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第13話 モテ男の憂鬱
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昼休み、すなわちお弁当の時間だ。いつも昼食をとる中庭へと移動し、レジャーシートを広げる。
学校最大の楽しみとも言えるこの時間だけど、今日はなんだか気持ちがモヤモヤしている。この半日の間眺めていたオウマ君の姿が、中でも今朝の出来事が、頭から離れなかったからだ。
エイダさんからのダンスの誘いを、強く断ったオウマ君。だけどそのハッキリした態度の中にも、どこかその表情は苦しそうに見えた。
モテる苦労、なんて聞いたら贅沢な悩みだと思ってしまいそうだけど、彼の場合、本当に苦しい思いをしているんだろうな。
今日はまだ、彼とは一度も話をしていない。何度か声をかけようとは思ったけれど、常に周りを女の子に囲まれていて、上手くいかなかった。
今朝、依頼についてのある提案を思いついたけど、もちろんそれも伝えられていない。
そう思っていると、不意に中庭の隅から人影が現れた。
ここは滅多に人がこない場所なのに、珍しい。目を向けると、そこにいたのは、まさに今思い浮かべていた相手だった。
「オウマ君──」
どうしてここに? そう聞こうとしたけど、それを察してか、訪ねる前に彼の方から口を開く。
「前にここで会ったから、もしかすると今日もいるんじゃないかって思ったんだ」
「もしかして、依頼の話? だったらごめん。まだ、全然進んでないの」
わざわざ私に会いに来るなんて、それ以外考えられないけど、残念ながら成果は全くのゼロ。ガッカリさせちゃったかな?
「いや。いくらなんでも、昨日の今日でなんとかできるとは思ってないよ。ただ、俺がインキュバスってことを知って、その上で普段の俺を見てどう思ったか、聞いてみたかったんだ。例えば、今朝の教室とか……」
今朝のとは、もちろんエイダさんとの一件だろう。
「何て言うか……凄かったね、色々と」
苦笑混じりにそう言うしかなかった。
果たしてあれも情熱と言うのだろうか。呆れ半分驚き半分だけど、それを聞いたオウマ君は、険しい顔を崩さず言う。
「だけど彼女がああなったのも、元はと言えば俺のせいだから。前に、メガネを外した時に目が合ったんだ」
「それって……」
オウマ君の持つ魅了の力。中でもそれが最大限に発揮されるのは、メガネを外した状態で目が合った時だと言う。その威力は、時に相手の子をストーカー寸前にしてしまうほどだと。
「じゃあ、エイダさんがあそこまでやるのも……」
「魅了され過ぎて、思いが暴走しているからだろうな。こうなるってわかっていたから、周りに女子がいる所じゃメガネは外さないって決めてたのに──失敗した」
その時、いったい何があったのかは分からない。ただハッキリしているのは、オウマ君がそれを酷く後悔してると言うことだ。
エイダさんに迫られていた時、困っているだけでなく、どこか苦しそうにも見えたけど、それは、自分のしでかしたことへの罪悪感なのかもしれない。
エイダさんだけじゃない。オウマ君の秘密を知った後だと、普段見慣れた彼のモテ姿も、まるで違って見えていた。
「でも、オウマ君はそれを変えたくて、私に依頼をしてきたんでしょ」
「それは、そうだけど……」
「私、ちゃんと知ってるから。オウマ君が好きでこんなことしてるわけじゃないってのも、何とかしたいって思ってるのも。だから、そんなに自分を責めないでよ」
オウマ君にしてみれば、そんな簡単に割りきれる話じゃないかもしれない。だけど必死でそれを変えたいと思っているのなら、このまま後悔や罪悪感に飲み込まれてほしくはなかった。
「私も、がんばって何とかできる方法を探してみるからさ」
こんな時、本当なら気のきいた言葉の一つでもかけてあげられたらいいのだけど、あいにく私にはそんなの思い浮かばない。
