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〈成人編〉
64. 告白 1
(まさか、グレンさんがお母さまのことを知っていたなんて……!)
しかもよりによって、そんな人たちの前で獣人に変身できるポーションの効果が切れてしまうなんて、最悪の展開だ。
元の姿に戻ったナギを目にして、どうやら母の知り合いだったらしいグレンに問い掛けられて、うっかり反応してしまった。
(せめて知らないふりをしておけば……いや、無理だよね。絶対、追い掛けてくるに決まっている)
グレンどころか、オスカーにまでバレてしまったのだ。
エランダルの名をこの国で耳にして、動揺してしまった。
頭の中が真っ白になり、立ち尽くしたナギを先に我に返ったエドが抱えて逃走してくれたおかげで、考える時間を稼ぐことができたのだと思う。
(エドは本気で逃げ切るつもりだったんだろうけど、難しいよね)
銀級冒険者のナギとエド。
その名はもう彼らに知られてしまっている。それに、母の遺産である大切な屋敷もそのままだ。
家では同居猫たちがナギたちの帰りを待っている。
(それに、ダンジョン都市で得た親しい人たちともこのまま何も言わずに別れてしまうのは、とても辛い)
いざとなったら、ダンジョンや大森林に逃げ込めばいい。
そんな風に笑い飛ばしていたが、実際にはなかなか思い切れなかった。
短い付き合いではあるけれど、旅の間にグレンやオスカーと触れ合ったからかもしれない。
(彼らは、悪い人じゃない。とくに、グレンさんは顔見知りになったばかりの私のために、その身を呈してくれようとした……)
彼らなら、信じられるのではないか。
【身体強化】スキルを重ねて、すばやく宿の廊下を駆け抜けていくエド。
背後から、オスカーが叫ぶ声が聞こえる。
近くに控えていた、彼らの部下らしき人たちが追ってきた。
嫌な気配。【鑑定】スキルが反応する。目の前が赤く点滅していた。危険。そんなのは分かっている。
(……でも、グレンさんもオスカーさんも『青』のままだった)
おそらくは自分たちに向けられる悪感情や害意などに反応していたのだろう。
彼らがナギの正体を知った後でも『青』のままなことが、嬉しい。
捕まえようと伸ばされる腕を掻い潜り、邪魔な人々の頭上を飛び越えていく。
いつの間にか、建物の外に出ていたようだ。
追手の一人が何かをこちらに投げ付けてくるのが目に入る。魔法? いや、あれは魔道具だろう。
蜘蛛の糸のようなものが二人を絡め取ろうと放たれて──エドが一息で切り払った。
「っ、いまの……」
「嫌な感じがしたから、斬った」
平坦な口調であっさり言い放つ、頼りになる相棒の姿に、ナギは小さく笑う。
彼の利き手に握られていたのは、ナギが辺境伯邸より持ち出した魔道武器の剣。
(何でも斬ることができる、魔剣だっけ?)
魔剣なんて響きはちょっとだけ禍々しい気がするが、由緒正しい国宝級の剣らしい。
売り払ってアシがつくことを恐れて、ずっと【無限収納EX】内で眠っていたのだが、銀級に昇格し、上級ダンジョンに挑む機会があった際にエドに預けておいたものだった。
手首に装着したストレージバングルに収納し、いつでも取り出せるようにしていたらしい。
「まさか本当に魔法が斬れるなんて……」
「いい剣だ」
しみじみと手にした剣を見下ろすエド。ふとナギが背後の騒ぎに気付いて振り返ると、二人が宿の二階から飛び降りる姿が目に入った。
「えっ⁉︎ そこまでする?」
「しっかり掴まっていろよ、ナギ」
「ちょっ……!」
再開する、鬼ごっこ。
追う者も逃げる者も【身体強化】スキルを駆使しているため、なかなか決着がつかない。
「話を聞いてくれ、ナギ! 悪いようにはしない!」
「信じられるか!」
自分の代わりにエドが返事をしている。
激しく振り回されたナギは目を回しそうなのに、三人とも元気だと妙なところで感心した。
(いや、グレンさんは咳込んでいるね。お坊ちゃんなのに無理するから……)
「君の母君とは友人だった。名と魂に賭けて、君を守ると誓おう! だから、少しだ
けでも話を……っ」
懇願に近い叫びに、ナギは息を呑んだ。
その言葉に嘘はないと、本能的に感じた。そっと振り向いて確認するが、相変わらず彼の光は綺麗な『青』で。
ナギはそっとエドの腕をタップする。
何となく予想していたのだろう。嫌そうな表情を浮かべたが、渋々足を止めてくれた。
「──話を、聞きたいです」
◆◇◆
ふたたび宿の部屋へ戻って、ナギはグレンから母の話を聞かされた。
部屋には四人だけだ。
遮音の魔道具を使っているため、誰にも聞かれることはない。
「この国では身分を隠していたが、僕はグレン・グランディード。グランド王国の現国王陛下の弟だ」
「王弟殿下……」
「オスカー・ライトウェル。グランド王国宰相は父になる。今の身分は、殿下のお目付け役といったところになりますね」
「宰相の息子……ってことは、高位貴族?」
「一応、筆頭侯爵家ではあります」
「わぁ……」
彼らの正体が思ったよりも大物で、ナギは顔色を悪くした。
気付いたグレンが優しい声音で宥めてくれる。
「萎縮しないでほしい。この国では新米冒険者のグレンとオスカーだ」
「そうですね。不敬罪だなんて騒ぎ立てることはしませんので、安心してください、アリア嬢」
ナギは華奢な肩を小さく震わせた。
その名前で呼ばれたのは、どのくらいぶりだろうか。
少なくとも、母が亡くなってからは誰も彼女の名をちゃんと呼んでくれた人はいなかった。
「辺境伯令嬢であったアランナ嬢とは、歳の離れた友人だったんだ。病弱だった彼女はめったに王都に来ることはなかったけれど、城の庭園がお気に入りで、よく見学に訪れていた」
人気の少ない、寂れた四阿。
そこはグレンの秘密基地だった。
妖精のような可憐な少女と王子さまは不思議と気が合って、親しくなったらしい。
「血は繋がっていないが、姉のような存在だった。……だから、彼女が若くして病で命を落としたと聞いて、とても残念に思った」
「……母からは殿下の話は聞いたことがありませんでした」
「彼女が亡くなったのは、君がまだ幼い頃だからね。ああ、あの時に無理にでもエランダル領に足を運ぶべきだった」
そうすれば、君があんな目に遭わないで済んだだろうに──嘆息するグレンをぼんやりと見つめる。
痛ましげな眼差しや、その嘆きから、彼は『アリア』の身に起きたことを知っているのだろう。
「先に宣言しておこう。僕は君を捕らえるつもりはない。君は被害者だったのだから」
エドの手が、ナギのそれに重なる。
励ますように、そっと手を握られて、ほっと肩の力が抜けた。
それからグレンは、五年前の辺境伯邸を襲った事件の顛末を詳しく語ってくれた。
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