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〈冒険者編〉
225. ダンジョン野営
しおりを挟む猫科獣人の集落に到着したのは、ミーシャの予測通りに計画より一日早い日程だった。
集落の長に冒険者ギルドのマスターからの手紙と依頼金を渡して、馬と馬車を預かって貰う。
「ここからだと、どのくらいでダンジョンに辿り着けそうか分かるか?」
ダンジョンの発見者はその恩恵として、色々なスキルが与えられる。
ナギとエドの二人にはハイペリオンダンジョン専用の【自動地図化】のスキルが与えられた。
ダンジョン内のフロア全体の地図と魔獣や魔物の数、位置が把握できる、とんでもなく便利なスキル。
他のダンジョンでは発動できないが、このスキルのおかげで二人は楽にフロアを突破することが出来た。
おまけとして、この広い大森林の中でダンジョンの位置まで何となく分かるようになった。そうでなければ、迷わず辿り着けるかどうか、甚だ怪しい。
ルトガーの質問に答えたのは、ナギだ。
「早足で駆ければ、一時間くらいの場所ですね。今から出発すれば、日が暮れる前に到着できると思います」
この急拵えの臨時パーティのリーダーは『黒銀』のルトガーだ。
エドとナギはダンジョンの案内人。冒険者ランクの高いミーシャやラヴィルは案内人の護衛役なため、皆黙ってルトガーの反応を待った。
集落の様子を眺めて、ルトガーは心を決めたようだ。
「ダンジョンを目指そう。集落に泊まるより、ダンジョン内のセーフティエリアの方が落ち着けるだろう」
小さな集落には、宿はない。
猫科の獣人たちが中心に暮らすため、家は木の上に建てられたツリーハウスが多かった。
心惹かれる造形ではあったけれど、余所者の自分たちはテント泊になる。
ならば、ダンジョン内の方が安心して休めると言うもの。
セーフティエリアには魔獣は入って来られない。セーフティエリア内では、どちらかと言うと、魔獣や魔物よりも他の冒険者たちの方を警戒する必要があった。
盗みや喧嘩沙汰があることも多く、年若い冒険者や女性は特に絡まれやすい。
(でも、食材ダンジョンはまだ一般には公開されていないから、挑戦者は私たちだけ。厄介な他の冒険者たちを警戒しないで済むだけ、たしかにダンジョン内の方が安全で快適そうね)
他の皆も賛成らしく、すぐに集落を発つことになった。
エドが先頭を行き、黒クマ夫妻の大盾と大剣コンビが続く。その後をミーシャ、ラヴィルに護衛されたナギ、弓士のキャスと槍使いのルトガーが殿を務めてくれた。
日が暮れた中、大森林を歩きたくはなかったので、全員で【身体強化】スキルを使って森を駆けることにする。
さすが高ランクの冒険者たち、皆【身体強化】スキル持ちであったための力業だ。
出くわす魔獣も全て、エドや黒クマ夫婦が見事に仕留めていく。
普段なら、よほどの獲物でないかぎりは荷物になるので捨て置いていくらしいが、もちろんナギはせっせと拾いあげた。
「せっかくの収納スキル、使わないともったいないじゃないですか! それに、大森林内の魔獣のお肉はとっても美味しいし」
「そうね。ここは並のダンジョンよりも魔素が濃いから、肉も旨味が凝縮されているはず」
物知りなエルフのミーシャがナギの言葉に頷くと、肉食うさぎ、もといラヴィルが真剣な表情で頷いた。
「ナギ、私が拾ってきてあげるから、全て収納してくれる?」
「喜んで!」
今夜の夕食はフォレストボアに決まりだ。
エドの尻尾が大きく揺れている。黒クマ夫婦も心なしか、嬉しそう。
言葉が少なく、表情もあまり動かない二人だが、この七日の間に、何となく感情が読み取れるようになっていた。
◆◇◆
大森林産の魔獣を十二頭仕留めた頃、ようやくダンジョンに到着した。
ハイペリオンの大樹の根元にある転移扉が、食材ダンジョンへの入り口だ。
「本当にあった……。まさか、大木の根元にダンジョンが繋がっているとはな」
見上げるほどの大木に、『黒銀』のメンバーが圧倒されている。
暗くなる前に到着できて、皆ホッとしていた。
「さっそく入るか」
「待って。ギルドに報告するために、記録を撮る必要がある」
