先生になろう。

夜空のかけら

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先生になろう。

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恋をした。

幼稚園の先生に。

僕は5歳。
幼稚園の園児だけど、もう大人だ。
恋をしたから。

お母さんに「先生のことが好きになった」と言ったら、笑いながら、「もう大人ね」と言われたから。

幼なじみの女の子に言ったら、ため息をついていたけど。

*****

僕は6歳になった。

幼稚園を卒園して、小学校へ行くことになった。

今日は、入学式。
みんな両親に連れられて、学校に集まってくる。
うちは、お母さんだけ。
お父さんは、お仕事で手が離せないと言っていた。

でも、お母さんはこう言ったんだ。

「お父さんとは、学校に行けば会えるけど、会っても「お父さん」と呼んじゃだめ。お父さん、みんなに笑われてしまうから。約束。守ってくれるよね。」
「うん、分かった。」

この時は、”お父さん”と呼んではいけない理由も分かっていたし、別の呼び方も何度も練習したから大丈夫だと思っていた。
しかし、いつもとは違う雰囲気の中で出てきたのは、やっぱり”お父さん”だった。

しかも、”学校長の挨拶”に対する挨拶の部分で、なぜか目立ってしまった。

--学校長補佐(教頭に該当する)

これより、入学式を開催する。
一同、起立!

まず、学校長より入学式に際して、挨拶があります。

学校長、よろしくお願いします。

--学校長

おはようございます…

(少し間が空く)


あ、朝の挨拶だ…と反射的に、相手に届くくらいの声で

『おはようございます。お父さん。』

隣で、お母さんが

「あ~、やっぱり…」

とか、言ったのに気付いたけど、もう手遅れ。

壇上にいる、学校長。
僕たちにとっては、お父さんも苦笑いしている。

隣の幼なじみの女の子は、僕の方を見て、ため息をついていた。

--学校長

今の挨拶で驚いたかもしれないが、新しく入学する君たちの中には、私の子供もいる。
挨拶に対しては、相手に自分の声が届くくらいの音量ではっきりと挨拶をすることを教えてきましたが、教えた成果の再確認をここでするとは思いませんでした。

新入生だけではなく、在校生、それに新入生のご両親も、挨拶は大事なものだと考えて頂きたい。
学校では、その挨拶をしっかりする運動をこれまでも、そしてこれからもやっていきます。

では、新入生のみなさん。挨拶をしましょう。

そうそう、あ~、僕?
”お父さん”は、練習の成果を期待しているからね。

--学校長

新入生のみなさん、おはようございます。

--新入生(僕を含めた)

おはようございます。

*****

入学式のあと、同じクラスとなった同級生とその両親から、質問攻めに合ってしまった。
学校長としては、異例とも言える若さとその容姿から、個人的な部分について聞きたかったらしい。

もちろん、僕の右隣には、表面はニコニコしているお母さんがいる。
でも、僕の手を握っているお母さんの手は、さっきから強く握ったりそれを緩めたりしている。
どうしたんだろう。

不思議そうに見ていた僕の左隣りには、幼なじみの女の子がいて、そんな騒がしい風景を見て、ため息をついていた。

*****

小学校に行くようになってから、しばらくして…

恋をした。

僕の担任の先生に…。

その話をお母さんにしたら、笑いながら

「幼稚園の先生が好きだったって聞いたと思ったけど?」

「誰それ?」

「忘れちゃった?」

「今は、担任の先生が好きなの。前は知らない。」

と僕はニコニコしていたらしい。

これも、幼なじみの女の子がため息をしながら、あとで言っていた。

*****

結局、小学校6年間で次々に好きな先生が出来てしまい、その都度、お母さんに報告していた。
最初のうちは、微笑ましいという感じで聞いていたらしいが、担任の先生→隣のクラスの副担任の先生→保健室の先生→体育の先生→…という感じで、次々と好きな先生のことを言ったため、笑い顔が引きつったような感じになっていった。

