女王の恋は風のように

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「アリシア様、今日は天気も良いですし、庭園に出てみませんか?」

「え?」

 宮廷絵師であるブレアは、筆を止めて私にそう提案してきた。

 ブレアの言葉で窓の方を見ると、外は眩い光であふれ小さな窓枠から光が溢れそうなほど……。

「でも……。」

 式典に向けて絵を急いで仕上げたい気持ちはブレアも同じだろう。私より彼の方が典礼長に急かされているはずだ。
 早く絵を書いてもらわないと……。大勢の人が式典に使用する肖像画の完成を待っている。

「即位の式典で飾る絵が、こんなに暗い表情では国民が不安になりますよ?……ね?」

 ふにゃりとゆるんだ彼の笑顔は、私の緊張した心を柔らかくほぐしてくれた。
 彼はいつもそうだ。
 私の気持ちを敏感に感じ取ってくれて、重圧に押し潰されそうになった私に手を差しのべてくれる。

「じゃあ、少しだけ。」

  ブレアの手を取ると、彼は私をエスコートし庭園に連れ出してくれた。

「暑いぐらいね。」

 庭園に出た途端に温かい空気と濃い緑の匂いに包まれる。
 すぅーっ大きく息を吸って生暖かい空気を肺に取り込んだ。

「季節のことなんて、忘れていたわ。」

 同じ景色の室内で過ごすうちに、季節はもうすっかりと移り変わっていた。

 お母様が亡くなったのはまだ寒い季節。女王の突然の崩御に国中が悲しみに包まれた。
 私は母親を喪った悲しみに浸る暇もなく国葬の準備に追われ、今は自らの即位に向けて準備を進めている。

 母が亡くなったことは全くの予想外。
 まだ若く美しい女王を襲ったのは突然の病だった。一週間ほど床に臥せ、呆気なく亡くなってしまった。

 私は100日間喪に服した後、女王へと即位することになっている。
 
「アリシア様なら立派な女王になれますよ。民を思う優しい女王に……。」

「……ありがとう。」

 ここアウローラ王国は代々女王が国を治めている。その時代に適した最も優秀な人材を王配として、国は発展してきた。国が乱れることのないように、女王の夫となる人物は女王以外の王族と側近が候補者を挙げ、議会が承認する。

 私には自由に恋愛をすることは許されない。全て決められた一生。そのことは既に覚悟出来ていた。

「アリシア様、今年もまたフリージアが咲いてますよ。」

 薔薇の花が多いこの庭園の一角にフリージアの花壇が創られていた。幼い頃ブレアが、「アリシア様のイメージは薔薇よりこっちですね。」と言って摘んできてくれた花。

 無邪気な子供時代の戯言の一つ。だからブレアがその事を覚えているか分からない。
 けれど、私がフリージアの花をよく見ていることに気がついた庭師がフリージアの花壇を創ってくれた。そして侍女たちが毎日その花を部屋に飾ってくれるから、私の部屋はいつも清廉な香りで満たされている。

「そうね。綺麗。」

 フリージアの花壇は少し拡げられたようだ。種類も増えている。庭師が落ち込む私を気遣ってそうしてくれたのかもしれない。

 鮮やかな色彩と、太陽の光に、心がするりとほどけていく。

「本当……きれー。」

「やっと笑いましたね。アリシア様はそうやって笑っていてください。」

 ……ブレアこそーー。

 いつも私の緊張を解きほぐしてくれる。彼の笑顔は私の特効薬だ。

「アリシア様なら大丈夫です。式典で少しぐらい失敗しても、皆アリシア様に見惚れていて気付きませんよ。」

 もちろんこれは気休めの言葉。式典での失敗は許されない。幼い頃から次期女王として育てられ、覚悟もしてきた。けれど、この緊張感は別物だ。

「本当にそうだといいけど……。」

「皆が見惚れるのは間違いないですよ。」

 ブレアは私の不安な気持ちを、その柔らかい笑顔で包んでくれる。そんな存在だった。

「ありがとう、ブレア。」
「お役に立てて光栄です。さあ、その美しい表情をキャンバスにおさめましょう。」

 即位すると私を取り巻く環境が一変するだろう。その事も私の気分を憂鬱にする一因。自由な時間は減ってしまうし、私のそばで控える使用人や護衛の数も増える。

 また辛い時には、ブレアが庭園へと連れ出してくれるかしら?

 けれどー、

 その時すでに彼は王宮を去る準備を初めていたーー。

 
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