初恋の人が妹に婚約者を奪われたそうです。

文字の大きさ
7 / 19

7.夜明け前の散歩

しおりを挟む


「シャルロッテ様は夜明け前に目が覚めるようで、いつも窓の外を見ているのですが、悪い気を起こさないか心配で……。」

 シャルロッテの世話を頼んだ侍女のアニーがそんな事を言うから、俺も心配になって、夜明け前の庭園を散歩することにした。

 夜明け前の空気はひんやりとしていて、シャルロッテの頬を優しく撫でる。

 最近分かったことだが、彼女は外に出るとき、手を繋ぎたがる。まるで幼い子供のように。

  朝露で濡れた地面を踏むたびに土の匂いがする。シャルロッテの歩幅に合わせてゆっくりと薄暗い庭園をあるいた。

 話をしても一方的で、俺の声が彼女に届いているのかは分からない。
 それでも彼女が笑顔を見たくて、会わなかった間の話をした。
 留学先で驚いた話や、俺の失敗談。俺は相変わらず、シャルロッテの前ではおどけてしまう。

「あっ、シャルは覚えてる?俺、草笛練習してただろ?」

 屈んで、音が出そうな葉を探した。あの頃は直ぐに葉っぱなんて見つかったのに、こうやって探してみるとなかなか見つからない。

「あっ。これなら鳴らせるかな?」

 久しぶりに吹いた草笛はヒョロヒョロとか弱い音で、下唇に付けた葉っぱから青臭い匂いがした。

「俺、下手になってるな。もう一回……。……くそぉ……。」

「ふふっ。」

ーー聞き違いかと思った。

 だけど、振り返ったシャルロッテは昔のように笑ってた。

 両手を揃えて口を覆う、その癖は昔のままで……。ほっそりと細い指だけが、今の彼女を映していた。

 彼女の美しく整った顔は、見ようによってはすまして見える。それが笑うと、ふわりと花が綻ぶように柔らかい雰囲気になるんだ。その瞬間が大好きだった。

「俺……その笑顔が見たくて……。」  

 ずっと見たかったんだ。
 想いがーー溢れてしまう。

 泣き笑いみたいになった俺の顔はきっと情けない。シャルロッテはそんな俺を、少しきょとんとした笑顔で見ていた。

「アル……?」

 そーっと伸ばされた指は俺の頬を掠めた。

 俺は柄にもなく、その手を握って泣き顔を隠すように俯いた。






 その日からシャルロッテは少しずつ表情を取り戻していった。一言、二言なら返事もしてくれるようになって俺はそれが嬉しくて……。

 ゆっくりと、ゆっくりと、シャルロッテの傷が癒えていくようだった。







「シャル、君に会わせたい人がいるんだ……。」

「……はい……。だれ?」

「ミアって、覚えてる。君の専属侍女だった人だよ。」

 俺も知っている。シャルの侍女だ。けれどその名前を聞いた途端、彼女の瞳は悲しげに揺れた。

「うん……。ミア……怒って……ない?」

「とんでもない。ミアはね、君を残して屋敷を辞めた事をずっと後悔してたんだ。」

 シャルロッテの目がみるみる潤んで涙が零れ落ちる。

 彼女は両手で顔を覆ってその場に泣き崩れてしまった。
 
「……だ、だって……私のせいで……あんな目に……。結婚するって……なのに……。」

 嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れに話す声は震えていて……。
 
「君にもう一度仕えたいんだって。アニーとミアが君の侍女になるよ。」

「は、はい。」

 ボロボロ泣きながら、シャルロッテは何度も頷いた。

「シャルロッテお嬢様……。」

 ミアがその場に姿を表すと、シャルロッテは彼女の足元に縋りついた。

「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……。」

 それは、まるで罪人が懺悔するみたいな光景で……。

 主として、ミアを守れなかった後悔が彼女を苛む。
 あの時のシャルロッテには何も出来なかっただろう。そんな力なんて彼女には無かった。

 それでも、彼女はミアに許しを乞う。ずっと責任を感じて胸を痛めていたのだ。そんなシャルロッテの姿が痛ましくて、胸が締め付けられた。


 そしてそれはミアも同じで……。仕える者として主を置いて屋敷を出た事をずっと悔やんでいたのだ。

 ミアは自分に縋りつくシャルロッテを抱きしめて、彼女を最後まで守れなかった事を謝った。

「申し訳ありませんでした。シャルロッテお嬢様だけをあの屋敷に残してしまって……。」

 抱き合って泣く二人の肩に静かに手を置いた。
 屋敷で何があったのか、だいたい調べはついた。
 もう、あいつらに好き勝手はさせない。

「俺が守るよ。二人がいつまでも主従でいられるように。だからもう泣き止んで。悪夢は終わったんだ。」

 俺はこの二人が屈託なく笑える日を早く取り戻してやりたいと思った。
しおりを挟む
感想 100

あなたにおすすめの小説

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

拾った指輪で公爵様の妻になりました

奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。 とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。 この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……? 「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」 公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

他の人を好きになったあなたを、私は愛することができません

天宮有
恋愛
 公爵令嬢の私シーラの婚約者レヴォク第二王子が、伯爵令嬢ソフィーを好きになった。    第三王子ゼロアから聞いていたけど、私はレヴォクを信じてしまった。  その結果レヴォクに協力した国王に冤罪をかけられて、私は婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。  追放された私は他国に行き、数日後ゼロアと再会する。  ゼロアは私を追放した国王を嫌い、国を捨てたようだ。  私はゼロアと新しい生活を送って――元婚約者レヴォクは、後悔することとなる。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...