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しおりを挟むカシャカシャと心地好いシザーの音に合わせて、黒髪が床に落ちる。
カットチェアに座り、クロスを巻かれた壱弥がもぞもぞと身体を動かす。
「こら。動くなって何回言わせる」
「さっき食べたやつ、もうひとつ欲しい」
「……響。お前のボディーガードは小学生なの?」
クロスから手を出しマカロンを指さす壱弥に、高岡 美琴はカットの手を止め、責めるように響を見た。
響はその視線から逃げるように立ち上がり、カラフルな菓子が並ぶ箱を取る。
「壱弥、なんの味がいい?」
チョコレート、ピスタチオ、イチゴ、ラズベリー……いくつかのフレーバーを聞かせると、「チョコ!」と元気な声が返ってくる。
「訂正。お前のボディーガードは幼稚園児なの?」
鼻から息を漏らして言う美琴に「遠からず」と答えて、響はガナッシュショコラのマカロンを壱弥に渡した。
青山の一等地にあるヘアサロンの二階。
十数席ある通常店舗の一階に対し、二階部分はプライベートサロンになっている為、この部屋にはヘアカットされている壱弥と、それが終わるのを待つ響、そしてこの店のオーナースタイリストである美琴しかいない。
腰辺りまである艶やかな黒髪を一つにまとめ、本革のシザーケースを巻く彼女は、響の古くからの友人で、英司の姉でもある。
美琴は響が気の許せる数少ないアルファだ。
男勝りの勝ち気な性格で、英司の何倍も頭も口も回る上、各種格闘技の優勝トロフィーコレクター。同性のオメガと長年の交際を経て、昨年番い、結婚した。いろんな意味で最強のやり手だ。
壱弥を仮採用した日から、二週間が経っていた。
専門業者に依頼して、彼の簡単な身辺調査をしてもらったけれど、十歳から十五歳までを児童養護施設で過ごしていたという記録以外、多くの期間が空白(不明・経歴辿れず)という結果だった。
今現在において、壱弥がヤクザやマフィといった反社会的勢力に属していなければ特に問題はないと思っていたので、――それについては否定できる調査結果だった――壱弥はUniteWaveの三人目の社員として、今日までの二週間を過ごしている。
この二週間で彼と響に起きた変化といえば、まず壱弥は、仕事と住居と名刺を手に入れ、今日は人生初となるマカロンの味を知り、同じく人生初のヘアサロン体験をしている。
そして響は、BGを一人雇い、オフィスの一角にそのBGを住まわせることになり、さらにそのBGにマカロンを餌付けしている。
壱弥は前職(調査結果によると、肉体労働系の日払いバイトとのこと)を辞めたばかりで、仕事と共に住居も探していた。
確かに響達のオフィスは、スタッフ二人で使うには十分なスペースがある。スタッフが三人になったところで問題ない。けれど、その内の一人が生活するとなると、それはどうだろう?
響はそう苦言を呈したのだけれど、英司の「デスクを応接スペースに移動すれば一部屋空くだろ」の一言で、数日前からカッシーナのデスクがあった部屋には壱弥用のベッドが置かれている。
響の悪友は、壱弥と、それに関わる響もセットで、この二週間を楽しんでいる。存分に。
「それで、明日がイチのボディーガード初仕事?」
美琴と壱弥は今日が初対面だが、すでに力関係が成立しており、美琴は当たり前のように「イチ」呼びだ。
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