「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「意表を突かれる」地獄で生きていく。



すでに真っ暗だ。
星が出ていた。
電力不足だ。震災以降、経済活動が止まっている。
皮肉なことに、そのために空気が澄んでいるんだろう。星が綺麗に見えた。
首都高速、外灯の光の羅列が美しい。



・・・全ての出来事を聞いた。

亜貴は、今は旦那の元に戻っていた。


・・・・そっか・・・・旦那の元に戻ったのか・・・・


・・・どういう話し合いが行われたのかはわからない。
聞きたくもない。
おそらく、詳細を聞けば二人で傷つくことになる。

亜貴はボクのことを旦那には言わなかった。
携帯を取り上げられ軟禁状態で責められた。
それでもボクのことは言わなかった。


・・・その後、解放されて一時、実家に戻った。

そのまま新しい携帯を自分のお金で買っていた。・・・今話してる電話がそうだ。

・・・つまり、旦那には詫びを入れていないということだ。
詫びを入れて、やり直す・・・携帯を返してもらう・・・そうはしなかったということだ。


「メールで遊んでいただけ」


亜貴は、それで押し通したんだと思う。

多分、旦那と互角に喧嘩したんだろう。

亜貴は「優しい人」だった。
・・・・こんなに「優しい人」がいるのかというくらいに優しかった。
そして「泣き虫」
すぐに、唇を尖らせて、3歳児のように泣く。・・・その泣き顔を堪らなく愛した。

会った時・・・ボクが東北に会いに行った時には、別れる時には必ず泣かれた。
電話していても泣かれることがある。

にもかかわらず、芯が強いというのか・・・譲らないところは絶対に譲らないといった、「強情」とすらいっていい部分がある。

その部分で、旦那と互角に喧嘩し続けたんだろうと思う。



ボクと亜貴が「会っていた」という証拠はない。


おそらく・・・

「私が会うはずないでしょ!メールで遊んでただけよ!バカじゃないの!」

強硬に言い張ったんだろう。

いずれにしろ「浮気未遂」・・・・亜貴にしてみれば「メールで遊んでいただけ」
それで決着はついていた。

・・・・旦那にしてみても、自分の嫁が寝取られたという事実を認めたくはないだろう。

旦那は地元名士の御曹司だ。
「寝取られ」を認めることは沽券に関わる。


人間は、自分の信じたいものを信じる。


旦那が亜貴の話を信じたかどうかはわからない。
・・・・たぶん「信じようとしている」ということだろう。


いずれにしろ、亜貴は、旦那の元に戻った。
これが、亜貴と旦那の結末だ。

「子供がいるから」

お互い、それで矛を収めたってことなんだろう。


・・・・そして、これが、亜貴とボクとの結末だと理解した。



「私、また働くつもりなの・・・」

もう、旦那の世話にはなれない・・・・
旦那に詫びを入れずに、勝手に携帯を買った。・・・まさか、その料金を旦那に払わせるわけにはいかない。

確かにそうだな・・・・

亜貴が懸命に喋っていた。
亜貴がこれほど懸命に喋るのは珍しい。
いつもボクが話して、亜貴が聞き役だった。
その立場が逆転している。


何の仕事がいいんだろう・・・
歯科衛生士しかしたことないんだよね・・・・
でも、もう若くないし・・・歯科衛生士はできない。


歯科衛生士の仕事は「歯科医院の顔」だ。
新陳代謝が激しいらしい。
常に若い歯科衛生士が求められるってものらしい。

「アラフォーで、新しい医院に勤めるのは厳しいんだよ」

笑い声が上がった。
魅力的な・・・ボクが大好きだった鼻で笑う声だった。


心が氷解していくのを感じた。
亜貴と話していると、気持ちの氷が解けていく・・・


「旦那にバレた」


そこから、一切の連絡を絶った。
亜貴は携帯を取り上げられ、連絡の方法がなかった。
お互い携帯電話の番号を失い・・・ボクはブログすらなくした。
・・・そこからなんとか繋がり・・・ピグのメッセージだけのやりとりを続けてきた。

