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〈成人編〉
72. 〈閑話〉ジュードとマルク 3
およそ二ヶ月の船旅を終え、ようやく目的地に到着した。
グランド王国の南に位置する、ダリア共和国。
大陸をまたがる大森林が原因で、隣国とはいえ交流が難しい中、細々と縁が繋がっている大切な同盟国である。
他種族に差別的で、いまだ奴隷制度のあるシラン国や好戦的なトレント帝国と比べると、まともな国だとしみじみ思う。
「やれやれ。ようやく到着ですか」
「さすがに疲れましたね」
タラップを降りて、大地を踏み締めるとホッとした。
いつも飄々とした態度のジュードでさえ、嬉しそうに背中を伸ばしている。
「何度か補給のために上陸はしていましたが、しばらくは海から離れられると思えばホッとします」
「森に慣れ親しんでいたマルクくんにはキツい旅だったね」
「ああ……まぁ、それなりに楽しく過ごせましたよ? あの二人の護衛はスリリングなので」
「あっはっは! グレン殿下は面白そうだと思ったら、自分から事件に顔を突っ込むからねぇ」
実に楽しそうに笑うジュードをマルクは恨めしそうに見やる。
「オスカー隊長の気持ちがちょっと分かった気がしますよ。胃薬がいくつあっても足りないくらいだ」
「ははは。彼には旅の餞別にとよく効くポーションを渡しておいたから大丈夫だと思うよ?」
軽口を叩きつつも、二人は少し離れた場所を歩くもう二人から目を離さない。
金髪碧眼の育ちの良さそうな青年と、漆黒を纏う美貌の男という組み合わせはよく目立つ。
今もさりげなく彼らを視界に収めて、値踏みしている連中が港に何人か潜んでいた。
この街を根城にしているスリやひったくりの類だろうか。
まさか、暗殺者ではないとは思うが。
「……ジュードさん」
「ああ、はい。分かっていますよ。僕があの二人を監視しているので、マルクくんは『お仕事』をよろしく」
「すぐに片付けて合流します」
気配を消して、グレン殿下とオスカー隊長の後を追おうとする連中の意識を一人ずつ刈っていく。
誰にも気付かれないよう、背後から口を塞ぎ、昏倒させるのはもう慣れたもの。
(俺、魔獣狩りのほうが得意だったはずなのになぁ……)
斥候もそれなりにこなしてはいたが、今や本職に近い。
命は取らずにこっそりと制圧した連中はまとめて港街の警ら隊に渡しておく。
「さて、さっさと合流するか。放っておくと、あの人何をするか分かんないからな」
マルクには【気配察知】スキルがあるため、常にそばにいたジュードがどのあたりにいるのか、おおよそは把握できる。
足音を消して、赤みがかった茶髪の男にそっと近付いた。
「おかえり、マルクくん。ご苦労さま。全員、後始末までちゃんとこなしたのかな」
「はい。どうせ余罪があるだろうから、警ら隊に引き渡してきました。殿下たちに動きは?」
「のんびり旅を楽しむようですよ」
小さく笑うジュードの肩越しに確認すると、二人は大通りを目指すようだ。
「宿を探すみたいですね。それとも屋台かな」
王族と高位貴族というマルクにとっては雲の上のような存在の二人だが、意外なことに屋台が気に入っていた。
くっくっと喉の奥で楽しそうに笑うジュード。
「まさか、オスカー隊長があれほど屋台飯が気に入るとは思いませんでしたね!」
「意外でしたよね。美食に慣れた二人には素朴な味が珍しかったんでしょうか」
「毒味を通さずに口にできる、温かな食事は格別なご馳走なんですよ、きっと。僕のような貧乏子爵家では、串焼き肉なんて食べ飽きていますがねぇ」
貧しい貴族家の出身だとは言っていたが、子爵家の令息だったのか。
苦労したのだな──しんみりしていると、ジュードはくつりと笑った。
「学生時代は食費にも困っていたので、学園の裏にある国有林でよく鳥肉を狩っていたもんです。魔術の訓練にもなるし、腹も満たせる。あれは良い狩り場でした」
