仮面王子は下僕志願

灰鷹

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SOS

後見人

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『膵酵素の数値が上がっていて膵炎が疑われる』

 母親が救急搬送された日、入院が必要な理由としてそんな話を聞いた記憶がある。膵炎の原因として一番多いのがアルコールで、重症化することもあるとか、そのようなことを言われた気もする。その後、川嶋とのいざこざがあり、全ての現実から目を背けたくなって、病気についてネットで調べようともしなかった。

 その膵臓の炎症が悪化し、重症膵炎に進行している。
 それによって炎症が他臓器に波及し、肺障害も起こしている。
 川嶋先生は血液検査のデータを示してそう説明し、続いてCTの画像を電子カルテのモニターに映した。
 膵臓が腫れていると言われてもピンとこなかったが、肺の画像では、空気が充満した黒い肺の中に、まばらに白い影があるのが俺にもわかった。

「なんで……、一日でそんなに悪化するんですか? 昨日まで普通でしたよね?」

 思わず質問が口を衝いて出ていた。

「昨日の時点でも、血液検査の数値が上がっていて、重症化のリスクがかなりあったんです。血中の酸素の数値も下がってきていたので、鼻のチューブでの酸素投与は始めていました」

「でも、昨日、俺が面会したときは……、酸素のチューブなんてつけていませんでしたけど……。いつも以上にばっちりメイクもしていて……」

 川嶋先生は、言葉を探すように俺から視線をずらし、最初の日はかけていなかった眼鏡のフレームを指でつまんで位置を調整した。
 
「酸素のチューブは、看護師から息子さんの面会を告げられ、面会中は無断で外されていたんだと思います。お化粧も、顔色を確認できなくなるので、入院中のお化粧は控えていただくよう看護師がお伝えしたのですが……、『息子がいる間だけだから』とおっしゃっていたそうです。これは私の推測ですが……」

 ひと呼吸おき、川嶋先生は逸らしていた視線をゆっくりと俺に向けた。

「私たち医者にとって、白衣は戦闘服のようなものなんです。どれだけ疲れていても、患者から暴言を浴びせられることがあっても、これを着ている間は自分を奮い立たせることができる。お母様にとっては、お化粧がそうなのかもしれません。体が辛いときでも、マナーの悪い客が来たときでも、外見を整えることで、仕事中は笑顔を保ってこられたのではないでしょうか……。膵炎は、通常、激しい痛みを伴います。痛み止めは使っていましたが、かなり我慢されていたと思います。お化粧は、貴方に顔色の悪さや痛みを悟られないためだったのではないでしょうか……」

 自分では思いもしなかった理由に言葉をなくし、ただ呆然と川嶋先生を見つめ返した。
 痛ましげにわずかに眉尻を下げ、先生が話を続ける。

「昨日の時点で、膵炎が悪化していて重症化するリスクがあることを、息子さんにも説明しておいたほうがいいと申し上げたんですが……、お母様は、『一緒に話を聞けば、息子は反対するだろうから』とおっしゃって、後見人の方の同席だけ希望されたんです」

「後見人?」

「任意後見人です。お母様にお聞きになってないですか?」

 言われて、昨日、母に怒りをまき散らし帰った後、母からメッセージアプリでそのような連絡が来ていたことを思い出した。「この人、お母さんの後見人であんたのことも頼んでるから、何か困ったことがあったらこの人に相談してね」というメッセージとともに送られてきた画像は、名刺をスマホで写したもののようだった。懇意にしている男の一人かと思って、ろくに見もせずに無視していた。



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