今回はプロが動いている。興信所が動いてる。
すぐに、旦那から書面が送られてくるはずだとふんでいた。
このあと旦那と修羅場を演じなければならない。

そのために、亜貴と連絡をとらなければならなかった。

亜貴側の状況を知る必要があるからだ。
亜貴がボクと会っていたことを認めたのかどうか・・・
旦那がどこまで知っているのか・・・・


そして、何より知りたかったのは、亜貴の気持ちだった・・・・


亜貴がボクの元に来てくれるというのなら、しかるべきペナルティを払って話を進めればいいだけだ。


ピグでのメッセージは「業務連絡」に終始していた。
お互いが感情を見せずに、ただ事実関係のみを報告する文章だった。

・・・・もちろん、愛している。

愛してる・・・・ボクのその気持ちは変わらない。

それでも、その言葉を使っていいのかはわからなかった。言っていいのかわからなかった。

亜貴の気持ちがわからなかったからだ・・・


亜貴の声が耳に響く。
魅力的な・・・堪らなく魅力的な亜貴の声が耳から身体に浸透してくる・・・
1ヶ月ぶりだ・・・
1ヶ月間、亜貴を失った。

最愛の彼女を失った。


「亜貴不足」その身体に亜貴が浸透してくる・・・・


離婚にはならなかった。
亜貴が旦那の元に戻った・・・・それで、ボクへの書面も来ないような気がした。

ひと安心。
・・・・ひと安心なのか・・・?

それならそれで・・・

・・・もう・・・

これで・・・前に進むきっかけを失ってしまったことになる。


・・・そっか・・・亜貴は旦那の元へ戻ったのか・・・

・・・そう・・・・亜貴は前に進むことを止めたってことだ・・・


亜貴・・・

亜貴・・・・

亜貴・・・これが答えだってことだよね・・・・?


ピグでのメッセージは業務連絡に終始した。
亜貴は旦那に戻った。
それが答えということだろう。


ボクとは別れるということなんだろう。


・・・そう・・・それしかない。


もう、亜貴と別れるしかない。


・・・・亜貴・・・・それでいいんだよね・・・・?


旦那にバレてしまった以上、これまでと同じというわけにはいかない。
これまでと同じように、隠れて会えばいいというわけにはいかない。

今回はビックリしたね。ああよかったね。今後は気をつけようね。

・・・・それで済ませていい話じゃない。


亜貴の声が耳に響く。
・・・・心地良かった。
話していれば心が落ち着く。


亜貴は優しい人だった。
これほど優しい人が世の中に存在するのか・・・そう思うほどに優しい人だった。


人間は・・・
人間の感情は「合わせ鏡」のようなものだ。

不快な感情は、必ず相手に伝わる。
不愉快だと感じていれば、必ず相手も不愉快だと感じている。
不愉快に接すれば、不愉快に接せられる。

だから・・・優しくすれば、優しくしてもらえる。
・・・・でも・・・優しさは、相性だろうと思う。

「優しさのツボ」

それが同じなら、優しくしあえる。
優しくされてると感じれば・・・優しくしようと慮れる。

「優しさのツボ」

それが異なれば、優しくされてる事に気づかない。
気づかなければ感謝もしない。

感謝されない相手には・・・気づかれない相手には「優しさの無駄使い」だと思ってしまう。
一方通行の優しさは長くは続かない。・・・やがて仲違いが始まり、喧嘩が始まり・・・そして人間関係は終わりを迎える。

