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63. 従魔契約
しおりを挟む当初の目的である上級ポーションを手に入れた。
依頼主である伯父に届けたいが、苦労して入手したものなので、直接手渡したい。
「シオンおばあさまのお守りがあれば多少はマシだけど、それでも三時間が限度だわ」
異世界で過ごしていると忘れがちだが、リリの魔力枯渇症は不治の病。
魔素の溢れた異世界では普通に生活ができるけれど、魔法の扉をくぐって日本に戻ると、途端に息苦しくなるのだ。
曽祖母の家の周辺には結界が張られているので、多少はマシなのだが、一歩外に踏み出せばリリの肉体はすぐに悲鳴を上げてしまう。
「都内の家までは車で片道三時間半。無理そうです……」
「やはり、ここは俺と契約をすべきだな」
「上機嫌ですね、ルーファス」
正式に契約を交わせば、従魔はリリの所有物と認識されて、魔法の扉を使うことができるようになる。
凝縮された魔力の塊のようなドラゴンであるルーファスが傍らにいれば、日本でも『普通に』過ごすことができるはず──
頭では理解していても、従魔契約には躊躇してしまう。
「魔獣を従える、そんな魔法なのでしょう? 貴方たちの意志を縛るようで心苦しいです」
ずっと不自由に生きてきたリリだからこそ、自由を何よりも大切にしていた。
従魔契約という響きから、どうしても奴隷契約のような負のイメージがあるのだ。
戸惑うリリを、黒猫のナイトが笑い飛ばす。
『ボクたちの意志は誰にも縛られないよ? 使い魔だって、ちゃんと仕事は選べるもの』
「……そうなのですか?」
『当然! そりゃあ、上下関係はできるけど、ボクたち従魔が仕えるのは主のことが大切で大好きだからだよ。主はボクたちの献身にちゃんと報酬を与えてくれるし、守ってくれる。対等な関係だよ』
知らなかった。
曽祖母の従魔たちも皆、ちゃんと納得して契約を結んだらしい。
「えっと……悪さしていた子たちをやっつけて、無理やり契約したのかと……」
『ふふふっ。まぁ、そんな連中も何人かいたかなー?』
くつくつと喉を鳴らしながら笑う黒猫。
にんまりとした眼差しを投げ掛けられた、白黒カラスとキツネの獣人たちは首を竦めて縮こまっている。
(悪さして、おばあさまに叱られたクチなのですね)
くすり、と笑ってしまう。
そんな経緯があったとしても、今の三人からは純粋に曽祖母を慕っていた気持ちが伝わってくるので、リリは気持ちが軽くなった。
「そうなのですね。ちなみに、皆は何の対価を求めていたのですか?」
ほんの好奇心で尋ねてみたら、使い魔たちはぱっと顔を輝かせた。
待ってました、と言わんばかりの笑顔で口々に説明してくれる。
「私たちは自慢の羽を毛繕いしてもらいましたわ!」
「ん、シオンさま、毛繕いがとってもじょうず。きもちいい」
「僕はとっておきのお茶とお菓子を振る舞ってもらいました。シオンさまはリリさまと違って、料理はからきしだったから、どれも市販のお菓子でしたけど」
クロエとネージュはカラスの姿で、その羽根を丁寧にくしけずってもらうことが報酬だったようだ。
セオはお茶とお菓子に目がなかったらしい。
なんとなく、その光景が目に入るようで、とても微笑ましい。
「ナイトは?」
『ボクのことはどうでもいいよ。ねぇ、早くにほんに行かないといけないんでしょ? 従魔の契約に必要な素材は集めておいたんだから、さっさと契約しちゃおう!』
やたらと早口で言い募る様子が、とてもあやしい。じっと見つめると、空色の瞳が気まずそうに逸らされた。
これは追求せねばならない。
リリは黒猫を抱き上げると、その後頭部に頬をすり寄せた。
「契約をするには、きちんと報酬を決める必要があるのですよね? 教えて、ナイト。貴方は私に何を望みますか」
恥ずかしがり屋の黒猫のために、皆に聞こえないよう小声でそっと尋ねてみた。
