「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「繋がる術を探す」ピグに紛れる。



フロントガラスから上空を旋回する飛行機が見えた。・・・着陸待ちなんだろう。
日差しが強い。
飛行機の翼が銀色に光る。

首都高速。羽田空港トンネルを走る。


亜貴の旦那にバレた。


それでも日常は回っていく。
何があっても、日々の仕事は回っていく。

顧客からの帰り道だ。

灰色に騒つく心とは裏腹に、明るい日差しが入ってきていた。



携帯を変えた・・・・番号から変えてしまった。

あの1日は大変だった。


日常。基本的には、全ての連絡を携帯で行っているわけで・・・・

何ら、予告の通達を行わずに番号を変えてしまった。


すぐに必要な関係先に電話番号の変更を知らせた。


「ちょっと、クレーマー客に張り付かれまして・・・・」


そんな言い訳にも誰も詮索はしない。誰も興味を持つこともない。

・・・・ただただ、めんどーな話なだけだった。


連絡すべき相手は膨大な数になる。

前の携帯の電話帳を見ながら、重要先に連絡をしていった。


・・・とりあえずこんなところか・・・後は追々通知していくか・・・


今の時代は「メール」もある。

メールアドレスさえ変更がなければ、意外と・・・思ったほど仕事には影響がないのかもしれない。・・・・まぁ、「ひとり自営業」だしな。

顔の見える範囲でしか仕事はしていない。
大した仕事をしているわけでもない。


それでも、作業は1日がかりになってしまった。

ただただ、面倒な、徒労感に苛まれた1日だった。



「不倫の代償を払った」



・・・・それでも、本番はこれからだろう。


旦那から近いうちに書面が送られてくるはずだ。

亜貴との証拠を押さえた。
ついては慰謝料を請求する。


それはかまわない。
逃げも隠れもしない。


「くれてやる。引き取る覚悟はできてるんだろうな」


上等だ。アンタから亜貴を奪ってやる。

・・・ボクは・・・・「不倫」がしたいわけじゃない。
「不倫」を楽しんでいるわけじゃない。



「東日本大震災」


・・・・あの時、亜貴の無事を確認したかった。
亜貴が無事に生きているのか、それだけを知りたかった。

自分の大事な人が・・・大切な人が・・・家族が・・・友人が・・・恋人が震災に巻き込まれている・・・安否を知りたい。
助けになりたい・・・ただ、その一存だった・・・

「恋」をした大事な人。
「愛してる」とすら思った大切な人。

・・・・だから自らの命を賭して会いに行った。
できることはあるのかと・・・ただただ助けに行くという気持ちだけだった。
そこに「邪な気持ち」はなかった。


・・・・もちろん、「愛している」

しかし、まずは安否だった。
彼女の無事だった。

怪我・・・生活は大丈夫なのか・・・・


邪な気持ち・・・その程度の考えで会いに行ける状況じゃなかった。
道路は寸断され、地面は絶えず揺れていた。時は震災の真っ只中だ。終息するという方向性すら見えていなかった時だ。
邪な気持ちに命は賭けられない。


