単に出会えるはずがないじゃないか。

だから会って確認すればいい。


「あ、やっぱり違った」


笑って・・・普通の失恋として終われる。

大人だからこそできる決断だ。・・・それでいいんだ。



仕事部屋。PCに向かっていた。
図面を描いている。
窓から真っ暗な公園が見える。
静かだ・・・
震災以降、街から電気が消えた。出歩く人も少ない・・・地面は絶えず揺れた。
街から喧騒が消えた。夜は静かだった。


亜貴に会いたかった。

・・・しかし、ボクが会いたかったのは、早く終わりにしたかったからだ。
・・・一刻も早くこの苦しみから逃れたかった・・・

ボクたちは会っていない。
ピグで出会って、そして電話するようになっただけだ。

・・・・そうなんだ・・・
「容姿」を確認していない。

・・・でも・・・
「容姿」を確認しないで、ここまで「好き」になったんだ。
だから、魂の「ソウルメイト」なんだよ。


嘘だ!そんなのは綺麗ごとだ!!


亜貴の旦那さんは、高身長でスポーツマン。大学卒で高収入。
そして男としても・・・長男でありながら嫁と姑の仲が上手くいかないと判断するや否や、実家を飛び出し、自分の家を建て、愛する女である亜貴を守った。・・・そんな尊敬に値する人物だ。・・・・とても太刀打ちできる相手じゃない。

ボクは、高卒でチビで、騙されて借金3億円を背負わされた大バカ野郎だ。

人間の「好きな服」と「似合う服」は違う。

亜貴に似合う服はボクじゃない・・・
・・・・そして、亜貴の好きな服もボクじゃない・・・

ボクがどれだけ亜貴のことが好きでも、亜貴にボクは似合わない。・・・・釣り合いが取れない。

亜貴も、旦那さんも、学校では中心となるような人物、生徒だったんだと思う。

・・・ボクは・・・学校生活では、常に「その他大勢」だった。・・・・いや「その他大勢」の外にいるような生徒だった。
勉強では「下の中」といったところ。スポーツでも同じだった。
「中の中」が「その他大勢」だとしたら「下の中」はそこにも入れない。
「下の下」には、また別のアイデンティティのようなものがある。・・・・誰かの記憶に残る存在だろう。・・・・だけどボクは、そこにも入れない。


・・・・まったく、透明人間のような学校生活だった。


どれだけ好きでも、似合わない服は着れない。
そんなものを纏ってしまえば喜劇にしかならない。

どれだけ亜貴が好きでも・・・・愛していても、亜貴に好かれる要因がない。
人間としてのスペックだけで100%フラれる自信があった。
そこに、さらに「容姿」という条件が入ったら間違いなくフラれる。

・・・会わなければ・・・亜貴を最愛のヒトとして「純愛」として・・・まるで会えば成就したんだとばかりに、胸に抱き、この後の人生を送っていくことになる。

会わなかったことを後悔し、会えば違う人生が開けたんだとばかりに今の自分を嘆くに違いない。・・・それは自分を甘やかすことだ。

・・・自分を甘やかさないために、身の程を知らしめるために、さっさと会って、失恋して終わりにすればいい。
生々しい人間関係・・・・脳内で作り上げた理想の「純愛」ではなく、生々しい人間関係として「失恋」してしまい、さっさと思い出にしてしまいたい。終わりにしてしまいたい・・・


失恋は失恋として思い出として残る。


しかし、会わなければ失恋のしようもない。
永遠に「純愛」として心に残してしまうことになる。秘してしまうことになる。


・・・・・だから会いたい。


会わない時間が長ければ長いほど想いは大きくなる。美化が激しくなる。
・・・・そして失恋のショックが大きくなる。・・・だから、なるべく早く会いたい。

ボクは、フラれるために亜貴に会いたかったんだ。
会えば必ずフラれる。


「カズくん・・・なんか違う・・・ごめんなさい・・・」


亜貴は、そんな風に言うはずなんだ。


図面が描き終わった。PCの時間は23時を過ぎていた。
PCを落とす。電気を消して部屋を出た。

寝室の扉を開けた。

お嫁さんが眠っている。
震災から病状は悪化。
今では、ほとんどの時間を寝て過ごしていた。


・・・ボクは・・・ボクは・・・亜貴に、早くフラれて、「思い出」にして、ボクは お嫁さんの元に戻りたかったんだ。
こんなボクを愛してくれた、お嫁さんの元に。
・・・・そうじゃないと、お嫁さんに悪いじゃないか・・・

このまま亜貴への想いを一生胸に抱きながら、どんな顔をして、お嫁さんと夫婦をやっていくんだ。
そんな申し訳ないことはできない。


騙されて3億円を超える借金を背負った。
30代で人生が詰んだ。
そんなボクに人生の「幸福」をくれたのは、お嫁さんだ。
ボクにとってかけがえのない天使なんだ。

・・・・その天使は、今、病床に伏せている。
こんな時に何をやってるんだと思う。

人間としてどうなんだよ?
お前は、それでも人間なのか?
たかだか人間の分際で、神の使いである天使を愚弄するのか・・・・?

