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2.壊れた彼女
しおりを挟むあの日、シャノンに何を聞いても納得できる話は聞けなかった。
シャルロッテはどうしたのか?
何故婚約者が変わったのか?
シャノンの話は信憑性の薄い話ばかり。
そして、シャルロッテの妹だという女性は、俺が侯爵家の者だと知って何度も絡みつくような視線を送ってきた。
寒気がする。
俺は舞踏会から帰ってすぐ、ソレイクス伯爵家の調査を命じた。
我が侯爵家は外交で長年王家を支えてきた家門。
それ故、抱えている諜報員も多く、情報収集は得意分野だ。
俺は届いた調査書を見て愕然とした。
パメラや使用人への度重なる暴言や暴力に困ったソレイクス伯爵が、厳格な教育で知られる矯正施設にシャルロッテを入れたことになっていた。
しかし、それは表向きの話。彼女は秘密裏に精神病患者専門のサナトリウムに送られ幽閉されているとの報告だった。
俺は直ぐにそのサナトリウムに向かった。
まるで人目から隠れるようにひっそりと佇む古びた建物。
白い外観で、建物を囲む塀も門も無い。とても高位の貴族令嬢が入るような場所には見えなかった。
本当にこんな場所にシャルロッテが……?
警備員も居ないその建物の中には、何人かの看護師と下働きの女性がいるだけだ。
ソレイクス伯爵が大切な娘をこんな場所に入れたのか?
調査書にも、このサナトリウムに家族が面会に訪れた事はないと書いてあった。
詰所にいた女性に面会を申し出ると、面倒くさそうな顔をされたが、すんなりと病棟に通された。
ギイッ、ギイッ
古い木造の建物は歩くたびに床が軋み耳障りな音が響く。
ベージュのワンピースに白いエプロンを着けた年配の女性は、慣れた様子で腐って捲れた床板を避けて歩いていた。
シャルロッテはどんな待遇でここに居るんだ?
きちんと食事は出るのか?
まともな治療は受けられているのか?
そんな事すら心配になるような場所。
そして、案内されたのは一番奥の部屋。
そこに真っ白な服を着たシャルロッテが窓の外を見ながら、歌を口ずさんでいた。
ほっそりとした頬。手入れなどされた様子のない伸ばしっぱなしの髪は一つに束ねサイドに流してあった。
「シャル……?」
「~~♪♪♪~~♪♪~~。」
彼女は窓の外を見たままで、俺の呼び掛けに反応すること無く、小さな掠れるような声で歌い続ける。
俺はシャルに近づいて、彼女にもう一度ゆっくりと呼び掛けてみた。
「シャル、覚えてる?アルヴィン・サンチェスカだ。君は小さな頃アルって呼んでくれたよね?」
「……ア……ル……?」
ゆっくりと振り向いた彼女は綺麗なエメラルドブルーの瞳で俺の方をじっと見つめた。
そしてゆっくり首を傾げると、再び窓の外を向いて歌を歌い始める。
俺の名前を聞いても、
俺の顔を見ても、
彼女の表情にはなんの色も浮かばない。
まるで、俺の事なんて忘れたみたいなシャルロッテの態度。
シャルロッテの明るい弾けるような笑顔は欠片も見当たらない。
幼い頃の彼女の面影が残る透き通るようなエメラルドブルーの瞳は、感情のない人形のようで……。
俺はこのサナトリウムの責任者に充分な額の金を渡してシャルロッテを連れ出した。
こんな場所にシャルロッテを置いていけない。
痩せてしまったシャル。感情を無くしてしまった彼女の、あの眩しい、弾けるような笑顔を、もう一度取り戻したくて……。
ここを出ることを伝えるとシャルロッテはおとなしくついてきた。反抗するなんて感情は欠落してるみたいだった。
馬車に乗って暫くは落ち着かない様子だったが、今はうとうとと俺の隣で微睡んでいる。
痩せてしまって顔色も悪い。元々透き通るような白い肌だったけれど、今では更に儚くて、今にも生きることを止めてしまいそうに見えた。
「此処から道路が舗装されていないので、少し揺れます。」
馬車が止まり、御者から何かに捕まるように声を掛けられた。気持ちよく眠っているシャルロッテを起こすのは忍びないが勝手に身体を触るのは憚れた。
「シャル、すまない、起きてくれないか?」
「……?」
「ここからの道は揺れるそうだ。ここに掴まって?」
「……?」
言葉が理解出来ないのか、シャルロッテは動かずにじぃっと俺を見つめるばかりで……。
「ごめんな。触るよ。」
シャルの肩をそっと抱き寄せた。細くて、俺に触られて怖いのか、カタカタ震える彼女の青ざめた顔を見ていた。
思ったよりも馬車は大きく揺れて、彼女が壁や天井に頭をぶつけないようしっかりと支えながら、これからの事を考えていた。
俺に触られただけで震える彼女がただ悲しくて……。
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