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第5章 奥さまたちの冒険

37 江口 香

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メインシナリオ:”今の伴侶ともう1度”
固定シナリオ:”舞踏会でダンスを楽しもう”
選択シナリオ:悪令嬢を目指す!日常生活でくすぶる不満を発散しましょう。悪いことで注目を引き、有名になる。刑罰はありません。

ライトノベルの中で、婚約破棄などに出てくる悪役令嬢というものに興味を持つものの、私じゃあ、あそこまで悪い事はできないな。と思っている。
確かに内容は、子供のケンカだけど、小さい時から、悪い事は何があってもやっちゃダメと言われ続けてきた私には、それが高い壁のように見えていたのも事実。

しかし、それが私から言葉を奪って、何も言えなくなった性格を作ったのも事実。自分から動こうとせず、流されるまま。声を出して、何かを言わないといけない時でも、悪い事を言ったらどうしようと思うと、結局何も言えなくなってしまう。

そんな状態は、結婚しても、子供が生まれても続いていて、私の中で知らないうちに蓄積していたらしい。
トモエ天国に来て、話を聞いて、選択シナリオで、こんなものを選んだということは、どこかに発散したいという思いがあったのだろう。無意識に選択したのだとしても。

***

メインシナリオにより、女性固定。
選択シナリオにより、8歳開始になった。
8歳の女の子(私)は、両親の出張先である王城で、国王と第2王子に会う。
王子と私は、同い年だったが、私の方が小さかったため、兄のように振る舞えることが嬉しかったらしく、国王に頼んで王城で一緒に住みたいと言ったらしい。
もちろん、それを許すはずもなく、双方の城や別荘に比較的自由に行き来ができるようにと、国家間(・・・)契約で、当面の間は婚約者とした。

両親の出張は、私が16歳の時に終了し、両親と私は、本国へ帰還することになる。
婚約も、その時までのもので、16歳になったと同時に自動的に破棄される。
破棄せずに、更新も可能だが、それは当事者双方の同意に加え両親の了解のもとで決定される。

最初に聞かされた時には、小さかったから覚えていなかったらしくて、15歳を間近に迫ったある日に両親から言われたことに衝撃を受けた。
それまで、こんな男と将来結婚して、子供を宿さないといけないとは、なんて不幸だったのか。と思っていたから。

最初は、王子の妹扱いだったのだろうが、年齢が上がるにつれて、婚約者の意味が分かってきたようで、以前あったような、宝物扱いが奴隷的な扱いに変化しつつあるからだ。

両親はもちろん、私自身も、この国からすれば、国賓で蔑ろにしてもいい存在ではない。しかし、あの男は、婚約者という身分に笠を着て、やりたい放題。第2王子というだけなのに、この国の将来の王様だと勘違いをしている。
いや、私たちの国をこの国に吸収合併させた初代国王を夢見ているらしい。
バカである。

逆なら、あり得るかな。
でも、バカ王子のいる国はいらないか。取り巻きもバカばかりだし。

婚約の自動破棄、更新の話を聞いてから、ちょっとしたイタズラ程度の悪い事をして、更新させないようにと考えた。
最近は、別の女に夢中らしいから、その女などにちょっかいをかければ、更新をしようとは思わなくなるだろう。もちろん、ほんの少しのイタズラでも、バカ王子の女なら、大げさに喚くだろうから、効果絶大だろうし。

そうして、バカ王子が夢中になる女性の周りでイタズラをすることにした。

とは、言ったがこれまで真面目一辺倒だった私は何をすればいいのか分からない。
こんなことを、両親や友達に聞くこともできない。
身辺警護員にも聞けない。

どうしようかと悩んでいた時に、講義中に、小さくした消しゴムを投げ合いしていた男子を見て、これだ!と思った。これを真似てみようと思った。

バカ王子と私は違うクラスだが、魔法などの実習では学校全体で行うため、当然、バカ王子の女も一緒になる。
実習待ちしている間に、さっきの小さい消しゴムをあの女にぶつけてやろうと思った。
ただ、実習なので、消しゴムはさすがに持ってきていない。

ふと、私の魔法ランクの高さから、大きな被害を与えないように使用制限がされている上位ランクの魔法が、魔法実習に限って解除されることに気が付いたので、水属性の上位ランクの魔法である、氷(ひょう)属性を使って、白くて小さい雪玉を相手にぶつけることにした。
大きさは、小指の先くらいの小さい小さい雪。小さい変化なので、イメージも作りやすい。

ぶつける前に、どれくらいの大きさなのか、確認しようとして、手のひらにそれを出してみた。
とても小さく可愛らしい。知らない間に、雪の結晶のような形になっていて、これをぶつけるのがもったいなくなってしまった。
結局、私はあの女のことを忘れ、小さな雪に見入ってしまっていた。

