異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

63. 憧れのひと

 ほっそりとした肩を揺らして震える少女を黒髪の少年が抱き締める。
 自分たちの目から隠すように、その腕の中に閉じ込めて。
 
 だけど、少女が小さく呻いてもがいた瞬間、がさらりとこぼれ落ちた。

 グレンは目を見開く。

 金色に輝く、美しい髪だ。
 王国民に多い、見慣れた金髪。目にした瞬間、疑問符で頭の中がいっぱいになった。

(なぜ? ナギは黒狼族の獣人。艶やかな漆黒の毛並みを誇っていたはずなのに、どうして彼女の髪は明るく煌めいている……?)

 傍らに控えていたオスカーが息を呑む気配がした。
 多分、自分も同じような表情を浮かべているに違いない。

「ああ……これはもう、誤魔化しようがないよ、エド」

 ため息混じりにぼやいているのは、乗り合い馬車の乗客として出会い、地下牢で共に過ごしたナギで間違いないはずなのに。

「ナギ、か? 髪の色が違うが……それに、耳と尻尾が消えた……?」

 すごい勢いで背に庇ったエドの腕を軽く叩いて「大丈夫だから」と宥めた少女が、ひょこりと顔を覗かせる。
 困ったように小さく笑うと、ナギはまっすぐグレンを見上げて口を開いた。

「あらためまして、銀級シルバーランク冒険者のナギです。こちらが本来の姿なので、お見知り置きを」
「本来の姿とは?」

 いち早く立ち直ったオスカーの問いには、エドが答えてくれた。

「先ほどまでのナギの姿は、潜入捜査用に変装していたものだ」
「変装という言葉で済ませられるレベルではないように思うのだが……」

 オスカーのツッコミに、グレンも深く頷いてみせる。

「そうだな。あんなに精巧な獣の耳や尻尾を作れるものなのか? それに、髪色もまったく違う」

 染料さえあれば、髪を染めることは簡単だが、ナギの変装は次元が違う。
 種族を偽るレベルで変化できるなんて、かつて『王家』の影として働いていたオスカーからしたら頭の痛い事実だろう。

「一時的にですが、獣人になれるポーションがあるんです。ダンジョンの深層でドロップするレアアイテムですが」
「そんな物があるんですか……」

 世界は広いのだと、しみじみ思う。
 何やら思案げな様子のオスカーはそのポーションをどう仕事に生かそうか、考えているのだろう。
 かくいうグレンも興味津々だ。

「そのポーションはどこで購入できるのかな?」
「……グレン?」
「あ、いや違うぞ? 僕が使おうだなんて、そんなことは少ししか考えていないからな。興味深いアイテムなので、国に持ち帰ろうかなと……」

 胡乱げな眼差しを向けてくるオスカーから、そっと視線を逸らす。
 
「とても希少なポーションなので、購入はできないと思う。悪用されても困るので、ギルドで厳重に管理されていると聞いた」

 淡々とした口調のエドに説明され、肩を落とす。残念だ。獣人に変身するなんて、ものすごく楽しそうだったのに。

 開き直った様子のナギが引き止めようとする少年の手をやんわりと拒んで、すぐ近くまで歩み寄ってくる。
 空色の瞳が挑むような強さで、まっすぐこちらを見上げてきた。

「これで疑問も解消されましたよね? 私が魔法を使えるのは、獣人じゃないからです。ちょっとだけ、人より魔力量が多いのが自慢なので」
「ちょっとだけ……?」

 解せない、といった表情のオスカー。気持ちはとてもよく分かる。
 あの【アイテムボックス】収納容量からして、彼女の魔力量はとんでもないものだろう。
 少なくとも、エルフなみの魔力量を誇っているはずだ。

(王国の魔術師団長と比肩する……いや、それ以上の逸材かもしれない)

 胸を張る少女の姿をグレンは瞳を細めて見つめた。
 もう少しで成人すると言っていたので、年齢は十四歳か。

(まるで妖精のように華奢で可憐な外見をしているのに、中身は大人なみにしっかりしているところも小気味よい。このまま精進すれば、すぐにでも金級冒険者にランクアップしそうだな)
 
 あらためて見下ろして、グレンはふと既視感を覚えた。初めてナギを目にした時から覚えていた感情だ。
 胸の奥がひどく騒いで、落ち着かない。

(やはり、どこかで会っていた気がする)

