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第1章 新しい勤務地

1-1 求人

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 平穏な日常を過ごしたい。贅沢は望まない。ただただ平穏に過ごしたい。両親の苦労を見ていたからか。それが幼いころの少年セルジオの夢だった。

 しかし、現実は残酷だった。

 ★

 数十年前。

 セルジオはヴアイデという農業が盛んな町で両親と妹とともに暮らしていた。
 ヴアイデは、他の町と比べるとかなり珍しい町だった。何故かというと敵対している人間界と魔界が混ざった特殊な町だったからだ。
 北に行けば魔界の町。ヴアイゼインゼルがあり。南に行けば人間界の町。クリンゲルレーシュタットがあり。ちょうどヴアイデは、人間界と魔界の間にある町だった。

 そして、このヴアイデの町には、魔界の大都市。ユーゲントキーファーから鉄路が敷かれ。魔族の開発した魔術特急(Wizardry Express)が乗り入れていた。
 本来は敵対する人間と魔族。魔族も人間に自分たちの開発した技術を見せるのは、あまり好んでいなかったが。魔界では農作物が作れる場所が限られており。この鉄路はヴアイデからの農作物などの運搬に必須だったため。ヴアイデの町の端に駅が作られていた。
 何故敵対する者同士がこの町。セルジオの住んでいた町とだけ繋がっていたか。それはこの時のヴアイデの長《おさ》の魔術により栄養たっぷりの農作物が取れていたから。この技術は魔界にはないものだったからだ。
 そして、その時のヴアイデの長は、『人間も魔族も同じ生き物。協力して生きていくべき』という考えを持った人だったので魔界。魔族の人が町に来ることも歓迎していた。そして魔族の人が町に住むことも許可していた。
 さらにヴアイデの長は、どちらの町。人間界。魔界どちらにも分け隔てなく農作物。食料を送っていた。そのため、魔界側もはじめは渋々であったが。食料は必要不可欠なものだったため。この町とだけは繋がり交流を持っていた。
 そんな町でセルジオは育ったのだった。
 
 ★

 セルジオの両親はそんな町の長の近くで働いていた。
 主に農作物の出荷を担当していた。幼いころのセルジオから見れば、両親は毎日毎日ドロドロになりながら働いている姿を見ていた。
 はっきり言ってセルジオの両親は大変な仕事をしていた。それに魔族とも関わる仕事で、気が抜けない場面も多くあった。しかし、この時の両親の姿は輝いていた。セルジオも自分が大人になったら両親のように――と、思えるくらいに。

 けれど、その時の生活は長くは続かなかった。
 
 ★
 
 ある時。ヴアイデの長が突然の原因不明の体調不良で変わった。

 新しいヴアイデの長は揉めることなくすぐに決まった。
 前の長と同じく人間。そして前長から農作物の育成魔術を教わっていた者で、長が変わっても農作物には何の問題もなかった。
 しかし新しい長は、とある考え方が前の長とは全く違った。真逆だった。

「魔界との接点は絶つべき。ヴアイデは人間界の土地だ!魔族は出ていけ!」

 これは新しいヴアイデの長の挨拶の冒頭だった。

 そしてこれが引き金になったのかはわからないが。数日後突然魔王軍がヴアイデの町に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 一瞬にしてヴアイデの町は戦場となった。この戦いはのちに第1次人魔戦争と言われるようになる出来事だ。

