それでは、お先にごきげんよう

灰鷹

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霊園の守番

東雲坂霊園には近づくな。

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 入学から半月が経ち多少は慣れたといっても、やはりラッシュ時の電車は地獄でしかない。
 満員電車から解放され自動改札を抜けると、ようやく誰にも気兼ねなく普通に呼吸できるようになる。
 すでに昼間は夏日の陽気だが、まだ朝夕は外を歩くのにちょうどよい。そんな貴重な季節を謳歌する心のゆとりはなく、佐久良旺史さくらおうしはあくびを噛み殺しながら人の流れに身を預けた。
 この時間、駅から学校まで続く歩道は同校の生徒で埋め尽くされていて、半覚醒の頭でも足さえ動かしていれば、人の波に乗って目的地に辿り着く。
 
 快速も停車するこの駅の周辺は、飲食店やネットカフェが軒を連ね、駅直結の複合施設には大手の予備校も入っている。大通りを一本外れれば、古い木造家屋や昔ながらの商店が残る下町の風景があり、広大な霊園を挟んだその先には静かな住宅街が広がっている。
 旺史が通う華橘かきつ学園は駅から歩いて20分のところにあり、旺史も含め電車通学の生徒は多い。
 中高一貫の私立校で、旺史は高校からの受験組で、授業料が免除される特待生として特進クラスに在籍している。

「ねぇ、あの人、大丈夫かな」

 前を歩く生徒たちの波からそんな声を拾い、旺史は会話をする女子生徒たちの視線の先へと眠たげな眼を向けた。
 一人の男子生徒が、生徒たちの波から外れ、T字路の側道へと向かっているところだった。たまたま車は来ていなかったものの、左右を確認することもなく若干ふらつくような足取りで道路を渡っていく姿に、自然と眠気が覚める。
 襟足を少し残した黒髪と男にしては細すぎる後ろ姿に見覚えがあったが、どこの教室にもいそうな髪型と体型でもある。

「あっちって霊園だよね? 霊園ってアレでしょ? 行ったら呪われるって……」
「先輩が彼氏と肝試しに行って、翌日フラれたらしいよ。でも、彼氏のほうも、二股していた女に本命の彼氏がいて、金を取られてボコられたって」
「霊園にいるのがストーカーの霊だから、カップルで行くと呪われるんでしょ?」
「え? カップル関係なくない? 階段から落ちて亡くなった先輩も、一人で霊園を通り抜けてたみたいよ」

 女子たちはわかりやすく声に心配や同情を滲ませているが、歩調を緩めようとはしない。
 周りを歩く生徒たちも、控えめに側道に視線を送るものの、列から離れる人は一人もいなかった。

 旺史が高校に入学する以前から、学園内でまことしやかに囁かれている噂がある。

 ――東雲坂霊園には近づくな。近づけば呪われる。

 東雲坂霊園というのは、学園へと続く大通りから逸れ、T字に交差する側道を進んだ先にある市営の霊園のことだ。旺史が入学したときにはすでに学園中にその噂が広まっていて、クラスメイトの名前を覚えるより先に学園から最寄りの霊園の名前を覚えることとなった。

 霊園で黒い影や亡霊を見たという話も少なくない。しかし、自分で見聞きしたものしか信じない旺史は、お調子者が人を怖がらせようとしてついた嘘か、あるいは怖がりな人が恐怖フィルターを通して錯覚しただけだろうと高を括っていた。
 ただ、原因はともあれ、霊園内やその周囲で事故が相次いでいることは事実のようだ。

 傾斜地に広がる霊園は、中央の長い石段を挟んで、雛壇状に墓石が並んでいる。周囲を取り囲むように車道も通っているが、霊園利用者以外の車はほとんど通らない。住宅街と駅を結ぶ抜け道になっているため、地域の人々の通勤や通学、散歩コースになっていた。

 その、普段ならただ静かなだけの霊園で、去年の12月から事件や事故が相次いでいる。散歩中の人が何もないところで転倒したり、階段を踏み外して転げ落ちたり。自転車や車が絡む事故や殴り合いの喧嘩もあったという。刑事をしている兄にそれとなく聞いたところ、そのうち何件かは警察に通報も来ているらしい。
 中には、怪我では済まない人もいた。三月に霊園の階段から転落し、人が亡くなっている。これはニュース番組でも報道されたから、旺史も覚えている。
 亡くなったのが学園の生徒だったことから、学園側もさすがに看過できないと考えたようだ。入学式の日、担任となった男性教諭はホームルームでの挨拶の最後に、事故が続いているため霊園にはなるべく近づかないようにと注意を促した。

 旺史はなんとなしに足を止め、しばらくの間、小さくなる男子生徒の後ろ姿を見送っていたが、ただ立っているのは時間の無駄だと気づき、彼の消えた側道へと足を向けた。



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