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番外編 商店街の受難
1話
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平和で閑静な商店街にその男は突然やってきた。
「初めまして。私、商店街コンサルタントの奥野と申します。本日は組合長様のお耳にぜひとも入れさせていただきたいお話がございまして…」
七三分けの前髪、黒髪にテロテロの生地のスーツ。
その辺で買ったような安物の革靴を履いた胡散臭い笑みを浮かべて名刺を差し出すいかにも怪しい男を警戒せずにはいられなかった。
「コンサルタントなんて…うちはそんなものにお金を払う余裕はない。帰ってくれ」
祖父から父、父から自分へと継がれた和菓子屋も創業100年を越えた。
商店街の長ともいえる家で育った男は人生の半分以上の時間をこの商店街のことだけを考えて生きてきている。
それがポッと出の商店街のことを一ミリも知らないような人間の話を聞く気はなかった。
冷たい物言いにもめげずにコンサルタントと名乗る男は話を続ける。
「お仕事中にお忙しいところ突然の訪問、誠に申し訳ございませんでした。せめてせめて少しだけでもいいのでお時間をいただけないでしょうか」
あくまでも男は低姿勢で頭を下げる。
「帰れって言っているのが聞こえないのか!」
根気よく端正な和菓子を作り出す割には組合長は沸点が低く怒りっぽい。
大声でそう叫ぶと店の出入り口へと奥野を追いやる。
「お、どうしたんだい組合長。怒鳴り声が外まで聞こえてるよ」
隣の理髪店の店主がガラス扉からなにごとかと顔をのぞかせた。
「ふんっ」
組合長は売り子をしている妻を残して店の奥にある厨房に引っ込んでしまった。
「すみませんね、うちの人が…」
組合長の妻はペコペコとコンサルタントと名乗る男に頭を下げる。
「いえいえ、私が事前のアポイントもなしにお伺いしたのが悪いんです。また日を改めさせていただきます。せっかくなのでこちらのお菓子を一ついただいても?」
「えぇえぇ、もちろんです。安部さんもすみませんね、うちの人の声が大きいからまたやらかしたかと思われたでしょう」
「はは、なんにもなくてよかったですよ」
理髪店の店主は苦笑いをしながら自分の店に戻っていった。
「あの少しだけお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
自分の店に入る直前、理髪店の店主の安部はお会計を終わって店を出てきたコンサルタントと名乗った奥野に呼び止められた。
「ええ、まぁ」
商店街の役職にはついていないし今日も特に予約も入っていない安部は生返事をした。
…
店に入り簡素なソファに男を通した。
「それで…うちの商店街にどのようなご用件で」
奥野の名刺を受け取り彼の迎え側に腰かけた安部が単刀直入に尋ねる。
「私共の会社ではいわゆるシャッター街になってしまった商店街の復興を主にお手伝いさせていただいております。例えばこちらとか、こちらだとか」
奥野が見せてきたタブレットの画面には最近、テレビなどで話題になっている隣の県の商店街の様子が映し出されていた。
高齢化が進みシャッターの締まる店が多かったものの、地元の大学や企業とコラボして見事復活したようだ。
「これこの前、ニュースで見ましたよ!へぇすごいなぁ」
安部は感心していた。
最近、安部の店も閑古鳥が鳴いていて正直経営も厳しいのは事実だ。
「他にもこちらだとか、こちらもそうですね」
奥野は今まで会社が手掛けたコンサルの様子をみせてくれる。
どれも新鮮で非常に魅力的に見えた。
「たしかに最近、客足が減ってきた気もしますし、高齢化で後継ぎがいなくて潰れてしまう店も多いんですよね。うちもご覧の通り男一人になっちまったもんで…でも俺一人だけだったら組合で何も発言権がないからなぁ」
安部はコンサルには前向きだが商店街は昔ながらの人間も多く、頭の固い組合の役職に就いた人々を動かすことを考えるとなかなか難しいように思えた。
「どなたか役職につかれたかたをご紹介いただけたりとかも難しいでしょうか」
奥野もなんとか食い下がる。
「いやぁ役職持ちがいくら承諾しても結局はお隣の組合長が決定権を持っているようなもんだからどう頑張っても…」
商店街の組合では年に一回、総会が開かれる。
組合長を中心に例えば祭りのことや年末年始、お盆の休業日程の打ち合わせなどを行うのだ。
「そうですか」
奥野も残念そうにタブレットをカバンに仕舞いこんだ。
「ただ年に一度の総会が来月あるんです。その時にこの話が採択されればありないこともないかと」
「おや、それは良い情報をいただきました」
奥野の目が鋭く光る。
「はは、まぁ難しいとは思いますけどね」
「時に安部さん」
