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始まりの話

【捨てられ悪役吸血鬼逆襲に出る】

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【捨てられ悪役吸血鬼逆襲に出る】

それはあまりにも理不尽極まりない話
御母様が私と会話を絶ったのはいつだったか
私は真祖吸血鬼の娘として
御母様の産み出す全てに憧れ
御母様の全てを愛していた…。
だからこそ御母様が下さった
この自分の体も愛おしくてたまらなかった

最初は勿論こんな私にも慈愛を向けて
話して、ただその時間が宝物だった
御母様と話せるだけで
御母様が私の髪を結い上げてくれるだけで
全てが幸せに満ち溢れていた

いつからだろう。
壊れたのは。

産まれた時から私は
コミュニケーションというものが苦手
固執するのは愛しい存在だけ。

だからだろう。御母様に固執するから
御母様とは、どんどん話せなくなっていった
御母様は縛られたくはない御方
御母様の産み出す世界に
私は側に居続けることが出来なくなった

私は御母様に必要がなくなったのだと
わかってしまった

【御母様は魔法使いみたい!
素敵な魔法使いだわ!!】
産みだしてくれてありがとう……、
ただその気持ちでいっぱいだった
けれど御母様にとって私は必要がないもの

御母様の隣も周りも私じゃない
沢山の人間達

私はもう会話を手を伸ばすことを
とうとう諦めた。
自ら御母様の側から離れる事を
【選び取ってしまった】


嗚呼…冷たいな
そう呟くのは私の声

綺麗だった青薔薇が装飾されていた
黒のドレスを着ているが
もう私の身形は
すっかりボロボロになってしまっている

沢山溢れ溢れてやまなかった涙すら
もう枯れ朽ちて、心すら冷え切り
瞳はただ虚空を眺めている
佇んでいるのは寂れた教会
皮肉な話だ
神と対峙するであろう邪悪な存在
私の最期に此れは実に皮肉な話

今は、もう衰弱している私の体でも
真祖の吸血鬼だ
教会の魔除けすら体を苦しめ蝕む

『ふふ……私の最期が…こんな姿なんて』
自分の姿を教会の割れた
ステンド硝子の破片が映し出す
惨め哀れなボロボロな姿、
手指と顔にはヒビが入り今にも崩れかけている
そんな私の後ろに紅い月が映りこむ

嗚呼そうか…
今日は“紅い月”が昇る日か
紅い月が昇る夜、それは魔の者や
私達吸血鬼には大事な食事の日

『今さら……こんな体で食事なんて。』
悪あがきだ、【生】に執着なんて最早無い
私の居場所はどこにも無いのだから
このまま、朝日が昇って灰に塵に代われたら
それで…いやそれがいいのだろう

『…もう何処にも居場所なんてないのだから
私は惨めに足掻くより消え失せる方がいい』
孤独に蝕まれて此の儘朽ち果てるならば
夜の魔物として
朝日に溶けて消えてしまえれば……。

そんな事を考え教会の椅子に横たわる私
その虚に開かれた瞳に
黒いローブを羽織った青年の姿が
ぼんやりと映り込んできた

青年は黒い髪に赤眼
魔族のような、そう…私と同じ瞳の色
『……あなた……は?』
私の質問に答える様に
身に付けていたローブのフードをたくし上げ
綺麗な紅月の光に照らされて耀く黒髪
紅い瞳の美しい顔で私を見つめ話しかける

「ねぇ勿体無いよ綺麗な碧薔薇のお姫様
こんな寂れた教会で一人なんて……、
君みたいな美しい御嬢さんが勿体無いよ」

ふわりふわりと愉しそうに
無邪気な子供のように
嘘一つすら吐く様子がなく
その青年は私の崩れかけた頬に手を伸ばし
もうボロボロな私を綺麗と言って触れてくれる

「え…?泣いてる?何か俺しちゃったかな
あ、それともお腹すいたとか?
御嬢さん…人間じゃ無いとは思ったけど
牙……吸血鬼かな?なら血かな?俺の血は…」

なんて純真な心なのか
冷たく冷え切った私の全てを温めるような
この子は人間なのに…私を畏怖する筈なのに

『私が……怖くはないの?朝になれば
私は塵に変わる、私なんか放っておいて
貴方は、人間なのだから……、早く家に…』

私の言葉を聞いた途端
青年は持っていたダガーナイフで
私の眼前、手首を切り血を魅せつける

「【居場所がない】のは俺も御嬢さんと一緒
御嬢さんは吸血鬼なのかな
なら俺の血…美味しいかは保証出来ないけど
飲んでくれないかな

どうせ独りぼっちなら、独りぼっち同士
一緒にいればきっと沢山楽しい事が出来るよ

ね、御嬢さん【2人ぼっち】になろうよ
御嬢さんが俺の血を飲んで俺を吸血鬼にして
御嬢さんを独りにした奴等も
俺を独りにしてきた奴等も
【2人で一緒に逆襲しちゃえばいい】
いい提案じゃない?2人で生まれ変わろうよ
俺を御嬢さんが望む未来に連れて行ってよ
俺は人間としての死を迎えようとも
【御嬢さんを独りにはしないから】」

