君に残してあげられるもの

浅上秀

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後編

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毎日、毎日、ただ呼吸して生きていた。

「はぁ」

せっかく行きたかった大学に入学し、かわいい彼女もできて人生これからのはずなのに。
そんな時に風邪で病院に行って検査したら難病と診断され、まさかの余命は一年。
絶望感のせいで彼女とデートもする気になれなかった。

「どうしろって言うんだよ」

俺はいつ死ぬのだろうか。
その恐怖だけが毎日心を占めていた。
彼女にそっけなくしているのは感じていた。
しかしどんなに冷たくしても受け止めてくれる彼女は俺にとって救いだった。

「病院行くのめんどくさいな」

通院が本当に苦痛だった。



その日、彼女はどうしても来週のこの日に俺に会いたいと言ってきた。
しかしすでに病院の予約が入っていたので断った。
それから少しだけ彼女の様子がおかしかった気がする。

「あー、明日も病院か」

家に帰ってベットに寝転がりながら携帯を弄る。
するとカレンダーアプリに一件の通知が入った。

「忘れてた。明日誕生日だ」

明日は彼女の誕生日だった。
だから彼女は明日会いたいとごねていたのか。
病院の診察に気を取られていて何もプレゼントを用意してなかった。

「しょうがない…花でも買うか」

大学の授業終わりに花屋にでも寄ろう。



「えっと、こっちか」

彼女の家には一度だけ行ったことがあった。
それとなく家の場所と今日家にいるかは確認してある。
病院が思ったより早く終わったのでサプライズで花束を届けようと思った。
彼女には連絡せずに彼女の家に向かう。

歩いて公園の近くに差し掛かった時、後ろからけたたましい音を立てて救急車が俺を抜いていった。
救急車を視線で追いかけるとガードレールにトラックが突っ込んでいるのが見える。

「うっわ、ひどい事故だな」

俺は事故現場や人の喧騒を避けながら彼女の家にむかった。
彼女の家のインターホンをならずが誰も出てこない。

「いねぇのかよ。それとも拗ねてんのか?」

携帯を鳴らしても出ない。

「はぁ、めんどくせぇ」

結局、彼女に渡せなかった花束を持ち帰り自分の母親に手渡した。
泣いて喜んでくれたが心は晴れなかった。

夕食のカレーを食べながらテレビを見ていた時だった。

「先ほど○○で大型トラックが歩道に突っ込み通行人の女性を巻き込みました。女性は病院に搬送されましたが意識不明の重体です」

嫌な予感がした。
携帯をみると知らない番号から着信が来ている。
震える手で電話に出る。

「はい、もしもし」



「ちょっと、健!こんな時間にどこに行くの!!」

母親の声を背中に慌てて家を飛び出した。
こんなに走ったのはいつぶりだろうか。
なんとかタクシーを拾って病院に駆けつける。
ナースステーションで看護師に声をかける。

「あの、で、電話をもらった、あの、あの」

「こちらです!」

看護師の後ろを追いかける。
その時間が何時間にも感じた。
広い部屋のベットの上、管と包帯だらけの彼女が横たわっていた。
彼女は真っ白だった。
でもその手に触れるとほんのり暖かい。

「なんで、こんなことに」

手を握りながら俺の瞳から涙が零れ落ちる。

その時だった。
けたたましい機械の音が鳴り響き、医者と看護師が駆け込んできた。

「どけてください!」

彼女から俺は引きはがされる。
周りは必死で彼女をこの世につなぎとめようとしている。
心臓マッサージで彼女の身体はなんどもベットから飛び跳ねた。
しかしそのかいもなく無慈悲な機械の音が部屋中に響いた。

俺はこの時、本当の絶望に襲われたのだった。



真っ白な絶望の中、俺は夢の中にいた。

「おまえがか」

声が響く。

「誰だ」

俺の声も響いた。

「我は人の寿命を司るもの、人は我を死神と呼ぶ」

「死神」

「案ずるな、ただ伝言を頼まれただけだ」

「頼まれたって誰に…」

「おまえに命を分けた彼女に決まっているだろう」

沈黙が流れた。

「命を、分けた」

「あぁ、彼女が言ったんだ。余命いくばくのお前に彼女の命の時間を分け与えると。ついでに伝言も預かったぞ」

「待ってくれ、一体何がどうなっているんだ、ちゃんと説明を…」

「そんな時間はない」

死神は冷たく俺の言葉をあしらった。
刹那、彼女の最期の声が聞こえた。



「彼がいなきゃ私は生きていけない。でも彼は私がいなくても生きていられるから、きっと大丈夫」

それを最後に消えていった。




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