そして、会った。
安否を確認して喜び合った。

しかし、会ってしまい、さらに「恋」に落ちた。
「愛してる」・・・その言葉に胸を締め付けられた。


・・・結ばれるはずのない「恋」が成就してしまった。


あの・・・「命ギリギリ」・・・その当事者じゃなければわからないことはいっぱいある。

どうにもならない複雑に絡まってしまったもの・・・それに翻弄されて、この結果を招いてしまった。

人間は、それを「運命」などと言いたがる。

そんな言葉は使いたくない。

何事も「運命」だと言ってしまえば・・・・そんな都合のいいことがあるものか。
ただの自己肯定、逃げでしかない。

「運命」だと言ってしまえば、自分の責任からは逃れられる。・・・・思考停止に陥られる。


・・・・苦しかった。・・・毎日毎日が苦しかった。


もう決着をつけたかった。


旦那にバレた。

だから・・・むしろホッとしていた。

これで、正面切って決着がつけられる。



羽田トンネルを抜ければ、次は海底トンネルに差しかかる。

東京オリンピックに向け、首都高速を造り上げていったときに開通した。


人間のやることというのは凄いものだと思う。

1964年。東京オリンピック。

海外から選手団がいっぱいやってくる。・・・・お客さんもいっぱいやってくる。

羽田空港と都心とを結ばなければならない。

高速道路を通す。首都高速を造る。
しかし、都心、街中に高速道路を造るのは難しい。・・・・用地買収。実際の施工においても。

・・・ならば、洋上を走らせればいい。
海の上に高速道路を通せばいい。

ルートは決まる。
ところが、こんどは、洋上には建造できないとなる。・・・・上空の飛行ルートの問題。船舶運航の問題からだった。

・・・・ならば、と決まったのが、この海底トンネルだった。・・・確かに海の底なら飛行機にも、船舶にも影響は出ない。


しかし、そのために急勾配の上り下りの道路となってしまった。朝夕の渋滞ポイントだった。


片道4車線を走り抜ける。
1963年に、突貫工事のように開通させた道路だ。
「海底トンネル」だ。・・・にもかかわらず、走っていても水漏れひとつ見られない。

ボクも建築屋の端くれだ。
いつも、ここを走りながら、凄い技術だと感心してしまう。



「旦那と決着をつける」


・・・・ただ・・・問題は、亜貴が何を考え、何と言っているかだ。

ボクの暴走が亜貴への迷惑になる可能性がある。


・・・そもそも・・・・・亜貴はボクとの関係を認めているのか?


もし、亜貴が認めていない・・・そのうえで旦那がボクに書面を送りつけてきたとしたら・・・旦那はボクに「カマ」をかけてきたことになる。
それに反応してしまうことは「亜貴との不倫」を認めることになり、亜貴を不利な状況に追いやることになる。

だから、亜貴が認めていないならボクも認めるわけにはいかない。


いずれにしろ、亜貴と話さなければならない・・・連絡をつけなければならなかった。



・・・・しかし、どうすればいい・・・・?



亜貴の携帯は旦那が握っている。
だから電話はできない。
唯一繋がるホットラインも・・・ボクが携帯電話を解約した今は、もう使えない。

ブログでも繋がれない。
5年続けたブログは落としてしまった・・・・


・・・・何か方法はないのか・・・・


考えろ。考えろ。考えろ。


亜貴の住所を知ってるわけじゃない。


「震災」のとき、亜貴の住所を突き詰めていった。
助けに行くためだった。
ただ、闇雲に被災地に乗り込んでも・・・闇雲に亜貴を捜したところで見つからないと思ったからだ。

それで近くまではわかった。使っている駅まではわかった。
・・・しかし、その後、亜貴と会えた・・・だからといって住所を聞きはしなかった。
住所を聞いてどうする。まさか年賀状を出すわけにもいかない。



海岸沿い。首都高速湾岸線を降りた。

コンビニに寄った。
ジョージア・ブラックを買う。

トイレを借りた。
手を洗った。顔も洗った。スッキリさせたかった。

プリウスに戻る。
再び走り出す。


関係としては「不倫」だ。
結婚を前提として交際しているわけじゃない。

・・・・だから、何も聞けなかった。

考えてみれば・・・「亜貴」と呼んではいるが、本当に「亜貴」なのかもわからない。

・・・同じことだ。

ボクが「和明」だという証拠もない。


始まりはブログのハンドルネームからだった。
「ゆい」「ポンポコポーン」と呼び合うところから始まった。

「亜貴」「和明」が本名だという証拠はない。

だからといって「免許証見せて」とも言えない。・・・・本人確認なんてできやしない。
自分から免許証を見せるってこともできない。・・・・見せることは、見せろと要求することと同じでもあるからだ。


・・・そもそも本人確認なんてことが必要なのか・・・


普通の交際でも、わざわざ免許証を見せてくれなんて話はしない。


・・・・それでも気持ちはモヤモヤする。


そんな思いは、お互いが持っていたんだろう・・・

ボクは、何より亜貴を安心させたかった。
「不倫」だ・・・それでも遊びという気持ちじゃない。本気だった。本当に愛していた。
だから、嘘はつきたくなかった・・・・自分が何者かを・・・本名をちゃんと明かすことで亜貴を安心させたかった。



