【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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78. 旅に出ます

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「では、お店をよろしくお願いしますね」
「任せてくださいまし、リリさま」
「僕たち、しっかり働くから安心してくださいね」
「レディリリィ。頼りになる護衛がいるから平気だとは思うけど、気を付けてね?」
「ありがとうございます、ルチアさま」

 早朝、雑貨店『紫苑シオン』の開店前に、リリたちは旅立つことにした。
 まだ早い時間なのに従業員である三人だけでなく、なぜか辺境伯のルチアも見送りに出向いてくれている。

「リリさま……これ」
「? なぁに、ネージュ」
「ん。お守り」
「まぁ、綺麗な白い羽根。もしかして、貴女の……?」
「ん。ナイトさまがいるから大丈夫だとは思うけど、悪いものが近寄ってこないように」
「ありがとうございます」

 純白のカラスであるネージュは光属性の魔法を得意としている。
 そっと【鑑定】してみた綺麗な羽根には魔除けの効果が付与されていた。

悪霊レイス死霊アンデッドを寄せ付けない、希少なお守り……? ネージュは何気にすごい子です)

 白い翼や纏う色彩から、まるで天使のように清らかな外見の美少女だが、得意魔法も聖属性とは。

「まぁ、ネージュ。一人だけズルいわ。なら、私の羽根も持っていってくださいまし!」

 ぶちっ、と何かを引きちぎるような音と共に、こちらも綺麗な漆黒の羽根を渡された。
 リリは涙目のクロエにプレゼントされた羽根をありがたく受け取った。
 こちらの羽根には闇属性の魔法が掛けられている。【鑑定】をしてみると、魔力を流すと姿を闇にまぎらわせることができるようだ。
 
「僕からはこれを。魔素たっぷりの野菜と果物です。『聖域』の精霊に頼んで分けてもらいました!」

 笑顔のセオが渡してくれたのは、立派な野菜や果実の詰め合わせだ。とても嬉しい。
 差し出された重そうな木箱は代わりにルーファスが受け取って、自身の【アイテムボックス】に収納してくれた。

「ふふ。皆、とても良い子だね。あいにく私が用意できるのは、これくらいだが……」

 セオの次にリリに旅の餞別を渡したのはルチアだ。『紫苑シオン』で販売していた上質なレターセットを使った手紙と宝石箱をそっとリリに握らせてくる。

「ルチアさま、これは……?」
「こっちの手紙は何か面倒ごとに巻き込まれた際に、その場でいちばん偉い人に渡すといいよ。これはブローチ。綺麗だろう?」

 封筒の裏には辺境伯家の封蝋がされていた。紹介状のようなものだろうか。
 宝石箱の中身はルチアの申告通りのブローチだ。白銀色の金属で作られた、麦の意匠のもので、繊細な拵えがとても美しい。

「付けてあげよう。……うん、レディリリィによく似合う」
「ありがとうございます」

 リリの肩に飛び乗った黒猫が、そっと襟元のブローチを覗き込んできた。
 見覚えがあったのだろう。ふすん、と鼻を鳴らして瞳を細めている。

『それはエルフの一族に伝わるブローチだね』
「ああ。シオンも持っていたな。これを装着していると、一族の関係者が融通をきかせてくれるのだったか」
「よく知っているね。まぁ、気休め程度の物だけど、ないよりはマシだろう?」
「どちらもありがたいです」

 そろそろ行くぞ、とルーファスに声を掛けられて、リリはキャンピングカーの後部座席に乗り込んだ。
 窓を開けて、あらためて皆を見渡す。

「では、行ってきます。お土産を楽しみにしていてくださいね」
「いってらっしゃいまし」
「お土産……」
「気を付けて!」

 ぶんぶん両手を振る使い魔たちに苦笑するリリに、ルチアが悪戯っぽく笑いながら、片目をつむった。

「異世界の旅を、楽しんでおいで」
「はい!」


◆◇◆


 軽やかに街道を駆け抜けるキャンピングカー。車内ではエアコンをつけているので、夏の旅でも涼しくて快適だ。
 リリは窓の外の景色にときおり視線を奪われつつ、膝の上に座る黒猫と地図を睨んでいる。
 旅の目的地は特に決めずに、出発したのだ。気の向くままの旅というものに密かに憧れがあったので。

