海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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新領主の帰還と島の祭り

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 翌朝。

 浜辺には昨夜築かれた砂像群が、夜露をまといながらもなお凛として立ち並んでいた。
 塔や城門、道を模した砂の造形は、ただの遊びではなく、ひとつの「街」としてそこに息づいているように見えた。

 村人たちは朝から足を運び、崩れかけた部分を直し、拾い集めた貝殻や草花を飾り直す。
 子供たちは歓声を上げながら走り回り、大人たちも互いに声を掛け合っていた。

「これを島の祭りにしよう」

「毎年、皆で集まって砂像を作り、海へ祈りを捧げるんだ」

 そんな声が自然と上がり、人々は力強く頷く。
 それはもう「思いつき」ではなく、島に新しい誇りを取り戻す決意となりつつあった。

 ――その時だった。

 沖合に、一隻の帆船が姿を現した。

「船だ!」

「よそ者か?」

「いや……あれは、領主様の紋章だ!」

 ざわめきが一気に広がり、人々は浜辺へと駆け寄る。
 波を切って近づく船旗には、この島を治める家の紋章がはっきりと刻まれていた。

 領主にして、この島を見捨てず各地で奔走していた男。
 その若き当主が、ついに帰ってきたのだ。

「エドワード様がお戻りになったぞ!」

 歓声が波の音をかき消すほどに広がる。
 船は静かに停泊し、タラップを降りて現れたのは、陽光を背に受けた長身の青年。
 漆黒の髪を揺らし、整った顔立ちに揺るぎない歩みを備えた――この島を背負う領主、エドワードであった。

 エリザベスもまた、その姿に目を奪われ、胸の鼓動を抑えられずにいた。

(このお方が……領主様)

 だが次の瞬間、彼の瞳がまっすぐに自分を捉える。
 深く澄んだ眼差しに射抜かれ、エリザベスは思わず息を呑んだ。

 ――どこかで。
 その眼差しに触れた瞬間、胸の奥で小さな波紋が広がる。
 しかし大人になった彼を、記憶の中の誰かと結びつけることはできなかった。

「ふ……これは予想外だな」

 低く零された声は、確かにエリザベスへと向けられていた。
 けれどすぐに、島民たちが我先にと声を上げる。

「エリザベスさんが子供たちと砂の城を作ったんです!」

「砂を光らせて、まるで祭りのようで!」

「この方のおかげで、島の空気が変わったんですよ!」

 次々と浴びせられる言葉に、エドワードは驚いたように瞬きをする。
 その硬い横顔が、少しずつ和らいでいった。

「そうか、よくやった。これからも島を誇りに思え」

 やがて彼は人々をゆっくりと見回し、再びエリザベスへと視線を戻す。

「……君が導いたんだな。ありがとう」

 その声音には、領主の威厳よりも、静かな感謝がにじんでいた。

「エリザベス嬢。島へようこそ。私はこの島の領主、エドワードだ。心から歓迎するよ」

 波の音と人々の歓声に包まれる中、エリザベスは深い安堵を覚えた。

「それにしても……これはすごい。どうやって砂浜を固めたんだ?」

「人魚姫が魔法でつくってくれたんです!」

「いろんな色の光で、キラキラさせたんですよ!」

 子供たちが一斉に叫ぶ。
 エリザベスは少し恥じらいを含んで答えた。

「子供たちと砂遊びをしているうちに思いついたのです。これほど立派になったのは、島の皆様の工夫と力があったからこそですわ」

 エドワードは改めて足元の砂の街を見渡す。
 陽光を浴びて輝く塔や門、貝殻を散りばめた道。
 それは「遊び」の域をはるかに超え、人々の心を象徴する景色だった。

「……ただの砂ではない。人の心が形をとったものだ」

 低く呟くその言葉に、浜辺は一瞬静まり返る。

 そして彼は再び、真摯な眼差しでエリザベスを見つめた。
 その視線に射抜かれ、エリザベスは思わず視線を逸らす。
 領主の前に立つ罪人――けれど、島民の笑顔が背を押してくれた。

「わたくしは、ただ……この島に助けられた身です。恩返しをしたかっただけですわ」

 その言葉を聞くや、双子のハリーとアニーが彼女の両腕にしがみつき、大声で叫んだ。

「違うよ! エリザベスお姉ちゃんは人魚姫なんだ!」

「わたしたちの味方で、島を助けてくれたの!」

 大人たちからも頷きと笑い声が広がっていく。
 その光景に目を細め、エドワードはふっと微笑を洩らした。

「……なるほど。島の者たちが君をそう呼ぶなら、私も異存はない」

 その声は浜辺に穏やかに響き渡った。

「人魚姫エリザベス。この島は、君を仲間として迎えよう」

 歓声が一斉に上がる。
 波音よりも大きな喜びの声が、浜辺を震わせた。

 エリザベスは胸に手を当て、胸の奥で大きく動き出すものを感じていた。

 その後――。
 砂像を祭りの形として残そうという話し合いが持ち上がる。
 それがエリザベスの発案だと知ったとき、エドワードは彼女を見つめ、ほんのりと愛しさを込めた微笑を浮かべた。







