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おまけ5-2【バレンタイン】――side.ノア
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しおりを挟む「悪口言ってるヤツ、オレがぶっ飛ばしてやろうか?」
「暴力はやめなさい」
「暴力じゃねーもん。正々堂々、順番にタイマン申し込むんだ」
「ホント、発想だけはヤンキーだよね。俺、粗暴なのは苦手なんだけどな」
「でもさ! 言われっぱなしなんて悔しくね?」
「実際俺はクズだから。親の権力は利用しなくても、財力は思いっきりアテにしてるもんね。バイトもせず悠々自適な一人暮らしができるのは家が裕福だからだ」
「……そっか」
「向こうが俺を所有物扱いするなら、せめてお金くらいたっぷりもらわないと気が済まない――なんてそれらしい理由を作ってるけど。結局、毛嫌いしてる親に甘えて生きているだけだよね。親父の打ち付けた〝出来損ないのゴミ〟という楔は抜けない。腐り果てるまでずっと心に突き刺さってるんだろうな」
……返す言葉が見つからない。
隣を歩くパスカルの瞳は酷く淀んでいたが、ハッとしたように光を取り戻した。いつもと変わらない笑顔でオレを見下ろす。
「ごめん、今の話は聞かなかったことにして? 親のことになると調子が狂っちゃう。俺の真っ黒な部分、綺麗なキミに見られたくない」
「……オレの方こそ変な質問してごめん」
「ノアのせいじゃないよ。せっかく楽しく喋ってたのに俺が台無しにしちゃった」
「全然気にしないって。オレだって昔のことを思い出すとめちゃくちゃ凹むし? 最近はタケルのおかげでちょっとマシになったけどさ」
「タケル先生に愚痴を聞いてもらってる?」
「あえて話を持ち出すことはないけど、流れでそうなるときもある感じ。ちょっと前はテストのこと喋ったな」
小学校二年生のとき、理科のテストで八十五点を取った。当時のオレの最高得点。もしかしたら母親の気を引くことができるかもしれない、褒めてもらえるかもしれないと淡い期待を抱き、寄り道せず真っ直ぐ帰宅したが――。
「テスト用紙を見せたら『ふーん』の一言でおしまいだった。むしろ『何をそんなにはしゃいでるの?』とでも言いたげな冷めた眼でさ。あのときのあいつの顔、たぶん一生忘れられない」
「その光景を記憶から消す消しゴムでもあればいいのにね。同じ毒親でも、ノアの親とうちの親は傾向が違うみたいだ」
「……答えたくないことだったらスルーでいいけどさ。お前もテストに嫌な思い出がある?」
「うん。ちょうど今の話のノアと同じくらいの時代……国語のテストが九十七点で、クラス内の最高得点だったんだよね。当たり前みたいに褒めてもらえると思って帰宅して、父親にそのテストを見せたら怒られた」
「なんで?」
「俺が間違えたの、漢字の書き取り一問だけだったの。『何故こんな簡単な漢字も書けないんだ、恥ずかしい奴』って言われた。同じ漢字をノートに百回書けという指示付きで」
「……酷くね? お前が努力して取った九十七点は無視して、たった三点の失敗を責めるなんて」
「もちろんその一回きりじゃなく、似たような出来事が何度も続いた。心が折れちゃったのはいつだったか、もう記憶にないよ」
オレの親は無関心。
パスカルの親は頭ごなしに否定する。
どちらも悲しくて苦しい。
「俺は両親に褒められたことが一度もないんだ。できることは『当たり前』と言われ、できないことは『何故できない』と責められる。それが常」
「オレも母親に褒められたことないよ」
「俺たち、何となく似てるよね」
「……うん」
「だから義理チョコも分け合うことにする?」
「その話まだ続いてたのかよっ!」
「忘れるわけないでしょ。今日はバレンタインのチョコ目当てでノアを誘ったんだから」
「ダメ! ぜってーあげないからなっ!」
パスカルは楽しそうに笑い声を上げた。……こうしていつも、両親に対する不満や苦しみを押さえ込んできたのだろうか。
同情しているわけじゃない。そんなことはパスカルも望まないはず。ただ……オレも母親のことで死にたいほど悩んだ過去があるから。少しでも力になってやりたいと思った。
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