『どこに行く?』
「とりあえずはお隣の街を見てみたいですね。気に入ったら、泊まってみるのもいいかもしれません」
『ジェイドの街と同じ規模の街となると、少し離れているね』
「そうなのです?」

 リリにとっての隣街はすぐ近くのイメージがあったので、少し意外だった。
 ルーファスが呆れたように口を挟んできた。

「リリィ。にほんと比べたらダメだぞ? この国はそこまで安全ではないからな。非力な人族は集まって暮らさなければ、身を守るのが難しい」
「身を守る……。魔獣から、です?」
「それもあるが、小さな村や集落は盗賊に狙われることが多いんだ」
「盗賊……そっちなんですね……」

 前にも聞いたことがあったが、異世界はなかなか物騒だ。
 魔獣や魔物だけでなく、人災から守るためにも人々は集団で固まって自衛する必要があるのだろう。

『ジェイドの街は近くに稼げるダンジョンがあるから、辺境の土地にしては珍しく、あそこまで発展しているんだよ』
「そうなんですね」

 それと、有能な辺境伯のおかげだろう。
 最近では雑貨店『紫苑シオン』を目当てに街を訪れる女性たちも多い。
 男性は出入り禁止の店なため、敵情視察や転売目当ての女商人もちらほら見かけている。

 この世界に商標権のようなものは存在しないので、『紫苑シオン』の商品を真似たものを売り出している店が王都にもあるらしいが、リリはあまり気にしていない。
 類似商品が出るのは、最初から想定していた。多少、客は流れるかもしれないが、質の良い本物を欲しがる上客は残ってくれる。

(異世界の品物を色々確認してみたけれど、日本製の方が断然、性能が良かったもの)

 服はもちろん、紙類やインクなどの雑貨や日用品。
 日本製のものに慣れた人々が、今さら品質を落として満足できるとは到底思えない。
 なので、雑貨店『紫苑シオン』は類似商品が出回ってもドンと構えている。


「隣街を皮切りに、いろいろな場所を見て回りたいですね」

 バカンスを楽しめる港街も楽しそうだし、風光明媚な観光地にも行ってみたい。

「ふむ。なら、最終目的地は王都にしてみるか?」
「王都! 王国の首都ですね。楽しい場所なんでしょうか?」
「楽しいかどうかは分からんが、国でいちばん人が集まる場所だからな。何か面白い物があるんじゃないか?」

 人が多い場所はあまり得意ではないが、王都の商店街には興味がある。
 辺境の街ジェイドでは微妙だったけれど、王都の高級店なら美味しい食事が楽しめるかもしれない。

(それに、お城の写真を撮って帰れば、伯母さまが喜んでくれるかも……)

 海堂家の女帝とひそかに恐れられている彼女は、ロリータ服をこよなく愛することからも分かるように少女趣味な一面があるのだ。
 男装の麗人であるルチアはもちろん、きっとお城やお姫さまのようなドレスも大好きなはず。

「こっそり、お城のパーティに紛れ込めないかしら……?」

 お茶会も素敵だが、ダンスパーティのような華やかな催しならば、豪奢なドレスを拝めるかもしれない。

「服飾品も扱う『紫苑シオン』店長として、流行りのドレスや髪型、お化粧などを実際に見ることも大事ですからね、うん」

 じっ、と胡乱げに見上げてくる黒猫に、リリはとってつけたような言い訳でごまかしてみた。たぶん、成功はしていない。

「こほん。……二人とも、何か飲みますか?」

 軽く咳払いすると、リリは笑顔で小首を傾げてみせた。
 
「俺は、すぽーつどりんくがいい」
『ボクは飲み物よりお菓子がいいな』

 海堂家に行った際に従兄の玲王レオから貰ったスポーツドリンクにハマったルーファスは最近、ずっと同じリクエストだ。
 キャンピングカーのミニ冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、ストローを挿してルーファスに手渡してあげた。
 ナイトにはお気に入りのクッキー缶を進呈する。
 キャンピングカーでのドライブ旅行を満喫するために、飲み物やお菓子はたくさん用意してあるのだ。

 美味しいお菓子を摘みながら、三人で旅の行き先について楽しく語り合った。
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