あとから思えば、この行動は周囲の人から見ても、おかしかったのだろう。
翌日朝、あの女が大量の雪玉をぶつけられたらしく、雪玉に下敷きになるような形で意識不明状態で発見されたと学校内が大騒ぎになっていた。
バカ王子の女として、やりたい放題だった女が負った仕打ちに、留飲が下がった人も多かったが、だれがやったかと言うと、はっきりしなかった。
そして、その実行犯が私だと言う人が現れた。
全校で集まって行う実習中に、あの女の方を見てから、雪玉を作っていたと言う。

バカ王子の婚約者の椅子を狙っている女が何人もいる。
その女たちにとって、私は邪魔もの。
なんとか排除したいと考えるのは、普通かもしれない。
ただし、その相手が隣国の要人だとすると、迂闊なことはできない。

後日、関係者からの情報では、私を排除するだけではなく、バカ王子の妻を狙っている自分以外の女も同時に排除できるように、私の行動の一部を拾って、それで相手に大きな被害を与えるという手法。
雪玉については、私が、あの女を見て、その後、手のひらに小さい雪玉を作っていたのを見た人が多かった。これに便乗したらしい。

その日以降、私の行動が、バカ王子の女たちによって、互いのライバルを追い落とすための攻撃手段とエスカレートした。
しかも、攻撃したのは、全て私ということになっていた。
仮に、攻撃したのが私ではなかったとしても、私からの指示によって…と私に全ての責任を負わせるという、徹底した排除をしていた。

私としては、小さなイタズラをしようと思って、あちこちの些細な争い…?(消しゴム、落書き、落とし穴、虫を投げたり、突き飛ばす、水を浴びせるなど)を参考に、基本ランクの魔法で、できないかと試していた。
基本ランクよりも上の魔法は使用制限で使えなかったので。

最初のうちは、バカ王子が、周りの女に唆されて、私へ文句を言いに来てた。
その都度、制限があるので、そのようなことはできないと言っていて、バカ王子も納得していたようだったのに、そのうちにその制限自体がウソで、上位ランクの魔法は使い放題なんだろうとか、言うに至って、何も言わなくなった。

もちろん、両親や王様にも報告はさせて頂いています。

そして、心理的に急接近してくる第1王子。
第1王子は、私よりも2つ年上。第2王子が私が住む城(大使館)に来る時は、必ず着いてきていた。
理由は、弟が粗相をしないようにという監視役。
第2王子が来なくなっても、頻繁に来城していて、両親と国の将来について、話合っていた。
夕食も同席されることが多かったし、王城に帰らず、夜通し打ち合わせをしていた。
第1王子は、そんなこともあって、家族同様の関係になっていた。
私からすれば、第2王子は、兄気分のバカ。
第1王子は、お兄ちゃん。頼りになる人。気になる人。先生、だった。
本国にいた時よりも、魔法ランクが上がったのは、第1王子の魔法教育によるものだった。
元々、最上位ランク…絶(ぜつ)属性の魔法を使うことができることから、その属性系統の教えをお願いした結果、基本の水属性魔法から上位の氷(ひょう)属性魔法が使えるようになった経緯があった。
最も、魔法ランクが上がったので、この城か魔法自習中か、第1王子のいる場所かのどれかでないと、上位ランクの魔法が使えないように制限がかけられた。

第1王子は、私と第2王子の婚約については、知っている。
知ったうえで、私と両親。王様と王妃様に、結婚許可を申し出ていた。
全員一致で、第2王子との婚約破棄を持って、結婚の許可を出すことになった。
知らぬは、第2王子だけ。

この国の体制は、王制を敷いている状況だが、周囲の国に比べると小さく、弱い。
私は、両親とともに、この国へ来たのは、親善だけではなく、特使として来ている。
私たちの前任者を含めて15年で、この国の王制を無くして、本国に吸収。
この国の領地を、いくつかに分割し、現在の貴族の一部に領主として貸与するための。
今の王様も、この吸収時に退位して、あとの事を王子たちに任せるつもりだった。

しかし、第2王子は、絵空事だと思っていたらしく、事実を見ようともしない。
ほとんどの貴族は、周囲の圧力から自らを守るためなら、国が吸収されるのもやぶさかでないと考えていて、私たちに協力してくれる人は多い。
ここにも、バカ王子と同じ者はいて、現実を直視しない。隣国で大国をこちらに吸収すればいいと考えているバカがいた。

