【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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69. お墓参り

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 青々とした木立に覆われた、一見すると公園のような静かな場所。
 そこに海堂家の墓がある。
 閑静な霊園内は緑豊かで静謐な空気に包まれており、不思議と心が落ち着いた。

 途中で寄った花屋で買ったユリの花束を抱えて歩くリリの後ろをルーファスとナイトがついてくる。
 墓地内なので、ナイトには姿を消す魔法を使ってもらった。リリの目には普通に黒猫の姿が見えるけれど、他の人はまったく気づいていないようだ。
 便利な魔法なので、ぜひとも覚えたいと思う。
 のんびり歩いた先にある、ひときわ立派な墓の前でリリは足を止めた。
 
「ここが、シオンおばあさまのお墓です」
「……そうか。ここに眠っているのか、シオンは」
「はい。どなたか、お墓参りに来てくださったようですね」

 墓に供えられた花を目にして、リリは瞳を細めた。曾祖母は友人が多く、皆に愛されていたのだ。それがとても誇らしい。

「さぁ、花をお供えしましょう。おばあさまの大好きな花です」
「ユリの花?」
「はい。ユリが好きだから、私の名前もリリィって呼んでいたんですよ」

 特に大ぶりのマドンナリリーを好んでいた。透明感のある優美な白いユリの花言葉は、純粋、或いは無垢。
 リリィにぴったりね、とシオンは屈託なく笑ってくれた。

 ユリを供えて、リリは手を合わせる。
 ルーファスがそれを真似て、手を重ね合わせた。
 黒猫のナイトはずっと黙ったまま、墓の前に座っている。

(おばあさまのおかげで、こんなに元気になりました。ありがとうございます)

 お礼を言って、そして異世界で楽しく暮らしていることを心の中で報告する。
 頼もしい黒猫や泣き虫のドラゴンのこと、白黒カラスとキツネの使い魔たちのことも。
 話題は尽きそうにないけれど、今日のところはこれで終わらせておこうと思う。
 リリはそっと立ち上がると、ルーファスとナイトに声を掛けた。

「私は先に車に戻っています。二人はゆっくりと、おばあさまにお別れを言ってあげてください」
「すまない、リリィ。感謝する」

 みゃあ、と黒猫が小さく鳴いた。
 念話は聞こえなかった。


◆◇◆


 三十分ほどして、二人は戻ってきた。
 どちらも目元が赤かった気がするけれど、リリが言及することはない。
 待っている間にスマホとタブレットで仕事ができたので、上機嫌で車を発進する。
 
「では、帰りましょうか。私たちの家へ」
「そうだな。帰ろう。双子とキツネが待ちくたびれているぞ」
『ボクは早く、かくにが食べたいよ』

 ぽそり、とナイトが伝えてくる。
 料理長渾身のオーク肉の角煮。それを食べたいのはリリも同じだ。
 
「急いで帰ります」
「リリィ、安全運転で頼むぞ?」
「任せてください」

 そんなわけで、片道三時間の家路を急いだ。
 途中で寄ったサービスエリアのベンチに座って、料理長がもたせてくれたランチボックスを食べることにした。和洋中華とあらゆるジャンルを網羅した彼が用意してくれたのは、軽く摘めるサンドイッチだった。

「たまごサンドが絶品です」
「うむ。ピリッとした味付けが面白いな」
「マスタードの風味とピクルスの酸味が絶妙ですよね。さすが、料理長です」
『こっちの、お肉のサンドイッチも美味しいよ! ボク、これ好きだな』
「照り焼きチキンサンドですね。コッコ鳥のお肉と卵、しっかり活用してくれていて嬉しいです」

 コッコ鳥のゆで卵とピクルスを刻み、マヨネーズとマスタードで和えたフィリングは、少し大人向けの味付けなため、シンプルだけど飽きがこない美味しさだ。
 ふわふわの食感のパンは小麦の味が濃厚で、卵に負けない強さがある。
 ナイトが気に入った照り焼きチキンも一口食べただけで分かる、納得の味だ。とても美味しい。
 コッコ鳥の胸肉は弾力があって食べ応えがある。下手に調理すると、硬く引き締まってぱさぱさした食感になるのだが、そこはさすがの料理長。しっとりとした食感を残したジューシーな照り焼きに仕上げてある。