 やわらかに波打つ、蜂蜜色の長髪。白い肌に繊細に整った容貌。
 何よりも、その澄んだ蒼の瞳の彩は唯一無二だと思っていたもので──

「あぁ……そうだ。彼女に、似ているのか」

 苦い思い出と共に封じていた記憶の中の女性と重なる。
 年齢が離れていたので、友人というよりも姉と弟のような関係だったが、幼い自分を優しく構ってくれた令嬢だ。
 遠方の辺境の地に暮らしている上、病弱なために年に一度の社交シーズンにしか会えなかった女性。

 その、美しく優しかった人とナギがあまりにも似通っていて。
 グレンは無意識に、彼女の名を口ずさんでいた。

「アランナ嬢……?」
「え……」

 ナギの瞳が大きく見開かれる。
 信じられない、といった表情を浮かべて、呆然と立ち尽くす。

「どうして、その名前をグレンさんが知っているの?」
「……ッ!」

 息を呑んだのは、誰だったか。
 血相を変えた彼女の相棒の様子から、グレンは唐突に理解した。

「君はアランナ嬢の娘なのか、ナギ」
「殿下⁉︎」

 はっと顔を上げたのは、オスカー。
 彼もその一言で、ナギの正体に気付いたのだ。
 
「アランナ・エランダル……前辺境伯夫人の娘ということは、貴女はアリア・エランダル?」

 この五年近く、ずっと消息を追っていた少女を前にして動揺が隠せない。
 念願の自由の身に浮かれて、彼女のことをすっかり失念していた。最低だ。

(だが、見つけることができた)

 の忘れ形見。そして、辺境の地を代々守護してきたエランダルの血を継ぐ、正統な後継者を発見できて、グレンはようやく五年前からの重い肩の荷を下ろせる気がした。

「…っ、待て!」

 オスカーが叫ぶと同時に、エドがドアを蹴り破る。
 小脇にナギを抱えた黒狼族の少年が物凄い勢いで宿の廊下を駆け抜けていく。

「取り押さえろ! 怪我はさせるな!」
「はっ!」

 宿の周辺で待機させていた二人の部下に、オスカーが命じる。
 王家直属の調査部隊の腕利きの追手をかいくぐった少年が街へ駆け出そうとした、その瞬間。
 もう一人の隊員が魔術で編んだ捕縛用の網を投擲する。
 物理的に『斬る』ことが難しいはずの、その捕縛の魔術が、次の瞬間には断ち切られていた。

「なに……ッ⁉︎」
「まさか、あの術が破られるなんて……!」
「ちっ! 逃がすな!」

 舌打ちをしたオスカーが、二階の窓から飛び降りる。慌ててグレンも後を追った。 
 二人とも攻撃魔法は使えないが、【身体強化】スキルなら使える。

「信じられないな。どうやって、あの魔術を無効化した……?」
「どうやら魔道武器を使ったようです。それも、とびきり高性能の」
「まさか……」
「間違いないでしょうね。あれは、王家から辺境伯家に貸し与えていた魔剣かと」
「あああ……もう! 次から次へと!」

 厄介なことになった、と頭を抱えながらも二人はエドの後を追う。
 ナギを抱えているというのに、あの身体能力はどういうことだろうか。さすが、黒狼族。銀級冒険者の実力も納得だ。
 こういった捕り物には慣れているはずの調査部隊員たちがてこずっている様子に、ひやひやする。

「話を聞いてくれ、ナギ! 悪いようにはしない!」
「信じられるか!」
「君の母君とは友人だった。名と魂に賭けて、君を守ると誓おう! だから、少しだけでも話を……っ」

 全力で走りながら叫んだため、咳き込んでしまう。
 足を止めて、呼吸を整えていると、オスカーが背をさすってくれた。情けない。体力をつけなければ、とあらためて思う。

「──おい」

 不機嫌そうな声で呼び掛けられて、慌てて顔を上げる。
 黒衣をまとった少年が睨み付けるようにして、目の前に立っていた。

「勘違いするなよ。俺はアンタたちを信じてはいない。ナギが望んだから、ここにいるだけだ」

 その腕の中から降り立ったナギがまっすぐ見つめてくる。

「話を、聞きたいです」

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