世界を覆せ偽勇者

コトナガレ ガク

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第十九話 地下ダンジョン攻略戦開始

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 ラット地区。第五城壁で最も開発が進んでなく。最も治安が悪い地区。一説には帝都に不浄を残すためわざとそうしていると噂も流れるくらいで、他の地区ではうっとうしいくらい来る治安隊のパトロールも滅多に来ない。
そのラット地区にあってボルサネーラは比較的治安が安定している繁華街である。なぜ安定しているかと言えば、治安隊が見捨てたラット地区にあってこの繁華街はマフィアによって治安が保たれているのである。そんな危険な場所誰も近寄らないだろうと思われるが、ボルサネーラでは麻薬、奴隷、変態娼館など表では扱えないものを扱う店が多数あり、それらを求める人々により下手な他の繁華街より人の出入りは盛んである。
 その繁華街の外れにある3階建ての建物がヴィラの支部となっている。1、2階は金貸しの事務所、3階はヴィラの下部構成員の詰め所。一見大したことないように思えるが、このビルの本質は地下にある。地下は地上と比較ならないほど拡張されている。レストの情報では地下には、各種変態趣味の顧客に対応するための様々な部屋が用意されており、小規模ながらの舞台もあるという。
 その地下の一室にシーラはいた。
 広さは高級ホテルのスィートルームほどで剣を存分に振り回せるほどの天井の高さもある。だが、壁も天井もゴツゴツした黒色の石を切り出したブロックで構成されていて部屋にいる者にリラックスでなく閉じ込められた恐怖を与える。そんな地下牢かと思えるような部屋には不釣り合いな豪華なベットにテーブルが設置され、壁際には似合いの拷問器具が飾られている。飾りなのか?床の石畳には黒く変色した染みが所々ある。
 そんな悪趣味な部屋の中央でシーラは服を剥ぎ取られ下着姿にされた上で目隠しをされている。そして両手を手枷で固定され天上から吊され、微妙な高さ調節で爪先立ちしか出来ないようになっている。その上でシーラはまるで実験動物のように人が入れるほどのガラスのビーカーに入れられていた。
 長時間に及ぶ天井から吊り下げで各関節は悲鳴を上げ、それでも必死に耐えるシーラの眉は苦悶に歪んでいる。
「くっく、高慢な女の顔が歪むのは美しいぜ」
 その様子を上半身裸の筋骨隆々の大男がベットに腰掛け眺めていた。男の肌は浅黒く、禿頭。その頭には何やら入れ墨の文様が施されている。
 ポチャン。
 天井から水滴が落ち、シーラの晒された肌に当たる。
「はうっ」
 水滴はシーラの白磁のような肌の上を滑るように流れビーカーに溜まっていく。よく見るとビーカーは既にシーラの膝当たりまでは溜まっている。
 上から吊り下げられるだけでも辛いのに、その上目隠しをされた上でいつ落ちてくるか分からない水滴に悩まされる拷問。並の神経なら発狂してしまう。
「どうだ俺の女になると誓えば、解放してやるぞ」
「お断りします」
 苦悶に喘いでいてもシーラはハッキリと拒絶の言葉を吐いた。
「強情な女だ。だがそんな女の心をへし折るのが楽しい。最近は骨のある女が少なくてな面白くなかったんだよ。そういった意味ではお前は当たりだ。戦闘じゃ役に立たない奴だがティンピーラもいい仕事をした」
「はう」
 また水滴がシーラの肌の上に落ちたようだ。
「何を心の支えにしているんだか知らねえが、女なんぞ強い男に抱かれるのが幸せじゃないのか」
「ならなおのことあなたに屈する理由がありませんわね」
「俺より強い男を知っているというのか」
「ええ、ちょっと拗ねてますけどあなたより心も体も遙かに強いですわ」
「ほう、ならその男が早く助けに来るといいな」
「あの人は来るでしょうね、自分にめい一杯言い訳をしてから。だからちょっと時間が掛かりますけど、きっと来てくれますわ」
「なんじゃそりゃ」
「優しい人なんですよ」
 苦悶に喘いでいたシーラだがこのときだけは恋する少女のような顔で答えた。