 人間と魔族。見た目はほとんど同じ。そしてともに体内に魔力を持っていた。どちらが強いということはない。差は個々の能力の差。術式などの技術などで差があるくらいだ。
 人間と魔族で、大きな違いをあげるとすればそれは寿命だろう。人間は平均寿命が80歳から100歳。魔族は800歳から1000歳と言われている。約10倍の差があった。
 またこの時の人口の割合は、人間界が全人口の8割。魔界が残り2割と言われていた。何故このような差があるのか。
 これはとある研究者の報告となるが――。
 人間の方が寿命は短いが子孫を残しやすく。魔族の方は寿命が長いが子孫を残しにくいらしい。その結果が顕著に表れているからとされている。
 普通に考えると、寿命の長い魔族の方が多くの子孫を残せるように見えるが。実際は魔族で子供が生まれるというは大変珍しいことだったのだ。
 ちなみに魔族が子供を作れる期間が短いというわけではない。これもとある研究者の報告になるが。
 子供を産める年齢としてこの国で報告されているのが人間が10代から30、40代までの女性。一方魔族の方は10代以上となっている。これは魔族の方が長寿の為データがないというわけではなく。報告によると10代で子供を産んだ魔族も入れば。700歳で産んだ魔族もいると期間が長いのだ。
 寿命も長く女性の子を産める期間も長い魔族の方が何故人口がなかなか増えないか。この理由に関しては、魔力の強さなどで何かあるのではないか?などの研究があるらしいが。今のところはっきりしていないとのこと。

 閑話休題《それはさておき》。

 現在のこの世界では、人間界では王。または勇者が最強とされ。魔界では魔王が最強とされていた。
 
 そんな2つの力がヴアイデの町で衝突した。

 先制攻撃。不意打ちを狙ったのは魔王軍。と、人間界ではされてる。
 はじめこそは、国王軍が隙をつかれた形で、魔王軍があっという間にヴアイデの町を飲み込む勢いがあった。
 しかし――魔王軍の行動を読んでいたのか。たまたまか。普段は人間界の大都市。フラッハライスフェルトシュタットに住んでいるはずの勇者が魔王軍の攻撃から1日もしないうちに、軍を連れヴアイデの町へとやって来て応戦。勇者の登場で士気の上がった国王軍はすぐに押し返した。
 そしてその後は数で多かった人間界がじわじわと魔王軍をヴアイデの町から押しのけていったのだった。
 不意打ちが成功していれば、今のヴアイデの町は魔界のものだっただろう。しかし結果としては数で負けた魔王軍。戦いが終わってみれば人間界がヴアイデの町を得たのだった。

 ちなみに第1次人魔戦争は長引くことなく終わった。しかしヴアイデにもともと住んでいた人の被害はかなり大きかった。

 体調を崩していた前長は逃げ遅れ攻撃に巻き込まれ亡くなった。
 ヴアイデの町で暮らしていた一部の魔族は、勇者軍が来るや否や全員殺された。
 勇者の説明としては『隙を見てあの者たちは攻撃を仕掛けようとしていた。魔族は戦いの準備をしていたため。すべてを灰にして戦意を喪失させた」という説明がのちにされた。
 そしてヴアイデの町に住んでいた多くの人間も突然の戦いに巻き込まれ。多くの人が命を落としたのだった。その中にセルジオの家族も含まれていた。

 セルジオにとってそれは突然の事だった。何が起こったのかわからないまま攻撃を受けた。
 気が付けばセルジオの家は跡形もなく崩れ。両親と妹も跡形もなく消されたと。
 セルジオ自身は、奇跡的に命はとりとめたものの。誰かが放った強力な魔術が頭部に当たり。頭に大きな怪我をしてしまった。その影響もありセルジオはしばらくの間意識不明だった。
 セルジオが家族を失ったことをちゃんと知ったのは、戦いが終わってからしばらく経ってから。目覚めた後しばらくセルジオが取り乱したことは――言うまでもない。
 そして、その際の後遺症で、セルジオは成長しても魔術の発動が全くできなくなったのだった。
 
 ★

 戦いから数年。セルジオは必死に努力していた。家族を失い1人ぼっちになってしまったが復讐の名のもと日々努力していた。
 魔術が使えないこともすでに自分でちゃんと理解していた。けれど復習という名の目標達成のために突き進んでいた。いつか使えるようになる。治ると考え――そして魔術が使えるようになったら。家族の仇を……この手で。とがむしゃらに努力していた。