小学校卒業が間近になった2月末の日、お母さんが、僕にとって、恋とか好きってどういう感じ?
と聞いてきたので、

「好きって感じ」

と答えた。

お母さんは、

「お母さんは、好き?どのくらい好き?」

と聞いてきたので、

「好き。一緒にいて、楽しいから好き。」

お母さんは、続けて

「お父さんは、好き?どのくらい好き?」

僕は、

「好き。カッコいいから好き。」

さらにお母さんは、幼なじみの女の子のことをどう思っているか聞いてきた。

僕は、

「分からない。」

お母さんは、

「何が分からないの?どう思っているの?」

僕は、

「いつも近くにいるけど、いつもため息をついているし、よく分からない。」

お母さんは、

「近くにいられるのは、嫌い?」

僕は、

「分からない。いつも近くにいるし…。でも、いなくなると気になる。」

お母さんは、なぜか、

「そう。その気持ちも大事よ。いつか気づくから、焦らないようにね」

僕は、

「何を?」

その答えに、お母さんは、ニコニコ笑っていただけだった。

*****

小学校を卒業して、中学生になった。

もちろん、幼なじみの女の子も同じ。

相変わらず、僕の隣にいる女の子だったけど、最近こっちに当たってくることが多くなった。
何気ないことなのに、よく分からないことを言ってくる。
ある時の事だった。
いつもよりも大きい声で聞かれたので、思わず、

「うるさい、もうこっちへ来るな、どっか行っちゃえ」

と大声を出してしまった。

女の子は、瞳にいっぱいの涙を浮かべて、どこかに走って行ってしまった。

その涙を見た僕は、なぜか大声を上げたことに後悔と、どうしようという何だか分からない感情の中で混乱していた。

いつもなら、ため息をして呆れるような感じになるはずなのに、今日は、これまでと違った形になったからだった。

周りの女子たちは、早く追っかけて行かなきゃダメと言っていたり、男子は、ヒューヒュー言っていた。
女子に急き立てられるようにして、廊下に押し出された僕は、女子が指さした方に早く追いかけろという感じで、騒がれたので、混乱のまま、幼なじみの女の子を追いかけることになった。

とは、言うものの学校から出て行ってしまったらしく、用務員のおっさんが裏門から出ていくのを見たと言う。泣きながら走って行ったと…

中学校の裏門は、先生が車で来る際の出入り口で駐車場と給食室への食材の搬送路があるところ。
裏門からは、すぐに幹線道路に出られるようになっている。
おっさんにお礼を言って、道路に出たが、どっちへ行ったか分からない。
学校の裏門のはす向かい側のお花屋さんで、花に水をあげていたお姉さんに、そのことを聞いたところ、お花屋さんの奥の部屋で預かっているという。

お姉さんが

「まだ、泣いているけど、どうしたの?」

僕。

「大きな声を出して、泣かしちゃったんだ。」

お姉さんが、

「女の子には、優しくしなきゃダメ。そういう風に、教えてもらわなかった?」

「いつも一緒にいて、ため息をして、呆れたように見て、小さいお母さんのような感じがしていたから…。」

「あら。お母さんは、女の子じゃないの?」

「お母さんは、女の子じゃないよ。お母さんだよ。」

その時の僕は、お母さんはお母さんで、女の子(女性)とは、考えていなかった。
その影響で、幼なじみの女の子も家族のような感じだったので、性別よりもその役割(?)を優先。何を言っても、安心しきっていた部分があったのだろう。そんなことを言っていた。

お姉さんは、

「じゃあ、泣いている女の子は、どうなの?」

「…」

「どう思っているの?それに答えられるまで、会わせてあげない」

「…分からないよ。でも、いつも一緒にいるし、ため息もするし…。でも、近くにいないと気になるし。」

「今はどういう感じなの?」

「…よく分からない。でも、泣いた顔を見て、身体にヒビが入ったような感じがして、混乱して、何もできなくなって、同級生から追い立てられて、女子たちから早く走って追いかけろとか、ずっと先の方にいた女の子の姿が見えなくなって…、そしたらあの子が消えちゃうのかもと思ったら……」

僕は、その時、気が付かなかったけど、泣いていたらしい。
うつむいた状態で、お姉さんを見れずに、足元を見ていた。

お姉さんは、僕の足元に落ちる涙とかを見ながら、なんだかほっとした感じになっていた。
(この辺も、幼なじみの女の子から、あとで聞かされたのだけど)

「どう?許してあげられる?」

ふと、顔をあげると、目の前には、目を真っ赤にした幼なじみの女の子がいた。

「うん。」

幼なじみの女の子は、僕の方を見て、

「大きな声を出してごめんなさい。でも、相手のことを考えてくれないことに悲しくなったから…」

僕は、

「相手のこと?」

「そう。私のこと。」

「なんで…?」

「お母さんから聞いていなかった?私、引っ越すことになったの。もう、そばにいることができないの。」

僕は、呆然としていたと思う。
いつも一緒にいることが当たり前になっていたから。

*****

幼なじみの女の子とは、生まれた時から一緒。
僕よりも少し早く生まれた。
産まれた病院も同じ、両親は4人とも先生。住んでいるのも隣同士。
聞けば、赤ちゃんの頃からずーっと一緒で、僕の様子を見ては、幼なじみの女の子は、ため息をしていたらしい。
そのため息は、お母さん譲りだったらしい。