 ヴィララット支社の前に百人近い大勢の人が集まっていた。彼等の服装からして警察でも軍隊でもない、ボロボロの服装からしてラット地区に住む者達のようである。
 そんな者達の先頭にアゼルがいた。アゼルは集まった者達の方に振り返った。
「聞け野郎共」
 アゼルの良く通る声が辺り一面に響き、集まった者達がアゼルに注目する。
「俺達はクソだ」
 いきなりの卑下、集まった者達に反発心が滾るタイミングで言葉を続けた。
「だがそれでも仁義はある。俺達は人だっ」
 アゼルが天に拳を突き上げた。
「だがあそこにるクソ共は何の縁もない善良な人妻を攫ってふんぞり返っている。
 まさに外道、人じゃねえ。
 こんな横暴を許せるか、許せねえだろ」
 正義の怒りに燃えるアゼルの声が大気を震わせ、群衆の体を震わせる。
「そうだっ。俺達はクソでも外道じゃない」
 ひときわ大声で真っ先に返答したのは群衆に紛れ紛れ込んでいるレスト。その他多めの金を掴まされた者達も賛同の声を続けていくと。
「オウッ」
「そうだーー」
 吊られてお調子者が声を張り上げだす。
 ここに集められた人達はサクラである。別にヴィラの悪道に義憤を募らせた者達ではない、レストが金を使って集めた者達である。
そしてアゼルがシチハから託されたことは陽動。レストを使って集めた人達を煽動し出来るだけ注目を集めること。
その際に厳命されたのは、決してこちらから手を出さないこと。ひたすら煽って煽りまくって声だけで戦えということだった。
ただし向こうから手を出してから、時間切れ反撃してとっとと逃げろとも言われている。
「よくぞ答えた。
 さあ、外道共に俺達人間の怒りを示せ」
 金で集められた人生落ちぶれた落伍者達、だがその者達の心に熱い何かが滾りだしている。  
「俺達は弱いかも知れない。だが心は強い」
 そしてアゼルが元々持っている資質なのか、酔っている。単なる作戦なのに、だがアゼル本人は心から自分に酔っている。酔って自分を鼓舞しその酔いが伝播し群衆を鼓舞する。
「「「「おうっ」」」」
 集められた者達は指示されたわけでもないのに拳を振り上げ、大地を踏みしめ呼応する。
「シュプレヒコール。
 ヴィラは悪道を直、大人しく善良なる人妻を善良なる夫の元に返せ」
「「返せっ」」
「声が小さいっ」
「「「「「「「返せっーーーーーーーーーーーー」」」」」」」
 今群衆はアゼルの元一つにまとまり声を張り上げる。

「強情だな。このままだとお前凍傷か発狂するぞ」
 シーラが入れられている水槽には既に腰の辺りまで水が溜まっている。
 肌も無数の水滴の落下により赤くなってきている。
「私は屈しません」
「ボス」
 ノックも無しにいきなりドアが開けられモヒカン頭の男が入ってきた。
「ん。どうした。俺はお楽しみ中なんだぞ、くだらないことだったら分かっているだろうな」
 男は興が削がれた怒りで殺気の籠もった目でもモヒカン男を睨み付けたが、それでもボスとして報告に来た部下に対して溢れる殺意を一旦飲み込み聞く。
「くだらなくないです。支部の前に沢山の人が集まって声を張り上げてくるんですよ」
 モヒカンはこんな経験初めてなのか今にも泣きそうな顔である。
「馬鹿野郎そんなのさっさと追い払え」
 ボスはたまに来る借金返済の猶予を求める債務者程度と思っていた。
「それが人数がとてつもなく多くて。百人はいるかと」
「百人だと!! 何でそんな人数が集まったんだっ」
 ボスの驚愕に代わった顔を見れば、シチハも百人を動員するために支払った胃の痛くなる費用に対する溜飲も少しは下がるかも知れない。
「何でも暴力で人の女房を誘拐するな、さっさと返せっと言ってやす」
「敵対組織の殴り込みじゃ無いのか。ええい、美人を力で奪うなんて当たり前のことでなんでそんな人数が集まるんだっ」
 ボスは力で奪ったことに対して何も罪悪感を感じていない。どんな裏があるのか考えあぐねている。
「まあいい、人数を集めて追い払え」
「いいんですか、いくらここでも百人と乱闘になったら治安隊が来るんじゃ。彼奴等に介入する口実は極力与えない方が」
 モヒカンなんて頭をしているが小心者の知恵は回るようである。恐る恐るではあるがボスに進言する。
「ちっ、治安隊はまずいな。なら出来るだけ脅して追い払え、こちらから暴力は振るうな。兎に角あんまり好き勝手させるな、舐められたらこの商売できねえんだぞ」
「分かりやした」
 モヒカンは余りここにいたくないのか指示を貰うと逃げるように出て行った。

