推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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真相

人の親

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 地下牢の入り口へと降りる階段には、常に二人の門番が警備している。門番も看守もカインとは旧知の仲で、「短時間だけなら」と中に入ることを事前に了承を得ているという話だった。

 前を歩いていたカインが咎められることなく階段へと向かい、騎士服を着てカインの部下に扮した俺も、顔を俯かせて彼に続く。薄暗い階段には等間隔に燭台が灯されていて、かろうじて足元を確認できる程度だった。
 降りていくにつれ、空気が湿気を纏い、冷たく感じるようになった。鼻をつくカビ臭い匂いに、背筋がぞわぞわと粟立つ。
 降り切った先には鉄格子の堅牢な扉があり、そこにも二人の見張りがいた。カインの顔を確認すると、無言で扉の鍵を開けてくれる。

「一番奥の、右側です」

 見張りのうち一人がカインの耳元で囁き、彼が軽く頷いた。

 基本的に王城の地下牢に入れられるのは城内で罪を犯したものか、クラウス伯爵のような貴族以上の身分の者のみのため、囚人の姿はほとんどなく、牢の多くが空だった。
 いくつもの牢を過ぎ、最奥、右側の扉の前で、カインと共に足を止めた。

 他の牢と違って、そこには掛け布がかけられた寝台が一つあり、壁際には粗末な机もあった。伯爵の姿はなく、寝台の上の布が人型に盛り上がっている。俺たちの足音は聞こえていただろうに、沈黙のまま微動だにしない。

「クラウス伯爵。少し話をしたいが、よろしいか?」

 声をかけると、人型が布を捲りながらのそのそと起き上がった。

 牢の中には燭台はない。通路に取り付けられた燭台の明かりが射しこむのみで、上半身を起こしたまま目を凝らすようにしてこちらを窺っていた伯爵は、ふいに驚きに息を呑んだように寝台から身を起こし、駆け寄って来た。

「で、殿……」

「声を控えられよ」

 カインが、低く潜めた声で伯爵を遮った。

「申し訳ありません」

 伯爵は鉄格子を両手で掴み、崩れ落ちるように跪く。
 俺とカインも、格子を隔てたその場所に片膝をついた。
 着ているものだけはそれなりだったが、白髪混じりの髪と髭がぼさぼさに伸び、頬も削げた男に、かつての面影はなかった。

「殿下……。お願いします。私はどうなっても構いません。だからどうか、娘は……、ヴィオラだけは……」

 涙混じりに必死に訴える姿に、伯爵も人の親だったのだと、至極当然のことを思った。

「私の質問に応えよ」

 今度は俺が、伯爵を遮る。

「貴公の話すことを真実だと確信できたなら……、私も真実を明らかにしよう」
 
 伯爵は涙と垢にまみれた顔を、そろそろと上げた。

「私は調査官の方に真実を全て話しました。12年前の王太子の事件について、私は何ら関与しておりません」

 必死の眼差しの中に、わずかに怯えが見て取れる。
 先日、ニコラスと話をしたからわかる。彼と違って、まだ何か知られたくないことがあって、それを知られることへの怯えのように思えた。

「私も、真実を全て話した。私はヴィオラに毒を盛られ、生死の境をさまよった」

 濡れた目が大きく見開かれ、すぐにそれは伏せられる。伯爵は石の地面に頭を擦りつけていた。

「平民に落とされ、貴族の下働きにされても、修道院に入れられても構いません! だからどうか……、あの子の命だけは……、お助けください!」


「12年前……、」

 静かに語りかけると、伯爵がひれ伏したまま、身を強張らせるのがわかった。

「兄上にお茶を出したとされる女中メイドが事件後すぐに王宮を去り、彼女の娘が貴公の派閥の下級貴族に嫁いでいる。持参金を用意したのは貴公という話だったな?」

 それについては、調査官の聞き取りの記録で確認した。

「元々、その下級貴族と女中メイドの娘が恋仲で、派閥の貴族に相談された貴公が持参金を出してやり、二人の結婚を後押しした、と調査官に説明したそうだな?」

「さ……、さようでございます」

「だがそれは、俺たちが聞いた話とは違う」

 伯爵が、ぴくりと身じろぎする。
 張り詰めた空気の中、出方をうかがうような気配だけが伝わってくる。自分から話す気はないことを見て取り、俺は話を続けた。

女中メイドの娘が預けられていた教会で聞いた話によると、当時彼女と仲がよかった修道女は、『母の勧めで貴族に嫁ぐことになった』と彼女が話していたと証言した。『優しくて、できれば見た目もよければいい』と目を輝かせていたということは、会う前から結婚が決まっていたということだ」

「そ……、それは……」

 伯爵は口ごもり、しどろもどろに言い訳を始めた。

「貴族に娘を嫁がせたいというのが、あの女中メイドの長年の夢だったのです。実は女中メイドと私は憎からぬ仲で、女に頼まれて仕方なく……」

「ほう。随分と年増好みだったんですね」

 茶化すように横やりを入れたのはカインだ。
 伯爵の地面についた両手の指が、小刻みに震えている。

「……わかった。話はもういい。これ以上作り話を聞くのは時間の無駄だ」

 投げやりに言い、腰を上げかけたとき――。

「あの女に、頼み事をしていたのです!」

 苦しげに絞り出された声が、それを遮った。
 俺は浮かせかけた腰を元に戻す。

「持参金は、その報酬です……」

「頼み事とはなんだ?」

「そ……それを話せば、どの道、我が一族は助かるすべがございません」

 俺とカインは、顔を見合わせた。

「ヴィオラの件で、貴族たちは一斉に貴公を見限った。宮廷裁判では、必ずしも真実が証明されるわけではないことは、貴公もよくご存知だろう? 俺たちはただ、12年前の真実が知りたいだけだ」

 伯爵が微動だにせず、俺たちが固唾を飲んでそれを見つめるだけの時間が、随分と長いこと続いた。
 やがてそろそろと、髪をぼさぼさに乱した頭が持ち上がる。
 顔を上げた伯爵は、覇気はないものの、数日前の、部屋に押し入って来たニコラスと似たような眼差しをしていた。覚悟を決めた者の目だ。

「あの女中メイドに渡した金は……」

 その後、伯爵が語ったのは、俺たちが予想もしていなかった話だった。




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