「はい?」
「一つ頼みがございます」
「は、はぁ」
安部はこの時のことをのちに後悔することになるとは一切思っていなかった。
「初めまして。私、商店街コンサルタントの奥野と申します。本日は組合長様のお耳にぜひとも入れさせていただきたいお話がございまして…」
七三分けの前髪、黒髪にテロテロの生地のスーツ。
その辺で買ったような安物の革靴を履いた胡散臭い笑みを浮かべて名刺を差し出すいかにも怪しい男を警戒せずにはいられなかった。
「コンサルタントなんて…うちはそんなものにお金を払う余裕はない。帰ってくれ」
祖父から父、父から自分へと継がれた和菓子屋も創業100年を越えた。
商店街の長ともいえる家で育った男は人生の半分以上の時間をこの商店街のことだけを考えて生きてきている。
それがポッと出の商店街のことを一ミリも知らないような人間の話を聞く気はなかった。
冷たい物言いにもめげずにコンサルタントと名乗る男は話を続ける。
「お仕事中にお忙しいところ突然の訪問、誠に申し訳ございませんでした。せめてせめて少しだけでもいいのでお時間をいただけないでしょうか」
あくまでも男は低姿勢で頭を下げる。
「帰れって言っているのが聞こえないのか!」
根気よく端正な和菓子を作り出す割には組合長は沸点が低く怒りっぽい。
大声でそう叫ぶと店の出入り口へと奥野を追いやる。
「お、どうしたんだい組合長。怒鳴り声が外まで聞こえてるよ」
隣の理髪店の店主がガラス扉からなにごとかと顔をのぞかせた。
「ふんっ」
組合長は売り子をしている妻を残して店の奥にある厨房に引っ込んでしまった。
「すみませんね、うちの人が…」
組合長の妻はペコペコとコンサルタントと名乗る男に頭を下げる。
「いえいえ、私が事前のアポイントもなしにお伺いしたのが悪いんです。また日を改めさせていただきます。せっかくなのでこちらのお菓子を一ついただいても?」
「えぇえぇ、もちろんです。安部さんもすみませんね、うちの人の声が大きいからまたやらかしたかと思われたでしょう」
「はは、なんにもなくてよかったですよ」
理髪店の店主は苦笑いをしながら自分の店に戻っていった。
「あの少しだけお話しさせていただいてもよろしいでしょうか?」
自分の店に入る直前、理髪店の店主の安部はお会計を終わって店を出てきたコンサルタントと名乗った奥野に呼び止められた。
「ええ、まぁ」
商店街の役職にはついていないし今日も特に予約も入っていない安部は生返事をした。
…
店に入り簡素なソファに男を通した。
「それで…うちの商店街にどのようなご用件で」
奥野の名刺を受け取り彼の迎え側に腰かけた安部が単刀直入に尋ねる。
「私共の会社ではいわゆるシャッター街になってしまった商店街の復興を主にお手伝いさせていただいております。例えばこちらとか、こちらだとか」
奥野が見せてきたタブレットの画面には最近、テレビなどで話題になっている隣の県の商店街の様子が映し出されていた。
高齢化が進みシャッターの締まる店が多かったものの、地元の大学や企業とコラボして見事復活したようだ。
「これこの前、ニュースで見ましたよ!へぇすごいなぁ」
安部は感心していた。
最近、安部の店も閑古鳥が鳴いていて正直経営も厳しいのは事実だ。
「他にもこちらだとか、こちらもそうですね」
奥野は今まで会社が手掛けたコンサルの様子をみせてくれる。
どれも新鮮で非常に魅力的に見えた。
「たしかに最近、客足が減ってきた気もしますし、高齢化で後継ぎがいなくて潰れてしまう店も多いんですよね。うちもご覧の通り男一人になっちまったもんで…でも俺一人だけだったら組合で何も発言権がないからなぁ」
安部はコンサルには前向きだが商店街は昔ながらの人間も多く、頭の固い組合の役職に就いた人々を動かすことを考えるとなかなか難しいように思えた。
「どなたか役職につかれたかたをご紹介いただけたりとかも難しいでしょうか」
奥野もなんとか食い下がる。
「いやぁ役職持ちがいくら承諾しても結局はお隣の組合長が決定権を持っているようなもんだからどう頑張っても…」
商店街の組合では年に一回、総会が開かれる。
組合長を中心に例えば祭りのことや年末年始、お盆の休業日程の打ち合わせなどを行うのだ。
「そうですか」
奥野も残念そうにタブレットをカバンに仕舞いこんだ。
「ただ年に一度の総会が来月あるんです。その時にこの話が採択されればありないこともないかと」
「おや、それは良い情報をいただきました」
奥野の目が鋭く光る。
「はは、まぁ難しいとは思いますけどね」
「時に安部さん」
「はい?」
「一つ頼みがございます」
「は、はぁ」
安部はこの時のことをのちに後悔することになるとは一切思っていなかった。
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