「優しさのツボ」

それが同じならば、相手の不安、不満に気づく。・・・だから、話合いができる。話し合いで解決ができる。

言語に種類があるように、優しさにも種類がある。
同じ言語でなければ言葉は通じない。

「優しさのツボ」

それが同じじゃなければ、優しさも通じない。

亜貴とは喧嘩にならない・・・お互いが、お互いの不安、不満がわかった。
全ては、話し合うことで解決ができた。


・・・・そう、その感覚が心地良かったんだ。


お互いが「わかってもらえる」・・・そう安心できた。



プリウスからタワーマンションの街が見える。

東京。湾岸エリアには、いくつものタワーマンションが建っている。

街全体は今でも暗い。
未だ、計画停電の最中だ。
ビルのイルミネーションも消えたまんまだ。
夜になると街が暗く沈んだ。


「月が綺麗だな・・・・」


亜貴の言葉を遮るように言った。
綺麗な満月が見えていた。


「うん・・・・」


宮城県も晴れてると亜貴が言っていた。

街は真っ暗だ。
だからこそ、綺麗な満月が見えていた。


「亜貴・・・・愛してるよ」


もういい。

愛してるのは事実だ。
この気持ちに嘘はない。
これが最後の電話だろう。
これで声を聞くのは最後だろう。



・・・・人生で、亜貴の声を聞くのは、これが最後だろう・・・



これでお別れだろう・・・

これでサヨナラだろう・・・


それでも、気持ちを伝えるのはいいだろう。・・・・そして、気持ちは伝えたいと思った。


「東日本大震災」


気持ちを伝えなかったことを後悔した。

「伝えられなかった気持ち」

それを胸に秘めて生きるのが、どれだけ切ないか・・・骨身に染みた。



「亜貴・・・・愛してるよ・・・」



・・・いや・・・声を聞けば我慢ができなかった。


メッセージなら我慢はできた。
しかし、声を聞いてしまえば我慢はできない。
気持ちを押し殺して、亜貴の声を聞くなんてできはしない。
そして、気持ちを押し殺したまま、この電話を切ることはできない。


もういい。
我慢しない。


離れている。
離れて生きている。


それでも、同じ月を見ていた。
違う月じゃない。


違う星じゃない。同じ地球だ。
そして違う国でもない。同じ日本の中だ。



「亜貴・・・愛してるよ・・・」



・・・まだ、会えなかった頃・・・震災の最中・・・電話だけ・・・声だけで繋がっていた時・・・・よく月を見て話した。
亜貴が避難所にいたからだ。
ひとりになるために・・・・ボクと電話するために避難所の外に出る。

ボクは今と同じように・・・この場所で、プリウスから電話した。

ふたりで空を見上げて・・・月を見ながら話した。


同じ月を見て声を聞く。

それだけで・・・相手の存在が現実なんだと実感できた。・・・嘘じゃなく、夢じゃなく・・・存在しない相手じゃない。
同じ日本に生きている人間なんだと安心できた。


同じ月を見て話した。

同じ空の下で生きている。

同じ時代に生きている。

それだけで・・・どれだけ、お互いの存在を心強いと思えたことだろう。


「・・・カズくん・・・・」


亜貴が泣いていた。・・・泣き始めていた・・・・



「カズくん・・・カズくん・・・・」



亜貴がグスグスと・・・3歳児のように鼻を鳴らして呼びかける・・・ボクの名前を呼ぶ・・・・


わかっていた。
今日、亜貴は懸命に喋っていた。
いつもは、ボクの話を聞いてる亜貴が・・・いつになく、懸命に、自分から話していた。


「カズくん・・・カズくん・・・・」


わかっていた。
話していないと泣いてしまうからだろう・・・
ボクの声を聞くと泣いてしまうからだろう。


・・・・ボクと同じだ。

ボクに亜貴が染み込んでくるように・・・・亜貴にはボクが染み込んでいくんだろう・・・・


「愛してる」


想いが染み込んでくる。

想いが染み込んでいく。


気を紛らわすために・・・ことさらボクの声を聞かないために、亜貴は懸命に喋り続けていたんだ。


ボクと亜貴。

「優しさのツボ」は同じだ。

亜貴の心理描写なんか、とっくにお見通しだ。


わかっていたんだ・・・

最後は泣きたくなかったんだよね・・・

最後は、笑って電話を切りたかったんだよね・・・



「カズくん・・・・カズくん・・・


・・・私のこと離さないで・・・何があっても離さないで・・・・」



驚いた。

意表をつかれた。

「もう、終わりにしよう」

「今まで楽しかった。ありがとうね」

そう言われるんだとばかり思っていた。


亜貴の気持ちは1mmも疑っていない。
それでも、事がここまでになってしまった以上・・・そして、亜貴が旦那の元に戻ると決まった以上・・・・「終わりにしよう・・・」そう言われるんだと覚悟していた。


