4 / 19
4.退行
しおりを挟む「今日からここの部屋を使って。」
「……。」
シャルロッテは一言も話さず無表情のまま。
俺の言葉に反応することはなかったが、軽く背中を押すとおとなしく部屋に入ってくれた。
「アニー、シャルロッテを頼む。何も反応が無いんだ。言葉の意味は理解しているようなんだけど……。」
「はい。畏まりました。」
アニーはこの屋敷に長く勤めていて、幼い頃のシャルロッテの事も知っていた。
久しぶりにみたシャルロッテの窶れた様子にアニーは痛ましそうな視線を向けたが、すぐにプロとしての表情を取り戻した。
「さあさあ、シャルロッテ様。まずはさっぱりいたしましょ。」
アニーは彼女を風呂に入れて髪を整え、ゆったりしたワンピースを着せてくれた。そのてきぱきとした仕事ぶりに、シャルロッテは黙って身を任せているようだ。
侍医の診察で、シャルロッテの身体や脳に損傷があるわけでは無いことが分かった。彼女が話さないのは、心を閉ざしてしまったかららしい。人は受け止めきれないストレスに晒されると、幼児期のような行動に戻ることがあるそうだ。
「ゆっくりと生活してれば、少しずつ普通の生活は出来るようになります。あまり無理には全てを思い出させないでください。」
侍医はそう言って精神安定剤と睡眠薬を処方してくれた。
侍医の言う通り、彼女は幼児のような行動をとる。
食事は手掴みで食べて、着替え方も分からない。
身の回りのことはほとんど出来なくて、アニーは付きっきりで彼女の世話をしてくれた。
その夜、シャルロッテは夜になってもなかなか眠れないらしく、バルコニーに出て静かに夜空を見上げていた。慣れない場所に来て、不安なのかもしれない。
アニーに身体を洗われ髪を梳かれた彼女は、月明かりの中儚くて、美しくて、今にも消えてしまいそうで……。
「シャル?何か思い出したのか?」
飛び降りてしまわないか心配で、俺もバルコニーへ出て彼女のそばに近寄っていった。
「……。」
「月が明るい……な。」
慰めたくて傍に行っても、シャルロッテは俺が見えて居ないように振る舞う。
俺の言葉は彼女の心に届いていないみたいに感じて……感情を無くした彼女の瞳を見て心が折れそうになる。
もう、あのシャルの弾けるような笑顔は見れないのかもしれない……。
「シャル、大丈夫だよ。苦しい事は終わったんだ。」
理解していないのだろう。俺の言葉は彼女に届かず宙に浮かんだまま。
それでも、俺は何とか彼女を元気づける言葉を探すように喋り続けた。
「もう怖くないよ。」
「ここにはシャルを傷付ける人は居ない。」
「安心して、ゆっくり眠っていいんだ。」
なんて薄っぺらい言葉だろう。
俺は彼女が何が不安で何が怖いのか、どうしてそんなに傷付いてしまったのか何も知らない。
だからこんな事しか言えない。
そんな自分がただ悔しかった。
俺の隣で彼女のエメラルドの瞳は、真っ黒な夜を映していた。
「もう大丈夫。ずっとそばにいるから。」
もう掛ける言葉が無くなった俺は、無言で付き添うことにした。夜の静寂の中、穏やかな時間が流れる。
それから俺は時間の許す限り、シャルロッテのそばにいるようにした。
初めてこの家に来た日は一口も食べようとしなかったから俺が手ずから食べさせた。
「大丈夫だよ。ほら美味しいから食べてごらん?」
まるで、怯えるように恐る恐る口を開ける。
その後も食べては吐くの繰り返しで……。
漸くちゃんと食事を食べてくれるようになっても、食べ方は忘れたようだった。熱い物でも構わず彼女は手掴みで食べようとする。手で持って食べやすい物を用意して貰い、彼女は少しずつ食欲を回復させていった。
☆
父と母にはシャルロッテの滞在の許可は得ていた。
幼い頃からシャルロッテのことを知っている母は大歓迎していたが、父はシャルロッテの滞在に難色を示した。
双方とも適齢期の独身の男女。同じ屋敷に住むのはまずいという理由だ。
「すみません。もう暫く時間をください。」
「分かっている。あのような状態の少女に無理はさせられないからな。」
俺が王都に戻って来たのは、結婚相手を探すためでもある。もし俺に別の婚約者が出来た場合、シャルロッテが同じ屋敷に住んでいるのは嫌だろう。
けれど俺は、別の相手など探すつもりは無かった。
一度は諦めた恋。
俺はもう二度とシャルロッテを離さない。彼女にずっと寄り添っていこうと決めていた。
例え、彼女が笑顔を取り戻せなくても……。
☆
父と話をした後、俺はソレイクス伯爵家に関する報告書を読んで、侍従に指示を出した。
「ソレイクス前伯爵夫人が亡くなった後に使用人が何人も辞めているな……。この辞めた使用人たちの居場所を探せないか?それと、金の流れも調べられるだけ調べておいてくれ。」
「はい。」
「それと、ルファリオ子爵家にこの書簡を届けてくれ。」
「ルファリオ子爵家?」
「ああ、よろしく頼む。」
50
あなたにおすすめの小説
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
婚約者を取り替えて欲しいと妹に言われました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ポーレット伯爵家の一人娘レティシア。レティシアの母が亡くなってすぐに父は後妻と娘ヘザーを屋敷に迎え入れた。
将来伯爵家を継ぐことになっているレティシアに、縁談が持ち上がる。相手は伯爵家の次男ジョナス。美しい青年ジョナスは顔合わせの日にヘザーを見て顔を赤くする。
レティシアとジョナスの縁談は一旦まとまったが、男爵との縁談を嫌がったヘザーのため義母が婚約者の交換を提案する……。
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する
紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。
私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。
その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。
完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる