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提案

3-3 その頃

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 ここはユーゲントキーファー。

 魔界の大都市である。昼夜問わず多くの人。物が動いている。
 そして少し前までは多くの町の人は何不自由なく過ごしていた場所である。
 ――不自由なく過ごすていた。と、言うと何やら今は起こっていて、貧しい生活になってしまった。などと思うかもしれないが。
 そこまで酷くなったとかそういうことではないということを先に言っておく。
 現に今でも今まで通り何も変わらずに今まで通り過ごしている人。魔族の人がほとんどだろう。
 町に出れば普通にお店もある。職もある。多くの場合現段階で困ることはない。町の一部では小さな子供の笑い声が聞こえてきている。または大人たちの笑い声ももちろん聞こえてきている。

 しかし今ユーゲントキーファーの町の一部では歪が出来つつあった。

 ◆

「――」

 ここユーゲントキーファーの町の中にあるそこそこ有名なお店。フローレス。食事処、雑貨店、宿と手広くいろいろなことをしているお店。
 そのお店を仕切っているのは1人の女性だ。

 ミア・フローレス。

 魔王城の近くにあるお店と美人の店主が居るということで、人気のお店だ。食事処は食事の時間になればかなりにぎわっていることが多い。
 そして雑貨店の方はかわいい商品が多いということで、女性客が多い。
 宿に関してはあまり大きくないが。数部屋空き部屋を貸しているという形で今は行っており。ちょくちょくミア狙いの魔王城勤務の人がやって来ているとか――。

 そんなお店フローレス。
 現在は夜。そして、ちょうど一段落したところだ。
 もう食事処の方に数名の客しか残っていない状態だ。雑貨店の方は営業時間外。宿の方は今日は空室。
 今までならこの時間は常連のお客とミアがお酒を飲みつつ雑談という時間になることが多いのだが――ここ最近。特にヴアイゼインゼルが魔界から離れた。正確に言うと同じ魔族同士で戦いをした後から以前のような楽しい雑談の時間というのは、減りつつあった。
 今も店の店主。ミアは何とも言えない不貞腐れたような表情で、常連客の人とお酒を飲んでいる。
 なお、そんな不貞腐れた様子のミアでも、異性を引き付けるだけのオーラはあった。今日の服装もミアのいつものスタイル。淡い色のワンピース姿。淡いピンク色の髪とあっており。ふわふわした空気がミアの周りだけあるのではないだろうか?と思うようにある意味別世界だった。
 そんなミアの姿に癒されるために来ている人がほとんどだったりする。
 しかし、ここ最近のミアは何とも言えない表情が多く。常連客も心配していた。

 特にミアのことを心配していたのは――常連客であり。魔王城ではそこそこのポジション。魔王に近いところに居る男。グレー色の長髪。爆破大好き。そして無駄に元気でうるさいと評判?のアイザック・ベーカーだ。しかし今の彼は静かにミアの方を見ていた。
 ちなみにこの無駄に元気な男。実はそこそこのことは器用にできる。それもあって魔王からは何でも屋。戦いがあれば最前線。何もなければ門番。そしてさらに何もなければ食事係と。基本命令されれば一つ返事で動くためなんでもこなしていた。
 そしてこの現在居るお店のフローレスのことも少し手伝った過去があったりする。

「――ほんと何を考えているのでしょうね」

 アイザックが静かにお酒を飲みつつ。ミアの方を見ていると、ため息交じりでミアがつぶやいた。
 アイザックはミアが何のことをつぶやいているのかはもちろん知っていた。そのため少し周りを見て――もう自分の知り合い。あとで口止め可能なお客しかいない事を確認してから返事をした。

「――俺もわからん」
「何とかできないの?アイザックさん」
「――何を考えてのことか――俺にはさっぱりだったからな。まさか――だしな」
「ヴアイゼインゼルを攻撃するなんて。でしょ」

 アイザックがあえて口にしなかったことをミアがはっきりと口に出したため。アイザックは周りを見る。そして目が合った仲間には目で合図を送っておいた。他言するなと―――。

「ミア。あまりはっきり言わないでくれ。あとが大変だ」

 そしてミアの方を再度見たアイザックが呆れ気味に話した。

「アイザックさんが何とかしてくれるでしょ?」
「おいおい」
「このお店に今でも通ってくれているのが証拠」
「――はははっ」

 すでにバレバレだが。アイザックはミアと出会ってからミア一筋(なお、本人からの返事はは軽く数十年かわされ続けてるが……)。それでもあきらめずに通い続けている状況だ。
 そして実はちょくちょくミアに情報を流しているのもアイザックだったりする。

「――で、ヴアイゼインゼルのこと何かわかった?」
「あの時の男がやはり気になるか。まあ俺もあの時はたまげたからな――人間が来るとか」
「いい子だったわよ?」
「まあおどおどしていたが。悪そうな奴ではなかった。あれっきりだが――ちなみに向こうのことはまるで国が変わったみたいにわからないな。まさかヴアイゼインゼルにあれほどの魔術が使えるやつがいるとは――って、城では今でも騒ぎだよ」
「――それがルーナ様?」
「いや、どうだろうな。ルーナ様。次期魔王様……なんて言えばいいのかちょっと悩むところだが。今は一般人?になったのか。俺たちもはっきり知らないが。ルーナ様が1人で――って話もあれば。実際に魔術を見たやつはあれは複数人が協力した。って言っている奴も居たし」
「――なんで重要な時にアイザックさんは最前線にいなかったのかしらねー」

 ちょっとだけ冷たい視線をアイザックへと送るミア。

「おいおい。って、その時の俺は裏方だったから仕方ないだろ?」
「さすが何でも屋」

 そしてコロッと表情を変えて笑顔になるミア。この姿に何人の男性がやられたことか。なおアイザックは――。

「褒められているのか――」

 もう慣れている様子だ。やれやれといった表情をしている。

「一応ね」
「一応なのかよ」
「――でも、今も町の人は過ごしているのよね?」
「ああ。偵察班の報告だと。魔王城の離れ近くに新しい町を作っているみたいだな。もちろんかなりの被害があって、相当の数の人が亡くなったらしいが」
「――そう」
「さすがにこちらから簡単には今向こうに入れないからな。情報が正しいかも――だが。でもまあそこまで嘘の情報ではないと思う。つまり――なんだ。関係は最悪というか。何ともだな」
「――ほんと。なんであんなことに――セルジオ君大丈夫かしら?」
「あいつな。ほんとあれ以来だが――どうなったんだろうな」

 ミアとアイザックは、ともに暗い窓の外を見つつつぶやいたのだった。

 そしてアイザックはこの後ミアがボソッとこぼした言葉により――究極の選択をのちにすることになるのだが――今はまだ知らない事である。

「――いっそのこと私行こうかしら」
「――――――――――どこへ?」
「そりゃ、ヴアイゼインゼルへ」
「………………は、はっ。はいっ!?!?」

 おっと、予想よりも早くミアがつぶやいたため選択の時も近付いたみたいだ。
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