「嘘だろ……国有林で狩り⁉︎ よく退学になりませんでしたね!」
愕然としていると、「そりゃあもう叱られましたとも!」と肩を竦めたジュード。
「グレン殿下のお口添えで、三日間の停学処分で済みました!」
「うわぁ……それは……めちゃくちゃ面白がられていそうな」
「よく分かりましたね、さすがマルクくん! げらげら笑った後で、食事を奢ってくれました。さすが、殿下です」
「……ちなみにオスカー隊長には叱られましたよね、当然?」
途端に顔を顰める。
「それはもう延々とお説教されましたよ。……まぁ、その後で寮費に食事代も免除される奨学制度を教えていただいたので、それなりに感謝はしています」
しっかり叱って、ちゃんと救済の手を差し伸べてくれるあたり、さすがの隊長だ。
ちなみに、そのオスカー隊長には護衛任務のことがしっかりバレている。
サハギンやミニクラーケンなどに船が襲撃される度に影から援護していたのだが、さすがに見抜かれてしまった。
(グレン殿下にはくれぐれもバレないように、と念を押されてしまったけど……)
国王陛下と宰相閣下のことだ、こうなることは覚悟していた──とはオスカーの談。
まぁ、親バカで兄バカだよね、と苦笑したのは内緒だ。
今後の予定などは定期的に伝言を残してくれるとのことで、護衛任務がかなり楽になるのはありがたい。
「あの宿に泊まるようですよ」
「そうみたいですね。じゃあ、時間を置いて俺たちも部屋を押さえましょう」
この港街でいちばんの高級宿だ。
なんと、贅沢にも風呂付き!
「経費で泊まれる任務中じゃなかったら、絶対に利用できない宿だよなー……」
「僕たちもありがたく、湯を使わせてもらおう」
◆◇◆
その夜。
食堂も完備された宿だというのに、護衛対象の二人はウキウキとした足取りで夜の街に繰り出した。
目的は女性──なんてわけはなく、船乗りが利用する屋台街だ。
「宿の豪華飯を食べればいいのに! なんで、危険な夜の繁華街に出向くんですかね⁉︎」
「まぁまぁ。屋台飯がよほど気に入ったんだよ。ほら、殿下のあの楽しそうな表情を見たまえ。満喫しているようで何よりだ。ああ、一緒に串焼き肉を食べたい」
楽しそうに肉を頬張る姿に、ちょっとだけ同情した。
普段の生活がよほどストレスなんだろうな、と。
(学生時代に戻ったみたいにはしゃいでいるもんなぁ……)
しかも、グレン殿下だけでなく、オスカー隊長まで!
「国直属の調査隊隊長の仕事、過酷そうだもんな。仕方ない」
せめて、この一年の間だけでもめいっぱい自由な生活を堪能してほしいと思う。
(そのためなら、邪魔な奴は俺らがどうにかしますんで)
とはいえ、これは鬱陶しい。
ちらりと一瞥した先には、ジュード。
影ながら見守るの意味、本当に理解しています? と突っ込みたくなるほど、私情もりもりの表情で二人を凝視している。
「オスカー隊長が心の底から羨ましいです。僕もグレンさまとご一緒したい。肩を並べて魔獣を狩りたい……」
「落ち着いてくださいって。あの二人に聞かれちゃいますよ?」
「どうせ、隊長にはバレているんだから、いいではないですか! ここは不可抗力ということで、グレン殿下にもバレてしまえば、むしろ堂々と一緒に行動できるのでは? それはいい、そうしましょうか、マルクくん!」
「いいわけないでしょうが、正気ですかアンタ」
もはや、ジュードに対する言葉遣いに遠慮も敬語もあったもんではない。
「はぁ……帰ったら絶対に特別手当をぶんどってやる……!」
苦労性のマルクと変わり者のジュードの護衛任務はまだまだ続く。
◆◆◆
更新が遅くなりました!
閑話、ひとまず終わります。
次からはナギ視点に戻ります!
新作の連載を開始しました。
『断罪されている悪役令嬢ですが、そういえば前世は大魔法使いでした』
よろしくお願いします!
◆◆◆
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