 夕餉を終え、卓上の灯火がゆらめく中、エリザベスはゆっくりと口を開いた。
 それは、自らの罪とされている出来事、島流しに至る経緯だった。

「……わたくしは、聖女毒殺未遂の罪を着せられました。ですが、本当は無実です。聖女様が召喚されてから……わたくしの居場所は少しずつ、奪われていったのです」

 その声は淡々としていたが、苦渋を滲ませていた。
 王都に召喚された異世界の聖女。その存在は、光魔法を使えぬ第一王子ウィリアムにとって唯一の拠り所だった。
 王妃はすぐにそちらへ心を寄せ、エリザベスを疎むようになった。
 冷遇が始まったのは、その時からだった。

「聖女様を中心に、すべてが回り始めました。わたくしは邪魔者にされ、やがては冤罪で断罪され、この島へと流されました」

 言葉を結んだ瞬間、灯火の揺らめきが彼女の影を壁に映し出した。
 その静かな告白を聞き終えたエドワードは、しばし黙してグラスを見つめていたが、やがて低く吐息をもらす。

「……想像以上に理不尽だな」

 低く呟いたエドワードの声は、憤りよりもむしろ、彼女の痛みを抱きしめようとする優しさを含んでいた。
 その眼差しに見据えられると、エリザベスは胸がきゅっと締めつけられるように感じる。

「ですが……領主様こそ。なぜこの島を継がれたのですか?」

 問いかけると、エドワードはわずかに笑みを浮かべる。だがそれはどこか影を落とした微笑みだった。

「理由は単純だ。誰も望まなかったからだ。土属性の地は、どこであれ軽んじられる。リンドブルグでも、例外ではない」

 エリザベスは小さく頷いた。
 確かに、土属性は「無能」とされ、冷遇される。領地を築くにも限界があるとされるからだ。
 この島もまた、もともと豊かではなく、継ぎたがる者はいなかった。それは彼女自身も容易に理解できた。

「……だから私が手を挙げた。誰も引き受けぬなら、私が守ろうと」

 淡々とした口調だが、その奥に潜むのは、強い意志だった。

 そう言って、エドワードはエリザベスと目を合わせ、柔らかく笑った。
 だがその笑みの奥には、孤独な決意が滲んでいるように見えた。

 エリザベスはふと、屋敷のあちこちに飾られた紋章に目をやった。
 アルベリヒ男爵の紋ではない。見覚えのある黒竜の翼――祖国リンドブルグ王家の象徴。

「ですが……爵位は……」

 恐る恐る問うと、エドワードは指先でグラスを転がし、薄く笑った。

「小さな島に侯爵の格など不要だろう。だから、公にはしていない」

「……侯爵……?」

 息を呑むエリザベスに、それ以上は語らず、彼はただ微かに唇の端を吊り上げる。

 思わず声を漏らすエリザベスに、彼はそれ以上説明を重ねず、ただ微かに唇の端を吊り上げる。

「……それは、今語るべきことではないな」

「え……?」

 エドワードはしばし考えるように視線を落とし、やがて柔らかな笑みを浮かべる。

「時が来れば話そう。だが一つだけ覚えていてほしい」

 そう言って視線を上げた瞬間――ランプの光が彼の瞳に宿り、深く煌めいた。

「だが一つだけ覚えていてほしい。私は自らの意志でこの島を選んだ。誰に命じられたのでもない。守るために――」

 けれど、その熱を帯びた眼差しが捉えているのは島全体ではなく、彼女ひとり。
 そのことに気づいた瞬間、エリザベスの心臓が大きく跳ねた。

(だめ……これは勘違い。領主様は島のことを仰っているのに……)

 必死に理性で押しとどめるが、頬は熱に染まっていく。

 そんな彼女の反応に気づいたのか、エドワードはふっと柔らかく笑みを見せた。
 それは領主としての顔ではなく――一人の男性の笑み。

「それより、祭りの話をしよう。砂の街を催しにする案は、君の発想だろう?」

「は、はい……子供たちの遊びから思いついただけで」

「その“思いつき”が、島を救った。……エリザベス嬢、君を信じているよ」

 甘やかすように名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が甘く震えた。
 頬は熱く染まり、視線を逸らそうとしても――耳朶に残る声の響きが、どうしても離れない。

(違う……これは領主様としてのお言葉……そう、勘違いしてはいけないのに)

 そう思えば思うほど、胸の鼓動は速さを増していく。
 彼の瞳に映る自分が、島民の一人ではなく、ただの「エリザベス」であったなら――
 そんな願いが、知らず胸の奥に芽吹いていた。
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