初恋の人が妹に婚約者を奪われたそうです。

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13.夜会①

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 夜会には予定通り、サンチェスカ侯爵家との交流のある招待客たちが集まってきた。
 国内の有力貴族を集め、俺の婚約発表をするこの夜会には父も母も随分力を入れていた。

「大丈夫?」

 心配する俺を見上げてシャルはニッコリと微笑んだ。

「ええ、今日はアルの婚約者として立派に務めを果たしてみせるわ。」

 シャルの細い指が俺の手をギュッと握った。 








 俺は準備が出来たシャルを見て息を呑んだ。深い蒼のドレスにシルバーブロンドの髪はまるで夜明け前に二人で見た夜露のよう。
 清廉で、真っ直ぐなシャルによく似合う。
 母から渡されたのだろう。
 彼女は我が家に代々受け継がれてきたダイヤのパリュールを身に付けていた。
 控えめな色彩で統一された彼女の装いは、品よく纏まっていて、本来の美しさを際立たせていた。

「どう、見惚れてないでなんとか言いなさい。シャルちゃん、綺麗でしょ?」

「……ああ、ものすごく綺麗で……言葉がうまく出てこないよ。」

「まあ!この子ったら、照れちゃって。無理もないわ。シャルちゃんは、私の自慢の娘よ!」

 母はそう言ってシャルに悪戯っぽくウインクした後、父の元へと向かった。

「シャル……本当に綺麗だ。」

「アルも素敵よ。」

 少しふっくらとしてきた頬も、ピンクに色づいた唇も、成熟する前の女性の色気をほんのりと漂わせていた。夜会で大勢の男に見られるのが勿体ない。


「今日お集まりの皆様に、ご報告があります。長く留学していた我がサンチェスカ侯爵家の嫡男アルヴィンの婚約が漸く整いました。紹介します。シャルロッテ・ルファリオ子爵令嬢です。」

 父に紹介され、俺はシャルロッテをエスコートして大広間へと入場した。

 会場中の視線が一斉に集まる。
 そして、誰もが一目で彼女に心を奪われた。
 大袈裟ではない。本当に今日の彼女は凛としていて美しかった。
 顔の造形だけではない、その洗練された仕草が彼女を毅然とした女性に見せていた。

 貴族たちの嘆息の声が漏れる。

 久しぶりに着たドレスも高いヒールも辛いはずだ。けれど彼女は優雅な仕草で歩みを進め、会場にいる人たちを魅了した。



 会場を見渡すと、比較的目立つ場所にシャノンとパメラが並んでいるのが見えた。シャノンはただ驚いた表情。けれど、パメラはシャルの方を鋭く睨んでいた。

 その視線に晒されてもシャルは表情を変えることなく、堂々とした佇まいを崩す事はなかった。
 けれど隣に立つ俺は、彼女の身体が強張るのを感じて、腰に回した手をぐっと自分の方に引き寄せた。

「大丈夫だ。みんな……いるから。」

「はい。」

 この会場には、新しく我が侯爵家で働く事になったハリスンがいた。
 他にも、ミアをはじめとしてシャルロッテを庇ってソレイクス伯爵家を辞めさせられた使用人たちがこの夜会での給仕を担当している。

 ふと視線を移すと、ソレイクス伯爵と伯爵夫人もこちらを見ていた。伯爵夫人はシャルロッテを凝視し、伯爵は会場の入り口でコールマンを努めていたハリスンに気がつくと、訝しげに眉を歪めた。

 会場全体が祝福の空気に包まれる中、我を忘れたパメラが一人で俺たちの方へと早足で近づいてきた。 
 ルビーのネックレスにエメラルドのブローチ。真っ赤なドレスは金糸で全面に刺繍を施してある。
 全て高級品なのだろうが、彼女が身に付けると統一感が無くて下品に映った。
 こんな女性のどこにシャノンは惹かれたんだ?

「シャルロッテっ!!あんたがどうしてここにいるのよっ!!」

「私はアルの婚約者になったの。お母様の実家であるルファリオ子爵家との養子縁組も済んでいるわ。もう貴女方とは関わらないつもりよ。」

 シャルは落ち着いた口調で静かに話す。だけど、腰に回した手から彼女が小刻みに震えていることが伝わった。無理も無いと思う。俺はかつてのソレイクス伯爵家の使用人から、シャルは義母やパメラからひどい暴力を受けたと聞いている。

『無理しなくていい』と伝えるため、手にぐっと力を籠めた。

「シャルに何か用か?彼女は俺の婚約者なんだ。用件なら俺が聞こう。」

「あっ……ア、アルヴィン様。い、今怒ったのは違うの。シャルロッテはずっと私たち親子を虐めていたから……。アルヴィン様の婚約者には相応しく無いと思うの。」

「へぇー、彼女が君を?どういう事?」

 俺が話を聞いてくれると思ったのか、彼女は急に甘えた口調で話し始めた。しなりと身体をくねらせ、上目遣いで俺を見る。

 「実は私はずっとシャルロッテに虐められてきたの。彼女はすごく意地悪で……。シャルロッテには侯爵夫人なんてきっと務まりませんわ。それに私たちを見下すような目で見るんですよ。こんな冷たい人、アルヴィン様には似合わないです。」

 シャノンと同じように、俺が靡くとでも思ったのだろうか?
 馴れ馴れしく俺の腕を触ろうとするパメラの手を大袈裟に振り払った。

「触らないでくれ。あいにく、俺はシャル以外に触られたくはないんだ。君がシャルに虐められたと言ったね。豪華なドレスを着て夜会に参加して、シャルの婚約者も奪ったのに?」

「シャルロッテが悪い事ばかりするから、お父様が全寮制のお行儀学校に入れたの。だから、シャノンが私の婚約者になったのよ。私が奪ったわけじゃないわ。」

「変な理屈だね。全寮制の学校に入ったからって婚約解消?それに彼女はお行儀学校には居なかったよ。今にも壊れそうなサナトリウムで閉じ込められていたんだ。そして、何より君が喋ると僕の愛おしい婚約者が怯えるんだ。変に絡むのは止めてくれないか。」 

「へ、変に絡むなんて……そんな……。」
 
「君たちがシャルロッテを虐げたんだ。そうだろう?」

 パメラは頭に血が昇ったのか、鬼のような形相でシャルを睨みつけた。

「何を言ったの?アルヴィン様を誑かすため?
 そんな豪華なドレス着てて狡いわっ!!あんたなんか薄汚いワンピースで充分だったのに!!」

 この場でその発言がどれほど不適切なのか、パメラは分かっていないようだった。そこへ、パメラと同じように険しい顔をしたソレイクス夫人が此方へとやって来た。彼女も娘と同じように、この場がどういう場所か理解していないのだろう。

 他の参加者たちは、彼女たちを遠巻きにしながらも聞き耳を立てている。

 この場の状況を理解していないのは、この母子だけだった。
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