推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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終章

初夜①

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 アルベール家を訪れるのは初めてではない。
 しかし、カインと思いを通じ合わせてからのちは初めてで、しかも一夜を過ごす予定とあり、屋敷に到着してからずっと、俺は心ここにあらずだった。
 一方のカインは、俺のように目が合っただけでナイフを取り落としたり、何か喋ろうとするたびに声が裏返ったりすることもなく、至って普段通りだ。
 娼館の女とも顔見知りのようだったし、これが経験値の差か。最初はそう思っていたが、来訪の表向き(と俺は思っていた)の目的である屋敷の警備状況について卒なく説明して回る彼を見ているうちに、一つの可能性に思い至った。

 もしかして、カインは今日、本当に警備状況の確認のためだけに、俺を家に呼んだのだろうか……。

「分をわきまえなければ、これ以上、自分を抑えられそうにない」という言葉から、彼のほうにも、気持ちだけでなく肉体的にも、主従以上の交わりを求める欲望があるのだろうと思い込んでいた。

 前世の俺は腐男子ではないが二次小説を書くオタクだったから、それ系のサイトは毎日開いていたし、同人イベントに参加したこともたくさんある。同人市場ではBLが一大ジャンルとして定着していて、興味がなくとも目にする機会は多々あった。
 その記憶を掘り起こすと、カップルとなった男同士がその後にする行為についてもある程度想像がつく。BLでは、いわゆる『攻め』と『受け』という役割分担がある。俺なりに頭の中でシミュレーションしてみたが、俺がカインにあれこれする構図がどうしても思い浮かばなかった。
 どう考えても自分は『受け』属性に思える。ただ、実際に彼を受け入れられるかというと、それも自信がない。この一週間は湯浴みの際に試しに指を入れて、体的にもシミュレーションしてみたが、今のところただの異物感しかなく、指二本が限界だった。

 まぁ、いきなり最後までできるとは思っていないが、恋人(……でいいんだよな?)の家にお泊りするのだから、当然、恋人らしい甘い営みも多少はあるだろうと期待していた。
 しかし、全く普段通りのカインの態度を見れば、期待していたのは俺ばかりのような気がしてくる。

 そもそも、この世界では、男同士の場合はどこまでするのが普通なのだろう。
 もしかしたら、カインの言う「これ以上、自分を抑えられそうにない」という欲望は、キスやハグ最終到達地点の可能性もある。その場合、この一週間の俺の努力は無駄骨だったことになる。

 入浴中、そんなことを悶々と考えて些か虚しくなったが、それでも念のため後ろだけは念入りに洗い、指でほぐしておいた。
 風呂から上がりナイトローブに身を包み、亜麻布で濡れ髪を拭いながら客間へと向かう。

「エドワード様」
 
 浴室の前で見張りをし、そのまま部屋までついてきていたセルペンスが、入る間際に声をかけてきた。こちらから声をかけなければ口を開くことのない〈影〉の者にしては珍しい。
 彼は懐から小瓶を取り出し、差し出してきた。
 これは何だ? という顔で小首をかしげる俺に、彼は眉一つ動かさず、普段通りの絶対零度の声音で説明した。

「ラベンダーの香油に柳の樹皮の抽出液を混ぜたものです。以前お渡ししたものよりも多少は痛みを和らげる効果があります。必要な際にはお使いください」

 言われた言葉を反芻し、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
 この一週間、後ろをほぐす際に使っていた香油は、「髪が短くなって寝癖がつきやすいから、整髪のための香油がほしい」と言い訳し、彼に手に入れてもらっていた。それが今の言葉で、何のために使っているか気づかれていることが、明らかになった。寝癖を整えるだけなら、痛み止めを加える必要はない。

「それから、声にもご注意ください。中から呻き声や悲鳴が聞こえてきた場合、我々は殿下の無事を確認しな……」

 俺はこれ以上話を続けさせないよう、咄嗟に彼の口元に手をやった。

「わ、わかってる! というか、そのような心配は無用だ! お前が心配するようなことは多分何も起こらない!」

 俺を見据える能面顔は、身辺に気を付けるよう進言するときと同じで、忠実に任務をこなしているだけにすぎないのだろう。
 引っ込めず、押し付けもされない香油を、俺は仕方なしに受け取った。

 部屋へと入り、布で雑に髪の水気を拭きとりながら部屋の中をうろうろしていたところ、四半時ほどして部屋がノックされ、カインが姿を現した。彼は折り畳んだ毛布を手にしていた。俺と違って夜着ではなく普段着で、腰に剣を差している。
「護衛のため、今夜は私も客間に泊まります」と彼が育ての両親に話していたことを思い出し、やはりそういうことかと拍子抜けしたような、逆にどこかほっとしたような気分になった。