目的地に着いた。

舗装すらされてない砂利道にプリウスを止めた。

目の前に海が広がっていた。
東京湾だ。
海面が日差しを浴びてキラキラと光っている。

・・・・そう、・・・ボクが考え事をする時に使う場所だ。

会社を潰していくとき・・・金融機関からの督促電話で追い詰められながら、思考、推考を重ねていった場所だ。


海だけが見える。

都会の喧騒も何も届かない。


この辺りは、トラックターミナルや、大手運送会社の配送センターとかが連なっていた。
住宅などは一切ない。

徳川政権から、「埋め立て」が続けられてきた場所だ。

それらの工事用に通された通路のような場所だった。舗装もされていない。砂埃が舞った。

ケモノ路のような場所だ。

ここで、別の車両と出会ったことがなかった。

ボクだけの「隠れ家」のような場所。
何時間でも思考を巡らせることができた。



・・・・・亜貴と初めて電話したのもこの場所からだった。


ジョージア・ブラックを開けた。



亜貴と2回目に会った時だ。

ボクは、わざとテーブルの上に、財布と会社の「IDカード」を置いた。・・・そう、後輩の会社に出入りするためのやつだ。

その表面には、ボクについての全ての記載がされていた。
名前、会社名、電話番号・・・・顔写真入りの名刺がそのまま「IDカード」になっている。そんな感じだ。
そのカードをテーブルの上に無造作に置いていた。

亜貴が見ていいのか悪いのか・・・逡巡している・・・・


「あ、それ、電子マネーもついてるからいつも持ち歩いてるんだ・・・・見ていいよ」


カードには電子マネー機能も付随していた・・・・じっさい、駅のキヨスク、コンビニでも、そのカードを使用した。だからポケットに常に持ち歩いていた。

完璧な身分証明書だった。


亜貴が手に取って見ている。


「カズくん・・・ありがとう・・・・」


俯いたまま亜貴が言った。
ボクの真意がわかったってことだろう。

・・・そして・・・


「私は名刺を持ってないから・・・・」


財布からカードを取り出した。テーブルに置く。

商業施設の会員カード。
表にアルファベットで名前が刻印されている。裏面には亜貴の手で名前が書かれていた。

こうして、お互いがお互いへの誠意を示した。


・・・・それでも住所まではわからない。

もちろん、住所がわかったとて何も連絡の手立てはない。
まさか手紙を書くわけにもいかない。



・・・・繋がる術はないのか・・・・・



携帯は旦那が握っている。


ネットは・・・メールは・・・?


メールアドレスは・・・・?・・・知らない。


・・・・ブログは・・・・?


こうなってしまっては、繋がる手段は・・・・繋がる術は、ブログしかないような気はする・・・・


しかし・・・

ボクはブログを落としてしまっている。


・・・それに・・・

亜貴のブログも・・・旦那が握っている可能性がある。

少なくともチェックはしているはずだ。・・・いや、している。
ボクのブログをしらみつぶしに確認している形跡があった。


・・・おそらく、この局面、興信所、調査会社、プロ集団が動いている。


旦那は、地元名士の御曹司だ。

知り合いには、弁護士、興信所・・・・そんな組織のひとつやふたつはあるだろう。



カモメが飛んでいた。
風に流され・・・風に漂い右に・・・そして左に・・・
流されているのか・・・・自分の意思で泳いでいるのか・・・


ジョージアを飲む。


・・・・しかし・・・・しかし・・・しかしだ・・・・


亜貴の相手が「このブログの人間だ」・・・ボクだというところまではわかってないんじゃないのか・・・?
携帯電話のボクと、ブログのボクとは結びついてはいないんじゃないのか。
携帯電話の番号と、ブログが結びつくはずがないからだ。