 この頃セルジオは、魔王軍との戦いで孤児になってしまった子供達を集めたフラッハライスフェルトシュタットにある孤児院で生活していた。
 人間界では数年間の学校教育が義務化されていたため。孤児院から通っていた学校で、セルジオは人一倍努力していた。寝る間も惜しみ勉強した。孤児院に帰って来てからも部屋に1人籠り各方面の術式の勉強を1人でしていた。友人を作るより勉強を優先した。その結果ぼっちになろうとも、この時のセルジオには全く関係なかった。
 それもあってか。卒業目前には魔術の知識量。技術では、同年代の中では断トツトップ。歴代でも上位に入るような成績となるのだった。

 しかし、この世界では知識。技術があるだけではダメだ。生活する中でも初級魔術を使う。使えることが普通の世界。何らかの魔術が使えなければ意味がない。
 現にセルジオは知識。技術なら同年代。もしかすると多くの大人にも負けなかっただろう。けれど実践となると、魔術を覚えたばかり。まだまだ術式の甘い初級魔術を使う小さな子供にすらセルジオは勝つことができなかった。
 実戦で無残にも毎回格下相手に怪我をするセルジオを多くの者が見てきた。

 この世界では、いくらすごい術式を作れても、使えなければ全く意味がない。そもそも魔術を使えないというのが周りではなかなか理解がされない世界。たとえ甘い術式でも何らかの魔術が使えるのが普通の世界だからだ。
 セルジオの目標。家族の仇――ということは、敵対する魔王軍と戦うことになる。その場合は中級魔術以上は必須。上級魔術が使えなければ厳しい。
 セルジオには知識。技術はあった。難しい複雑な術式の構築もできた。しかし――全く魔術を使えなかった。術式の構築をしても何も起こらない。
 
 結果としてセルジオは学校を卒業できなかった。

 筆記試験では満点。しかし実技は測定不可。実質0点。これは学校では初めての事だったとか。
 本来なら学生は筆記試験で引っかかる。だから学校側も筆記試験より今後の生活に関わる実技に重点を置いていた。しかしセルジオは真逆だった。
 学校内では、セルジオの卒業を認めるべきという声も一部ではあった。しかし1
人の為に学校の規則を変えることはできないという意見が強く。結果実技の0点がひびきセルジオは卒業することができなかった。
 もちろん、卒業できなかったということは、もう1年学校で過ごすということになるのだが。すでに来年の結果も見えていた。実技が0点のままでは絶対卒業はできない。何度やってもダメなのだ。
 それに留年した場合(そもそも今まで前例がなかったことだが)。この場合は次年度からは全額自己負担。そう、学費を払う必要が出てくるのだ。
 今までは全員義務化の中に居たので学費は不要だった。しかし留年すると全額自己負担。孤児のセルジオに大金を支払う能力はなかった。

 結果としてセルジオは卒業できず学校を去ることになった。
 
 さらに人間界では学校を卒業すると大人という扱いになる。そのためセルジオを今まで育ててくれた孤児院に留まることもできなくなった。
 その結果。セルジオの生活はどんどん厳しいものとなっていったのだった。
 
 ★

 学校を離れたセルジオは、はじめはフラッハライスフェルトシュタットの町で住居を転々とし生活していた。
 ちなみに、セルジオの名は多くの人に知られていた。なんせ初の留年者だからだ。
 一時期多くの町の人が面白半分にセルジオを見に来ていたが。今ではもう飽きたのか。そのようなことはなくなった。多くの町の人がセルジオを笑う中。セルジオに手を差し伸べてくれる人も一部いた。行くあてのないセルジオを自分のところで働かしてくれる人がいたのだ。けれど、どこに行っても長続きはしなかった。
 その理由は――セルジオがいるだけで、そのお店などの評判が下がったからだ。結果として毎回お店のためにセルジオが出ていくという選択をするしかなかった。
 けれど、手を差し伸べてくれる人は1人ではない。しばらくの間はいろいろなところでセルジオはいろいろな仕事をして何とか生活ができていた。
 
