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第94話 交代
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来ない。楓はそればかりが気がかりだった。交代の時間が迫るも、一向に桜が来ない。椿と一緒に回っていたはずだが、どういうわけか椿だけが先んじて教室に戻ってきていた。
おかしい。どう考えてもおかしい。という思考とともに、冷や汗が出始めていた。
相手を終え、対戦が終わったスキを見て連絡を取るも返事がない。楓の中で危機感がうずめき出していた。
何より、このままでは向日葵との約束を果たせなくなる。せっかくの姉妹での文化祭を巡る誘いを断ってまで、向日葵との約束を守ろうとしたことも、このままでは無駄になってしまう。
遅れても来るならいいが、桜のことだ。来ないこともありえる。どこかで女の子をひっつかまえて、遊び歩いているのかもしれない。
「桜はまだ来てない?」
案内役のクラスメイトに聞くも、申し訳なさそうに頷いた。
「うん。まだみたい。まあ、春野さんのことだから、遅れても大目に見てあげて」
クラスメイトのにっこり笑顔を前に、楓もにっこり笑顔で頷く。
これだ。桜だから、がまかり通る環境。これのせいだ。と楓は思った。実行委員が桜に決まり、絵のモデルも並行してやり、負担は歓太郎の方が大きかっただろう。それでも、桜だから大目に見てあげてでなんとかなってきたのだ。
今でこそ向日葵との約束があることで、危機感のようなものを抱いているが、これまでを思い返してみても、桜だしここまでならいいかなと心を許してしまうことばかりだった。
悔しいが、これが人望なのかもしれない。
「やっほー」
呑気な声を受け、楓はハッとして振り向いた。そして、やっとホッと息を吐き出すことができた。
「来ないかと思ったよ」
「文化祭が楽しいからって、さすがに仕事を楓たんに押し付けて、一人で遊び歩くなんて酷なことはしないって」
「怪しいな。今だってギリギリだったし」
「まあまあ、でも、どしたの? 今日はテンション高くない? いつもは、はいはいって感じで流すところでしょ?」
「あ、いや、別にそんなつもりじゃ」
楓は慌てて否定した。だが、桜の指摘通り、自分でも珍しいと思うほど、楓はテンションが上がっていた。ゲームを楽しんだせいもあるだろう。しかし、何より約束が果たせることを安心していた。向日葵と文化祭を回るのだ。
「お待たせ。じゃ、行こっか」
すでに対戦にケリをつけ、椿と交代を終えていた向日葵に楓は声をかけた。
「うん」
向日葵も笑顔で返事をする。
「あとはあたし達に任せて楽しんできなよ」
「ちょっと待って。ほんの少しでいいの。この連勝数について話を聞かせてほしいのだけど」
送り出そうとする桜に、割って入るように椿が言った。
楓は椿には珍しく、緊張したように表情が固くなっているように見えた。絵を描いてる時や、ポスターの結果を見る前よりも、その顔は真剣さを帯びている気さえした。
「あれは何?」
「何って、私の連勝数だよ」
こともなげに向日葵は言ってみせた。
何かおかしなことでもあるの? と聞いてくるような表情に誰もが押し黙った。
「その、失礼だけど、敗北をカウントしてないってことはないわよね?」
「ないよ? 途中から同時に進めたから、カウントは任せてたけど、全部勝ちだったよ?」
「交代まで全て?」
「うん。全部勝ち」
楓も向日葵の実力は知っていた。これまで負けがないことも知っていた。もしかしたら、神を負かすほどの天才がいるかもしれないと思ったが、そんな天才はいなかった。結局、同時に進めても結果は変わらなかった。
そして、そんな記録を前にしては、椿が緊張するのもおかしなことではないだろう。
「私どうしたらいいの? 時間帯で一番強い人があの席に座ることになってるけど、向日葵さんの後は荷が重いわ」
「大丈夫だよ。椿ちゃんなら楽勝だって」
「そんなことないわ。これに関してはそんなことない」
椿ははっきり言った。だが、そんな椿の震える手を、向日葵は優しく握った。そして、ゆっくりと笑顔を作り、真っ直ぐ椿の目を見つめた。
