【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
4 / 180

3. 魔女の家

しおりを挟む

 都心から電車で最寄り駅まで約三時間。
 駅からはタクシーで十五分ほどの場所に、曾祖母の家はあった。
 こぢんまりとした、可愛らしい外観の洋館だ。白壁には緑の蔦が這い、小さな黄色い花が彩りを添えている。
 三角の尖った屋根は赤茶けた瓦が敷かれていて、愛らしい。
 絵本の中の、おとぎ話のイメージとぴったり重なる魅力的な建物だ。
 幼い頃からリリは愛情を込めて、この家を『魔女の家』と呼んでいる。

「久しぶりだけど、まったく変わっていない……」

 懐かしさに翡翠色の瞳を細めながら、つぶやいた。
 まるで時が止まっているみたいだ。

 伯父が手配してくれた運転手に礼を言って、車から降りた。
 同行したがる従兄たちをどうにか説き伏せて、リリは一人でここを訪れることができてほっとする。

 『魔女の家』の入り口はミニ薔薇で作られたアーチがあり、そこを潜ると敷地になっていた。
 中は意外と広く、入ってすぐは曾祖父が丹精を込めていた庭園があり、ミニ薔薇が美しく咲き誇っている。
 庭の隅にはガラス張りの温室があり、曾祖母はそこに育つ植物を大切にしていた。
 家の裏手には小さな菜園とハーブの鉢植えが置かれている。
 離れた場所には車庫があり、車が二台停められていた。足代わりの軽ワゴンと、もう一台はなんとキャンピングカーだ。

「これ、キャブコンよね……? キャブの上にバンクヘッドが備え付けられている……」

 トラックをベースにしたワンボックス形式のキャンピングカーはカスタムされたオーダー品らしく、価格を考えるとゾッとしてしまう。

「おばあさま、これに乗っていたの?」

 楚々とした外見に反してアクティブな性格なことは知っていたけれど、まさかアウトドア趣味があるとは知らなかった。

「中が気になる……けど、まずは家の確認をしておかないと」

 キャンピングカーは後回しにすることにして、リリは久しぶりの『魔女の家』に足を踏み入れた。
 この小さな洋館は4LDKだ。
 玄関に入ってすぐ、手前の部屋がリビング。その奥にはダイニングとキッチンが隣り合っている。
 リビングの向かいには狭いながらも書斎があり、読書家であった曽祖父の自慢のコレクションが並んでいた。
 トイレとバスルームは一階にある。時代物の洋館だが、水回りにはすべて手を入れてあり、バスもトイレも最新式とのこと。
 高級ユニットバスと最新のトイレ設備は心配性な伯父が有り余るお金に物を言わせて、業者に取り付けさせたのだという。
 過保護にもほどがあるが、スパ気分を味わえるのは嬉しいので、ありがたく甘受する。

「キッチンも綺麗。お掃除の業者を入れてくれたのね」

 水回りもピカピカだ。冷蔵庫の中やパントリーには食材がぎっしり詰まっている。

「至れり尽くせり過ぎる」

 ここまでくると、もう苦笑するしかない。
 今日もついてこようとする従兄たちをどうにか振り切って、一人で来たのだ。

「もう少し信用してくれればいいのに」

 一階の確認を終えて、二階に向かう。
 慎重にゆっくりと階段を上がっていく。
 ここで目眩などを起こして倒れたら、きっともう二度と一人暮らしを許してもらえないことは確実だ。
 なので、足を滑らせないよう細心の注意を払って、そうっと二階まで上がった。

「到着! ほとんど息が上がっていない。やっぱり、この魔女の家とは相性がいい」

 ここに到着して、ずっと熱っぽかった体がほんの少し楽になったのが自分でもよく分かる。胸の痛みもない。
 小さく鼻唄を口ずさみながら、リリは二階の探索を続ける。
 階段を上がってすぐの部屋は客室だ。幼い頃のリリの子供部屋にしていた。
 廊下を挟んだ向かいの部屋も客室だが、誰かが使っている姿を見たことはない。
 リリの部屋の隣が主寝室で、曾祖父母が使っていたらしい。広くて豪華な部屋だと聞いたが、子供が入るのは禁止されていた。
 向かい側の奥の部屋は、開かずの間だ。

「おばあさまの、秘密のお部屋」

 ここには曾祖母が一緒の時に限ってのみ、部屋に入ることを許されていた。

「懐かしい……。でも、おばあさまが亡くなった今、ここは誰も入ることができないのよね」

 親族の誰もが、この部屋の鍵が何処にあるのか分からないらしい。
 扉を壊して無理に入ることはできるのだろうけれど、曾祖母が大切にしていた部屋を傷付けたくはない。
 皆がそう考えて、この部屋だけはそのままにしてある。文字通り、開かずの間なのだ。

「とても素敵な部屋だったから残念」

 幼い頃の記憶を引っ張り出して、リリは懐かしさに瞳を細めた。
 リリの部屋が二つ入るくらい広かったはずなのに、たくさん物が置かれていたので、逆に狭く感じたことを思い出す。
 歴史を感じる家具はきっと名のあるアンティーク。丁寧に磨き上げられており、大切に使われていることが子供の目から見ても明らかだった。
 見たことのない文字が書かれた本が無造作に床に積み重ねてあり、中の挿絵を眺めるだけでも楽しかった。
 床はもちろん、テーブルや棚の上にも物がたくさん置かれていた。
 ドライフラワーの束、綺麗な色石、昆虫の標本。
 色褪せた羊皮紙に書き込まれた地図や水晶結晶を見つけた時には興奮したものだった。

「そういえば、おばあさまの部屋にあったトランクケースに一目惚れした記憶がある」

 革製のトランクは片手で持ち運べる大きさだった。
 一泊分の荷物でいっぱいになるくらいのサイズだが、アンティーク風のデザインでとても可愛らしかった。
 長年使い古された良い色合いで、幼いリリが一目で夢中になったものだ。

『おばあさま。リリはこのカバンが欲しいです』

 気が付いたら、そんな風におねだりしていた。曾祖母はあらあらと、微笑ましそうに瞳を細めて言った。

『そうねぇ。貴女が素敵なレディに成長したら、譲ってあげるわ』
『リリは素敵なレディになります。だから、約束ですよ?』
『ふふ。そうね、魔女シオンと約束しましょう。これは魔法のトランク。いつか貴女を助けてくれるわ』

 他愛もない会話を思い出して、小さく笑う。

「どうにか成人になれたけれど、素敵なレディに成長できたかは謎ね」
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...