王城で開かれる、舞踏会。
16歳になる男女が成人したというお披露目をする場である。
私も先日、16歳になり、自動的に第2王子との婚約は破棄、第1王子との結婚が許可されました。
この舞踏会は、この国の主催として行われるのは、これが最後。
この最後の舞踏会の最初に、私と第2王子の婚約が自動破棄されたこと、第1王子との結婚、国の吸収消滅と退位、新しい時代の幕開けということでの記念式典に先駆けた舞踏会になる…予定でした。

 舞踏会の開催の際に、婚約している者がいれば、その婚約者同士で入場、最初の1曲目を踊るのが通例。しかし、自動破棄されたかどうか分かっているのか、第2王子は私を誘わず、取り巻きの女と一緒に入場。
私は、前日に第1王子と結婚していて、既婚状態。第1王子が、私の婿と言う形で、本国帰還時に付いてきてくれるので、嬉しくそういう些細なことは、気にしていなかった。

舞踏会は、家格の低い者で、婚約者がいない者が先に入る。その後、婚約者たち、王族という順番。
他国の来賓や既婚者などは、王族の直前に入ることになる。

私の両親と私。第1王子…夫は、王族とほぼ同時に入場。
まぁ、結婚して、王族でもあるから。

でも、それに、大声を挙げた者が一人(バカ)。

「おい、お前がそんなところにいるとは、不敬に当たることが分かっていないな。」

ふんぞり返って、はしたないことこの上ない。

夫からは、

「君のしたいようにしてごらん。たまには、周囲を気にせずに、大きい声を出すのもいいよ。今なら、何をやっても罪に問われることはないから。私たちが最高権力者だからね。魔法の制限も解いておくよ。」

と、非常に心強いアドバイスを受けて、しばらく様子を静観することにした。
念のため、私の周囲に防御陣、氷消(ひょうしょう)の複合魔法。
魔法消去と物理攻撃からの完全防御の常時発動をしながら。

第2王子は、そんな様子を見て、毒づいている。

舞踏会を始める段取りになって、国王からの挨拶を遮ったバカ達がいた。

第2王子
「父上、挨拶前に聞いていただきたいことがある。そこの女は、俺の婚約者の地位を悪用して、ここにいる女達にケガを負わせた。幾人かは、瀕死の重傷を負わせるほどの上位魔法で攻撃したことは明白だ。よって、この場で婚約を破棄し、殺人未遂として拘束、重罪人として処刑を求める。」

バカ王子の周りにいる、女性はみんな包帯人間になっていた。
松葉づえを突いていたり、車いすだったり…、寝台ベッドごと来た女まで。
バカばっかり。

周囲を見ても、みんな呆れている。
バカ王子は分かっていなかったけど。

バカ王子は、さらに声を張り上げ
「どうした、近衛兵。あの女を拘束しろ。抵抗するなら、この場で処刑しても構わん。」

近衛兵は、全く動かない。
バカ王子とその取り巻き以外は、既にこのやり取り自体が茶番だと知っている。
私と第1王子…夫の結婚は、恙なく終了していて、夫婦であることと同時に隣国の重要人物だと認識している以上、近衛兵が従うべき相手は、むしろこちら側。バカ王子に従う理由はない。

近衛兵が動かないのに、焦れたのか、バカ王子と取り巻きが実力行使に出た。
私に向かって、拘束系魔法を放ってきた。
基本ランクの地と風の複合魔法で、地面を変形させて、足(・)を拘束する魔法。
ただし、効果はほとんどない。足を上げれば、解除されてしまうくらい、意味がない。
基本ランクの最高位である6であっても、変わらない。

私は、別に回避しない。
ポン という音とともに足裏が地面にぺたっとくっついた感じがした。
靴も履いているし、効果はほとんどない。
イメージの作り方も、なっていない。
子供でもできそうだ。子供に失礼だろうけど。

バカ王子は、動けなくなったと思って、安心したのか、こっちへ来て、いきなり、私の頬をはたいた。
しかし、防御陣に守られた私には被害なし。
反面、はたこうとしたバカ王子は、防御陣からの全反射によって、手首を骨折していた。

一瞬後、バカ王子から悲痛な声があがり、バカ王子の取り巻きから、様々な攻撃魔法が飛んできた。
しかし、防御陣の魔法消去によって、全ての魔法攻撃は消滅。
それでも、懲りないバカ王子たち。
周囲の動かない人達を罵倒している。

これまでの暴論や罪の擦り付け合い、周囲の優秀さに対するバカ王子のバカっぷりに、いつの間にかに、内積していた物があったのだろう。思わず、大きい声が出てしまった。

「このバカ王子。何を思いあがっているの。あなたは、既に私の婚約者ではないわ。私は、昨日結婚したの。あなたのお兄様とね。今は、夫と幸せなの、そんな、どことも知れないバカ女に嫉妬などするわけがないじゃない。それに、バカ王子も、タダのバカになる。この国は、なくなるの。現実を直視しない人たちには、未来はないわ。絵空事で妄想するのは自由だけれど、それで迷惑を与える者がいるのなら、強制的に排除しないといけないわね。」

