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第5章 ヴアイゼインゼル侵略

5-4 忍び寄る影

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 ここはヴアイゼインゼル。
 少し前に人間界からの不意打ちの攻撃を受けかけたが。それは市民に、いや、そもそも魔王。魔王軍にも知られることなく(魔王城の離れに勤めているとある人物が1人で対処してしまったから)片付いていた。
 そのため今日も魔族の人々は平和にいつも通りの日常を過ごしていた。
 
 そんなヴアイゼインゼルでは、最近ちょっと変わったことがあった。

 ★

 とある日。
 ヴアイゼインゼルの町中を歩く3つの人影があった。
 水色っぽい銀髪のボブカットの女性。次期魔王ルーナを中心に、荷物を持っている黒髪のの男性セルジオ。スタイル良く。歩くだけで多くの男性の視線を集めている黒髪で片側だけ編み込みをしている女性ソフィの3人だ。
 少し前までならこのような光景を町中で見ることはなかっただろう。けれどここ最近ではよくよくヴアイゼインゼルの町中では見る光景となっていた。

「――あっ、ルーナ様。こんにちは」

 すると、通り沿いの家の窓から女の子が顔を出して挨拶をしてきた。

「こんにちは。何か困ったことない?」
「大丈夫でーす」
「何かあったら私に言ってね」
「はーい」
「あっ。ルーナ様。御付きの方と1杯どうですか?」

 しばらくすると、今度は町の中心にあるお店の前で男性集団が声をかけてきた。

「ちょっと、ここ最近毎日昼間からあなたたち飲んでない?って、今明らかにソフィ見て言ったわよね」
「そ、そんな事ありません。ルーナ様も今日は可憐で。な。な?」

 慌てた男性は周りに居た仲間に声をかける。
 ちなみにルーナに声をかけた男性は、ぱっと見。すでに酔っている感じだ。

「そうですよ。ルーナ様は今日もかわいい」
「――なんか。子供に見られてない?ねえ。セルジオ。一発攻撃していい?」
「「「ルーナ様!?お許しを!ちょっとふざけただけです!」」」
「ダメです」

 男性たちの悲鳴の後、ルーナの近くに居たセルジオが少し呆れつつルーナを止める。もちろんだが。こんな町中で初級魔術でもぶっ放せば、そこそこの被害が出かねないからだ。

「えー、セルジオ様。良いんじゃないですか?」
「「「ソフィーさん!?」」」

 セルジオがルーナを止めていると何故か少し微笑みつつソフィが口を挟んだ。
 ちなみに男性たちが『さん』と言っているが。ソフィはそれに関しては気にしていないらしい。
 なお、ソフィが口を開くと、男性陣のテンションが一気に上がり。ルーナは面白くなさそうな表情をしていた。
 
「ソフィさん。この前ルーナが川を決壊させかけたこと忘れましたか?」

 そんなここ最近では慣れた光景を見つつセルジオア再度呆れつつソフィに話かけた。

「面白いことになったじゃないですか。ルーナ様の魔術の練習にもなりましたし」
「いやいや、とにかく。平和にいきましょうよ。揉め事わざわざ起こさないでください」

 ソフィは揉め事を起こし痛い雰囲気だ。

「セルジオ。火の魔術の中級って――」
「ルーナ?何故に構築を始めようとしているか」

 そしてルーナも何故か魔術を放つ気満々だ。
 
「馬鹿にされたから?」
「……はぁ。大変」

 この光景はここ数日ではお決まりの光景。町の人も一応笑顔だ。なお、ルーナの御付きをしているセルジオは――溜息である。
 
 ★

 俺は町中で、呆れつつ周りを見いている。今まさにルーナが魔術をぶっ放しそうだが――もう諦めた。片付けが大変そうと思うことにした。
 なお、そんな光景を見つつ俺は少しうれしかったりするのだが――。

 どうしてヴアイゼインゼルの町中でこのような光景が見れるようになったか。
 それは次期魔王様。ルーナが魔術を使えるようになったことで変化があったのだ。

 ルーナの魔術はまだ危ういことはあるが。一応使えるようになる前から俺が教える形ですべての方面の魔術の知識だけはあったルーナ。そんなルーナがある日突然――間接キスから魔術が使えるようになり。その知識を生かすことができるようになった。
 もちろん本当に間接キスがきっかけなのか。未だに俺は信じれないのだが。でもそれしかきっかけがなかったので、とりあえず今のところ俺との間接キスにより魔術が使えるようになったルーナとしておこう。

