駒鳥は何処へ行く?

湯月@岑

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駒鳥は何処へ行く?

迷路

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春は寿ぎの季節。
草木は芽吹き、鳥は高くを飛んで囀る。
引き伸ばし引き伸ばした逗留の理由も尽きて、今日こそ同胞きょうだいを送り出さねばならない。

同胞きょうだい、次は何時頃に帰って来れる?」
「…同胞きょうだい、俺も一人前の冬なのだから、別に俺を待たなくても良いぞ」
「はぁ?同胞きょうだい、帰って来ないつもりか?」
勢い、顔を見上げる。_昔と比べ随分と背丈に差がついた。昔は同じ位だったのに!

「否、また帰って来るが」
逸らされる視線は、気まずい時の癖と知っていた。
此れは矢張り、思い知らせねばならぬと奮起する。
眼の前に躍り出て、正面から相対す。驚いた瞳が丸くなる。
両手を握る。祈る様に口にした。

同胞きょうだい_ツァデ。私は貴方に、私の子を俺の子と呼んで欲しい」

夏が対を請う口上。
夏と冬が対となる事は滅多にない。滅多には無いが、全くではない。
幾つかの制約はあるが、可能だった。
動揺が掴んだ両手から伝わって来る。何かを云おうとして口籠る気配。_そして。

同胞きょうだい、俺は対持ちなんだが」
「知っているが、私はあの冬なんて認めてないからな! 同胞きょうだいには私こそが相応しい」

云い放ち仁王立つ同胞きょうだいは自信に満ち満ちて眩しいほど。余計な世話だと、突き放す言葉も引っ込むほどに。
俺の同胞きょうだいはとても健やかで美しい。

同胞きょうだいの、そういう処は尊敬している」
「そうか、同胞きょうだい。では、私こそを対に」
両手を広げる同胞きょうだい。微笑みは太陽の様に明るい。
「…すまん、同胞きょうだい
すまんと繰り返す。其の明るさが俺には眩し過ぎて、此の身を灼くのだ。


眼の前の同胞きょうだいに気付かれぬくらいの溜息一つ。
すまんと繰り返す様がしょぼくれて来てしまったので、今回は_今年は此処まで。
負け越しだが仕方無い。

丁度、冬達の集合場所にも着いてしまった。
全く何が良いものか。集まって来た冬達の中から、此方を見る視線を感じた。
感情読めぬ顔が、此方を見ている。
同胞きょうだいが対と呼んだ冬。_同胞きょうだいと揃いの輪を小指に填める。
同胞きょうだいに請われて対と呼ばれるを受け入れた癖に、余所見ばかりをする冬。

同胞きょうだいの、項垂れてしまった頭を引き寄せる。
そんな哀しい顔をさせる相手など、振ってしまえば良いものを。髪をそっと撫でて空を仰いだ。
早く季節が巡れば良い。

「幸運を同胞きょうだい
「幸運を同胞きょうだい

お互いの手を、ぎゅっと握る。
離した手は寂しい。
離された手は寂しい。

_取り敢えず、揃いの耳飾りだけは押し付けた。





受け取ってしまった耳飾り。日に翳せばキラリと光る。
美しい石。対に贈るに相応しい品物。

邪険にする事も出来ずに、胸元の隠しに入れた、小さな袋に落とし込んだ。






俺の対_ハプトは、里に着くと直ぐに決まりの夏の元へと行った。
相手の夏は対持ちで、関係も良好だ。
対がどうあれ、彼の人が振り向くことは無いと知っていても、其れでも不安に為る程に魅力的な夏だった。



夜。
睦み合いの時間。
唇を吸い合って、急所を晒し合って身を絡め、欲を吐き出す。
欲を吐き出した相手は直ぐに立ち去る。

身を繋げる事は余り無い。

時に引き止めて懇願し、抱かせて貰う事はあるが、俺の対が俺に手を伸ばす事は滅多に無かった。



幕を跳ね上げて踏み込めば、内で刃物の手入れをしていた冬_ベダが振り返った。

「ツァデ」

慣れた冬は、手早く手元の物を片付ける。
そんな相手に_手を伸ばして口を吸う。
押し倒した冬の衣を剥いて、口で雄を育てて腹に呑む。
腹の中を好いように擦っていれば、ベダの手が腰を掴む。互いが気持ち好いように調節されて、呻き声をあげて同時に吐き出した。

ベダはい冬でもてる。もて過ぎて一人に絞り切れぬと対は持たない。
だから、偶に付き合わせてしまう。
_悪いとは思っていたが、如何にも人肌恋しい時はあった。

「眠るか」

最低限の後処理をされて、胸元に招かれる。
寄せられる唇は甘く口を吸った。
良い冬だ。本当に。





普段どんな閨をしているのかは知らないが、ベダの元へふらり訪れるツァデは、長く共に褥に居る事を好んだ。
事が終わった後も口づけを交わし、互いの体温に微睡んで眠る。

放っておけないのは如何にも危なっかしさが在るからか。
狩りも諍いも、真っ先に飛び込んで行ってしまう。
皆同じように感じているのか、其の辺をウロチョロされるよりマシと、群れの長に満場一致で推挙された。

此奴の対_ハプトは良く分からない。
明るく人付き合いの上手い冬。
其れだけではない様子も垣間見えども、容易に自分を出さぬ類の人間。
悪い奴ではないのだが。

相性が良いとは思えないと、実は皆、心配しているのだ。





裂かれ抉られた腹の中はぐちゃぐちゃで、最早、彼の命が長くない事を知る。
血の気を失った顔は土気色_死相。
ハプトを認めて、は、と息を吐いた。顔を伏せ、そっと笑って指に通した輪を外す。
どぷり腹から赤が溢れるのも気にせずに、外した輪をハプトに投げた。

「返す。次は、お前など追うものか」

笑って云うと、一気に力の抜けた体で胸元の袋を出して呉れと、彼を世話する相手に請うた。
小さな袋、拡げて転がり出た片方きりの耳飾り。

周囲が息を呑む。

其の意味を皆、知っていた。
周りの動揺を意に解さずに、ツァデは耳朶に針先を押し込む。
傷つけられた其処が血を流す。

「ナイフを」

動けぬ周り。空の掌。迷子の顔のツァデ。
此の顔に俺は弱かった。

歩み寄り、
「ほらよ」
渡したナイフにほっとした顔を見せて、ツァデは耳飾りで飾られた方の耳を削いだ。

同胞きょうだいに届けて呉れないか」
次こそは、お前を選ぶと。

仕方なしに受け取った血塗れの小さな肉塊。
頷きを確認して満足気に笑い、   _そしてツァデは逝った。

ハプトも其の夜、姿を消した。



防腐の為に塩漬けにされて、更に小さく為った肉片を受け取ったツァデの妹は、酷く泣いた。
「私の“春”」と正当に呼び、泣き叫ぶ夏は、来世こそと肉片に口付ける。

知らせとツァデを届けた冬に丁寧な礼をして、夏は去っていった。





其れは白昼夢。
其れは昔話。
此処は迷路。

あれ程に寄せてきた亡霊は何時の間にやら居なくなっていた。
呆然と頭を巡らせる。
ある筈のない影が、ゼオと同じように呆けて。


_ああ、  其の顔!  其の面影!!

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