初恋の人が妹に婚約者を奪われたそうです。

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7.夜明け前の散歩

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「シャルロッテ様は夜明け前に目が覚めるようで、いつも窓の外を見ているのですが、悪い気を起こさないか心配で……。」

 シャルロッテの世話を頼んだ侍女のアニーがそんな事を言うから、俺も心配になって、夜明け前の庭園を散歩することにした。

 夜明け前の空気はひんやりとしていて、シャルロッテの頬を優しく撫でる。

 最近分かったことだが、彼女は外に出るとき、手を繋ぎたがる。まるで幼い子供のように。

  朝露で濡れた地面を踏むたびに土の匂いがする。シャルロッテの歩幅に合わせてゆっくりと薄暗い庭園をあるいた。

 話をしても一方的で、俺の声が彼女に届いているのかは分からない。
 それでも彼女が笑顔を見たくて、会わなかった間の話をした。
 留学先で驚いた話や、俺の失敗談。俺は相変わらず、シャルロッテの前ではおどけてしまう。

「あっ、シャルは覚えてる?俺、草笛練習してただろ?」

 屈んで、音が出そうな葉を探した。あの頃は直ぐに葉っぱなんて見つかったのに、こうやって探してみるとなかなか見つからない。

「あっ。これなら鳴らせるかな?」

 久しぶりに吹いた草笛はヒョロヒョロとか弱い音で、下唇に付けた葉っぱから青臭い匂いがした。

「俺、下手になってるな。もう一回……。……くそぉ……。」

「ふふっ。」

ーー聞き違いかと思った。

 だけど、振り返ったシャルロッテは昔のように笑ってた。

 両手を揃えて口を覆う、その癖は昔のままで……。ほっそりと細い指だけが、今の彼女を映していた。

 彼女の美しく整った顔は、見ようによってはすまして見える。それが笑うと、ふわりと花が綻ぶように柔らかい雰囲気になるんだ。その瞬間が大好きだった。

「俺……その笑顔が見たくて……。」  

 ずっと見たかったんだ。
 想いがーー溢れてしまう。

 泣き笑いみたいになった俺の顔はきっと情けない。シャルロッテはそんな俺を、少しきょとんとした笑顔で見ていた。

「アル……?」

 そーっと伸ばされた指は俺の頬を掠めた。

 俺は柄にもなく、その手を握って泣き顔を隠すように俯いた。






 その日からシャルロッテは少しずつ表情を取り戻していった。一言、二言なら返事もしてくれるようになって俺はそれが嬉しくて……。

 ゆっくりと、ゆっくりと、シャルロッテの傷が癒えていくようだった。







「シャル、君に会わせたい人がいるんだ……。」

「……はい……。だれ?」

「ミアって、覚えてる。君の専属侍女だった人だよ。」

 俺も知っている。シャルの侍女だ。けれどその名前を聞いた途端、彼女の瞳は悲しげに揺れた。

「うん……。ミア……怒って……ない?」

「とんでもない。ミアはね、君を残して屋敷を辞めた事をずっと後悔してたんだ。」

 シャルロッテの目がみるみる潤んで涙が零れ落ちる。

 彼女は両手で顔を覆ってその場に泣き崩れてしまった。
 
「……だ、だって……私のせいで……あんな目に……。結婚するって……なのに……。」

 嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れに話す声は震えていて……。
 
「君にもう一度仕えたいんだって。アニーとミアが君の侍女になるよ。」

「は、はい。」

 ボロボロ泣きながら、シャルロッテは何度も頷いた。

「シャルロッテお嬢様……。」

 ミアがその場に姿を表すと、シャルロッテは彼女の足元に縋りついた。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……。」

 それは、まるで罪人が懺悔するみたいな光景で……。

 主として、ミアを守れなかった後悔が彼女を苛む。
 あの時のシャルロッテには何も出来なかっただろう。そんな力なんて彼女には無かった。

 それでも、彼女はミアに許しを乞う。ずっと責任を感じて胸を痛めていたのだ。そんなシャルロッテの姿が痛ましくて、胸が締め付けられた。


 そしてそれはミアも同じで……。仕える者として主を置いて屋敷を出た事をずっと悔やんでいたのだ。

 ミアは自分に縋りつくシャルロッテを抱きしめて、彼女を最後まで守れなかった事を謝った。

「申し訳ありませんでした。シャルロッテお嬢様だけをあの屋敷に残してしまって……。」

 抱き合って泣く二人の肩に静かに手を置いた。
 屋敷で何があったのか、だいたい調べはついた。
 もう、あいつらに好き勝手はさせない。

「俺が守るよ。二人がいつまでも主従でいられるように。だからもう泣き止んで。悪夢は終わったんだ。」

 俺はこの二人が屈託なく笑える日を早く取り戻してやりたいと思った。
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