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11.決断
しおりを挟む夜明け前の散歩はずっと続いていた。 仕事に行く前のささやかな楽しみだ。
初めは手を繋が無いと不安で歩けなかった彼女だったが、今では一人で歩けるし、たどたどしいが会話も長く続けられるようになっていた。
ミアが来てからシャルの回復スピードもあがったと思う。
シャルの瞳には理知的な光が戻りつつあった。
「朝の澄んだ空気……アルヴィン様の目……みたいな……色。」
「俺の?」
「濃くて深い蒼。私……好き。」
「……そうか……。」
「アルヴィン様、ありがとう……アルヴィン様が……いて……良かった……。」
シャルは伯爵家で何をされたのか、話す事は無い。俺も聞きたいとは思わなかった。
「シャル……君はこの後どうしたい?」
「……あの家……戻るの怖い……。どこかで働く……メイド……になる。」
シャルロッテはうちを出た後の事をちゃんと考えていたらしい。俺に紹介状が欲しいのだと言ってきた。
貴族の屋敷に働くには紹介状が不可欠だから、と……。
「……シャル、俺の事……どう……思う?」
「……?……親切で優しい……。」
「男としては?」
「男と……して?」
「そう、俺は結婚相手としてはどう?」
「……結婚……相手?」
突然「結婚相手としてどう?」なんて聞かれて、彼女は戸惑っているようだった。
視線を宙に彷徨わせ、深く考える。
「ねえ、シャル。俺はずっとシャルの事が好きだったよ。俺、シャルと結婚したいんだ……。だけど……。」
「……?」
シャルは不安そうに俺の顔をじっと見つめた。俺の告白をどう感じているのだろう。エメラルドブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れていた。
「……俺と結婚すると苦労も多いと思う。俺はこれからも外交官として他国へ行くことも多い。結婚したら妻として同伴してもらう機会も増える。そうなると、シャルに語学を学んでもらわなきゃいけないんだ。やっと少し回復してきたばかりのシャルには辛いかもしれない。母だって次期侯爵夫人として、厳しく君を教育することになるだろう……。」
俺と婚約した後、シャルが背負う事になる苦労を正直に話す事にした。やっと回復したばかりのシャルには酷なのかもしれない。だけど、黙ったまま、『好き』って感情だけで恋人になって、後悔させたくなかった。
「苦労させるかもしれないけど、それでも俺はシャルと結婚したい。」
「私が……アルヴィン様の奥さんに……?」
「そう、俺の奥さん。」
シャルは決意したようにきゅっと口を引き結び、少し頷くと、強い目で俺を見上げた。
「アルヴィン様と……結婚したい。私も……すき。語学も、侯爵夫人の勉強……も、頑張る。」
「本当に?……シャル……いいの?大変だよ?」
「私……も、アルのため……に、頑張り……たい。嬉し……いの。」
シャルは俺を見上げて晴れやかに笑う。それは雲の中から太陽が姿を表したみたいに眩しくて……。俺は、きゅうっと目を細めた。
ああ、そうだ。シャルはいつもこんな風だった。俺が初めて恋した少女はいつもこんな眩しい笑顔を向けてくれてたんだ。
いつもどこか不安げだったシャルの表情が変わって、瞳に強い光が見える。
俺はシャルの手を取り、そっと甲に口づけた。
少し赤くなったシャルは、それでも目を反らさず俺を見つめ返してくれる。彼女の瞳にはきちんと俺が映っていた。
俺にはもう時間が無かった。婚約者でも無いシャルロッテを屋敷に滞在させるのは限界だと父に言われていた。
もし、シャルロッテが俺との結婚を嫌がった場合、屋敷に長期間独身女性を滞在させると、俺の婚約者になった女性がシャルロッテの存在を気にするだろうと言われた。
やっと回復してきた彼女に今から侯爵夫人としての勉強や、婚約準備などの負担を強いたく無かった。
だけど、どうしても彼女以外の女性と結婚などしたく無くて……。
「私、……こんな話し方……してちゃダメだね。直さなきゃ……。」
俺の手を握ったまま、腕に額を押し付けてシャルが小さく呟いた。
「シャル……辛かったら俺に言って。俺、絶対に助けるから……。」
「うん。アル……大好き。」
「俺も。」
シャルロッテが俺の求婚を受け入れてくれた。だからこれからは侯爵夫人教育という名目で屋敷に滞在すればいい。それなら、父も納得するだろう。
俺は、シャルを抱きしめるのに躊躇して、背中に回しそびれた手を握りしめていた。
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