 できていたのだが――。

 次第にセルジオに手を差し伸べてくれる人はいなくなっていった。噂が広がりなかなか誰もセルジオに声すらかけようとしなくなったからだ。中にはセルジオを見て心を痛めている人もいただろう。しかし、自分たちにも生活があった。どこの誰かわからないセルジオを引き取る者は――いなかった。
 
 もちろんセルジオも、自分で町の職業紹介所などで職を探していた。しかしそれも難しいものだった。どこの求人も魔術を使えることを基本としていたからだ。

 そして気が付けばセルジオは、無能底辺庶民と言われるようになり。魔王軍と戦うというのは夢のまた夢。今を生きるのもやっとという状況で日々を過ごしていたのだった。

  ★

 時は流れ。ここはデアドリットシュタット。
 フラッハライスフェルトシュタットで、無能底辺庶民と言われていたセルジオは現在人間界の観光地。デアドリットシュタットの町に居た。居たというより――フラッハライスフェルトシュタットから追い出されてきた。居場所がなくなり逃げてきたといった方が正解だろう。

 デアドリットシュタットは産業が大きく発展している。なのでここも多くの求人を出しているのだが。この町でも魔術が使えるのが基本で求人が出されている。
 けれど、セルジオの噂はさすがに他の町までは広がっておらず。今のところ求人を受けることはできていた。できていたが――長続きはしなかった。
 ここでも魔術が使えないことで、どうしても魔術を使える人との仕事量を比べられるなどして、すぐにクビなっていたからだ。

 ★
 
 そしてさらに時が流れると、セルジオは最近の寝床としていた路地裏に居た。
 空を見上げれば薄暗く。雪が降りそうな気温の中だ。暖を取る魔術が使えなければ凍死しても不思議ではない。そんな路地裏でセルジオは1人小さく丸まり寒さに耐えていた。
 
 セルジオはもう何週間とこのような生活を続けている。
 以前はまだ宿のふかふかのベッドで休むことができていたが。ここ最近では全くできておらず。今も冷たい石畳の上に座りじっとしていた。動いていた方が暖かそうだが。最近じっとしている方が石も自身の体温で温まりまだ寒さに耐えれることをセルジオは学び休む時は同じ場所でじっとしていた。
 また、今日1日のセルジオの食べ物はこのまま行けば、路地に落ちていたカチカチになった食べかけのパンのみだ。もちろん硬いし美味しくはない。でも何もないよりははるかにマシだった。
 少し前までは、路地裏生活でも、雨風を凌ぐことは難しくても、少量の温かい食べ物を買って食べることはできていた。 
 しかし今はそれも難しくなってきていた。もう少年の持っているお金は底をつきかけている。毎日何かを買うということができなくなっていた。
 
 セルジオは魔術が使えない無能底辺庶民と扱われ。職を転々とし。この町。デアドリットシュタットに逃げるように来たが。遂にこの町でも雇ってくれるところがなくなってきていたのだ。

 ちなみに今日もセルジオは求人を探したが何もなかった。いや、求人自体はたくさんあったのだが――受けてくれるところがなかった。なので、『明日職業紹介所に行って、明日も自分を雇ってくれるところが無かったら――この町も離れる必要がある』とセルジオは考えていた。

 そんなことを考えながら、ゆっくり食べていた硬いパンを食べ終えると。セルジオはそのまま目を閉じたのだった。
 
 ★

 ちなみにこの時のセルジオは、昔持っていた家族の仇――という目標を失っていた。セルジオも成長し。19歳になる。
 さすがに自分の置かれている状況を正確に理解していたのだった。

 無能の自分では何もできない。そのうち野垂れ死ぬのだろう。何もできないまま――と。

 ★

 翌日もセルジオは無事に目を覚ますことが無事にできていた。今日も自分の体温で何とか温めていた石畳が命を繋いでくれたらしい。
 しかし石畳の上で休むというのは、全く身体は休めない。セルジオの身体は今日もバキバキだ。身体を動かすのもやっとだったがセルジオは立ち上がる。
 すると、昨日の夜は寒い風が吹いていたが。今は路地裏にも温かい日差しが差し込んでいたことに気が付く。
 数歩歩き太陽の光を浴びるだけで少しセルジオはほっとしていた。そしてこの時セルジオは太陽を見つつふとつぶやいた。

