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呼び出された人は、すぐにお帰り

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俺は、ブラック企業に務める23歳、独身、彼女なしの今井ひとし。
今日も残業を6時間やって、日付が変わる頃に会社を出てきた。

とにかく疲れてて、ぼーっとして歩いていたのが悪かったのだろう。
赤信号を無視して、交差点に入り、走ってきたトラックに轢かれてしまった。

即死だった。

そして、俺は周囲が真っ白で地面に足が付いていないような場所にいる。

自慢ではないが、異世界に転移するとかのファンタジーが好きで、今の状況はその異世界転移や転生時に神さまなどから特別な能力をもらえるというのにそっくりだ。

しかし、そんなことはなく、その場所から四方を石で囲まれた場所に場面が移った。

「よし、成功。要望通りか調べよう」

淡々と仕事をしているような口調でこちらに来たのは、白いローブを着た人。

「悪いが、この球体に手で持ってもらいたい」

出された球体は、バレーボールくらいの大きさで真っ白なもの。
言われるままに、それを持つ。
持って思ったのは、このボール全然重さを感じないということだった。

「うむ、強制権限により全パラメーター開放」

そんな言葉と共に、壁の一面に様々な表示が出た。
名前や年齢はともかく、ジョブやレベル、成長可能性とかいろいろ書いてある。
よく見れば、ジョブは勇者だった。

“良し!これで、思いのままだ”と、いささか不謹慎なことを思っても仕方がなかったと思う。

「要望通りの能力だ」

ローブの人は、さっきの球体と違う、透明な球体を持っている。

「悪いが、そちらをこちらへ。次にこの球体を持ってくれ」

バレーボールを渡し、透明な球体。
水晶?を受け取る。

水晶の中に、壁に出たパラメーター?が小さく表示されている。

「パラメーター回収」

その言葉と共に、身体から力が抜けてしまった。
手に持っていた水晶は、落ちることなく空中に浮いている。

「君は用済みだ。我々は、召喚された者からその者が持つ能力などを提供してもらっている。異世界から来た者がこちらで活躍してもらっては困るのだ。では、転移元へ送り返そう。ご協力、感謝する」

その言葉と共に、転移元。
俺が生きていた世界に戻ってきた。

しかし、転移前のことは、はっきり覚えている。
トラックに轢かれて即死だったということを。

戻った場所は、俺が轢かれた場所。
回避する間もなく、またあの白い空間へ…

今度は、間違いなく異世界へ転移したいと思っていたが、ジョブを含めた全ての能力を奪われた俺に出来ることは何もなかった。

哀れに思った白い空間の主が、白い空間を白いまま維持する係に任命してくれた。
別に、なにもせずにぼーっとしていればいいなんて、ホワイト企業かもしれない。
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