「いい仕事するじゃないか。そろそろ行くぞ」
 俺はセミューと共にヴィラの建物の裏手に潜んで監視していたが、今まで裏にたむろしていたごろつきがいなくなった。
 表の入り口はダミー、地下へと通じる入り口はこの裏口からしか入れないらしい。レストの情報だが信じることにした。
 この裏口は絶妙に表からは見えない位置にある。そして裏口の対面にある建物も表だって表明していないがヴィラ所有の物らしい。人目を気にする変態金持ちや貴族が一旦ダミーの建物を通ってここに来る。そして、紛れ込んだ者や忍び込もうとする者を追い返すために裏路地にたむろすごろつきに偽装して裏口を守っていた者達はいなくなった。つまりそれほどの事態と見なしたわけだ。アゼルの奴いい仕事をする、この仕事が終わったら飯でも奢ってやるか。
「りょ~かい」
 俺とセミューはまずは口元を隠すタイプのマスクをする。顔を知られるわけにはいかないからな、目を隠すタイプの方が顔を偽装するにはいいが、視界が狭まり戦闘等に不安が出るのでしない。にしてもセミューはまだ体に密着したスーツのような者を着ているので様になるが、俺はこの後の仕込みのためタキシードを着込んでいる。どう見ても変態だな。
顔を隠し俺はセミューと共にヴィラの建物の裏手のドアの前に来た。
「どうやって開けるの?」
「お前こそ開け方知らないのか?」
「知るわけ無いでしょ」
 役に立たないセグレートだと思ったが口に出すとキャンキャン五月蠅く喚くので黙っていたが、なんだかセミューの俺を見る目が険しい。顔色読まれたか?
「だよな。レストも知らなかった。時間があれば調べられたんだが今回は時間が無い。
 力業で行く」
「はっあんたにこの鉄の扉を砕けるっていうの」
 あからさまに馬鹿にした口調と表情をしやがる。仮にもサービス業に勤めているくせにその態度はどうなんだ? 店主ならもっとウィットに富んだ皮肉を言ってくるぞ。
「そんなことは出来ないさ」
扉を探りロックのある場所は分かったが、ここでは相棒は使わない。あれは出来るだけ人前で使う物じゃない。鉄をも両断する小型ナイフなんて便利すぎる道具、知れたら狙われる。
「離れていろ。ガスを吸うなよ」
 俺は懐に忍ばせておいたガラスの瓶を出す。この中には俺が調合した強力な酸が入っていて鉄くらい簡単に溶解させる。正直こんな危ない物懐に忍ばせたまま戦闘をする気にはなれない、早めに使うのが正解よ。
瓶をドアに叩きつける。中から酸が溢れ出し鋼鉄のドアを白い煙を出しながら溶解していく。
「なっなにこれ」
「怪盗の七つ道具さ」
 待つこと3分そろそろいいか。
 クソ重いドアを蹴り飛ばすと、ドアは傾きちょうど人一人は入れる隙間が空く。
「出来る限り息を止めてろよ」
突入すると見張り役だったのか男が一人床で悶えていた。無視して一気に奥の突き当たりまで進む。
「ふうっここまで来れば普通に息をしてもいいだろ」
 突き当たりには、そこから延びる通路もどこかに通じる扉もないが下に降りる階段はあった。地下とこの建物は完全に分離してあるのか、無法者のくせに用心深い。いや無法者だからこそ用心深いのか、でなければ敵だらけの家業長生きは出来ない。
 さあ、ワクワクの地下ダンジョン攻略と行きますか。
 俺は一歩階段を降りた。
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