【怪怪神奇譚】

一ノ瀬 瞬

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【CASE④ アカトリ】

【CASE④ アカトリ】

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【怪怪神奇譚】

『おや、いらっしゃい』
そう告げるのは妖艶という言葉が似合う
この古びた館の主人

煙管を手に、甘い香炉の香りを漂わせ

『さて…と』

主人は、その双眸で【目の前の客】を
しっかりと見据え
ゆらりと甘い声で尋ねる
『貴方の【願い】は、なぁに?』

-------------------------------------------【CASE④  アカトリ】

チクタク、チクタク、古びた大時計が刻む針
秒針は館の一室に響き渡る

『どうぞ』
青年は、ティーカップをそっと机上に置く

【客人】と【館の主人】
双方が小1時間程
沈黙を通し、居た堪れずにいたからだ。

紅茶を差し出す青年には
何故、今回主人が沈黙を貫いているのか?
その異様な状況と態度に疑問符ばかり浮かぶ

『…すみません。今紅茶しかなくて。』
青年が申し訳なさそうに告げると
ようやく沈黙が解かれ
客人が差し出されたティーカップに手をかけ
柔かに口を開いた

『いえ、私こそ。
中々話す事が出来なくてごめんなさいね…』

『!そんな…何か理由がー……』

『【話せない】のは、
【その身体の障り】のせいかな?』

急に話に割って入る主人
表情こそ笑顔【いつもの館の主人】その人だ。

けれど、主人の瞳の奥は冷ややかで
何か【心底から嫌なモノ】を見つめ見下す
そんな背筋が凍る眼差しを客人に向けている

いつもならば、すぐに客人に喋りかけ
事情を全て聞き終わると、
嬉々として願いを叶えていた筈の主人

そんな主人を側で見続けていたからこそ
青年の双眸に映る
【今の主人の心底嫌そうな表情】
眼前、御淑やかな女性に向ける
全ての負感情、表情仕草に納得がいかない。

青年は何かを話せる訳でも
【客人】と【主人】の間に入れる訳でもない
考え込むしか出来ない自らに無気力感を感じ
重苦しく息苦しささえ覚え始めていた

その刹那のこと


主人が手に持つ煙管を机上に
トントンッと音を鳴らし打ち
煙管の中の煙をふかし、一つ溜息を吐くと

青年の疑問と、息苦しさ
全てを晴らす言葉を紡いでいく

『はぁ……貴方の願いの因が、【憑物】なら
直ぐに解決もしてやったんだけどね。
生憎、貴方に憑いてるのは
その辺の【憑物】とは違う厄介な問題だ。
それは、貴方自身が1番解って
ここにきているんだろう?』

『えぇ…【痛いほど】良く理解しています』

『いつから気付いたんだい』
思わぬ言葉に狼狽する事もなく答える客人
客人と主人は
何が起こっているいるのか理解している様で
淡々とした会話を続ける

『気付いたのは数週間前です。
身内に不幸が起こって、その後……。』

『……身の周り、自分と関わった人間
自分の住む場所の範囲の人間
次々に不幸があったのかな』

主人は、目の前の客人の悩みの原因を
すでに把握しているのだろう
煙管をクルクルと回し客人に向け告げる

『はい。原因はわかりません。
私はプロの方でもないですから。
けれど何故か自分が原因だとはわかるんです
まるで知らない誰かに明言されてるみたいに
そこに確証なんてないはずなのに。
日に日に体が重くなっていくたび
わかるんです。わかってしまうんです。』

『………そうか。貴方の見当は当たりだよ。
………本当に厄介な話が舞い込んだモノだ。』

煙管を再び打ち鳴らすと
主人は青年を呼びつける

『今すぐ、湯を張ってくれるかい。
湯を張り終えたら、この鈴を3回鳴らして
お前は奥の座敷に隠れていなさい。
私が呼ぶまでは決して
"座敷の襖も扉も開けない様に"…いいね?』

『…は、はい。解りました。』

いつもなら、真剣に青年に語りかけない主人
話を茶化して愉快そうに笑う姿
そんな表情すらも垣間見えない

青年の答えを待っていた主人は
青年の頭を、ポンっと優しく撫でると
客人と主人の間から離れる様に
促しながら急かす

急かされた青年は急いで風呂場に向かう
すると不思議なことに
先程迄
青年の体に重く重く伸し掛かっていた筈の
息苦しさと気怠さが
【客人から離れていくほど消えていった】

程なくして、湯を沸かし張り終えた
青年が、主人の言いつけ通り
奥の襖の間に入り戸を閉め鈴を3回鳴らす

一瞬、一気に【何か】
重苦しいものが通り過ぎる瞬間
体が畳に押しつけられるように倒れ込んだが

すぐ、主人の声が襖の向こうから聞こえ
身体の自由が効く様になった。

『まだ暫く襖を開けてはならないよ
眠くなったら、布団で少し休んでいなさい』

襖の先、着物姿の影
声の主は主人だと確信する
青年は主人の言いつけを守り
間に敷かれた布団に横になり休んでいると
段々と微睡に誘われ
いつの間にか眠りに堕ちていった。
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『ほら、御ねむりさん、そろそろ黄昏時だ
起きた方がいいんじゃないかい』