「ん、ソースも甘めで絶品ですね。手作りのマヨネーズとの相性も抜群です!」
「旨い。……リリィ、あの料理長は異世界へ連れていけないのか?」
「連れて行けませんね、魔力がないので。それに、料理長にはご家族がいます」
「そうか。それなら仕方ない。残念だが」
『でも、レシピは教えてもらえるんでしょ?』

 期待に満ちた空色の瞳でじっと見つめられたら、頷くしかない。
 レシピを教えてもらったとしても、作るのは自分なのだ。ハードルが上がりすぎると、作りにくい。

「……料理長に聞いておきます」
「それは楽しみだ! 俺も手伝うぞ、リリィ」
「ありがとう。でも、気持ちだけで」

 張り切るルーファスには悪いが、ドラゴンさんは力が強すぎるので、キッチンに立たれるととても困る。
 菜箸はぽっきりと折れ、歪んだフライパンはちょっとしたトラウマをリリに与えたものだった。

『トカゲもどきは獲物だけ狩ってくるのがいいよ。料理のお手伝いはボクがするから』
「くっ……! にほんの道具は美しいが、作りが貧弱すぎる……ッ。やはり、ドワーフに頼んで作らせるべきだ」
『やめてよ。オリハルコン製のフライパンとか持ってこられてもリリが困る』
「困りますね。ルーファスはお肉調達係をお願いします。大きくて、美味しいお肉を期待していますね?」
 
 途端にルーファスが顔を輝かせる。

「うむ、任せてくれ! とびきり上等な肉を獲ってこよう」

 オーク肉よりも美味しいお肉なら嬉しいな、とリリは笑顔で頷いておいた。 


◆◇◆


 魔法の扉を通り抜けて、一日半ぶりの異世界に戻ってきた。
 雑貨店『紫苑シオン』に繋がるドアから現れた三人を、セオが笑顔で出迎えてくれる。

「おかえりなさい!」
「ただいま、セオ。よく分かりましたね、私たちが帰ってくるのが」
「キツネは気配に聡いので」

 まだ営業時間内なので、生真面目な従業員であるクロエとネージュは接客中なのだろう。
 護衛がメイン業務のセオは少しだけ売り場を抜け出してきたようで、すぐに店舗に戻った。
 こっそりとカウンター裏から覗き込むと、年若いご令嬢が賑やかにショッピングを楽しんでいた。
 目敏くこちらに視線を向けてくる双子姉妹に、リリは小さく手を振ると、裏庭に向かう。
 
 魔法のトランクの家は展開したまま置いてある。
 『紫苑シオン』にも簡易キッチンはあるが、本格的に調理をするなら、こちらの方がいい。
 契約使い魔の三人とも、美味しいご飯が大好きなため、食材や調味料などを揃えて、自由に使っていいと伝えておいたのだ。

「お留守番のお礼として冷蔵庫に入れておいたケーキもちゃんと食べていますね」

 ショッピングモールで従兄たちが大人買いしたショートケーキだ。
 毎日のティータイムの楽しみに目覚めた彼らのために、なるべく切らさないようにしている。

「ルーファス絶賛のフルーツも気に入ってくれると嬉しいのだけど」

 だが、まずはオーク肉料理である。
 寸胴鍋いっぱいの角煮をじっくりと味わうのが楽しみだった。シンプルに焼いただけでも、あれほどに美味しかったので、もはや期待しかない。

「角煮なら、やっぱりパンよりも白米!」

 海堂家で持て余していたギフト類と一緒に、なぜか持たされた高級ブランド米があるのだ。せっかくなので、このお米を土鍋で炊いて、角煮丼にして食べてみたい。

「丼ものなら、温泉卵も外せませんね」

 さすがにダチョウサイズのコッコ鳥の卵を温泉卵に使うのは厳しいので、普通の卵を使うことにした。
 とはいえ、日本産のブランド赤鶏の卵なのでこれも充分美味しいはず。
 平飼いの有精卵で、黄身が濃厚なのだ。

 魔道コンロに土鍋を仕掛けて、その隣でお湯を沸かしていく。
 角煮丼は美味しいけれど、それだけだとさすがに栄養バランスが悪い。
 温野菜サラダとスープ系を追加して、デザートはルーファス大絶賛のマスカットを提供することにした。

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