だからせめて、力になるって事だけは伝えたかった。
少しだけ、オウマ君の表情が軽くなる。
「ありがとな」
「って言っても、まだ全然手がかりも見つかってないんだけどね」
ここで、自信を持って任せてと言えないのが辛いところだ。
それよりも、元気づけるならこっちの方がいいかもしれない。
「ところで、昼食ってまだだよね?」
オウマ君の手にもまた、お弁当が入っているであろう包みが握られていた。
「えっ、そうだけど……」
「なら、ここで一緒に食べない? ここなら、滅多に人も来ないよ」
気持ちが沈んだ時はご飯を食べるってのが、私の考え。何かが変わるってわけじゃないけど、美味しいものを食べお腹がふくれたら、少しは気持ちが楽になる。
「いいのか?」
「いいよ。っていうか、わざわざ私に断ることでもないじゃない」
私が手持ちのお弁当箱を取り出すと、オウマ君もそれに続く。
こうして並べてみると、分かりきった事とは言え、両者の格差は凄いものだ。片や、料理の名前すらすぐには思い浮かばないくらいの豪華な何か。片や、大きなおにぎり三個だ。どっちの方が美味しそうかは、聞くまでもないよね。
「よかったら、どれかいるか?」
「えっ? いいよ。今日はおにぎりひっくり返されたわけじゃないし」
そんなことを聞かれるなんて、よほど物欲しそうに見つめていたのかな。だけどいくらなんでも、ここで簡単にちょうだいと言えるほど図々しくはない。
だけど、オウマ君は続ける。
「かわりに、そっちのも少し分けてくれないか? 初めて見る料理だから、前からどんなのか気になってたんだ」
私のって、おにぎりだよ。そりゃ異国の料理ではあるから珍しいと言えば珍しいかもしれないけど、そもそも料理って言うほど大したものでもないんだよ。
「本当に、こんなのが欲しいの?」
「ああ。ダメか?」
ダメどころか、私にとっては完全に得しかない取引だ。お得すぎて申し訳ないような気もする。と言うか、本当は私に気を使ってこんなこと言ってるんじゃないの?
でも、欲しいものは欲しいし……
「いいよ。今回は、鮭と鯖とツナの海鮮トリオ。どれがいい?」
気を使って交換を申し出てくれたのだとしても、何度も断り続けるのもそれはそれで失礼だ。
と言うか、やっぱりオウマ君のお弁当を食べてみたいと言う欲望には勝てなかった。
「じゃあ、鮭。シアンはどれがいい?」
「私はこれ」
お互い食べたいものを指名し、相手のお弁当箱へと差し出す。早速食べてみたそれは、この前もらったものに勝るとも劣らないくらい、それはそれは美味しいものだった。本当に、おにぎりなんかと交換でよかったのかな?
そう思ってオウマ君を見ると、おにぎりを持つ手が止まっている。
「どうしたの? やっぱり元のおかずの方がよかった?」
それぞれの価値を考えると、そうなるのも当然だ。だけど彼からもらったおかずは、すでにお腹の中。今さら返すこともできないし、どうしよう。
「いや、そういう事じゃないんだ。ただ、こんな風に誰かと一緒に気楽に弁当を食べるのは、ずいぶん久しぶりだなと思っただけだ」
「そうなの?」
確かに、魅了の力をさんざん気にしている彼からすると、女の子との食事も楽しいものとは思えないかもしれない。
「でも女の子はともかく、男子と一緒に食べたりはしなかった?」
疑問に思ったけど、そこまで言って気づく。オウマ君が、他の男子と一緒にいるのを、ほとんど見たことがないということに。
「女の子はみんな、無条件で俺のことを好きになる。それが例え、男友達の彼女だったとしてもだ。そんな俺が、男子の輪の中に入っていけると思うか?」
「それって、まさか……」
「俺のせいで彼女と別れたって奴が何人もいて、いつの間にかハブられてたんだよ」
「うわぁ……」
表向きは学校の王子様みたいなオウマ君だけど、その実態はとてもかわいそうなものだった。
「そんな憐れむような目で見るなよ。こっちはそんなの、もうとっくに慣れてるんだ」