「いいんだな・・・・?」


「うん・・・何があっても・・・何があっても・・・私が何を言っても離さないで・・・」


「本当にいいんだな・・・・?」


「うん・・私が何を言っても・・・もし「離れたい」って言っても・・・それは嘘だから・・・本心じゃないから・・・だから、絶対、私のこと離さないで・・・」


「わかった・・・・離さないよ・・・もう、何があっても離さない。

・・・・でも・・でも・・・

もし・・・

もし、本当に離れたい、本心から離れたい・・・そう思っても・・・・そう言っても、もう遅いからな・・・・

今、何を言っても本心じゃないって言っちゃったんだからな・・・だから、もう絶対に離さないぞ・・・いいんだな・・・?」



「うん・・・いい・・・」



亜貴が泣いている。嗚咽が耳元に響く・・・・電話がもどかしい・・・今すぐ抱き締めたい。

亜貴をこの腕に欲しい。

亜貴が愛おしかった。

亜貴を愛してる。

愛してる。

愛してる。


「亜貴・・・・愛してるからな・・・」

「うん・・・」


・・・愛してるなんてもんじゃない・・・

・・・・一緒じゃなきゃ生きていけない・・・
この後の人生・・・亜貴と一緒じゃないと生きていけない。


お互いが「水」であって「酸素」だ。
嗜好品・・・贅沢品じゃない・・・必要不可欠な存在なんだ。

知らなければ、出会わなければ生きていけたかもしれない。

でも、出会ってしまった、知ってしまった・・・・今は、もう無理だ。
とても離れてなんて生きてはいけない。

ふたりがお互いの半分だ。半身だ。
お互いがお互いを必要としている。
文字通りの「二人でひとつ」だ。


・・・・わかった。ぜってー離さない。ぜってー離してやんねーよ。


「いいんだな・・・・嫌だって言っても呼び出すぞ・・・「本当に離れたいの」・・・もう聞く耳もたないぞ・・・無視して、己惚れて、勘違いして亜貴の事呼び出すからな。

離れたいだって?
嫌いだって?

嘘つけ。
本当はボクのことが大好きなんだろ?

笑ってとりあわないからな。

もう、一生、聞く耳もたないからな」


「うん・・・それでいい・・・」


「呼び出して亜貴の身体使う・・・・亜貴が嫌だって言っても・・・泣いて頼んでもオモチャにするからな・・・

刻み込んでやる・・・亜貴の身体、全部使って楽しんでやる。

・・・全部だ・・・亜貴の身体は、もう誰にも使わせない・・・触らせない・・・指一本誰にも触れさせない。亜貴は、一生ボクのものだ。

・・・亜貴は一生ボクを愛するしかないんだぞ・・・・愛してない・・・嫌だ・・・言ってもオモチャにして使う・・・いいな・・・?」



「いい・・・・・私が嫌だって言っても呼び出して・・・呼び出して、カズくんがオモチャにしていい・・・

・・・私の身体で楽しんで・・・私の身体で気持ち良くなっていいのはカズくんだけだよ・・・


・・・でも・・・でも・・・

でも・・・


カズくんで気持ち良くなっていいのも私だけだからね!」



・・・痺れた。

期待以上の答えをもらった。

人生で、こんな台詞を言われたことはない。

人生で、これほど人から求められたことはない。

何があっても亜貴を離さない。



・・・地獄に堕ちてやる。

亜貴と一緒だ。亜貴と一緒に地獄へ堕ちていこう。

ふたり、地獄で生きていこう。



一緒にいれば人生が壊れる。

・・・・されど・・・

一緒にいなければ、人間として壊れる。



「亜貴、愛してるからな」

「うん・・・」

「亜貴、愛してるからな」

「うん・・・」

「亜貴、愛してるからな!」



「うん・・・カズくん・・・カズくん、愛してる!」



大きな月の下。
首都高速湾岸線の光。
流れるヘッドライト。テールランプの赤。


耳から、3歳児となった亜貴の泣き声が響いていた。

グスグスと・・・しゃくり上げ・・・ボクが愛した・・・人生を賭けて愛した、亜貴の泣き声が聞こえていた。



ピグで出会ってから10ヶ月。


初めて会ってから5ヶ月が経っていた。



「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。





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