夫が私の隣へ、
王様が王妃様と、
私の両親が、
近衛兵が、
私を守るように位置を変えて

王様が

「そこのバカが遮らなければ、問題は起きなかったと思う。先に言われてしまったが、第2王子との婚約は、先日、自動的に破棄されたことを伝える。また、同時に第1王子の婿入りが決まった。国王許可による婚姻はこれが最後である。さらに、皆は知っていると思うが、この国は隣国へ吸収される。領土の分割、新たな統治者については、先日の授与式の通りだ。私は、この舞踏会を最後として、退位することになる。また、第1王子の婿入りに際して、私たちも隣国に居住する命が下っている。最後の舞踏会だ、満足するまで踊ってくれ。そうそう、そこのバカ共、お前たちは、その踊りはもういいぞ。あとは、牢屋でやってくれ。」

近衛兵や要人警護、暗部などに十重二十重に囲まれてしまった、バカ王子とその取り巻きは、速やかに、どこかに運ばれ、さっきのバカ騒ぎをネタにしつつ、新しい統治者の元に安定した日々を送れることをみんなで甘受しながら、舞踏会が続いていった。

後日、あの時の大声を思い出すと、恥ずかしくて、顔から火が出そうだった。
でも、それが、夫には嬉しかったらしく、もっと、言いたいことを言ってもいい。少なくとも、夫婦の間なら、悪いことも言ってもらった方が安心する…とまで言われてしまった。

”3つのシナリオ、全てがクリアした”と表示されて、この世界ともお別れかぁ~と思ったら、このシナリオ内で一番分かり合えた、夫との別れが、悲しくなってしまった。

「あなたと別れたくないの。でも、もう、ここにはいられない。どうしたらいいの。」
「大丈夫。ともえ様に相談してみたら、すぐに解決するよ。私も一緒にお願いに行ってあげてもいいのだけど、もう、自分で言いたいことは、自分だけで言えるよね。待っていてあげるから、行っておいで。」

背中を押された形となったので、シナリオ終了を選び、ボーナスをもらって、ミーティングルームへ。
誰もいない。
みんなまだなのかな?と思いながら、ともえ様を呼び出してもらい、お願いを聞いてもらった。

島外へ戻ったら、すぐに意味が分かると言われたが、ここから離れたら、あの夫には会えなくなると、ともえ様に訴えた。
しかし、島外へ戻れば分かるとの一点張り。
それでも、頑張って、あの夫のところへ戻れるような措置をしてもらってから、帰った先にいたのは、今の夫。
正直、がっかりした。
シナリオ内の王子と、実際の夫では背格好は似ているものの、顔も髪型も雰囲気も全然違う。
なんとなく、威圧されているような感じで、変な圧力を感じる。

この夫の前だと、シナリオ内の夫よりも格段に話にくいと感じたからだ。
ともえ様が、この部屋に入ってくるなり、夫の耳に何かをつぶやいている。

何か、決定的な言葉を言ったのだろう、思わず、夫がともえ様の方へ顔を向けた。

夫は、
「ともえ様。それは、本当と思っていいのですね。撤回は聞きませんよ。」
「ええ、本当よ。ただ、分かっていると思うけど、ここにはいられないわよ。」
「問題ありません。すぐに、妻にも説明しますし、この鬱陶しいのも解きます。」

宵(よい)属性魔法が発動。周囲が突然、夕焼けっぽい色に染まる。
魔法発動をしたのは、夫だった。
夕(ゆう)属性系統の上位ランク。
光と闇属性系統の混合属性版。その内容は、隠蔽。
闇属性よりも隠蔽される範囲やその効果が高いもの。
これによって、夫は、普通以上に自分を隠していた。
隠蔽されていたものが、全て解かれ、現れたのは、あのシナリオ内での夫そのもの。
威圧感も、圧力も感じない。
なんでも話すことができる、そんな、ストレスを感じることがない、安心な生活が送れるようになった。

その後、夫とともえ様からの説明を受け、夫は、ともえ様の部下となり働くことになった。
”おかしな世界”から引っ越して、ことちゃんの親戚の賃貸マンションへ。

ええ、驚きました。
こちらに、大移動ですね。
20家族中、こちらへ移動したのは、何家族なんでしょうか。


***
とある屋敷の、とある2人の会話

???「家族ごととは、思わなかったが。」
???「ことちゃん人気あるね。」
???「聞いていたことと違うぞ。」
???「さぁ、なんのことでしょう。」
???「・・・」
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