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4.お手伝い
しおりを挟む放課後、すっかり日課となったクロヴィス先生の研究室へと向かった。
「失礼します。」
ガラリと引き戸を開けると古い本の匂いがして、奥には真剣な顔をした先生が「ああ。」と気の無い返事をした。先生は書類に目を落としたまま此方を振り向きもしない。
私に興味の無いその態度がやっぱり楽だった。
薄暗いその部屋につかつかと入っていって紺色のカーテンを引くと、西日の眩しさに思わず目を眇めた。
こんなに天気が良いのに一日中カーテンを引いて過ごしていたなんて勿体ない、なんて思う。
部屋の中が明るくなると舞い上がった埃が見えて、何だか鼻がムズムズする。息を止めて窓を開け大きく息を吸って新鮮な空気を肺に取り込んだ。
外の空気はずいぶん濃い緑の匂いがして、季節が進んだことを感じる。
婚約解消してから半年が過ぎようとしていた。
ずっと毎日掃除してるのに、先生が書庫の奥から本を持ってくるからこの部屋はいつでも埃っぽい。
私が黙々と片付けていたら、先生の助手のグスタフさんが部屋に入ってきた。
「あ、ありがとうございます。いつも休まずに来ますね。そ、掃除はお好きなんですか?」
「え?いいえ。」
「……?ま、毎日、毎日そうじしてくださるので助かります。わ、私も掃除は苦手で……。」
グスタフさんはポリポリと頭を掻きながら恥ずかしそうに頭を下げた。
私はただ、ひたすら片付けていると頭の中がスッキリするような気がして片付けているだけなのに、なんて思いながらも自分の気持ちを上手く説明出来なくて……。返事に困りながらも淡々と手を動かし続けた。
今では私と殿下の婚約解消の話題はすっかり忘れ去られ、生徒から注目されることも少なくなっていた。
けれど、私は相変わらずクロヴィス先生の研究室に通う。
この空間が気に入ったのかもしれない。
先生が何も言わないのを良いことに、部屋を整理してこっそりと自分の作業スペースを作った。
こんなに一緒に過ごしているんだから、少しは打ち解けたのかと言うとそうでもない。先生との会話はほとんどなくて、片付けた場所を説明すると「ああ。」と言う返事が返ってくるだけだったし、グスタフさんは「ありがとうございます。」と言うだけだった。
二人は私のプライベートに全く興味が無かったし、自分たちの事を話すこともしなかった。私は部屋の隅にこっそり居座る存在になっていた。まるで、幽霊のように。
そんなある日、先生の研究室まで殿下がやって来た。
「レイチェル、君は生徒会室には来ないのか?」
生徒会の中での私の役割は会計だったから必要な書類を集めてここで整理して、クロヴィス先生に確認のサインを貰っていたので、生徒会室へは伝票を取りに行くだけになっていた。
「ここの方が静かですし、作業に集中できます。先生にサインをもらうのも楽ですし……。何か?」
「いや、ならいいんだ。」
殿下は何だか言いたいことがあるような……、でもハッキリしない態度で部屋の中を見回すと、仕方なさそうに戻っていった。
何だか覇気の無い様子で、いつもの自信過剰な姿はなりを潜めていた。
「お前、いつからここで生徒会の作業するようになったんだ?」
しまった!
殿下が来たせいでクロヴィス先生が私の作業スペースに疑問を持ってしまった。
丁度、伝票が机の上に広がっている。
(タイミング悪すぎ!)
心の中で舌打ちしつつ、先生にはニッコリと笑顔を向けた。
「殿下との婚約解消のせいで生徒会室には居づらいのです。ここで作業しても構いませんか?」
折角笑顔を作ったのに……。先生はチラリと私を見ると再び視線を書類に戻した。
「お前ら学生のいざこざに俺を巻き込むな。煩くなるのは困る。」
先生は面倒くさそうに言い捨て、私をここに置いておくつもりはなさそうだった。
ならば!
私は先生の前に山積みになった書類を指差した。
「先生!そのデータは私が纏めましょうか?」
「あっ?……これはグスタフが……。」
「えっ?……せ、先生、わ、私も前回の実験のデータの解析がまだで……。正直、フォンゼルさんが手伝ってくださるなら助かります……。」
クロヴィス先生は今、色々な産地の魔石を使った道具で耐久性の実験をしているが、先生のせっかちな開発のせいでグスタフさんは忙しい。きっといっぱいいっぱいだと思う。
グスタフさんの悲痛な声を聞いて、先生は深いため息を一つ。そして憂鬱そうに私に視線を向けた。
「いい加減な仕事をするなよ?」
「はい!責任を持ってやりますわ。ですからここに置いてくださいませね?」
「はぁー、まあいいだろう。だが資料の出来が悪ければ生徒会室へ戻るんだぞ!」
やっぱり性格悪いわ、そう思いながらも先生を見返してやりたくて真面目に作業を続けた。
こんなに無愛想で嫌な人なのに、私は何故だかクロヴィス先生のそばを離れたく無かった。
なんで見ちゃうのか分からない。けど、気がつくとこっそりと先生の横顔を見ていた。
☆
こうして先生の研究を手伝っていると、今まで見てきたのとは違う先生の顔が見えてくる。
やる気の無い生徒会の顧問。
無頓着な汚部屋の主。
無愛想で無神経な男。
そう思っていたクロヴィス先生は研究に対しては熱心で、魔道具をよりよくするための努力を惜しまない人だった。
既に完成し商品化されている魔道具の研究を忙しい合間をぬって続けていたりする。
理由を聞くと、「まだ庶民にとっては高値だから、素材を工夫出来ないか試しているんだ。」と言う。
完成した魔道具の改良までこなそうとするから、先生とグスタフさんは年中忙しいみたい。
いつ眠っているのかな、なんて思う。
そうして先生への尊敬の気持ちと好意が入り交じると、何だか先生の結婚相手は私が良いような気がしてきた。
「先生は婚約して無いのですか?ルフォンス伯爵家の嫡男ですのに……。」
以前から気になっていたことを聞いてみたら、なんとも気の無い返事が返ってきた。
「恋愛なんて面倒だからな。俺は爵位を叔父に譲ってもいいって思ってるんだ。研究の方が性に合ってる。」
「先生、私と結婚しませんか?私ほど先生に寛容になれる女性なんて他には居ないと思います。」
「は?」
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