 そして、魔術が使えるようになって数日後。

「ねえ、ヴアイゼインゼルの町行かない?」

 ルーナが朝起きるなりそんなことを言い出だしたのだ。
 今までは魔術が使えないということで、魔王城の離れから出ることがなかったルーナ。しかしたった数日だが。初級魔術に関してはほとんど使えるようになったことが自信となったようだ。
 ちなみに、ルーナは次期魔王様なので、普通なら安全も考えて、外出時なら魔王軍の一部が護衛として一緒に居るべきなのだろうが。ヴアイゼインゼルには魔王軍は常駐していないらしい。
 しかしルーナが町を見たいというので――結果。俺とソフィが付いて行く形でここ数日毎日ルーナは町へと出ている。
 なお、俺1人ではもちろんルーナに何かあった時対処できないが――ソフィが居れば。問題ないかである。下手したらソフィめちゃくちゃ強いのでね。
 
 また、これは余談だが。ルーナがヴアイゼインゼルの町に出た初日は――それはそれはガチガチのルーナを見ることが出来た。手と足が一緒に動いていた
 なお、俺もガチガチだったが。いや、そりゃ周りはみんな魔族ですからね。魔界で生活しだしてしばらくあ経っていたが。基本ルーナが外に出ることがなかったので俺も外に出ることがなかった。それが多くの魔族の人と接する可能性となると――そりゃ緊張したからだ。
 でも結果を言うと。そんな心配無用だった。魔界に来た時もだったが。魔族の人は別に人間を敵視しているわけではなかったからだ。
 さすがに珍しいからかしばらく俺がいろいろと視線を集めていたが。今ではそのような視線はなくなった。何故なら、ソフィが男性陣を虜にしているからだ。俺の存在はほぼ消えているらしい。
 なお、これに関しては深く話さなくてもいい気がするが――ざっくり言えば、ソフィは立っているだけで美人。スタイルが良いから人の目を惹く。あと、ソフィ自身もノリが良いからだろう。自然と町の人と話しているし。そもそもソフィは町にちょくちょく出ていて、顔を知られていたみたいだからこの光景も当たり前だったかもしれないが。ってか、よくソフィが『男を食った』とかいうことをボソッと言ってい気がするが。あと、たまにソフィが町で誰かと話しているのが聞こえてくると『次は――』やらやらという話の多いこと。って、これこそ話さなくていいことか。とにかくソフィが目立っているということだ。

 でだ。初日ガチガチだったルーナが何故また町に出たがったか。
 それは『自分の魔術を見ろ!』とでも言うのか。とりあえず陰でいろいろ言われたくなかったのだろう。とにかく自分も魔術使える。というところをみんなに見せたかったらしい。
 
 そして、これも余談かもしれないが。はじめは誰でも失敗があるというのか。もちろんルーナが町に出ただけでは、今まで引きこもりだったルーナを次期魔王と認知できる人がいなかったので、ルーナは町の真ん中で風の魔術を発動させてみたりして、まず人を集め。さらに自分は他の魔術も使えるアピールを始めると、人が集まってきて――そこでルーナはやらかした。
 ちょっと地の魔術を使う際に術式を間違えて、近くを流れていた川を破壊したからだ。そのおかげで、かなり注目は集めたんだがね。

「せ、セルジオ!?どうしよう?!」

 川を決壊させたルーナはあたふた。町の人もあたふた。俺ももちろんあたふただ。何もできない無能なのでね。しかしソフィだけが冷静だった。

「はい。ルーナ様。魔術をこういう時に使うんです。はい。直す」

 みんながあたふたしている中で、ルーナに指示を出し。それを聞いたルーナが半泣き状態で何とか。何とか決壊を止めて――その後魔術で修復を行った。とりあえず一安心。そして、その光景は多くのヴアイゼインゼルに住む人が目撃し。その後はルーナが次期魔王と多くの人に認知されたのだった。
 さらに、ルーナも普通に美少女なので注目の的となった。なお、見た目は――いつも通りシンプルな黒のワンピースだったので、何というか。地味ではないが。でも黒は魔王?の雰囲気があるからか。誰もそのことは何も触れなかった。魔王は黒?で決まっているのかもしれない。
 とにかく、もともと美少女のルーナ。そして各方面の魔術を使いこなすということが町中に広がり。あと、あたふたしていた姿も一部には好印象だったのか。翌日からルーナは町に出れば気軽に町の人に声をかけてもらえるようになった。そうそう、あとソフィが居たというのも大きいんだろうな。ソフィの方が知名度。信頼度ともに高そうだったし。俺?無能です。空気だよ。
 ということで、ルーナはすぐに町に溶け込むことに成功したのだった。あと、ルーナ自身も町の人と話すのは好きなのか。いや、今まで引きこもっていた反動かな?とにかく外が楽しいかったということだ。