幼なじみの女の子と僕は、W遠戚だった。
最初は、先生以外の共通点がないと思っていた両親4人だったが、4人とも帰省先がほぼ同じ。
しかも、4人の実家も大地主と言われるところで、自らの実家の隣接するところに長男の家が建っていた。
お父さんは、長男ではなかったので、実家には年始に行くだけだったという。
もちろん、お母さんの実家も近いところにあったので、どちらの実家も1泊して帰るのが定例化していた。
僕たちが生まれる前から、近所付き合いをしていた両親が、僕の出産のため、お母さんの実家に帰省することになったと言う挨拶を言いに行った際に、女の子のお母さんも出産のため、帰省することを聞いた。
行先は、ほぼ同じ地域。

その時は、両親とも偶然ねぇ~と言っていたらしいけど、その後も頻発する似たような事情。

さすがに、何かおかしいと考えた両親たちは、探偵事務所とかにお願いして調べてみたら…

僕のお父さんと女の子のお母さんの、おじいちゃんのおじいちゃんが同じ人。
僕のお母さんと女の子のお父さんの、おばあちゃんのおばあちゃんが同じ人。

親戚とは言い難い。
でも、赤の他人とも言いにくい。

そんな複雑な、でも単純な家庭環境だった。

*****

僕と一緒にいた、幼なじみの女の子がいなくなる。

と聞いた僕は、呆然としていた。
その日は、その後、何をしたか全く覚えていなかった。

気が付いたら、家に戻っていて、ずっと泣いていたと思う。

*****

僕と幼なじみの女の子は、一人っ子同士。
兄弟姉妹はいない。
出産を契機に、先生を辞めてしまったお母さんに色々なことを教えてもらっていた。
幼なじみの女の子と一緒に…

幼なじみの女の子のお母さんは、先生を辞めずに休暇(産前産後休暇+育児休業+…)で乗り切ったらしい。
僕が小学校に入学するときは、教育委員会勤務だったらしい(教育委員会事務局の総務課)

幼なじみの女の子のお父さんは、僕のお母さんと同じ学校の先生だった。
僕が小学校に入学するときは、教育委員会勤務だったらしい(教育委員会事務局の教職員人事課)。

僕のお父さんは、最初は会社で教育係をしていたらしい(人事部門の教育担当課長)。
僕が小学校に入学する前の年にあった、小学校校長の公募で採用され、校長先生になった。

*****

幼なじみの女の子の引っ越しは、間近に迫っていた。

お母さんにそのことを聞いても、お父さんにそのことを聞いても、どちらもニコニコしているだけで、どこに引っ越すのか、連絡先は、どうしたらまた会えるのか、何も教えてもらえなかった。

隣に住んでいる幼なじみの女の子のお父さんとお母さんに行っても同じ。
ニコニコしているだけ。

幼なじみの女の子は、黙って僕を見ているだけ。
同じことを女の子に聞いても、黙っているし。

学校の先生に聞いても、話せない。
両親から口止めされていると言うばかり。

引っ越すということだから、お別れ会とかをクラスでするものだろうと思っていたけど、そんな様子もない。
不思議に思っていたけど、クラスの女子も男子も何も言わない。
疑問をぶつけても、ニヤニヤ、ニコニコしているだけ。

時折、だれかが、「それは…」と、話してくれる同級生が現れると、その周囲の同級生などがその同級生を連れ去ってしまう。

明日が引っ越しの日。

引っ越しの前日に、幼なじみの女の子とその両親が引っ越しの挨拶に来るという。
その挨拶が、引っ越し前の挨拶。隣に住んでいる家族としての最後の挨拶だと言う。

家のインターホンが鳴った。
挨拶に来たんだ。

どうしよう。
なんだか分からないけど、ここで幼なじみの女の子がいなくなってしまうと、ダメになってしまうような気がした。
何か、何か言わないと…

*****

インターホンに出たお母さんが、お父さんに、お隣さんが来たわ。
みんなで、今日までお隣さんだった家族に挨拶しましょう…と言った。

時間がない。
まだ、何も考えていない。
でも、このまま、一緒じゃなくなっちゃうのは嫌だ。

ドアが開き、幼なじみの女の子とそのお母さんとお父さんが玄関に入ってきた。
お隣さん3人と僕のお母さんとお父さんが挨拶していた。
僕は何も考えられないまま、反射的に挨拶した。