「いや、それってよけい悲しいから。なんだか、オウマ君のこと、知れば知るほどイメージとズレていく気がするよ」
「仕方ないだろ。実際、みんなが持ってる俺のイメージなんて、間違いだらけなんだから」
少し拗ねたようにそっぽを向くオウマ君。だけどそれからフッと息をついたかと思うと、私の上げたおにぎりを一口食べて言う。
「だから、家族以外とこういう気楽な食事をするのは本当に久しぶりなんだよ。落ち着くと言うか、安心すると言うか、とにかく、そんな感じ」
実際、そう話すオウマ君の顔は穏やかで、少し前まであった重い雰囲気も薄くなっていた。
「このおにぎりってやつ、シンプルだけどうまいな」
「この上なくシンプルだけどね」
彼の言った事を言葉通りに受けとるなら、例え食べているのがただのおにぎりだとしても、普段の食事よりも、今の方がずっといいのかもしれない。
「それにしても、ここって本当に人が来ないんだな」
お弁当を食べ終えたところで、改めて辺りを見回しながらオウマ君が呟く。
「食堂や教室からはだいぶ離れてるからね。でも、その分ゆっくりできるでしょ。入学してすぐ、道に迷った時に見つけたんだけど、お昼はたいていここで食べることにしてるんだ」
パティは何度か誘ったことがあるけど、あの子はお昼は部活の人達と一緒にとるようにしていた。
だけど、今はそれでよかったのかもしれない。私以外の女の子が誰もいないからこそ、オウマ君も魅了の力の影響を気にしなくてすむのだから。
「あのさ。昼食の時って、またここに来てもいいか?」
「いいよ。って、さっきも言ったけど、わざわざ私に断ることないじゃない。それに、たまにじゃなくてもいいから」
「本当か?」
たったそれだけの事で、とたんに嬉しそうになるオウマ君。本当に、落ち着ける時間や場所がほしかったんだろうな。
こんなところでいいならいくらでも使ってほしい。悩み事はたくさんあるだろうけど、気が沈んだ時はご飯を食べるが信条の私にとって、せめてそんな時くらいは心穏やかでいてほしかった。
しばらくすると、昼休みの終了を告げる鐘の音が聞こえてくる。それぞれお弁当箱を片付け教室に戻ろうとしたけど、そこで、オウマ君に言おうとしていた事があったのを思い出す。
「そうだ。インキュバスの力のことだけど、頼りになりそうな人がいるの。話してみてもいい?」
昨日いくつもの資料を調べて思ったのは、やっぱりこれは、素人が簡単に手出しできる案件じゃないってこと。
だけどアイツなら、あるいは力になるんじゃないか。そう思う心当たりが、一人だけいた。
学校最大の楽しみとも言えるこの時間だけど、今日はなんだか気持ちがモヤモヤしている。この半日の間眺めていたオウマ君の姿が、中でも今朝の出来事が、頭から離れなかったからだ。
エイダさんからのダンスの誘いを、強く断ったオウマ君。だけどそのハッキリした態度の中にも、どこかその表情は苦しそうに見えた。
モテる苦労、なんて聞いたら贅沢な悩みだと思ってしまいそうだけど、彼の場合、本当に苦しい思いをしているんだろうな。
今日はまだ、彼とは一度も話をしていない。何度か声をかけようとは思ったけれど、常に周りを女の子に囲まれていて、上手くいかなかった。
今朝、依頼についてのある提案を思いついたけど、もちろんそれも伝えられていない。
そう思っていると、不意に中庭の隅から人影が現れた。
ここは滅多に人がこない場所なのに、珍しい。目を向けると、そこにいたのは、まさに今思い浮かべていた相手だった。
「オウマ君──」
どうしてここに? そう聞こうとしたけど、それを察してか、訪ねる前に彼の方から口を開く。
「前にここで会ったから、もしかすると今日もいるんじゃないかって思ったんだ」
「もしかして、依頼の話? だったらごめん。まだ、全然進んでないの」
わざわざ私に会いに来るなんて、それ以外考えられないけど、残念ながら成果は全くのゼロ。ガッカリさせちゃったかな?