「椿ちゃんならできる。これは信じる信じないとかいうあやふやなものじゃなくて、今までの結果からくる推察だよ」
「そう?」
「うん。絵だって認められたんだし。ゲームもできるよ。第一他の人より上手だからあそこの席で戦うんでしょ?」
「そうね。そこまで言われたら、泣き言も言ってられないわね」
やっと観念したように椿は頷いた。気づくと震えも止まり、表情も柔らかくなっているようだった。
「そろそろいい?」
案内係に聞かれ、椿は頷いた。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
そう言って椿は覚悟を決めたように向日葵が座っていた席へと向かって行った。
「こっちも大丈夫だよ。さ、二人はもう行ってきなしゃい」
「僕としては桜が不安だなぁ」
「なんでさ。中級なら負けてもいいでしょ? 楓たんだって負けたんだし」
「いや、そうじゃなくて、セクハラとかしたら問題になるからね?」
「だからその辺はしっかりと関係性を見てやってるから大丈夫だって」
「恨みを買ったりしてない?」
「そんなことにならないって」
最後まで呑気に笑っている桜を見てから、後のことは桜に任せることにして、楓は向日葵とともに教室を出た。
すぐに、並んでいる列からギロリという感じの視線を感じ、射すくめられた。人の集団というだけでそこそこプレッシャーを感じるが、加えて鋭い視線を向けられ、少しの間出口をふさいでしまっていた。だが、向日葵の暖かい手で握られ、楓は多少なりとも平静さを取り戻した。
「ありがとう」
楓は向日葵に笑顔で言った。
「これくらいどうってことないよ。さ、行こう?」
楓の手を引きながら向日葵が言った。手汗一つかいていない、すべすべした手だった。
「でも、あの人達のほとんどが、向日葵と対戦したかったんじゃない?」
「そうかもね」
「にしては、向日葵が出てきた時の反応が薄いような」
立ち止まって再度視線を向けると、もう興味を失ったのか、楓達を見ている者はいなかった。
「そもそも私の顔を知らないってのもあると思うけど、今の私は他の生徒に見えてるはずだよ。ちょっと勝ちすぎて騒ぎになりそうだからね」
「自覚あったんだ」
苦笑いを浮かべながら、楓は言った。てっきり、紅葉と同じように、勝ちに喜びを傾けているだけで、他のことは考えていないのかと思っていたが、向日葵はそうではなかった。
「色々聞かれてたら、せっかくの楽しみが減っちゃうからね」
「そうだね」
「それに、椿ちゃんが負けることはないから、興味はすぐに椿ちゃんに移ると思うよ」
「どうしてそれがわかるの?」
楓が聞くと、向日葵は心底楽しそうにふふふと笑った。
「結果は神のみぞ知るってことだよ。さ、まずは隣のクラスから行こうか」
「どういうことなの?」
楓の質問には答えず、向日葵は楓の手を引いて数歩移動した。楓達のクラスとは打って変わって静かだった。
ドアは開け放たれ、受付役として一人の生徒が教室の外に机を並べ座っていた。楓達の視線に気づくと、生徒はドアに向けて手を伸ばした。
「自由に入っていいよ。出入りは自由だから、見て満足したら出ていく感じで」
受付の生徒は明るく言った。
「中には何があるの?」
気になったらしく向日葵が聞いた。
「絵だけど、説明を聞くより見た方が早いと思うよ」
「なるほど」
頷いてから向日葵とともに楓は教室の中へと移動した。
受付の言葉通り、壁や仕切りのようなものに絵がはられていた。まるで作品展のような雰囲気に楓は息を呑んだ。向日葵と一緒に回ることを約束したにも関わらず、他のクラスの出し物のことなど気にもかけていなかったことを後悔していた。
見た限りでは、壁だけでなく仕切りを使っていることの理由が、多くを飾るため程度しか楓にはわからなかった。
「みんな上手だね」
向日葵の言葉に楓は頷いた。
「そうだね。僕は絵はほとんど描けないから、純粋にすごいと思う」
「絵は描けないの?」
「描けないわけじゃないけど、少しでも上手い人と並べられたら、絶対に見劣りしちゃうって感じかな? どうしたって上手い人と比べるとどれもできないけど、絵は特にそんな印象が強い」