「今日は――良いことがあるかもしれない」

 それからセルジオは川で適当に顔を洗い目を覚ます。そして今日もセルジオは町の職業紹介所へと向かったのだった。

 職業紹介所は名の通り。職を求める人に求人を出しているところを紹介するところ。各町に数か所あるとされている。
 本来なら、自分が得意な魔術。使える魔術から求人を探すところなのだ。しかしセルジオの場合は違う。

「どんな条件でもいいので、人を求めている所を教えてください。魔術は使えないです」
「――あっ、はい」

 セルジオは受付の人にもすっかり顔を覚えられているだろう。この町では日雇いばかりで、ほぼほぼ毎日来ている。それに、見た目がなかなか酷いから覚えられているだろう。いや、そもそも魔術が使えないという時点で名前を言っているようなものか。
 ちなみに若干引き気味の受付の人。でもセルジオはそれを見てももう何も思わなくなっていた。いつもの事だからだ。セルジオはというと、今はとりあえずどこでもいいから収入を得て、さっぱりし。暖かいものを食べて、ゆっくり寝たい。そんな希望があるくらいだ。もしもうないなら、歩けるうちにこの町を後にするだけと考えていた。

「――うーん。セルジオさんのご希望の所は――なかなか」

 待っていると受付の人がいつものように大量の求人を見ながら唸る。
 大量にあるが――いろいろ指定があるのだろう。どうやらセルジオはこの町も離れることになりそうだ。そんなことをセルジオが思った時だった。

「ちょちょ、こっちに新着の求人あるわよ」

 セルジオの相手をしていた受付の人とは別の受付の人が少しだが別の求人の束を差し出してきていた。
 
「あっ、ありがとうございます。えっと――うーん」

 しかし、受付の人の表情は硬かった。どうやらこちらもダメらしい。次の人もいるのでそろそろ断ろうとセルジオが受付の人に声をかけようとした時だった。

「あの」「あっ」

 ちょうど2人の声が重なった。セルジオは受付の人に『どうぞ』とジェスチャーをする。

「あっ。はい。えっと、こちらの求人なのですが――」

 受付の人はセルジオの前に1つの求人を差し出した。

『城の雑用係』

 普通の求人票にはいろいろな指定がかかれている。しかし受付の人が見せてくれた求人はとってもシンプルだった。

『城の離れにて雑用。泊り込み可。食事付』

 はっきり言おう。今までになく最高の求人だった。城ということは国王城。そこが魔術に関係なく求人を出しているのだ。

「これでお願いします!」

 久しぶりに元気ではっきりした声をセルジオは出した。というかそんな声がまだ出たのかと、言った後セルジオは自分の少し驚いた要は表情をしていた。
 ちなみにセルジオの前に居る受付の人はもっと驚いていたが。

「あっ。はい。って――とっても言いにくいですが。すごく安いお給料になりますが――」

 喜ぶセルジオとは逆に、受付の人は心配そうな表情をしつつ確認してきた。よく見ると、給料に関しては、今まで受けてきた最低給料の10分の1。普通の人ならまず受けないだろう。国王城の求人にしては安すぎる。
 しかし、泊り込み可。食事付と考えると住居のないセルジオからすると給料に関しては全く問題なかった。

「問題ないです!」
「そ、そうですか。では手続きを行います」
「お願いします!」

 受付の人は驚いた表情をしつつ手続きの為裏へと向かっていった。

 ここで言う手続きというのは、求人というのは各所の職業紹介所に一斉に送られる。そして早い者勝ちだ。希望する求人があればすぐに渡して手続きをしてもらうことで、確保される。誰かが手続きをした瞬間。他の所では受けられなくなるのだ。
 ちなみにこの事務作業にも魔術が使われているとか。誰かが開発した道具が使われているらしい。

