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「一条さん、今日も相変わらず素敵ですね。また一条さんに会えるのを心待ちにしてました」
 宮下が強引に響の手を取り、意味のない、無駄に長い握手と賛辞を続ける。
 じっとりと湿度を感じるような宮下の視線に、本能的な嫌悪感が背中を走った。
 響は不快感が表情に表れないよう努めながら、その手を穏やかに、けれどキッパリと振りほどいた。
 宮下は特に気にする様子もなく、響へ笑いかける。
「一条さんの貴重なお時間を頂いてしまったお詫びに、今夜食事でもどうですか?ご馳走します。恵比寿に美味い熟成肉を出す店があって――」
「宮下さん」
 響より数秒早く、言葉を遮ったのは壱弥だった。
 宮下の笑顔が一瞬で引き、眉と口角がピクリと動く。
「……こちらは?」
 壱弥に向けた視線をまた響に戻し、堅い表情と声で宮下が言う。
「ああ、すみません。ご紹介が遅れました。ええと……」
 急な壱弥の介入に戸惑う響の横で、壱弥が静かに立ち上がった。
「初めまして。灰藤です。響さんのアシスタント兼、ボディーガードを務めております」
 綺麗な角度で会釈し、内ポケットから革の名刺ケースを取り出す。
 怪訝な顔をしていた宮下も、ビジネスマンの慣習に従い名刺を出した。
 壱弥はしっかり自分のケースの上に名刺を置き、さりげなく宮下のものより低い位置にしている。
 スムーズに交換を終え、「本日から、よろしくお願いします」と壱弥が再び頭を下げた。
 響は内心で驚く。
 名刺が届いた時に、軽く交換時のやり方は教えていたけれど。 
 小森への壱弥の紹介は、名刺の受け渡しを含め、響が流れで済ませていたから、こんなにも完璧なマナーを身につけているとは知らなかった。
 きっと宮下も小森も、これが壱弥の人生初めての名刺交換だったとは思いもしないだろう。
「一条さん、ボディーガードを雇われたんですか」
 向かいの席に腰を下ろした宮下が尋ねてくる。
「ええ。実は先日の地下鉄集団ヒート事件に、僕も居合わせてしまって。コンペで露出も増えますし、当面の間警護を付けようかと」
「……あの現場に……?」
 響の言葉に、宮下が目を見張った。息を詰めた彼の表情には、明らかな緊張が滲んでいる。
 あの事件に巻き込まれたと言うと皆驚くが、宮下の反応は違和感を覚えるほど過敏だった。
「……宮下さん?」
「――あ、ああ……それは、……大変でしたね」
 宮下は目を泳がせ、コーヒーを飲んだ。水のように一気に。カップをソーサーに戻した手は、ソワソワと落ち着きなく自分の腕時計を撫で続けている。
「では、時間も過ぎてますし、早速打ち合わせを始めましょうか」
 固い笑顔で、唐突に宮下が言った。
 突然の会話の切り替えに、響はもちろん、小森も驚いた顔になる。
 それでも、確かに時間は押しているし、あまり雑談を続けるとこの後のスケジュールに影響が出てしまう。
 宮下の変化は気になったものの、そのまま打ち合わせを開始することにした。
 結局、位置情報改善に効果的な案をいくつかピックアップし、コストや納品期間を含め、最も適した方法を改めて検討する、ということで話はまとまった。
 宮下はいつもなら、打ち合わせ後も響を引き留めようとするのだが、この日はあっさり解散となった。
「あの宮下って、どんな人?」
 地下駐車場のポルシェに戻り、壱弥がバックミラー越しに響に視線を向けた。
 静かに滑るように走り出した車内で、響は知っている範囲で宮下のことを説明する。
 話を聞き終えると、壱弥は前方を見ながら眉を寄せた。
「……あの人、あの地下鉄にいたオメガと、同じ匂いがした」
「……ヒート事件の?」
 驚く響に、壱弥が頷く。
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