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回想【side.タケル】
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しおりを挟む――時は、本年度の五月にさかのぼる。
茎の折れたチューリップを救おうとしたノア、悪戯と勘違いして怒鳴りつけてしまった自分。その後エリック先生からノアの生い立ちを聞き、表層しか見ていなかった自分を恥じた。
ノアと再び会話する時間を得たのは、それから一週間ほど経った頃。一日の授業を終え職員室で事務仕事を行っている際、ノアが訪ねてきた。日直として日誌を届けに。
「ご苦労様。あとでチェックし、何か問題があれば明日――」
「あ、ちょっと質問いいっすか?」
「……いいですか、と言いなさい」
「はーい」
「返事を伸ばすな」
ノアはムッと唇を尖らせたのち、「質問いいですか」と言い直した。「どうぞ」と返す。
「教室の窓を施錠中、ホウキが一本出しっぱなしになってると気付いて片付けたんすけど。掃除道具入れの中を覗いたら、毛先がボロボロのホウキがあったんすよね。新しいやつってどこに行けばもらえるんすか?」
……相変わらず言葉遣いが気になるものの、いちいち指摘していたら話が進みそうにない。ここは妥協だ。
「劣化した掃除道具は用務室に行けば新品に交換してもらえる」
「用務室……入ったことないけど、職員玄関の近くにある部屋っすよね? 行ってみます」
「いや。それは本来、教室の掃除当番が気を配るべきことだ。日直の仕事には含まれていないから君が動かなくていい」
「そっすか?」
「今回は僕が対処しておこう。そんなことよりも、自分の業務に関係ない部分まで行動しようとする君に感心した。とても良い心掛けだ」
ノアは顔面を真っ赤に染め、ズボンのサイドポケットに右手を突っ込んだ。つい今しがたまで真っ直ぐ立っていたのに、体重を左半身に預け、気だるそうに姿勢を崩している。
「別にオレ、大したことしてないっすけどね。毛先ぐちゃぐちゃのホウキとか、さっさと捨てないと汚いんで」
「……僕は君を褒めたのだが。上手く伝わらず機嫌を損ねてしまっただろうか」
「そんなことはないっすけど」
「箒の毛先の劣化など昨日今日で起きるものではない――教室の掃除当番は皆『誰かがやってくれる』と考え放置していたのだろう。そんななか、別の掃除区域を担当する君が気に留めて報告・交換しに行くと申し出てくれた。率先して行動しようとする心掛けは立派であり――」
「タケル先生ホント話長いっすね! オレは掃除道具とか超どうでもいいし!? あとはお任せで!」
「あぁ、後ほど確認しておく。報告ありがとう」
ノアの視線が横に流れ、引き返そうとしたように見えたのだが。彼はその場に留まった。
「やっぱオレが取りに行くっすよ」
「何故?」
「タケル先生、あんま体調良くないっしょ」
「……僕はいたって元気だが?」
「でもそれ」
ノアが僕の机を指さす。
ノートパソコンの隣には滋養強壮ドリンクが一本。
「それ、アニキが『マジしんどい』『クソだるい』ってときに奮発して買う高級なやつ。一本千円越えっすよね」
「そうなのか?」
「値段見ないで買ってるんだ。タケル先生カネ持ちっすね」
このドリンクは自分で購入したものではない。今日は追加で複数の仕事を頼まれており、そのお詫びにと教頭先生からいただいたものだ。
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