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第二章 境界の砦
20 カロロンの思惑
《カロロンの思惑》
どさりと床に放った衝撃で、ネコ耳チビの目が覚めた。ぷるぷると頭を振っている子供に緑タヌキ耳の男が罵った。
「気が付いたか。あんな菓子でのこのこついて来るなんて、馬鹿な子供だ」
飽食と運動不足で太った緑タヌキ耳はキヒロ商会の西アゴート支店長である。
「睡眠薬入りの菓子なんかで上手くいくなんて、冗談かと思ったぜ」
青いチーター耳の男カロロンは陰になった暗がりからうっそりと姿を現した。タヌキ耳の商人のような贅肉はなく、引き締まった体つきである。カロロンはタラークの部下の中で荒事を請け負うことが多い。
継ぎはぎの子供はまだよく動けない身体を捩じって、辺りをしきりに見回していた。狭く薄暗い板張りの部屋で、床もざらざらと汚れている。閉じられた窓の隙間から漏れる細い光の中で埃がもわっと舞う小汚い小屋だ。
「なんにしろ、よくやった。あんたの仕事は評価されるだろう」
カロロンの言葉に西アゴート支店長は揉み手を擦り合わせた。
「よろしくお伝え願いますよ。店をもう少し拡張したいんですよ。最近、ライバル店が増えてきましてね」
「忌々しいケリーがまだ中だ。引き続き、砦のほうを見張っててくれ。そのうち出てくるだろう。タラークの旦那は、是非にも報復したいだろうからな」
「そこは抜かりなく、店の者を張り付かせていますんで」
アーヤが必死に身を起こして、タヌキの商人の足に縋りついた。
「おじしゃに何するの? おじしゃ、いじめちゃだめ!」
支店長の足がアーヤを蹴り飛ばした。
「ぎゃん!」
「触るな! 汚らわしい! なんて醜い毛色だ!」
蹴られた腹を庇って丸める小さい身体を、カロロンは足で小突いた。小さい身体は面白いように埃の中を転がった。
「バカなチビだ。人の心配してるどころじゃないだろ? 買い手がいなきゃ、お前のような出来損ないなんか、とっくにゴミ箱行きなんだ」
アーヤの襟首を掴んで持ち上げると、顔を近づけて親切にも忠告してやる。
「せいぜい大人しくしてるんだな。そうすりゃ、少しは長生きできるだろうよ?」
ほんとになんて色なんだろうとカロロンは顔を顰めた。二色? 三色になるのか? こんないろいろな毛皮を張り付けたような気味悪い子供を欲しがる奴の気が知れない。
カロロンはゴミでも放るように木箱の中に投げ入れると、蓋を閉じて鍵をかけた。荷物運びの下働きの男二人を呼んで箱を外へ運び出させる。
「タラークの旦那はこれから奴隷市場にも商売を広げるだろう。儲けが大きいからな」
「なるほど、なるほど。心得ておきましょう」
にやっと笑ってやると、一緒に物置小屋を出ながら緑のタヌキ耳は大きなお腹を撫でてヒヒヒと下卑た笑いをあげた。
出た場所はキヒロ商会支店の裏庭の一画である。裏木戸前に用意した荷馬車の荷台に箱を乗せると、男二人は御者台に座って手綱を取る。カロロンは馬にまたがると、荷馬車を先導して裏通りの道を走らせた。
「はあ、やっと捕まえた」
カロロンは馬上で息を吐いた。
ケリーの家がもぬけの殻だったことを知った後、砦の馬車を追いかけたが、人間たちは一足先に砦に着いてしまっていた。
騎士たちが守る砦は厳重で、カロロンでも為す術がない。
叱責覚悟で西アゴート支店に来たタラークに会いに行くと、支店長に協力してネコ耳の子供を手に入れろと命じられた。どんな手を使ってもいいとまで言われ、タラークの旦那のほうも余裕がなくなっているらしいと分かった。
支店の者を使って砦を探らせていると、通行許可証発行所の窓口に件の子供がいると報告があった。それからは忍耐の日々だった。
