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第22話 ナンパ

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「本当に見てなかったの?」
「いやーこればっかりは自分で誘っておいてなんだけど全然見てなかった」
 映画の内容を語ろうとしたが、本当に楓のことしか見ていなかったようで、向日葵とは会話が成立しなかった。
 普段はなんだかんだ抜け目ないが、こういうところがあるから向日葵は憎めないんだよなと思いながら、楓はハンバーガーをかじった。
 今はショッピングモールに内接されたフードコート内の机で、向かい合って昼食をとっていた。
 映画を見ていたら丁度いい時間になっており、ポップコーンはほとんど食べたはずの向日葵がお腹を鳴らしたため、映画休憩の後に昼食休憩となった。
 今の体でハンバーガーはなぁと思ったが、せっかく外に出ていて向日葵との食事なのだしと思い、なくなくお小遣いを消費したのだった。
 これが心理会計かと思いながら楓はハンバーガーを味わっていた。
「そっちもちょうだい」
「いいよ」
 楓と向日葵は別々のハンバーガーを頼んでいた。
 楓は腹を満たせればいいと考え、普通のハンバーガーだった。
「あーん」
「あ、けっこー食べた!」
「うーん。間接キスの味」
「何? 間接キスの味って」
「こっちもあげる。あーん」
「あーん」
 前までは間接キスにたじろいだり、あーんに恥じたりしたものだが、向日葵に鍛えられたこともあり、今の楓は慣れてしまい人目があっても気にならなくなっていた。
「どう?」
「どうって普通になんだっけ、てりやきの味じゃない?」
「そこは間接キスの味でしょ?」
「いや、わかんないって」
「言っておけばいいのに」
 向日葵の言葉にそういうものかと思いながら楓は首を傾げ、残りをたいらげた。
 向日葵がポップコーンをほとんど食べたため、楓は空腹だったが、ハンバーガーを食べたため満たされた。
 しかし、ポップコーンで満腹にならない向日葵はどれだけ食いしん坊なのだろうと呆れていた。
 普段から大食いな向日葵に楓がいつも思うことだが、一体食べたものはどこへ行っているのだろうか。
「あ、勝手に飲んだ」
 ボケーっと向日葵を見つめていた楓は取っておいたジュースを取られて我に返った。
「いいじゃん。こっちあげるから」
「本当に? ありがとう。うわ! 炭酸辛い!」
「わがままだなー」
「向日葵に言われたくない」
 楽しみにしていた飲み物を取られ、苦手な炭酸を飲まされ、散々だったが、二人は笑い合った。楓は悪い気はしていなかった。
「美味しかったね」
「うん。じゃあ、そろそろ行く?」
「待って、すぐ動くと横っ腹が痛くなるから」
「そうだね」
 水を飲んでだべりながら時間を潰そうと思ったが、向日葵はタピオカミルクティー屋を見つけ、買いに行った。
 何がいいか聞かれると聞かれたが、楓は断った。
「私のをもらうつもりだな」
「いや、タピオカって飲むの時間かかるじゃん」
「確かにモチャモチャしてるしね」
 あげないような口ぶりだったが、結局一口わけてもらうと、タピオカミルクティーは一口で十分だと感じた楓だった。
 買いに行くタイミングでは思いつかなかったが、飲んだらまたすぐ動けないのでは、と思ったが口には出さなかった。
「あれ、奇遇じゃん。タピオカが映えるお姉さんたち」
 どこかで聞き覚えのある男たちの声に楓はどうしようかと固まった。
 さっさと逃げた方がいいだろうかと考えたが、向日葵は呑気に飲み続けている。
 無視を決め込むつもりらしい。
 また面倒臭いことになりそうだと思いながら、楓は向日葵に続いた。
「なあ、今日も出会えたのは運命だよ。一緒に遊ぼうよ。なんなら映える服買ってあげてもいいぜ」
 この男たちは映えるしか言葉を知らないのだろうか。
 ニタついた表情に確実に裏があると思い、楓は黙っていた。
「本当にちょっとでいいんだって。この間も言ったろ? 俺たちも傷心なんだって」
 しかし、楓たちは黙っていた。
 それから二言三言話しかけてきたが、それも無視。何を言っても反応を見せない楓たちに、とうとう痺れを切らしたのか男たちは強硬手段に出た。
「さ、行こうぜ」
 一人が口走りながら、楓は腕を引かれ、体が持ち上げられるのを感じた。力が弱くなっただけでなく、体重も軽くなっていることを自覚した。
 こういう時にキャーという悲鳴が出るのだと思い、楓は口を開こうとした。だが、楓の喉から音が出るよりも早く、
「おい」
 という低い声がその場に響いた。
 一瞬で場の空気は固まり、誰も動けなくなっていた。
 誰の口から漏れた言葉か瞬時には判断できなかったが、ギロリとした向日葵の視線から、決して似つかなかったが向日葵のものだと全員が理解した。
「やっていいことと悪いことがあるんじゃないか?」
「ちょっと手を引いただけじゃん」
「その汚い手を離せ」
「なんだよ。男の俺と喧嘩しようってのか」
 手を振り解かれると、楓は咄嗟に椅子を盾にして小さくなった。