「いや。いくらなんでも、昨日の今日でなんとかできるとは思ってないよ。ただ、俺がインキュバスってことを知って、その上で普段の俺を見てどう思ったか、聞いてみたかったんだ。例えば、今朝の教室とか……」
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「何て言うか……凄かったね、色々と」
苦笑混じりにそう言うしかなかった。
果たしてあれも情熱と言うのだろうか。呆れ半分驚き半分だけど、それを聞いたオウマ君は、険しい顔を崩さず言う。
「だけど彼女がああなったのも、元はと言えば俺のせいだから。前に、メガネを外した時に目が合ったんだ」
「それって……」
オウマ君の持つ魅了の力。中でもそれが最大限に発揮されるのは、メガネを外した状態で目が合った時だと言う。その威力は、時に相手の子をストーカー寸前にしてしまうほどだと。
「じゃあ、エイダさんがあそこまでやるのも……」
「魅了され過ぎて、思いが暴走しているからだろうな。こうなるってわかっていたから、周りに女子がいる所じゃメガネは外さないって決めてたのに──失敗した」
その時、いったい何があったのかは分からない。ただハッキリしているのは、オウマ君がそれを酷く後悔してると言うことだ。
エイダさんに迫られていた時、困っているだけでなく、どこか苦しそうにも見えたけど、それは、自分のしでかしたことへの罪悪感なのかもしれない。
エイダさんだけじゃない。オウマ君の秘密を知った後だと、普段見慣れた彼のモテ姿も、まるで違って見えていた。
「でも、オウマ君はそれを変えたくて、私に依頼をしてきたんでしょ」
「それは、そうだけど……」
「私、ちゃんと知ってるから。オウマ君が好きでこんなことしてるわけじゃないってのも、何とかしたいって思ってるのも。だから、そんなに自分を責めないでよ」
オウマ君にしてみれば、そんな簡単に割りきれる話じゃないかもしれない。だけど必死でそれを変えたいと思っているのなら、このまま後悔や罪悪感に飲み込まれてほしくはなかった。
「私も、がんばって何とかできる方法を探してみるからさ」
こんな時、本当なら気のきいた言葉の一つでもかけてあげられたらいいのだけど、あいにく私にはそんなの思い浮かばない。
だからせめて、力になるって事だけは伝えたかった。
少しだけ、オウマ君の表情が軽くなる。
「ありがとな」
「って言っても、まだ全然手がかりも見つかってないんだけどね」
ここで、自信を持って任せてと言えないのが辛いところだ。
それよりも、元気づけるならこっちの方がいいかもしれない。
「ところで、昼食ってまだだよね?」
オウマ君の手にもまた、お弁当が入っているであろう包みが握られていた。
「えっ、そうだけど……」
「なら、ここで一緒に食べない? ここなら、滅多に人も来ないよ」
気持ちが沈んだ時はご飯を食べるってのが、私の考え。何かが変わるってわけじゃないけど、美味しいものを食べお腹がふくれたら、少しは気持ちが楽になる。
「いいのか?」
「いいよ。っていうか、わざわざ私に断ることでもないじゃない」
私が手持ちのお弁当箱を取り出すと、オウマ君もそれに続く。
こうして並べてみると、分かりきった事とは言え、両者の格差は凄いものだ。片や、料理の名前すらすぐには思い浮かばないくらいの豪華な何か。片や、大きなおにぎり三個だ。どっちの方が美味しそうかは、聞くまでもないよね。
「よかったら、どれかいるか?」
「えっ? いいよ。今日はおにぎりひっくり返されたわけじゃないし」
そんなことを聞かれるなんて、よほど物欲しそうに見つめていたのかな。だけどいくらなんでも、ここで簡単にちょうだいと言えるほど図々しくはない。
だけど、オウマ君は続ける。
「かわりに、そっちのも少し分けてくれないか? 初めて見る料理だから、前からどんなのか気になってたんだ」
私のって、おにぎりだよ。そりゃ異国の料理ではあるから珍しいと言えば珍しいかもしれないけど、そもそも料理って言うほど大したものでもないんだよ。
「本当に、こんなのが欲しいの?」
「ああ。ダメか?」
ダメどころか、私にとっては完全に得しかない取引だ。お得すぎて申し訳ないような気もする。と言うか、本当は私に気を使ってこんなこと言ってるんじゃないの?