 少し変わったヴアイゼインゼルの町は今日もいつも通り時が流れていたのだった。

 ★

 町の方へと出かけるようになったルーナ(なお、ソフィ曰く。魔王様たちにはもうしばらくルーナの魔術が安定してから報告に行くらしく。まだ町の人しかルーナが魔術を使えるようになったのは知らない。また、例え魔術が使えるようになったと報告しても、ルーナに今すぐ何か役目が来ることはないと思うので、今のように自発的に町の人と関わるのは良いこととソフィは言っていた)。そのため、基本日中は魔王城の離れの外に居る。なので、今までと違って勉強の時間が夕食後になっていた。少し暗くなってから庭で魔術の練習だ。魔術が使えるようになったので、室内では建物を破壊しかねないからだ。
 ちなみに、一応初級魔術なら安定して使えるようになってきたルーナだが目標は上級魔術。なので今日もルーナは感覚をつかむため練習していた。
 なお教えている俺――なんとも不思議な感覚というか。一応ルーナが魔術を使えるようになったことで、俺の教えていたことは正しかったことが証明されたが。俺の方は今までと変わりなく何もできない。そのためか今でもルーナが一緒の飲み物を再度飲ませてみようとしたり。ということをしてくるので、それはそれで少し困ったことだ。いや、毎回恥ずかしそうにしつつもコップとか差し出してくるルーナがかわいすぎる……ではなく。いや、恥ずかしい中。頑張って俺に気を使ってもらっているのに何も変わらない自分がね。とりあえずもやもやということだよ。

 とまあちょっと変な感じもありつつも。今日も俺とルーナが魔術の練習中の事。とあることが起きた。

 ★

 暗くなった庭でドカンドカンと穴をあけては、戻しているルーナ。一応これも練習。そして、魔王城の離れが町から離れているから夜にできることだ。多分少しくらいは聞こえていると思うが――。
 でも町の人もルーナがまだ練習中ということは知っている。自分でルーナが話していたし。
 俺はそんなことを思いつつ。ルーナに中級魔術を教えていたそんな時だった。

 ガサッ。と、茂みの方で音がした。

「へっ?」「うん?」

 俺とルーナは同時に茂みの方をパット見た。もちろん何も気配はない――気がする。

「セルジオ。なんか――音しなかった?」

 俺に話しかけながらルーナが近寄って来る。

「したような……?ちょっと見てきます」
「いやいや、セルジオじゃ何かあったら危ないでしょ」

 するとルーナが俺を呼び留めた。それもそうだ。俺が様子を見に行ったところで、攻撃されたら終わりだ。
 ちなみに、魔王城の離れに来客――というのはあまり考えられないし。ここは裏庭に当たるところ。裏から入って来る人はいないだろうが――でも少し前にソフィが言っていたことを俺は思い出した。

『ルーナ様の存在をよく思っていない人は思いのほかたくさんいますよ?』

 俺はあまりルーナの家庭に関しては知らない。でもちらっと聞いた話しが頭の中に残っていた。一応俺はここの雑用係――いや、今ではルーナが勝手に『何でも係り』とか紹介していた気がするが――とにかく。こういう時はルーナではなく。俺が動くべきだろう。

「ルーナ。とりあえずソフィさん呼んできて。気のせいかもだけど」

 俺は今この場には居ないソフィを呼んでくるようにルーナに頼んだ。その時だった。ガサッっと再度音がして――。

「――おっ、マジ美少女じゃん」
「やっていいか?どうせ殺すんだろ?なら先に」
「おいおい、殺すなだっただろ?でもやっては良いはずだぞ?」
「よし」
「ひっ!?」

 数人の顔を隠した――大人。多分男性が数人茂みから出てきた。明らかに黒いオーラ。嫌な雰囲気がプンプンしている。
 それを見たルーナはさっと俺の後ろに隠れた。なお俺は声が出ないほどガチガチ。いや、今までルーナの傍に居たが。このようなことが起こることは一度もなかったから。
 これはどうするべきか。建物まで逃げれば何とかなるかもしれないが。相手は魔術を使ってくるだろう。こちらもルーナは使えるが――などと思っていると。

「――あらあら。的がたくさん」

 不意に俺とルーナの後ろから声がした気が――と、思った瞬間だった。

「「ひっ!?!?」」

 ブォンっと、俺とルーナの真横を真っ赤な炎が勢い良く一直線に通過していったのだった。いやいや、マジか。
 俺とルーナは自然と抱きつく形でいきなりの出来事に固まったのだった。

 ちなみに炎の進んだ先では……。

「ぎゃああ」
「熱い!燃える燃えてる!」
「どけどけ」
「水水!誰か水出せ!」

 大騒ぎ。火の海――って、いやいや回りが明るくなるレベルで燃えている。

「「「「ぎゃあああ」」」」

 その後悲鳴とともに火だるま?状態で不法侵入?をした人達は走り去ったのだった。

 ちなみに今ここで何が起こったか。

 怪しい人物複数確認――のち、ソフィ登場。そして多分――火の上級魔術をぶっ放した。以上である。
 しばらく俺とルーナは固まり。その後ソフィに『屋外で交尾中でしたか?大胆――』などと言われて慌てて離れたのだった。
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