 待っている間のセルジオは期待に胸膨らませていた。まさかの国王城。自分が一番関りをもたないであろうと思っていた場所の求人だからだ。そして、今日の朝の感覚は正しかったと思うセルジオ。やっと路地裏生活を終われる。セルジオはそう思いながら手続きが終わるのを待った。

「セルジオさん。セルジオ・クシランダーさん」
「はい!」

 少しして受付の人が戻ってきた。セルジオは名前を呼ばれると元気に返事をした。周りにいた人が少し迷惑そうにセルジオを見たが、セルジオ本人は全く気が付いていなかった。

「手続きが完了しました。明後日の朝に指定された場所へとお越しくださいとのことです」
「わかりました。ありがとうございます」

 飛び跳ねそうな感情を何とか抑えつつ。セルジオは受付の人から求人票を受け取った。そして『明後日からだから。今日は残りのお金を使って小綺麗になろう。そして久しぶりに暖かい食事を。残金使いきっても大丈夫だよな――』などと考えていた。
 
 ちなみに受付を終えた求人票には集合場所が書かれる。
 まだ職業紹介所の中なので、セルジオは飛び跳ねそうな感情を押さえつつ、初日に遅刻はありえないので、まず集合場所の確認をすることにした。

 受付票にはまず日時が書かれている。日時は明後日からと記されているだけ。時間は――書かれていないが朝だろうとセルジオは経験から判断し。そして集合場所を確認すると――。

「――うん?魔王城入口……?」

 急に冷静になるセルジオ。
 セルジオの手にしている求人票は何度見ても人間界のフラッハライスフェルトシュタットにある『国王城』ではなく。何故か魔界のユーゲントキーファーにある『魔王城』と記載されている。
 小さな文字だったので何度か見直したが――どう見ても魔王城と書かれている。
 受付の人も小さい文字だったからかを見落としたみたいだ。
 そもそも受付の人は手続きまでが仕事なので、そこまで見る必要はない。にしてもミスとは珍しかった。

 普通人間界の求人には魔界の求人が入ることはない。以前のヴアイデの町なら魔界の求人があってもおかしくなかったが。今はヴアイデの町も完全に人間界となっているので混ざっている町はない。
 そもそも今セルジオがいるのはデアドリットシュタットなので、ずっと人間界の町だ。混ざることはありえない。なので単にミスなのだろうとセルジオは考えつつ。もう一度受付に戻り間違いの指摘をしようとした。その時だった。

「求人受付ストッーーーーーープ!」 
 
 ぴしっとした身なりの男性が奥の部屋から大声をあげながら飛び出してきた。どうやらこの職業紹介所のお偉いさんに見える。何事か?と多くの建物内に居た人が男性の方を見る。

「トラブルで、魔界の求人が混ざってしまいました。トラブルが解決するまで手続きはしないように!申し訳ありません。しばらくお待ちください!」

 職業紹介所内がざわめき出す。敵対する魔界の求人なんて受けてしまったら。魔界に入った瞬間あっという間に殺される可能性があるからだ。
 回りがざわめく中。1人の青年が顔色を悪くしていた。それはセルジオだ。

「大丈夫か?大丈夫だな?今受付をした人はいないな?」

 お偉いさんと思われる男性が受付の人に確認する。するとセルジオの受付をしていた人が恐る恐る。手を挙げた。

「――すみません。手続きしました。大丈夫だとは思いますが――えっと、セルジオさん?セルジオ・クシランダーさん。いますか?」

 セルジオが呼ばれる。一気に建物内からの視線を集めたセルジオ。明らかにこの場が大変な事になっているのはセルジオでもわかっていた。そして自分の持つ受付票には――。

 セルジオは受付に近づき。受付票を渡す。するとお偉いさんと思われる男性がひったくるように求人票を手に取り――すぐに顔を真っ青にした。

「……な、なんということだ。これは――――魔王城!魔界の求人じゃないか!」

 お偉いさんと思われる男性が悲鳴のように叫んだ。そしてセルジオの受付をした人は驚き。少し口を開けたまま魂が抜けたように固まっていた。
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