そんな神の声・・・心の声に苛まれた。

・・・だから、戻りたいんだ。

情けないけれど、亜貴にフラれて、終わりにして、思い出にして、お嫁さんに戻りたいんだ。
・・・人生ってこんなことも起こるんだなぁ・・・と、亜貴との思い出を、密かに「心の宝箱」にしまって穏やかな生活を過ごしたいんだ。

心に亜貴を抱いたまま、お嫁さんには戻れない。

・・・・苦しかった。
亜貴への想いが苦しかった。
亜貴と毎日毎日、電話するたび、あの魅力的な声を聞く度・・・・そして、亜貴の好意を感じる度に苦しかった。
「高嶺の華」への恋心が苦しかった。


リビングへ。ソファに座った。
・・・・テーブルの上には国民健康保険、国民年金、住民税の督促状が乗っていた・・・

亜貴とは住む世界が違った。
悔しいけれど、人間の世界にはヒエラルキーが存在する。
高嶺を見ると苦しくなる。自分の惨めさを思い知らされる。
「足るを知れ」「叶わぬ夢は見るな」・・・・必ず大きな疵を負う・・・


・・・・そして、お嫁さんへの罪悪感で苦しかった。
・・・もう押し潰されそうだった。

・・・・もう、さっさと「失恋」してしまいたかった。
さっさと終わりにしよう・・・・



4階建てのビルの屋上にいた。・・・既存顧客だ。
小雨が降っている。
震災以降、建物の「雨漏り」が増えた。
一見、何の問題もない建物でも、地震の揺れによってクラックが入り、雨漏りを起こしていた。このビルも最上階、会議室の天井に雨漏りが起こっていた。
詳細は専門業者を入れてみないとわからない・・・・下準備として確認を行っていた。
かなり防水が破損している・・・

突然の落雷。そしてスコール。

雨はまだいいとして、落雷は危険だ。中に入った。
1階まで降りる。

缶珈琲を買って車に戻った。

タオルで髪を拭く・・・寒い。
プリウスの電源を入れて暖房を入れる。

テレビをつける。

「声が聞きたい」

亜貴にメールした。すぐに返事がきた。

亜貴に電話する。
テレビでは新幹線の映像・・・
フロントガラスを叩く雨が凄い。・・・すぐ前も見えない。

「え?雨なの?こっちはいい天気だよ」

耳元に亜貴の声が響く・・・少し鼻にかかった声・・・どうして、こんなに魅力的なんだ・・・・携帯を屋根に向ける・・・屋根を叩く雨の音を聞かせる。

「ホントだ・・・すごい雨なんだ・・・」

高速道路の映像が流れている・・・
東北自動車道の閉鎖は解かれていた。
東北の高速道路はほぼ完全に再開された。
民主党政権は、高速道路の無料開放の措置をとると宣言していた。


「ひとりなの?」

「図書館へ行くって・・・・もう学校の再開も決まったの・・・」


・・・・亜貴への道路が繋がっている。
学校も再開される。

窓の外。激しい光。・・・そして大きな落雷の音。
受話器から亜貴の怖がる声・・・小さな悲鳴が聞こえた。・・・それすらも魅力的だ。


「亜貴・・・会いたい・・・行くからね・・・亜貴に会いに行く」

「うん・・・カズくん、会いたい・・・来て・・・」


ふたりで会うことを決めた。亜貴に会いに行く。
東北へ。宮城県に行くと決めた。


もう会わずにはいられなかった。
「震災」で、お互いを失う恐怖が染みついてしまった。
このままお互いを失うことはできない。


・・・・ボクはフラれるために東北に行く。亜貴に会いに行く。
ボクは、早く終わりにしてしまいたいと思っていたんだ・・・・


・・・・しかし、しかし・・・もし、会って・・・・会って「本物」だったらどうするんだろう・・・亜貴が「運命の人」だったらどうするんだろう・・・


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