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ママへ
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食卓の机の大きめな横幅をくるくる回る遊びを母としていたのが最初の記憶。
多分追いかけっこだったんだろう。
母は大切な存在だった。
消えてしまいそうに危うい唯一無二の人。
幼い私は放り出されたら何もできないただの幼児で。
これは私から母への愛を込めたラブレター。
居なくなってしまった貴方への思い出を語る追憶の手記。
私が生まれた時父は喜ば無かった。
小さな足手まといができたとしか感じなかったようだ。
赤子を愛でるという感覚が彼には無かった。
それで私を蹴った。
私は軽い脳震盪を起こししばらく吐いていた。
幸いそれだけで収まったが私は病院へ連れて行かれる事もなく何年も父がこの事を笑い話にしているのを聞いて彼の神経を疑った。
父はそういう人だった。
一時、派手に母とやり合った時期があり、片手に果物ナイフを持った父が母を追って食卓をぐるぐる回るのを私は見ていた。
鬼の形相だった。
それ以来私は鬼ごっこが出来なくなった。
本物の鬼を見てしまったから。
果物ナイフが母の腹に刺さる事は有り難い事に無かった。
振りかざしていたのは単なる威しだった。
それでも私は幼心に理解した。
いつかこの非力な私を守ってくれている大きな存在は消える。
いつかではなく多分近いうちに。
母の死を想像しすぎて私は泣きじゃくった。何時間も涙が止まらなかった。
過呼吸とパニックを起こしていた。
どうやって収まったかは忘れてしまった。
誰かの死を心底恐ろしいと思ったのはこの時が始めてだった。
父と母は蜜月と倦怠期と軋轢期を繰り返していた。
子ども心には理解し難い事だが父は母を求めた。
セックスを隣でしている気配がした。
私は起きてそれを聞いていた。
10歳の子どもの股関が熱くなった。
我慢できずに私は自分をイジった。
それは父と母の蜜月だった。
機嫌が良いので父の顔色を伺わなくて済む。
エコロジカルで消費カロリーが少なくて済んだ。
だがすぐに軋轢期がくる。
爆発する。
束の間の休息なのだ。
人生はジェットコースターだった。
落ち着いている時期はごく僅かであとは急上昇と急降下の繰り返し。
私は自分が生まれてきたのが間違いだったと強く確信するようになっていった。
父の人生は失敗で欠陥品。
母は付き合わされた犠牲者。
私の誕生は鼻から間違い。
自分をどうやって抹殺するか。
存在を消せるか。
不健康な考えが脳裏を支配する。
そんな時母はいつも寄り添ってくれた。
何のアドバイスもせずただうだうだ続く愚痴の聞き役に徹してくれた。
死にそうで死なない母。
暴力を受けていても強く信念を曲げない母。
私はポキンと心が折れてしまったが母は崩れる事なくいつも強かった。
羨ましかった。
家族の中で1番しぶといのは母だと思った。
私は精神を悪化させた。
自立できず誰かの救いの手が必要になってしまった。
そんな娘を何歳になっても支えてくれた母。
歳と共に頑固になってはいくが私にとって唯一無二の存在であることに変わりはない。
六十を超え七十を超え母にも残念ながら限界がきた。
だが壮絶な暴力はなくなりその最後は穏やかで安らかなものだった。
消え入るようなともしびは静かに蝋燭の火を吹き消す息によって最後の灯りを燃やした後、居なくなった。
残されたのは圧倒的な淋しさ。
どこにいても家の中には母の匂いがする。
毎朝沸かしていたコーヒーポット。
トースターの中にある白いパンの欠片。
母を感じなくなる日は多分来ない。
思い出の巣となった家で私は今も残影を数えながら残された日々を消化する。
多分追いかけっこだったんだろう。
母は大切な存在だった。
消えてしまいそうに危うい唯一無二の人。
幼い私は放り出されたら何もできないただの幼児で。
これは私から母への愛を込めたラブレター。
居なくなってしまった貴方への思い出を語る追憶の手記。
私が生まれた時父は喜ば無かった。
小さな足手まといができたとしか感じなかったようだ。
赤子を愛でるという感覚が彼には無かった。
それで私を蹴った。
私は軽い脳震盪を起こししばらく吐いていた。
幸いそれだけで収まったが私は病院へ連れて行かれる事もなく何年も父がこの事を笑い話にしているのを聞いて彼の神経を疑った。
父はそういう人だった。
一時、派手に母とやり合った時期があり、片手に果物ナイフを持った父が母を追って食卓をぐるぐる回るのを私は見ていた。
鬼の形相だった。
それ以来私は鬼ごっこが出来なくなった。
本物の鬼を見てしまったから。
果物ナイフが母の腹に刺さる事は有り難い事に無かった。
振りかざしていたのは単なる威しだった。
それでも私は幼心に理解した。
いつかこの非力な私を守ってくれている大きな存在は消える。
いつかではなく多分近いうちに。
母の死を想像しすぎて私は泣きじゃくった。何時間も涙が止まらなかった。
過呼吸とパニックを起こしていた。
どうやって収まったかは忘れてしまった。
誰かの死を心底恐ろしいと思ったのはこの時が始めてだった。
父と母は蜜月と倦怠期と軋轢期を繰り返していた。
子ども心には理解し難い事だが父は母を求めた。
セックスを隣でしている気配がした。
私は起きてそれを聞いていた。
10歳の子どもの股関が熱くなった。
我慢できずに私は自分をイジった。
それは父と母の蜜月だった。
機嫌が良いので父の顔色を伺わなくて済む。
エコロジカルで消費カロリーが少なくて済んだ。
だがすぐに軋轢期がくる。
爆発する。
束の間の休息なのだ。
人生はジェットコースターだった。
落ち着いている時期はごく僅かであとは急上昇と急降下の繰り返し。
私は自分が生まれてきたのが間違いだったと強く確信するようになっていった。
父の人生は失敗で欠陥品。
母は付き合わされた犠牲者。
私の誕生は鼻から間違い。
自分をどうやって抹殺するか。
存在を消せるか。
不健康な考えが脳裏を支配する。
そんな時母はいつも寄り添ってくれた。
何のアドバイスもせずただうだうだ続く愚痴の聞き役に徹してくれた。
死にそうで死なない母。
暴力を受けていても強く信念を曲げない母。
私はポキンと心が折れてしまったが母は崩れる事なくいつも強かった。
羨ましかった。
家族の中で1番しぶといのは母だと思った。
私は精神を悪化させた。
自立できず誰かの救いの手が必要になってしまった。
そんな娘を何歳になっても支えてくれた母。
歳と共に頑固になってはいくが私にとって唯一無二の存在であることに変わりはない。
六十を超え七十を超え母にも残念ながら限界がきた。
だが壮絶な暴力はなくなりその最後は穏やかで安らかなものだった。
消え入るようなともしびは静かに蝋燭の火を吹き消す息によって最後の灯りを燃やした後、居なくなった。
残されたのは圧倒的な淋しさ。
どこにいても家の中には母の匂いがする。
毎朝沸かしていたコーヒーポット。
トースターの中にある白いパンの欠片。
母を感じなくなる日は多分来ない。
思い出の巣となった家で私は今も残影を数えながら残された日々を消化する。
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