「へー楓の絵見てみたい。私が楓を描く約束だから、せっかくだし楓が私を描いてよ」
「え、えーと……」
楓は答えに困った。実際、椿がしたように人をモデルにして絵を描いたことなど一度もなかった。
これまで、絵は必要最低限にとどめてきた。もちろん描きたいと思ったことがないわけではない。椿の絵に感動した時などは、自分でも何か描きあげようかと思ったほどだった。そう、興味がなかったわけではない。
「楓が嫌ならいいんだ。無理強いはしないよ」
「そうじゃないよ。嫌じゃない。むしろ描きたいよ。でも、笑わないでよ? 本当に苦手意識が強いし、きっと向日葵の方が上手いだろうから」
「笑わないって」
そう言う向日葵の顔は笑顔だ。揚げ足をとるつもりはなかったが、不安でもあった。だが、向日葵ならば大丈夫だろうという気持ちもあった。
「どんな絵だって、私は嬉しいよ?」
「じゃあ、描くよ」
「楽しみ」
また次の約束を取り付けるなり、向日葵は足取り軽く歩き出した。
隣のクラスに知り合いという知り合いは思い当たらない。名前を見ればわかるのかもしれないが、楓にはすぐに思い出せる名前もなかった。
「あ、これが葛ちゃんのじゃない?」
「本当だね」
やっとのことで知り合いのものを見つけ、楓は改めて教室を見回した。
特段変わったものがあるわけじゃない。内装は楓のクラスと変わらない。だが、別のクラス。なんとも言えない違和感はあった。
そして、改めて葛の絵を見てみる。何よりまずリアルだった。少し怖さすら覚えるほど写実的な、夕暮れを見る女子生徒の姿だった。椿のワクワクする感じとは違い、見ていると落ち着くような印象だった。
それから他のを見ても、クラス全体で何かのまとまりやストーリーを感じ取ることはできなかった。思い思いの絵を描いたらしく、楓には一つ一つが個性を主張してきているように感じられた。
「やっぱりみんな絵が上手いな」
「そうだね。でも、大丈夫だよ。楓だってきっと上手いよ」
「見てないのによく言うよ」
「その言葉は一部正しく、一部間違ってるけどね」
「あ、見てたのか。知ってるのか。そうか、今さら隠すことじゃないのか」
「やっと気づいたの?」
「うん」
「じゃ、あんまり比較しちゃうみたいだから、十分楽しんだってことで次行こう」
楓は向日葵に手を引かれ、つんのめりながらも歩いた。
おかしい。どう考えてもおかしい。という思考とともに、冷や汗が出始めていた。
相手を終え、対戦が終わったスキを見て連絡を取るも返事がない。楓の中で危機感がうずめき出していた。
何より、このままでは向日葵との約束を果たせなくなる。せっかくの姉妹での文化祭を巡る誘いを断ってまで、向日葵との約束を守ろうとしたことも、このままでは無駄になってしまう。
遅れても来るならいいが、桜のことだ。来ないこともありえる。どこかで女の子をひっつかまえて、遊び歩いているのかもしれない。
「桜はまだ来てない?」
案内役のクラスメイトに聞くも、申し訳なさそうに頷いた。
「うん。まだみたい。まあ、春野さんのことだから、遅れても大目に見てあげて」
クラスメイトのにっこり笑顔を前に、楓もにっこり笑顔で頷く。
これだ。桜だから、がまかり通る環境。これのせいだ。と楓は思った。実行委員が桜に決まり、絵のモデルも並行してやり、負担は歓太郎の方が大きかっただろう。それでも、桜だから大目に見てあげてでなんとかなってきたのだ。
今でこそ向日葵との約束があることで、危機感のようなものを抱いているが、これまでを思い返してみても、桜だしここまでならいいかなと心を許してしまうことばかりだった。
悔しいが、これが人望なのかもしれない。
「やっほー」
呑気な声を受け、楓はハッとして振り向いた。そして、やっとホッと息を吐き出すことができた。
「来ないかと思ったよ」
「文化祭が楽しいからって、さすがに仕事を楓たんに押し付けて、一人で遊び歩くなんて酷なことはしないって」
「怪しいな。今だってギリギリだったし」
「まあまあ、でも、どしたの? 今日はテンション高くない? いつもは、はいはいって感じで流すところでしょ?」
「あ、いや、別にそんなつもりじゃ」
