病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

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4.私の気持ち

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 二人の逢瀬を見た後、私は気分が悪くなったと言付けて先に帰った。

 一人になって考えてみると、色々な事が頭を過る。私の前では二人は子供の頃のように幼馴染としての態度を貫いていたから、あんな風な愛を確かめ合う行為をしているなんて思わなかった。

 セレニティーは本当にキリアンの事が好きなんだ……。恋という感情を生々しく感じた。

  じゃあ、二人がキスしている所を見てショックを受けている私のこの感情は何だろう……、それさえもよく分からない。

 だって昔は心から二人の恋を応援していた。婚約者になってからだって……。

 自分の部屋に戻った後、ベッドでたくさん泣いた。色んな感情がぐちゃぐちゃでよく分からない。

 それでも、キリアンとセレニティーに心配かけるのは嫌で、私は二人と今まで通りに接することを心に誓った。







 気分は重いが今は社交界シーズン。

 直ぐに次の夜会の日がやって来た。

 今日もキリアンからはセレニティーをエスコートすると連絡があった。彼女の身体が心配だから、と。

「あっ!フィオナっ!」

 二人は私を見つけると笑顔を見せてくれた。

「悪いね、フィオナ。エスコート出来なくて。」

「ええ、構わないわ。私だってレニィが心配だもの。」

「ありがとう、フィオ。最近は少し調子が良いのよ。」

 セレニティーは高熱を出すことは少なくなっていた。婚約者が決まる前後の体調は最悪だった。その頃から比べると、最近は随分楽そうに見えた。

 三人で合流すると、幼い頃からの気の置けない空気感に戻る。

 いつものようにキリアンはセレニティーをファーストダンスに誘い、踊りの輪の中に入って行った。それを複雑な感情で見送った。

「フィオナ嬢、俺と踊っていただけませんか?」

 背後から思い出したく無い男の声が聞こえた。

「あなたは……。」

 やっぱり……。
 私をダンスに誘ったのは失礼だったあの男。

 仕立ての良い深い青のジャケットを羽織り髪はすっきり纏められていた。額に一筋だけ垂らされた髪は彼の整った顔立ちを引き立てている。

 こんな目立つ外見だったかしら?

 彼の切れ長の瞳は悪戯っぽく私を見つめ、唇は僅かに弧を描く。まるで断られるなんて想定していないかのような自信たっぷりな表情。

 彼の事は苦手だった。人の神経を逆撫でするような事ばかり言うし、距離感をぐいぐい詰めて来るところも嫌だ。

 前回泣き顔を見られた気恥ずかしさもあって、誘いを受けるのを躊躇していると、ぐいっと強引に腕を引かれた。

「曲が始まる。行くぞっ。」

「ちょ、ちょっと……。」

 私の意見は聞いてくれないらしい。ダンスホールの真ん中まで連れて来られたので諦めてホールドを取ると、彼の安定感に驚いた。

「おっ!お前、ダンス得意か?」

「ええ、まぁ。身体を動かすのは好きよ。」

 組んだ感触で、私のダンスの腕が分かったのか、彼はニヤリと笑った。
 いつもの嫌味な笑顔じゃなくて、悪戯っ子のようなワクワクした笑顔。

「そうか……。じゃあ、楽しいダンスにしてやろう。」

 曲が始まると予想通り。彼のリードは力強くて安定していた。ダンスの先生より上手いかもっ!

「お前やるな。」

「ありがとう。」

「油断するなよ。」

「ええ、もちろん。」

 私がダンスをするのが得意だと分かると、彼は細かいアレンジを加えてきた。

「回るぞ。」

 フワッと身体を持ち上げられて、くるりくるりと回転させられる。

「きゃっ。」

 着地と同時に優雅にポーズを決めてみせ、彼を見上げると満足そうに目を細めて見つめてくる。

「上等だ。」

 彼の瞳に熱を感じて胸が高鳴る。
 彼とのダンスはおもちゃ箱みたいで心が弾むよう。久しぶりに夢中になってダンスを楽しんだ。曲に合わせて身体を動かす楽しさと、上手く踊れた時の爽快感。気が付けば二人で三曲連続で踊ってしまった。

「はぁ……はぁ……もう駄目。 」

 三曲目を踊り終わり、漸く彼と身体を離して礼をすると、会場から拍手が沸き上がった。

 彼のダンスは上手いからきっと目立ってしまったんだ。私は慌てて、キリアンとセレニティーを目で探すと、二人は私たちの方を見て驚いていた。

 私は男の方を振り向いた。

「ありがとう。楽しかったわ。こんなに素敵なダンスは初めてだったの。良い気分転換になったみたい。」

 笑顔でお礼を言った。あんなに嫌いだったのに、不思議なものだと自分でも思う。 

「ああ、俺も楽しかった。」

 いつもの意地悪な表情を想像して見上げると、彼は驚くほど優しい笑顔で私を見ていた。不覚にもドキッと胸が高鳴る。

 「じ、じゃあね。」
 「ああ。」

 胸の鼓動が治まらないまま、私がキリアンとセレニティーの元に合流すると、いつも穏やかなキリアンが珍しく渋い顔をしていた。

「フィオナ、君は僕の婚約者なんだ。同じ男性と続けて踊るのは感心しないな。」

「ご、ごめんなさい。キリアン……。」

 私が謝ると、キリアンはハッと表情を緩めた。

 「いいよ。きっとあの男に強引に誘われたんだろ?お相手もいなさそうな冴えない男だったしな。」

 キリアンはそう言っていつもの柔和な笑顔を見せてくれた。一方、セレニティーは私のダンスを見て少し興奮していた。

「フィオと息がピッタリのダンスだったわね。あんなイキイキしたフィオを見るのは久しぶりだったわ。あの男性のお名前は?初めて見る方だわ。」

 セレニティーにそう言われて、私は男の名前を思い出そうとしたが、何故かもう思い出せなかった。


    
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