人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第1話:『副都心スニーカー』

◆03:大人気ゲーム、その業界裏事情−4

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 株式会社ザラス。子供向け玩具の販売からTVゲーム開発、映画館、ゲームセンターやテーマパーク経営まで手がける、誰でも知っている外資系のアミューズメント最大手である。だが、夢にあふれているはずの業務内容とは裏腹に、ことビジネス面から見るとその評価はあまりよろしくない。主だったものを上げると、

「独占禁止法スレスレ」
「特許を悪用した同業者への威圧行為」
「有望な中小ゲームメーカーからの強引なヘッドハンディング、あるいは会社ごとの買収」

 などがあり、裁判沙汰もいくつか抱えている。未だ明確に「クロ」と裁定された案件はないが、グレーゾーンを突き進むその手法は業界各所で問題を発生させているようである。

「僕たちはもともと、ザラスのゲーム部門からスピンアウトしたんです。ザラスの手法は確かに合理的です。しかし合理的過ぎた。僕らは綿密なマーケティングに裏打ちされたゲームを、無数の制約の元で作らされ、そこに個人のアイディアを盛り込む余地は殆どなかった。酷いときは、他社のヒット商品を牽制するために、そのコピー紛いを作らされたこともあります。……それでも、仕事だから、と割り切っている人たちもいましたし、それはそれでプロとして一つの正しい答えなのですが」

「あなた達はそうではなかったんですね」
「ええ。有志を集めてザラスを辞め、アーズを立ち上げました。しかし、その頃からザラスの有形無形の妨害が始まったのです。……ザラスから見れば、僕らは顔に泥をひっかけて出て行った恩知らず、なのでしょうね」

 そしてコケにされたと解釈した覇王ザラスは、報復を開始する。創業時にアーズに融資をしてくれた銀行が、経営に文句をつけるようになった。親しかった音響製作会社やデザイナーのスケジュールが、ドタキャンされたり後回しにされるようになった。当初は、若造が後ろ盾なく独立したのだから仕方ない、と思っていたのだが、あまりに不自然な対応に関係者を問い詰めてみると、ザラスから圧力がかかっていたことを告白したのである。

「それでも、なんとかルーンを世に送り出すことが出来たのです。だが、それがまずかった」
「というと?」
「当時、ザラスもカードゲームに力を入れていたのです。僕も開発初期に関わったゲームで『ゾディアック・デュエル』と言います」

 それはおれも知っていた。ルーン程ではないが、佳作と賞された対戦カードゲームだった。たしか数々のボードゲームやTVゲームを手がけた有名クリエイターが製作指揮を取っていて、ええと名前は……。

「山野。山野修一です。僕の入社時代からの上司にして先輩、同僚でした。彼には一からゲーム作りのノウハウをたたき込んで貰って、何本ものゲームを一緒に作ったんです」
「なるほど。韮山さんのお師匠様なんですね」

 真凛の問いに、韮山さんは微妙な笑みを浮かべた。強いて言うなら、ほろ苦い笑い、だろうか。

「そうですね。でも結局、僕は師匠の顔にも泥を塗ることになってしまいました。ルーンは、皆様の応援もあって、ありがたいことに大ヒットとなりました。しかしそれは、ゾディアックが少しずつ開拓してきた対戦カードゲームのシェアを、後発のルーンが思い切り食ってしまう事でもあったのです」

 ザラスにしてみれば、家出したはずの息子が突如帰ってきて、自分の田畑を分捕ってしまったようなものだろうか。

「これで我々と彼らの関係は完全に決裂しました。僕としても残念でしたが、それも仕方がない、何とか干渉せずにお互いの仕事をしていければ、と思っていたのですが……」
「向こうはあなた方より、はるかにやる気に溢れていたようですね」
「なるほどね。第二弾を何とか妨害しようって、ミもフタも無い手段を仕掛けて来たんだ」

 聞き役に徹していた真凛が呟く。それを制して言う。

「我々の調査がどのようになされたか、という事は残念ながら申し上げられません」

 おれはオーダーシートを静かに卓に置き、彼に押しやる。

「そして、この調査結果は残念ながら裁判で証拠資料として提出出来るようなものでもありません。しかし、我々はこの調査結果の確度に自信を持っております」

 一つ息を吸う。ここから先は決めセリフだ。

「我々は依頼者の意思を尊重させていただきます。我々がこの調査結果に基づきザラスに潜入し……もしも失敗して捕まったり、金型を見つけることが出来なければ、御社の名前に傷がつくことは避けられないでしょう。反面、成功し取り返した場合、もともと『ないはずのもの』である以上、ザラスは御社に対し
て公式に反撃することはできない」

 韮山さんの目を見つめる。

「御社が苦しい状況にあり、他に選択肢が無いと知って言う失礼をお許しください。我が社に、私と、このアシスタントに仕事を任せて頂けますでしょうか」

 傍から見ればけったいな状況だ。大学生のアルバイトと高校生のアルバイトが、怪しげな資料を突きつけて、企業の実力者に「あんたらのために危ない橋を渡るから責任取れ」と言ってのけているのだ。こんな話、通常は噴飯ものだが。

「……貴方たちのお話は聞いています。例え過程がどうあれ、目的は間違いなく達成されるのだと。正直、今日直接お会いするまでは依頼すべきだったのか悩んでいました。ですが……。よろしくお願いします。我が社を……僕たちのアーズと、ルーンを助けてください」

 おれは息を吐き出した。契約は成立、というわけだ。

「お任せください。『フレイムアップ』の名にかけて、結果はきっちり出しますとも」
 ……思えばこんな言い方をするから、『人災派遣会社』とか呼ばれるのかもなあ。

 
 おれ達はそれから〆切時刻の詳細、経費の取り扱いの再確認など、事務的な打ち合わせを行った。やがて韮山氏は、ゲームフェスの準備をしなければならないと、足早に事務所を去っていった。去り際に、こう一言を残して。

 「ザラスも昔はそこまで酷くは無かった。僕と山野さん達がゾディアックを開発した時も、毎日毎日徹夜続きで、会社に寝袋を持ち込んで、気が狂いそうになったりもすした生活でしたけど……。今振り返れば、それはそれで、きっと楽しかったんだと思います」
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