生贄花嫁はアヤカシ狐からの溺愛を受け入れられない

無月兄

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呪印

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 古空の姿を見て、ブルリと体が震える。こんなおかしな事態の中、急に現れたのだ。決して油断はできない。
 じりじりと、後ろに下がりながら身構える。

「道に迷ったのなら、部屋まで案内して差し上げようか?」
「い、いえ。大丈夫です」

 詩が中庭で戦っていた時、脇差を突きつけられたことを思い出す。
 結局それは、幻術で見せた幻であり、実際に突きつけられていたのは、脇差でなただの木の枝というのが後にわかった。
 しかしだからといって、その時の怖さが無くなるものではない。

「そうだ、幻術!」

 この屋敷についてから、幻術によって様々な幻術を見てきた。
 ついさっき、目の前で消えた詩。あれはまさに、幻術で消えていった幻と同じだったのではないか。
 そして、そんな詩と入れ違いに現れたのは、この男だ。

「あ、あなたが、幻術を使って詩の幻を見せたの!?」

 大きく後ずさり、これまでにないくらいの警戒を見せる。
 なのに古空は、少しも動じる様子はない。それどころか、怯える紬を眺めながら、どこか楽しそうにニヤリと笑う。
 それが、答えだった。

「察しがいいね。もっとも、ただ幻を見せただけじゃないけどね」
「どういうこと?」
「幻を見せたのは、君を部屋からここまでおびき寄せるため。詩のやつ、眠れないのか、ほんの少しだけ部屋を外していたから、その隙にね。だけど、いくら詩に似せた幻で君を呼んだとしても、状況があまりにも不自然だ。普通はのこのこやってくるなんてことはしないだろう。だから、君の心を操ったんだよ。君を呼ぶ声に従いたくなる。そんな風にね」
「なっ!?」

 心を操るなど言われても、とても実感がわかない。だが幻術ならそんなこともできると、詩も言っていた。
 そしてそれなら、ホイホイおびき寄せられたことにも納得がいく。

「心を操るって、そんなの、簡単にできるものなの?」
「いいや。ここまで都合よく操るのは、並の術者じゃ難しいだろうね。それに、術をかけているところに詩が戻ってきたら面倒なことになる。だから、事前に仕込みをしておいたんだ」

 古空が得意げに言った瞬間、紬の喉元が薄っすらと光り出した。

「な、なにこれ……」
「それが仕込みだよ。呪印っていってね、それを刻むことで、離れたところからでも強力な幻術をかけられるようになる」
「仕込みって、こんなのいつつけたのよ!?」

 そこで、ハッとする。
 詩が戦っている最中、脇差を突きつけられた場所が、まさにここだ。

「あの時やってたの?」
「その通り。ただ呪印を刻むだけじゃ詩に気づかれるかもしれないから、君を脅かすことで、本当の目的に気づかれないようにしたんだ。それでも、うまくいくかは賭けだったけど、運は僕に味方したみたいだ」

 詩ですら気づかなかったのだから、幻術のことなど何も知らない紬が気づけるはずもない。
 だが、自分の体にそんなことをされ、何もかも古空の計画通りに事が進んでいたと思うと、悔しさが湧いてくる。

「私を誘い出して、何をしようって言うの?」

 誰にもバレないよう、コソコソやっていたのだ。
 どう考えても、嫌な予感しかしない。

「君の霊力をいただくためだよ。それ以外に何があるというんだ」

 やはりそうか。自分の霊力がアヤカシにとっていかに魅力的かは散々聞かされてきたので、予想通りの答えではあった。
 体が震えるのを堪えながら、古空を睨みつける。

「こ、こんなことしていいの!?」
「もちろん、ただではすまないだろうね。なんでもありの跡目争いとはいえ、御当主が設けた試合の直後にこんなことをしたら、彼女の顔を潰すことになる。次期当主の座からは大きく遠のくことになるだろうね」
「だったら、どうして……」
「だからね。そうなる前に、君を連れて逃げようと思うんだ。それからゆっくり君の霊力を吸い続け、詩も御当主も凌ぐ力を得た頃に、また戻ってくる。僕が当主なるのはそれからだ」
「なっ!?」

 想像していたよりも、さらに恐ろしい答えが返ってくる。この男は、紬や詩だけでなく、当主である沙紀にまで仇なそうとしているのだ。
 もちろん、大人しく攫われるわけがない。クルリと背を向け、一目散に逃げようとする。
 しかし、駆け出した廊下の先に、突如数体アヤカシが現れ行く手を塞いだ。

「なっ!?」

 小さく悲鳴をあげると、その瞬間、数体が紬の手足を掴み、拘束する。

「僕の考えに賛同する者も、それなりにいるんだ。逃げようと思っても無駄だよ」
「いやっ! 離して!」

 暴れるが、押さえつける力は少しもゆるむことはない。
 そんな紬に向かって、古空はゆっくりと近づいてくる。

「怖がることはない。これは、君にとっても幸せなことだよ」
「えっ……?」

 古空が、何を言っているのかわからない。
 このままさらわれ、霊力をとられる。それのどこが幸せだというのだろう。

 戸惑う紬に向かって、古空は手を伸ばし、首にある呪印に触れた。
 するとその途端、それまで小さく丸がついていただけのようだった呪印が一気に大きくなる。
 まるで生き物のように形を変え、全身へと広がっていく。

「やっ! な、なに、これ……」

 何を企んでいるのかはわからない。だが、自分の体に得体の知れない何かが起きているのだ。強風するには十分だった。

「心配いらないよ。ただ、夢を見てもらうだけさ。決して覚めない、幸せな夢をね」

 そう古空が言ったところで、呪印が全身に広がり終える。その瞬間、紬の意識は途切れた。
 全身の力が抜け、崩れ落ちそうになるところを、古空が受け止める。
 そして彼は、不敵に笑う。

「手に入れたよ、月城の花嫁。これで君は、僕の餌だ」

 既に意識を失っていた紬は、なんの抵抗もできなかった。
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