いくつかの言葉のやり取りがあった後、お母さんが言った。

「最後に何か言うことはないの?」

「………」

「このまま、何も言わずに引っ越しをしていなくなっても、後悔しない?」

「…あ」

一瞬、頭をよぎったものがあった。
僕が幼稚園児だった時に、お母さんに「先生のことが好きになった」と言ったら「もう大人ね。」と返されたときのこと。
その時に、幼なじみの女の子は、隣でため息をしていた。

あのため息は、なんだったのだろう。
先生を好きになったから、ため息?
大人だから、ため息?
なんだろう。

そんな疑問と共に出た声がこれ

「ま、まって…。僕。先生が好きなんだ。僕と一緒に先生になって。ずっと一緒にいて。」

静寂がその場を包む。

僕のお母さんが、

「ぷっ」

と噴き出すと同時に、僕のお母さんとお父さん、幼なじみの女の子のお母さんとお父さんは、大笑いし始めた。

何で、みんな大笑いしているの?と疑問形で両親たちを見ていたが、
ふと、幼なじみの女の子を見ると、顔が真っ赤だった。

どうしたの?と聞こうとした、その時に僕に幼なじみの女の子が抱き着いてきた。

その時に、幼なじみの女の子は何も言わなかった。

*****

結局、クラスでお別れ会をしなかったのは、引っ越しをしても転校しなかったためらしい。
その事は、なぜかみんな知っていて、みんな、僕には黙っていたらしい。

なぜ?

しかも、挨拶の内容がみんなにばれていて、クラスの女子も男子も、僕と幼なじみの女の子は、婚約者同士。プロポーズは両親の前で、しかも、その場で勝ち取ったとか、訳の分からないことを言っていた。

うかつにも、その挨拶の内容を正確に覚えていなかった僕は、それを否定するたびに、幼なじみの女の子からため息とともに怒られていた。

*****

中学校、高校、大学。
幼なじみの女の子とは、ずっと一緒だった。

大学では、先生になるための勉強を一緒にやり、母校で同じ小学校に教員実習に行った。

いつでも、どこでも一緒だった。

*****

2人の両親の実家がある場所に2人の住まいを持つことにした時には、遠戚なのに、2人の両親の親戚一同で土地も家屋も全部もらってしまった。
その影響か、僕たちの両親だけではなく、親戚も年に何回か地域の集まりに参加するようになってしまい、少なくない人数の親戚がこの地に集まり始めた。

*****

周囲からは、中学生の時にプロポーズ、女の子もOK、両親からの了承済み、あとは、結婚式だけ…と言われていたけど、あの言葉だけだと、薄っぺらい気がしていたので、あらためてプロポーズをした。

「君が好きだ。昔から。」

「知っていたわ。私は、生まれた時から好きだった。でも、先生の方が好きなんじゃない?」

「その理由は、知っているだろ。何度も言わせるなよ。」

「でも、もう一度聞きたいわ。」

「あー、小さなとき、"先生という人の雰囲気"が好きだった。それは、お袋と似た雰囲気を持っていたから。だから、新しい先生と出会うたびに、新しい先生が好きになった。先生という人を好きになったのではなく、その雰囲気が好きだった。君は、小さなお母さんだった。お袋と似た雰囲気を持っていた。先生ではなかったけど、いつも一緒にいてくれて、いつも安心していた。気が付かなかったけど、好きだった。引っ越していなくなると分かったとたん、大人だったらいつまでも一緒にいてくれると思って、親父がお袋にいつも言っていた”いつまでも一緒だ”のお袋の答え”ずっと一緒に”を言ってしまっていた。今、思えば、必死のプロポーズに聞こえなくもない…。もういいだろう。恥ずかしいのだから。」

「マザコンねぇ~。私も、お母さん好きだから納得するけど。」

*****

こうして、生まれた時から一緒だった2人は先生になり、結婚し、子どもも生まれ、孫も生まれ、住んでいる地域には、遠縁だった親戚がぞくぞくと引っ越してきて、奇妙な集団を作ったり、実家筋(直系)の親戚が商売を始めて、それが当たり、大企業になったり。
いろいろなことがあった。

今は、先生も定年退職。
でも、2人とも元気。

明日も晴れそうだ。
明日の地域の体育祭の挨拶は、あれでいこう。
きっと、みんな喜んでくれるはず。


***
”小説家になろう”にも投稿しています。
(投稿日 2016年 08月21日 15時49分
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