ルトガーを止めたのはミーシャだ。【アイテムボックス】から、鏡のような物を取り出して、ダンジョンの転移扉に向けている。
「ミーシャさん、それは?」
「これは上級ダンジョンの最下層でドロップした記録の魔道具。姿や景色を写し取ることができる」
「……カメラ?」
ナギとエドはぎょっとして、その魔道具を観察する。見た目はごてごてと装飾が施された鏡にしか見えないが、ミーシャが何やら念じると、記録した画像が現れた。
「すごいな。ギルド秘蔵の魔道具じゃないか。よほど、このダンジョンに期待が掛かっているようだな」
ルトガーが感心したように覗き込んで笑う。
ナギはこっそりとその魔道具を鑑定してみたが、スマホのような機能はなく、静止画像しか撮影できない代物だと分かった。
(さすがにスマホの魔道具はないか)
通話ができたら便利だし、カメラ機能は純粋に羨ましい。
ダンジョンでのドロップを期待しよう。
「記録は済んだ。行きましょう」
「おう。じゃあ皆、行くぞ」
はぐれないように全員でくっついて、代表でルトガーが転移扉に触れた。
エドと繋いだ手に、自然と力がこもる。
独特の浮遊感に耐えて、そっと目蓋を押し上げると、そこは久しぶりのハイペリオンダンジョンの一階層だった。
スライムしか出没しない洞窟の中だ。
視界の端に【自動地図化】の透明なボードが見える。
点滅する赤い点が魔獣。タップしてみたが、やはりスライムだった。宝箱を示す星マークは見つからない。
(宝箱は先着順、一度だけの恵みだっけ。なら、私たちが足を踏み入れていない階層に辿り着けば、また手に入るわね)
ご丁寧に罠の有無まで【自動地図化】は教えてくれるので、お宝は取り放題だ。
エドが先頭に立ち、案内役を買って出てくれたので、任せることにした。
スライムは魔石とスライムゼリーをドロップする。もちろん、全て【無限収納EX】へ大切にしまっていく。
「生きたスライムからしか採れないはずのゼリーがドロップするなんて」
キャスが目を見開いて驚いている。
師匠二人も驚きはしたようだが、それよりも別に気になることがあったようで。
「……ナギ。このスライムゼリーでデザートが作れたりするのかしら?」
「え? あ、はい。もちろん。今夜のデザート用に使いましょうか?」
「お願い! ふふっ、オオカミくん、スライムを殲滅するのよ!」
「ラヴィさん……」
師匠に発破を掛けられたエドは、どんなやりとりがあったのか、既に把握していたようで。小さくため息を吐くと、分かったと頷いていた。
◆◇◆
野営をするなら、洞窟よりも草原が良い。
なので、一階層はさくさくと進み、二階層の草原フィールドで今夜は泊まることになった。
転移扉から半径十メートル四方がセーフティエリアになっており、そこで皆はテントを張っている。
空は朱紫色に染まっており、気の早い一番星が煌めいていた。
ナギはそっとエドの手を引く。
「……エド」
「ナギが決めたなら、俺は賛成する。それに『黒銀』の連中なら信用ができる……と思う」
ここに来るまでの道中、こっそりと相談していたのだ。
今回のダンジョン調査は長丁場になる。
一ヶ月以上、場合によっては二ヶ月ほど潜って貰うことになるかもしれないと、ギルドマスターに頼まれていた。
食材には困らないし、装備にも余裕はある。が、さすがにそれだけの長期間、テント泊はしんどい。
美味しいご飯と快適な暮らしをモットーにしているナギには特に負担が大きい。
なので、二人はダンジョン野営の初日に秘密をひとつ打ち明けるつもりだった。
「あの、実は私たち、ダンジョン野営にとても便利な『家』を収納しているんです」
思い切って、ナギは口火を切った。
テントを設営しようとしていた手を止めて、ミーシャが顔を上げる。
キャスが首を傾げた。
「家? ああ、大型の魔道テントのことかしら。たしかにアレがあれば、拠点に使えて便利ね」
「いえ、魔道テントではなく。……説明よりも、見た方が早いですね」
人がいない転移扉の前に立ち、ナギはそれをえいやと取り出した。
草原の中に突如として現れたコテージに、『黒銀』のメンバーはあんぐりと大口を開けて固まった。
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