楓は慌てて否定した。だが、桜の指摘通り、自分でも珍しいと思うほど、楓はテンションが上がっていた。ゲームを楽しんだせいもあるだろう。しかし、何より約束が果たせることを安心していた。向日葵と文化祭を回るのだ。
「お待たせ。じゃ、行こっか」
すでに対戦にケリをつけ、椿と交代を終えていた向日葵に楓は声をかけた。
「うん」
向日葵も笑顔で返事をする。
「あとはあたし達に任せて楽しんできなよ」
「ちょっと待って。ほんの少しでいいの。この連勝数について話を聞かせてほしいのだけど」
送り出そうとする桜に、割って入るように椿が言った。
楓は椿には珍しく、緊張したように表情が固くなっているように見えた。絵を描いてる時や、ポスターの結果を見る前よりも、その顔は真剣さを帯びている気さえした。
「あれは何?」
「何って、私の連勝数だよ」
こともなげに向日葵は言ってみせた。
何かおかしなことでもあるの? と聞いてくるような表情に誰もが押し黙った。
「その、失礼だけど、敗北をカウントしてないってことはないわよね?」
「ないよ? 途中から同時に進めたから、カウントは任せてたけど、全部勝ちだったよ?」
「交代まで全て?」
「うん。全部勝ち」
楓も向日葵の実力は知っていた。これまで負けがないことも知っていた。もしかしたら、神を負かすほどの天才がいるかもしれないと思ったが、そんな天才はいなかった。結局、同時に進めても結果は変わらなかった。
そして、そんな記録を前にしては、椿が緊張するのもおかしなことではないだろう。
「私どうしたらいいの? 時間帯で一番強い人があの席に座ることになってるけど、向日葵さんの後は荷が重いわ」
「大丈夫だよ。椿ちゃんなら楽勝だって」
「そんなことないわ。これに関してはそんなことない」
椿ははっきり言った。だが、そんな椿の震える手を、向日葵は優しく握った。そして、ゆっくりと笑顔を作り、真っ直ぐ椿の目を見つめた。
「椿ちゃんならできる。これは信じる信じないとかいうあやふやなものじゃなくて、今までの結果からくる推察だよ」
「そう?」
「うん。絵だって認められたんだし。ゲームもできるよ。第一他の人より上手だからあそこの席で戦うんでしょ?」
「そうね。そこまで言われたら、泣き言も言ってられないわね」
やっと観念したように椿は頷いた。気づくと震えも止まり、表情も柔らかくなっているようだった。
「そろそろいい?」
案内係に聞かれ、椿は頷いた。
「ありがとう。もう大丈夫よ」
そう言って椿は覚悟を決めたように向日葵が座っていた席へと向かって行った。
「こっちも大丈夫だよ。さ、二人はもう行ってきなしゃい」
「僕としては桜が不安だなぁ」
「なんでさ。中級なら負けてもいいでしょ? 楓たんだって負けたんだし」
「いや、そうじゃなくて、セクハラとかしたら問題になるからね?」
「だからその辺はしっかりと関係性を見てやってるから大丈夫だって」
「恨みを買ったりしてない?」
「そんなことにならないって」
最後まで呑気に笑っている桜を見てから、後のことは桜に任せることにして、楓は向日葵とともに教室を出た。
すぐに、並んでいる列からギロリという感じの視線を感じ、射すくめられた。人の集団というだけでそこそこプレッシャーを感じるが、加えて鋭い視線を向けられ、少しの間出口をふさいでしまっていた。だが、向日葵の暖かい手で握られ、楓は多少なりとも平静さを取り戻した。
「ありがとう」
楓は向日葵に笑顔で言った。
「これくらいどうってことないよ。さ、行こう?」
楓の手を引きながら向日葵が言った。手汗一つかいていない、すべすべした手だった。
「でも、あの人達のほとんどが、向日葵と対戦したかったんじゃない?」
「そうかもね」
「にしては、向日葵が出てきた時の反応が薄いような」
立ち止まって再度視線を向けると、もう興味を失ったのか、楓達を見ている者はいなかった。
「そもそも私の顔を知らないってのもあると思うけど、今の私は他の生徒に見えてるはずだよ。ちょっと勝ちすぎて騒ぎになりそうだからね」
「自覚あったんだ」
苦笑いを浮かべながら、楓は言った。てっきり、紅葉と同じように、勝ちに喜びを傾けているだけで、他のことは考えていないのかと思っていたが、向日葵はそうではなかった。