腕の中で固まっていたナイトが、やがて諦めたように力を抜いて体を預けてくる。
『……ボクがシオンさまに求めた報酬は、家族になること。まだちっぽけな子猫だったボクは群れからはぐれて死にかけていたところをシオンさまに拾ってもらったんだ』
ぽつり、と語られる過去の話に、リリは小さく頷いてみせた。
「うん。そうなのね。ナイトが欲しいのは、家族。おばあさまの代わりにはなれないけれど、私も貴方の家族にさせてもらってもいいですか?」
『リリがボクの家族に?』
見上げてくる、澄んだ空色の瞳を覗き込む。自分の顔が写っていることが、なんとなくくすぐったい。
リリは小さく微笑むと、軽く顎を引いた。
「そう、家族。一緒に美味しいご飯を食べて、お仕事も手伝ってほしいわ。ティータイムにはお菓子とお茶。お散歩にも行きたいし、お買い物も付き合ってください。お風呂は……猫さんは嫌いですね。バスタイムは一人で過ごすので、夜は一緒に眠りましょう。そんな家族になってくれますか?」
ぱちぱち、と何度か瞬きを繰り返した黒猫は、綺麗な空色の瞳を細めると小さく鳴いた。
『喜んで!』
◆◇◆
効力の強い魔法の契約を交わすにあたり、ルーファスとナイトは最高の素材を用意してあった。
ぴかぴかの大きな魔石と羊皮紙、夜空の色を溶かし込んだような濃紺のインクと羽ペン。
「グリフォンの魔石とズラトロクの皮……! よく、あんなおっかない魔獣の素材を集めることができたわね」
「あの羽ペンもとんでもないぞ。ガルーダの風切り羽根を使っている」
「インク……クラーケンの魔石を砕いて、ナイトが作ってた……」
見守る使い魔たちの反応から、それらの素材が入手困難でとんでもない品なのだと理解したが、ルーファスもナイトも気にした様子はない。
「リリとの契約に使うのだ。最高の品質のものを使わないとな!」
『リリ、まずはボクと契約するよ。ルーファスはリリに負担を与えない方法を考えるように』
「分かっている」
ちなみに魔法の契約を交わすにあたり、全員で『聖域』に移動している。
リリは魔法の扉を使って移動したが、皆はドラゴンに変化したルーファスが運んでくれた。
魔素が濃厚で、邪魔の入らない『聖域』なら、安心して契約が交わせるとのこと。
黒猫ナイトが地面に何やら魔法陣のようなものを書き上げて、その上に立った。
羊皮紙にじわりと浮き上がるのは異世界の古い言葉。ハイエルフがかつて使用していた古語らしいが、【翻訳】スキルのおかげで読むことができる。
契約には互いの血が必要。
消毒した針の先で指を突いて、契約書に血を垂らす。
真紅の羽ペンにインクを吸わせて、サインをすると、羊皮紙が光を放った。
「契約は交わされた」
厳かな口調でルーファスが告げる。
リリはその場にしゃがんで、黒猫を抱き上げた。
魔法の契約がどういうものなのか、はっきりと理解はしていないけれど、触れ合った箇所から温かな気持ちを強く感じる。
(繋がった、って気がする……不思議な感覚)
同じように感じてくれているのか。
腕の中の黒猫が瞳を細めて喉を鳴らしている。とても愛おしい。
「次は俺の番だな」
「ルーファス」
ナイトが渋々、リリの腕から地面に降りた。
『正式な魔法契約を交わすには、本来の姿に戻る必要があるよ、ルーファス』
「分かっている。だが、元の姿だとリリに負担を掛けてしまう恐れがあるから──」
こうすることにした、と告げるや否や、ルーファスの姿が消えた。
代わりにそこに現れたのは、手乗りサイズの小さなドラゴンだった。
『この姿なら、リリとの従魔契約も成功するはずだ!』
えっへん、と胸を張る小さなドラゴン。
リリはそっと手を伸ばすと、両手で包み込むように持ち上げた。
ルビーのように煌びやかな赤いウロコのドラゴンは可愛らしいものが好きなリリの心を一瞬でつかんでしまった。
「かわいいです……ッ」
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