『……"先生"、お客さまは…?
それに、今日はずっと変で……』

『全部終わったよ、安心なさい。
身体の調子はどう?少しは良くなったかい?』

『…はい……気怠さも…
息苦しさもなくなりました……。
……?でも、何で先生がそれを…?』

【何故知っているのか】?
少しの眠気と、身体の心地よい怠さに負け
布団の中、横になりながら聞く青年に
ニヤリと笑う主人は、煙管を咥え一息つくと
口元から甘い煙を吐き出し
青年の求める答えを話し始める

『……何故か。じゃあまずは私から質問。
君は最初、あの客人と同じ空間に居た時
どう感じたかな』

『先生…と、お客さまが、
珍しく話さない時間が長くて…息苦しさが
どんどん重たくのしかかっている様でした』

『息苦しさだけ?』

『……体が鉛みたいに重たく感じました。
お客さまから離れた後に…不思議と何かから
解放されたみたいに軽くなりました』

『そうだろうね。アレはアカトリという
漢字で書くと、紅獲。
この場合の紅は血を意味し
命を意味しているんだが、それを獲る
つまり、命を蝕み喰らう怪異の名称なんだ』

『怪異……?命を獲るなら、
お客さまも平気で居られる筈ないですよね?
その怪異は
お客さまに憑いていたのでしょう?
……なんで……あのお客さまは平気そうに』

『そこが、あの客人の嫌なところさ
君にも伝わるほど
私は怪訝な表情をしていたんじゃないかな』

『はい。凄く。嫌そうに』

主人の瞳の奥、全てを見透かされている
そう感じるほど紅く妖艶な輝きを魅せる
青年を見据え、幼子をあやす様に
頭を撫で髪を手櫛ですく。

青年は思考に様々な疑問が浮かぶ
主人に問いかけたいと考えたが
【ソレ】を諦めた

決して、恐怖や畏怖があった訳じゃない

青年は、【これは問いかけてはならない】
主人の知り得る
【その奥底まで軽々しく踏み込んではならない】
そう感じたからだ。

そんな自分に、ただ青年は複雑深妙な顔をし
眉をひそめたが
たった一つだけ疑問を主人に投げかけた

『先生』
『何かな』

『結局、あのお客さまは如何なったのですか』

『嗚呼…気になるか…。
まぁ今後の社会勉強という事で。
今回は特別だ、弟子な訳だしね。』

『ぜひ。【先生】』

『あの、御客人の話だったね。
端的に言うなら、生命を代償に払った
つまり、あの御客人は、もうこの世に居ない』

『…っ…そこまで酷い怪異だったのですか?』

『あれはね、一度憑けば
【憑いた本人の周り】…周りにいる
無害な人間の命を刈り取る怪異なんだよ。

例えば先程まで君は床に臥せり動けなかった
あの御客人から離れたら体が楽になった
アレはね、範囲内の獲物を喰らうから
近寄りさえしなければ命も保障される

けれど、あの怪異に憑かれた人間と密接
もしくは子を成せば子に憑き

宿主だった、母体を弱らせて…やがて。
なんて…相当危険な怪異なんだよ。
宿主の選び方は簡単で
あるモノに遊び半分で近づいた者に憑いて
その対象の活力、生気を喰らい育ち続ける
要は今時なら寄生虫に近い
だが、れっきとした【怪異】

対象者が、己を排除しようとする物なら
更に生気を吸い脱力させ縛り上げ始める
憑いている対象者に死を与えるなんてザラだ

死を与えても構わない様に行動するのは
宿主になる獲物がそこらに居るからだね。

【深淵を覗けばまた、
深淵もこちらを覗いている】
先人は上手いことを言ったものだ。

あの御客人の場合は、周りに起こる全て
【自らの父が行ってしまった事】
それに気付く【知恵と知性がありすぎた】

それに、【怪異に憑かれる隙】と
【不必要な好奇心】がね

害をなす排除されると思われ
縛り上げられながらも、この館にやってきた
大した者だとは思うけれど…。何よりも
自らの生への執着が、此れ微塵もなかった
願いを叶えるときも、何一つ動揺すらせず
命を差し出すのだから。
それだけが…物悲しいとは思ってしまった』

『先生は、命を尊み行動してましたからね』

『今回は、目覚めが悪い。
一つよかった事とすれば…、
お前を無事に生かせたこと。それが救いかな』

慈しむ様に青年の頭を撫でていた主人
しばらくした後、一息つくといって
青年と同じ布団に横になる

『恥ずかしいです。先生』

『いいじゃぁないか。
久々に疲れたんだ。お前も疲れたろ
今日は少し…ゆっくり休もう』

『すぐ、またお客さまが
いらっしゃるでしょうに…。』

『なら。客人がくる、それまでは休憩だ』



知ってる?
その古い洋館に行けば御代を払うだけで
なんでも願いを叶えてくれるんだって
本当に願いを叶えてほしい人にしか
館は姿を現さないらしいよ


『そう、どんな願いも
其れに見合う代償
御代があるのならなんなりと。

さて…貴方の【願い】は、なぁに?』
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