「色々聞かれてたら、せっかくの楽しみが減っちゃうからね」
「そうだね」
「それに、椿ちゃんが負けることはないから、興味はすぐに椿ちゃんに移ると思うよ」
「どうしてそれがわかるの?」
楓が聞くと、向日葵は心底楽しそうにふふふと笑った。
「結果は神のみぞ知るってことだよ。さ、まずは隣のクラスから行こうか」
「どういうことなの?」
楓の質問には答えず、向日葵は楓の手を引いて数歩移動した。楓達のクラスとは打って変わって静かだった。
ドアは開け放たれ、受付役として一人の生徒が教室の外に机を並べ座っていた。楓達の視線に気づくと、生徒はドアに向けて手を伸ばした。
「自由に入っていいよ。出入りは自由だから、見て満足したら出ていく感じで」
受付の生徒は明るく言った。
「中には何があるの?」
気になったらしく向日葵が聞いた。
「絵だけど、説明を聞くより見た方が早いと思うよ」
「なるほど」
頷いてから向日葵とともに楓は教室の中へと移動した。
受付の言葉通り、壁や仕切りのようなものに絵がはられていた。まるで作品展のような雰囲気に楓は息を呑んだ。向日葵と一緒に回ることを約束したにも関わらず、他のクラスの出し物のことなど気にもかけていなかったことを後悔していた。
見た限りでは、壁だけでなく仕切りを使っていることの理由が、多くを飾るため程度しか楓にはわからなかった。
「みんな上手だね」
向日葵の言葉に楓は頷いた。
「そうだね。僕は絵はほとんど描けないから、純粋にすごいと思う」
「絵は描けないの?」
「描けないわけじゃないけど、少しでも上手い人と並べられたら、絶対に見劣りしちゃうって感じかな? どうしたって上手い人と比べるとどれもできないけど、絵は特にそんな印象が強い」
「へー楓の絵見てみたい。私が楓を描く約束だから、せっかくだし楓が私を描いてよ」
「え、えーと……」
楓は答えに困った。実際、椿がしたように人をモデルにして絵を描いたことなど一度もなかった。
これまで、絵は必要最低限にとどめてきた。もちろん描きたいと思ったことがないわけではない。椿の絵に感動した時などは、自分でも何か描きあげようかと思ったほどだった。そう、興味がなかったわけではない。
「楓が嫌ならいいんだ。無理強いはしないよ」
「そうじゃないよ。嫌じゃない。むしろ描きたいよ。でも、笑わないでよ? 本当に苦手意識が強いし、きっと向日葵の方が上手いだろうから」
「笑わないって」
そう言う向日葵の顔は笑顔だ。揚げ足をとるつもりはなかったが、不安でもあった。だが、向日葵ならば大丈夫だろうという気持ちもあった。
「どんな絵だって、私は嬉しいよ?」
「じゃあ、描くよ」
「楽しみ」
また次の約束を取り付けるなり、向日葵は足取り軽く歩き出した。
隣のクラスに知り合いという知り合いは思い当たらない。名前を見ればわかるのかもしれないが、楓にはすぐに思い出せる名前もなかった。
「あ、これが葛ちゃんのじゃない?」
「本当だね」
やっとのことで知り合いのものを見つけ、楓は改めて教室を見回した。
特段変わったものがあるわけじゃない。内装は楓のクラスと変わらない。だが、別のクラス。なんとも言えない違和感はあった。
そして、改めて葛の絵を見てみる。何よりまずリアルだった。少し怖さすら覚えるほど写実的な、夕暮れを見る女子生徒の姿だった。椿のワクワクする感じとは違い、見ていると落ち着くような印象だった。
それから他のを見ても、クラス全体で何かのまとまりやストーリーを感じ取ることはできなかった。思い思いの絵を描いたらしく、楓には一つ一つが個性を主張してきているように感じられた。
「やっぱりみんな絵が上手いな」
「そうだね。でも、大丈夫だよ。楓だってきっと上手いよ」
「見てないのによく言うよ」
「その言葉は一部正しく、一部間違ってるけどね」
「あ、見てたのか。知ってるのか。そうか、今さら隠すことじゃないのか」
「やっと気づいたの?」
「うん」
「じゃ、あんまり比較しちゃうみたいだから、十分楽しんだってことで次行こう」
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