手を出して私に言う…その甘い血の匂いと
甘い誘いは、正に悪魔の様な甘言だ
でも…それでも
それでもいいと思ってしまうくらいには…
私は、この青年に囚われてしまったのか

だけど…その真っ直ぐ私を見つめる
真紅の瞳を見たら【後悔なんて必要ない】と
それだけは確かに思えたのだ

突拍子もない提案だ
本当に可笑しな話だ
けれど…どうしようもなく
そんな可笑しな話を聞いてしまうくらい私は
この青年に魅了されているのかもしれない

『最初に……言うけれど
私、結構嫉妬深いのよ?眷属にしたなら
もう2度と死が2人を分つまで….えぇ本当…
私が死する、その時まで
貴方を離してあげられないけれど
それでも良いの……?』

そう私が告げると青年は小さく微笑んで
私に手首を差し出して
「むしろ、俺が離してあげないから
これからよろしくね、愛しい御嬢さん」

その言葉と甘い香で酔ってしまいそうな私に

涙を流していたのだろう
涙の雫が伝う私の頬を優しく撫でて
抱きしめ私の唇に手首を近づける
滴る血がドレスに滲みそれすら愛しくなる

白く美しい
甘美で妖美な血が通う手首に牙を立てる
きっと貴方は酷な人

私と永久を共にするだなんて
私という魔物に
まだ生を選ばせるなんて酷な人

甘い血が喉に流れ込む
甘くて蕩けるような美味しい血
貪るように血を啜る私の頭を撫で
幸せそうに笑う妖しく深い綺麗な真紅の瞳

貴方という美しい蜜に絡め取られ
私はもう逃げられない
貴方がいなきゃ生きていけなくなる
貴方が何を望んでいるかなんて
今は分かりはしないけれど

…其れでもいい。

もう2度と夢なんて見ないって
独りで消えると決めていたのに

貴方を此の手に抱きよせ
その甘い血を此の身に流し込み
貴方と溶け合う

手首から口を離して
貴方の首筋に牙を突き立てる

「……っ」

貴方にも私の眷属として
私の首を切り血を分け与える
永遠の時間共にするという事

血を吸い、貴方の血が口の中に
私の身体を巡るのを感じながら
貴方が私の眷属として順応した証
永遠に側にいるという誓いの牙が
私の首筋に突き刺さる痛みを感じる

貴方にも私の血を…。

『これから……どうしましょうか』

貴方は私の口の端についた血を拭うと
優しく答える
「先ずは宿探しからかな
いつまでもこんな場所いられないでしょ
さ、御手をどうぞ御嬢さん……いや
もう君の眷属なんだから呼び方変えなきゃね」

『知っているかしら
魔族は真名を教えて眷属には名をつけるのよ
私は一応真祖の名高い吸血鬼なの
眷属なんて本来は!重要なのよっ
簡単に選んだりなんかしないんだから』

「えぇ?御嬢さんだって
望んでくれたからこうなったんだろう?」

『!そ…っそれは!
貴方が私と一緒に私達を独りにした者達に
逆襲するって言ったからで……...ぁあ
なら名前は【破滅をもたらす】で
ルインなんて如何かしら、
貴方が受け入れるなら
手の甲に碧薔薇の痣が浮かぶはずよ』

眼に映るのは暗闇の中
キラリと輝きを放つ碧薔薇の痣
これで【貴方も私と同じ】
緋色の月が照らす夜の世界の住人になる


「…綺麗だね。君そっくりだ」

『わ、私は…きれぃじゃない…。』
そう否定する私の足元に跪き
私の手の甲に口づける

「綺麗だよ。本当に。
【愛しい御主人様】」

『……、わ、私の真名を教えていなかったわ
私はマリス…よ。マリス・グロリア
だ、だから御主人様なんて呼び方は、
よして頂戴…恥ずかしいわ』


「綺麗な御嬢さんに似合う名だね
これから気高い悪意の黒い薔薇になる
美しい青薔薇の主人…マリス様」

一人でただ虚空を眺めて死を願っていた私に
いとも簡単に生を選ばせた
【たった1人の私の眷属】

私の前に現れた、愛しい人

此れから何が起こるかなんて
予想すらつかないけれど
この人と一緒ならきっと大丈夫だと
胸奥がとくんと疼く
もう…とうに鼓動を止めたはずなのに

生まれ変わったこの日から
私とルインの激流のような日々が始まる
けれどそれも怖くはない
私は【この人】となら……。

「マリス様?早く宿を探さなきゃ
夜が明けたら大変だよ」

私は【この人】と共に新しくやり直す
生まれ変わった今日この日から
たとえ最期どんな運命を辿るとしても

『えぇ…今行くわ』
この人となら何だって出来る
私は……もう独りじゃないから。
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