亜貴が「電話の相手はこのブログの人間だ」

そう言わない限り結びつきはしない。


おそらく旦那は、電話の相手が「ブログ仲間」の誰かだと判断して、調べているだけなのではないか。

「ブログばかりやってる」

旦那が、亜貴の兄貴に愚痴っているというのは聞いた。

そこから「ブログ仲間」が怪しいとにらみ、重点的に調べていった・・・

今は・・・・

ブログを調べることで個人を特定する。

携帯電話番号から個人を特定する。

その作業の真っ只中なのかもしれない。


・・・・だとすれば・・・・、ボクだけじゃなく他のブログも調べているはずだ。ボクのブログを調べているのは・・・・他のブログも調べている一環だということだ。


亜貴のブログのフォロワーは40人といったところか。
その中に男は約半数。
その全てのブログを調べているはずだ。徹底的に。・・・膨大な仕事量だ。

・・・そしてブログを調べているのがプロだとすれば、まずは一通りデータを収集。そこから分析作業に入るはずだ。

・・・とすれば、時間の経った今の段階で、毎日、亜貴のブログにチェックを入れているとは思えない。
・・・定期的にチェックはしてるかもしれないが・・・


亜貴のフォロワー、男20人のうち、ストーカーのように付きまとっていたのが5人くらいいる。ピグの亜貴を追い回していたのが5人くらいいた。


・・・・だとしたら、むしろ疑いはその5人に向くはずだ。



・・・・ひとつ思いついた・・・・



ジョージアを飲み干し、プリウスの電源を入れた。

走り出す。


マンションに帰ってきた。

仕事部屋に入る。

PCの電源を入れた。



新しくブログを立ち上げる。

新しくピグを作った。
そして、亜貴の部屋に行く。

見慣れた亜貴の部屋だった。


・・・・まだ、あれから何日も経ってはいない。
それでも、何か・・・懐かしさを感じた。

「きたよ」をした。

この新しいピグに亜貴は気づくか・・・・ボクだと気づくか・・・

電話はできない。
ブログは落とした。
メールアドレスは知らない。


・・・もう、これしか方法は思いつかなかった。



真っ暗な部屋。ソファーで起きた。

動物園のような鼾が響いていた。

いつもの朝だ。

すぐに、仕事部屋に入って電気を点ける。
窓には雨だれが流れている。まだ暗い・・・そして雨の公園に人影はない。

PCを立ち上げブログに入る。
ピグに入って、亜貴の部屋に行った。

「きたよ」をした。

あれから、毎日「きたよ」をした。
・・・次の日も・・・そして次の日も・・・その次の日も・・・毎日、毎日・・・


亜貴の部屋の「きたよ」には毎日40人以上のピグが来ている。
男・・・女・・・短い髪・・・長い髪・・・眼鏡・・・
その中に紛れて、ひたすら毎日「きたよ」をし続けた。
ピグの群衆に紛れて、毎日「きたよ」をし続けた。

メッセージは残さない。残せない。・・・・ブログが、旦那の管理下にある可能性があるからだ。
ただ、「きたよ」を毎日し続けた・・・・・


亜貴はボクだと気づくか・・・・

気づいてくれるのか・・・・



「亜貴・・・ボクだよ・・・亜貴・・・ボクだ・・・」



祈る気持ちを込めて、毎日「きたよ」をし続けた。



真っ暗な中で起きる。

まだ、眠気の中にいる身体を引き掏り仕事部屋に入った。

窓から寝静まった公園が見えた。

椅子に座りPCの電源ボタンを押す。

ネットを立ち上げブログに入る。


・・・ピグの部屋に入る・・・


!!!


一瞬、目を見開いた。

目が覚めた。

一気に目が覚めた。


「カズくん・・・」


ただそれだけ。
ただ、それだけの文字。
それでも、亜貴がメッセージを残していた。

亜貴は気づいた。気づいてくれた。

キーボードを打つ。


「亜貴・・そうだ ボクだ カズくんだ」


メッセージを返した。


窓の外が明るくなってきた。
公園に陽が差してくる。

今日は、いい天気になりそうだ。



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