「……おい。短気は損気だぞ。喧嘩は頼まれたことと違うぞ……」
「……軽く痛めつけた方がそれっぽいだろ……」
「……そうか。こっちのがわかりやすいか……」
 何かをヒソヒソと話し合うと、二人は卑怯にも向日葵を挟むように立った。
 そのまま一定の距離を保ち、広場のような道に出た。
 楓たちの騒ぎでフードコートは少しざわついていた。
 向日葵は気にするように人通りを確認するためか周りを見回していた。
「スキあり!」
 男は向日葵が構えるより早くに動き出すと、右腕を掴んだ。
「へへ、ここにルールがあると思うなよ」
 よく人目もはばからずこんなことができるなと思ったが、楓もスキありと思いこっそりと周りの助けを借りて助けを呼ぼうとした。
 だが、それより早く決着はついていた。
 向日葵は男の行動を意に介さず、一度何かを確信したように頷くと、男を空中で一回転させて地面に叩きつけた。
 男は衝撃で白目を剥くと力が抜けたように動かなくなった。
「まだやる気?」
「すいませんした!」
 もう一人は向日葵の背後でタイミングを測っていたが、相棒がやられ向日葵の力に恐れをなしたのか、謝ると倒れた男を担いでその場から去っていった。
 まるでフィクションのようだと思ったが、すぐに楓は荷物を持つと向日葵に駆け寄った。
「さ、これが私のごし……」
「話は後、面倒臭いことになる前に離れるよ」
 困惑した様子の向日葵の腕を引いて、楓たちは人混みに紛れた。
 何か証拠を残してしまい、探されなければいい考えていた。
 楓たちはナンパの被害者だったが、あの場にいては店で暴れた同類扱いされかねないことを危惧していた。
 説明することも大変そうなため、とりあえず誰かが来る前に逃げたのだった。
「え、でも、あいつらが取り押さえられることはあっても、私たちは大丈夫だと思うけど」
「いいから」
「はい」
 向日葵を黙らせフードコートから距離を取ると、楓は息が上がっていた。
 何度か深呼吸を繰り返すと息を整え、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いた。
「いやー走ったね」
「向日葵があんなことするから」
「でも、楓ちゃんの腕掴んだあいつらが悪いよ。見てたでしょ。あれが言ってた私の護身術だよ」
 やっと言えた。やっと見せられたと、とうの向日葵は満足気だった。
「か、かっこよかったよ」
「えへへ」
 実際、楓はこれがときめきかと思ったものだった。擬音で表現するなら確かにキュンだな、胸キュンだなと一人で納得していた。
 思考は止まらず、これがエモなのかなどと滝のように流れてきていた。
 それでもかっこいいと褒めることはどこか躊躇われたが、それでも向日葵がはにかんだため言ってよかったと思った。
 また、真剣な表情から一転、照れたような笑いを浮かべる向日葵に楓は再びドキドキと心臓を鳴らしていた。
 すっかり守られる立場で安定していることも、向日葵の方が強いため楓は自分を情けないとは思わなかった。
「じゃ、ひと段落ついたところでお店を見てまわろうか」
「切り替え早いね」
「あんな奴らに心乱されてても仕方ないからね。でしょ?」
「そうだね」
 それからは早く、実は買う服は決めていたのではと思うスピードで決定した。
 とりあえず、ロリータファッションでなかったことに平常心を取り戻し、財布を開く。
 思わず楓は財布と値段を何度も見比べてしまった。
「どうしたの?」
「あ、いや、えーとその」
「言いにくいこと?」
 こくりと頷き、楓は財布の中身を見せた。
 ファッションにお金がかかることも忘れ、映画に昼食とお金を使った楓に洋服代を払う残金は残っていなかった。
「じゃあ私が買ってあげるよ」
「それは悪いよ」
 大人同士ならそれもアリかもしれないが、向日葵はまだ高校生。
 まともな収入源があるとは思えなかった。
 少し聞こえてくる話の内容的には、家がお金持ちっぽかったが、それでも家族以外に自分が着る服を買ってもらうのは気が引けた。
 せめてもっと母に甘えてお小遣いを引き出しておくのだったと後悔した。
「いいのいいの。元々私が言い出しっぺだし、なんなら服を前日とかに渡して明日はこれを着て来てねってのでもよかったんだし」
 確かに、急に渡された服で出かけろと言われるより、自分で選んだ服で出かけられた方が良さそうだと感じた。
 向日葵に限ってそんなことはないだろうが、サイズが合わなかったとなると大変そうだ。
「なら、買ってもらおうかな?」
「決定!」
 向日葵は手際良く商品を手に取るとレジに向かった。
 ふと一人になり、楓は向日葵がレジに行っている間服を見ていた。どれを着ても向日葵なら似合いそうだと思いながら。
 今日一日向日葵は楽しそうに見えた。楓もまたそうだったが、こうして一人になり冷静になってみると、自分が着るのではなく、他人に着てもらうところを想像するのはまた違った楽しさがあるのだと楓は気づいていた。
 ことごとく自分がただファッションから逃げていただけだと気づかされた一日だった。
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