 案の定、カインはそれを長椅子ソファの上に置く。「護衛のため」というのはカモフラージュでも何でもなく、言葉通りなのだ。今夜はソファで寝るつもりなのだろう。恋人としてこの部屋に来たのなら、毛布は必要ない。
 しかし、ソファは男二人が並んでゆったりと座れるくらいのサイズで、カインの体格では足を曲げなければ横になれないし、座面の幅も狭く、寝返りを打つこともできない。
 背の低い俺のほうがソファに寝るには適しているが、王子の俺がソファに寝ると言い出せば、彼は床に寝ようとするだろう。カインよりも小柄で細身なセルペンスに護衛を変わってもらう手もあるが、責任感の強いカインが護衛を〈影〉の者たちに任せて自分は自室で休むとも思えない。

 しばし考えた末に、毛布をソファに置いたあと、窓際に向かい、カーテンの隙間から外の様子を窺っているカインに声をかけた。

「あ……えっと……、そんな狭いソファでは、体が凝り固まって、ろくに眠れまい。お前もベッドで休むがよい」

 こちらを向いたカインが、何かを探るような鋭い眼差しで俺をじっと見つめる。
 秘めた期待を見透かされた気がして、俺は慌てて付け加えた。

「広いベッドだから一緒に使えばよいという意味だ。深い意味はない! 俺たちは主従である前に友でもあるのだから、何の問題もないだろう!?」

 軽く見開かれた目が、再び剣呑に細められる。
 カインがゆっくりと近づいてきて、なんとなくただならぬ雰囲気を感じ取り、俺は後ずさった。

「エド……」

 どこか咎めるような響きの声。彼の両親や使用人の前で呼ばれていた「殿下」ではなかったことで、体に緊張が走り、それ以上は動けなくなった。数歩分の距離がすぐに縮まり、目の前にカインが立つ。
 口元はわずかに口の端を上げているが、目は笑っていない。

「問題はあるだろう? 俺たちは主従で友である前に、生涯を誓いあった仲ではなかったか?」
 
「あ、いや、でも……だったら、尚のこと、問題はないのではないか?」

 誘惑っぽいことをしてみようかという考えが、一瞬頭をよぎる。
 だが、娼館の前で出会った、胸元の大きく開いたドレスの女を思い出せば、そんな勇気は出なかった。彼女のカインに対する態度は馴染みの客に対するそれだったし、そんな女を相手にしていた人に、男の俺がどう頑張ったところで、何の効果もない気がする。

「『生涯の伴侶』なら、共寝をするのが普通だろう? それ以上を求めるつもりはない。ただお前に、快適に休んでほしいだけだ」

 俺に言えるのは、せいぜいその程度だ。
 それでも、カインを見つめ返すことができず、目が泳いでしまった。

 カインに俺と同じ欲望がないのなら、それでもいい。
 ただ、今夜だけは、彼のぬくもりに包まれ、彼の両親のお墓の前で言われた言葉が現実であることを実感しながら眠りにつきたかった。

 はぁ、と深いため息が聞こえ、カインがガシガシと横髪を掻く。

「『共寝』ではすまなくなると言っているのだが、いいんだな?」

「え?」

 その言葉の意味を理解するより先に、顎を掬い上げられ、唇を塞がれていた。

 押し付けられた唇の隙間を、ぬるりと濡れたものでなぞられる。舌先でつつくように促され、緊張で歯を食いしばっていた力を緩めた。唇と歯列をこじ開けるようにして、肉厚な熱が口内に潜り込んでくる。
「あっ……」と漏らそうとした小さな悲鳴ごと、舌を絡め取られていた。

 キスをするのは初めてではない。
 トーナメントの後に思いを伝え合って以降、人のいないところで何度か唇を重ねたことがある。でも、唇だけを数回啄むようなそれはただの挨拶程度のものでしかなかったことを思い知らされた。

「んっ……、ふ……」

 まるで意志を持った生き物のように、カインの舌が俺のそれを捕らえ、吐息をも奪い尽くすようにねっとりと絡みついてくる。ぬめりをまとった他人の舌の感触が、すぐに背筋がぞくぞくするような気持ちよさへと変わっていく。
 苦しいし恥ずかしいのに、もっとその感触を味わいたくて、自分からも懸命に舌を動かした。

 口内に溜まった唾液を飲み込めば、お返しとばかりに舌先を甘く吸われる。
 空いているほうの手で、耳許や後ろ髪、背中をくすぐられる。それすらも気持ちいい。
 俺も、彼の背中に両腕を回してしがみつく。
 熱が引き、唇を舐め、軽く食み、吸っては、また角度を変えて舌をねじ込まれる。

 酸欠で頭がぼーっとして何も考えられないのに、下腹部にドクドクと熱が集まる感覚が、自身の体の状況をリアルに知らしめる。
 腰が抜けたように立っていられなくなり、ずり落ちそうになる体をカインの腕に支えられた。

「エド。俺の首に腕を回して」

 耳元で囁かれる。
 抱いてベッドまで連れて行くという意味だと理解し、一瞬躊躇する。
「歩ける」と言い張りたかったが、キスだけで股間のものが痛いほどに反応していて、このままでは前屈みで歩くしかない。その滑稽さを想像し、素直に従うことにした。
 カインが俺の膝裏に手をかけ、軽々と体を持ち上げる。
 いわゆる『お姫様抱っこ』というやつで、同じ男としては情けなくもあるが、『お姫様』扱いされることは嫌ではなかった。





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