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6. シオンの未来視
しおりを挟む「おばあさまが異世界から転移してきたエルフの大魔女って、本当のことだったのね……」
あれから自身だけでなく、曾祖母の部屋の物を片端から鑑定して、それでようやくリリは納得した。
何せ、単なる色付きの石だと思っていた物が『ワイルドボアの魔石。土属性』だの、昨夜握り締めて眠りについた水晶玉が『記憶の魔道具』だったのだ。
ドライフラワーは異世界の薬草を乾燥させた物であったし、蝶の標本だと思った物は妖精の翅だった。毟ったものではなく、生え替わりの翅だと知ってホッとしたのは内緒である。
「妖精がいる世界。……エルフが実在するなら、珍しくはないのかも?」
夢だとばかり思っていた、昨夜の曾祖母との会話が途端に現実めいてきた。
「おばあさまの血を濃く受け継いでしまった私には、魔力の元となる『魔素』が必要。でも、この世界には『魔素』がない」
器ばかりが大きくて、肝心の魔力が空っぽの状態で生まれてきたリリは、この世界では長く生きられないのだと謝られた。
曾祖母の魔力をこっそり分けてもらったり、魔力のこもったアクセサリーを身に付けさせて、どうにかここまで生き永らえてきたが、それも限界なのだと説明されて。
「唯一、私が生き延びる方法は異世界に移住すること」
エルフであった曾祖母の生まれ故郷。そこであれば魔素が溢れてあり、リリは命を繋ぐことができるのだという。
「異世界に移住……私にできる?」
一人暮らしだって、今日で二日目なのだ。
それも伯父たちのおかげで、かなりのイージーモードで過ごせている。
少しでも無理をしたら、すぐに息苦しくなって、熱に苦しめられる脆弱な肉体。
原因不明だった病が、まさか魔力不足によるものだったとは。
この『魔女の家』にいる時だけは、少しだけ体調も良くなったように思えたのも当然だ。
ここは曾祖母──本人曰く、大魔女の住処。魔石や魔道具などから漏れ出る魔素を知らずに吸収していたのだろう。
そういえば熱を出して寝込んだ夜に、曾祖母がずっと付き添って看病してくれたことを思い出す。
ほっそりとした指先で頭を撫でてくれていた。汗で額に張り付いた前髪を指で払い、手を当ててくれて──その冷たさが心地良くて、熱が引いていくのをうっすらと感じ取っていた。
(あれはもしかして、おばあさまが魔力を分けてくれていたのかも)
翌朝は、前夜の苦しみが嘘のように元気になっていた。
学校に通うために曾祖母の家を離れる際には、心配した彼女にたくさん『お守り』を貰ったものだった。
とりどりの色糸で編まれた綺麗な腕輪に、サファイアのピアス、オパールのブローチや銀のブレスレット。
中でもいちばんのお気に入りは小さな黒猫のぬいぐるみだった。
息苦しい夜はあのぬいぐるみを抱くと、よく眠ることができた。
それらの『お守り』はやがて色褪せてきたかと思ったら、役目を終えたように壊れていた。
石が割れたり、チェーンが切れたり、いつの間にか消えていた。
唯一残ったのは、黒猫のぬいぐるみだけだ。それももうボロボロに生地が弱っている状態だった。
もしや、と【鑑定】スキルを使ってみると、『大魔女シオン作成のお守り。ドラゴンのウロコ入り黒猫のぬいぐるみ。魔素量極少』とあった。
「やっぱり、おばあさまからのお守りには魔素が込められていたのね。私のために」
ぎゅっ、とぬいぐるみを抱き締める。
どうにかリリがこれまで生きてこれたのは、曾祖母とこのお守りのおかげなのだ。
だが、もうこの『魔法の家』に満ちていた魔素も残り少ない。
「私はもっと生きていたい。普通の人のように生活してみたい。思い切り外を走って、大きな声で笑いたい」
これからどうしたいのか。
そう考えた時に思い付いたのは、そんなありふれた、だが切実な願いだった。
思ったよりも自分は生き汚かったようだ。
「ならば、まずは異世界について調べてみなくては。おばあさまの手帳を読んでみよう」
異世界がどんな場所かは分からないけれど、先ほどのスクロールでスキルというものが手に入るのなら、きっと異世界での生活で役に立つに違いない。
本革の手帳はかなり分厚いので、長丁場になりそうだ。
「紅茶とお菓子を用意しよう」
高級茶葉とクッキー缶がパントリーに仕舞われているのを、リリは昨日のうちにしっかりと確認していたのだ。
手帳とスクロールをトランクに入れ直して、一階に降りることにした。
◆◇◆
蜂蜜をたっぷり投入したミルクティーとクッキーで糖分補給をしながら、手帳の中身を丁寧に読み込んだ。
気が付けば三時間ほど熱中していた。
「ふぅ……面白かった。シオンおばあさまは思っていたよりも荒唐無稽でお茶目な方だったのね」
手帳の前半は日記のようなメモ書きで、それだけでも面白かった。
若かりし頃、曾祖母──シオンは異世界を救った英雄だったらしい。
仲間たちと協力して、ダンジョンから溢れてきた魔物の大群を殲滅したと手帳に記されていた。
その功績を持って、彼女は大魔女の称号を得たらしい。
だが、稀代の大魔女はとある不治の病に罹ってしまう。
魔力過多症。その身に宿る魔力が器を破壊するほどに膨れ上がり、命を削る病だという。
魔力は周囲に溢れる魔素を自然と吸収して回復するものだが、シオンは元々回復力が並外れていた。
そのおかげで、ほぼ無尽蔵に魔法を放てたのだが、それが逆に命取りとなったのだ。
消費する魔力よりも回復する魔力が多すぎて、心身にダメージを負ったのだ。
「不老長寿のエルフなのに、寿命の半分が魔力過多症により削られたなんて……」
そうして彼女は決断したのだ。
魔素のない世界へ移住しよう、と。
「大魔女としての全てを賭けて、異世界へと扉を繋げて。そうして辿り着いたのが、この日本」
そこでリリの曽祖父である海堂英人と出会い、恋をした。
無事に魔素のない世界に到着して、命を繋いだ彼女は日本で逞しく生きたのだ。
「伝説の相場師、投資家と呼ばれた曾祖父の功績が、まさかシオンおばあさまの【未来視】のスキルのおかげだったなんて……」
まぁ、そのスキルのおかげで曽祖父は大金持ちになって、海堂グループを築き上げることができたのだが。
「ほんの少し先の未来を視ることのできる、そのスキルのおかげで、おばあさまがひと財産を築いた、と」
異世界のスキルや魔法に感謝だ。
「でも、皮肉なものね。おばあさまは魔力過多症。私は魔力枯渇で死にかけているなんて」
生きるために、曾祖母は故郷を捨てた。
その曾孫であるリリも生き抜くために異世界へ赴くのだ。
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