でも、欲しいものは欲しいし……
「いいよ。今回は、鮭と鯖とツナの海鮮トリオ。どれがいい?」
気を使って交換を申し出てくれたのだとしても、何度も断り続けるのもそれはそれで失礼だ。
と言うか、やっぱりオウマ君のお弁当を食べてみたいと言う欲望には勝てなかった。
「じゃあ、鮭。シアンはどれがいい?」
「私はこれ」
お互い食べたいものを指名し、相手のお弁当箱へと差し出す。早速食べてみたそれは、この前もらったものに勝るとも劣らないくらい、それはそれは美味しいものだった。本当に、おにぎりなんかと交換でよかったのかな?
そう思ってオウマ君を見ると、おにぎりを持つ手が止まっている。
「どうしたの? やっぱり元のおかずの方がよかった?」
それぞれの価値を考えると、そうなるのも当然だ。だけど彼からもらったおかずは、すでにお腹の中。今さら返すこともできないし、どうしよう。
「いや、そういう事じゃないんだ。ただ、こんな風に誰かと一緒に気楽に弁当を食べるのは、ずいぶん久しぶりだなと思っただけだ」
「そうなの?」
確かに、魅了の力をさんざん気にしている彼からすると、女の子との食事も楽しいものとは思えないかもしれない。
「でも女の子はともかく、男子と一緒に食べたりはしなかった?」
疑問に思ったけど、そこまで言って気づく。オウマ君が、他の男子と一緒にいるのを、ほとんど見たことがないということに。
「女の子はみんな、無条件で俺のことを好きになる。それが例え、男友達の彼女だったとしてもだ。そんな俺が、男子の輪の中に入っていけると思うか?」
「それって、まさか……」
「俺のせいで彼女と別れたって奴が何人もいて、いつの間にかハブられてたんだよ」
「うわぁ……」
表向きは学校の王子様みたいなオウマ君だけど、その実態はとてもかわいそうなものだった。
「そんな憐れむような目で見るなよ。こっちはそんなの、もうとっくに慣れてるんだ」
「いや、それってよけい悲しいから。なんだか、オウマ君のこと、知れば知るほどイメージとズレていく気がするよ」
「仕方ないだろ。実際、みんなが持ってる俺のイメージなんて、間違いだらけなんだから」
少し拗ねたようにそっぽを向くオウマ君。だけどそれからフッと息をついたかと思うと、私の上げたおにぎりを一口食べて言う。
「だから、家族以外とこういう気楽な食事をするのは本当に久しぶりなんだよ。落ち着くと言うか、安心すると言うか、とにかく、そんな感じ」
実際、そう話すオウマ君の顔は穏やかで、少し前まであった重い雰囲気も薄くなっていた。
「このおにぎりってやつ、シンプルだけどうまいな」
「この上なくシンプルだけどね」
彼の言った事を言葉通りに受けとるなら、例え食べているのがただのおにぎりだとしても、普段の食事よりも、今の方がずっといいのかもしれない。
「それにしても、ここって本当に人が来ないんだな」
お弁当を食べ終えたところで、改めて辺りを見回しながらオウマ君が呟く。
「食堂や教室からはだいぶ離れてるからね。でも、その分ゆっくりできるでしょ。入学してすぐ、道に迷った時に見つけたんだけど、お昼はたいていここで食べることにしてるんだ」
パティは何度か誘ったことがあるけど、あの子はお昼は部活の人達と一緒にとるようにしていた。
だけど、今はそれでよかったのかもしれない。私以外の女の子が誰もいないからこそ、オウマ君も魅了の力の影響を気にしなくてすむのだから。
「あのさ。昼食の時って、またここに来てもいいか?」
「いいよ。って、さっきも言ったけど、わざわざ私に断ることないじゃない。それに、たまにじゃなくてもいいから」
「本当か?」
たったそれだけの事で、とたんに嬉しそうになるオウマ君。本当に、落ち着ける時間や場所がほしかったんだろうな。
こんなところでいいならいくらでも使ってほしい。悩み事はたくさんあるだろうけど、気が沈んだ時はご飯を食べるが信条の私にとって、せめてそんな時くらいは心穏やかでいてほしかった。
しばらくすると、昼休みの終了を告げる鐘の音が聞こえてくる。それぞれお弁当箱を片付け教室に戻ろうとしたけど、そこで、オウマ君に言おうとしていた事があったのを思い出す。
「そうだ。インキュバスの力のことだけど、頼りになりそうな人がいるの。話してみてもいい?」
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