支店長の尻を蹴飛ばしてトーラシア国へ商売に行く商人の振りをさせた。毎日のように往復させて窓口の人間に顔見知りになり、信用させる。
その間に、アーヤが甘いお菓子が好きで、窓口を利用する商人たちがアーヤに飴などのお菓子を手渡していることも掴んだ。
人間の街は菓子の種類が豊富だ。子供が喜びそうな菓子を行くたびに買わせた。
「まあ、しょせん、ガキだ」
カロロンは荷台の上のアーヤが閉じ込められている木箱に視線を向けた。
菓子に釣られてのこのこ出て行き、まんまと睡眠薬入りの菓子を何の疑念もなく口にした。
荷馬車は西アゴートと狼耳族の中心町ルロンを結ぶ街道から小さな道を左へ曲がる。緩い起伏を通るこの道はバムラッドへ結ぶ街道へと繋がる。
こうした道沿いに地図にも乗らないようなカソタ村やサラサ村のような小さな集落が点在していた。
基本獣人は自給自足主義で、親類縁者で群れを作って気ままに暮らしている者が多いのだ。
そんな集落の外れにある大きな倉庫が幾棟か並ぶ敷地の門前に荷馬車を止めた。バムラッドへ繋がる街道の少し手前の地点だった。
ここはキヒロ商会の商品集積所で、街中の店に移す前の荷や大きな商品を保管するための倉庫である。
その倉庫の一つの一部に、奴隷を入れておく檻が据えられてあった。まだ、せいぜい五人ほどしか収容できない仮留めのものだが。寄進する教会で保護している子供らから目ぼしいものを見つけてここに留め置いて売りさばく。元手に比べ売値単価が大きいので、人身売買は儲けが大きいのだ。
男たちが箱を下げて運びだすと、警備についていた者たちがばらばらと手伝いに集まってきた。倉庫の扉が開かれ、ともに入って行きながら、カロロンはこの倉庫を大きく手直しする必要があるだろうと考えた。
ネコ耳の子供を例の客に売り渡して歓心を買えれば、その口利きで奴隷市場へ大きく参入できるようになる。方々からいろいろな奴隷を集め、収容面積も拡げなければならない。
タラークのキヒロ商会はますます大きくなる。カロロンもそれに伴って懐も豊かに美味い思いができるというものだ。カロロンは満足の笑みを、酷薄な鋭い顔に浮かべた。
どさりと床に放った衝撃で、ネコ耳チビの目が覚めた。ぷるぷると頭を振っている子供に緑タヌキ耳の男が罵った。
「気が付いたか。あんな菓子でのこのこついて来るなんて、馬鹿な子供だ」
飽食と運動不足で太った緑タヌキ耳はキヒロ商会の西アゴート支店長である。
「睡眠薬入りの菓子なんかで上手くいくなんて、冗談かと思ったぜ」
青いチーター耳の男カロロンは陰になった暗がりからうっそりと姿を現した。タヌキ耳の商人のような贅肉はなく、引き締まった体つきである。カロロンはタラークの部下の中で荒事を請け負うことが多い。
継ぎはぎの子供はまだよく動けない身体を捩じって、辺りをしきりに見回していた。狭く薄暗い板張りの部屋で、床もざらざらと汚れている。閉じられた窓の隙間から漏れる細い光の中で埃がもわっと舞う小汚い小屋だ。
「なんにしろ、よくやった。あんたの仕事は評価されるだろう」
カロロンの言葉に西アゴート支店長は揉み手を擦り合わせた。
「よろしくお伝え願いますよ。店をもう少し拡張したいんですよ。最近、ライバル店が増えてきましてね」
「忌々しいケリーがまだ中だ。引き続き、砦のほうを見張っててくれ。そのうち出てくるだろう。タラークの旦那は、是非にも報復したいだろうからな」
「そこは抜かりなく、店の者を張り付かせていますんで」
アーヤが必死に身を起こして、タヌキの商人の足に縋りついた。
「おじしゃに何するの? おじしゃ、いじめちゃだめ!」
支店長の足がアーヤを蹴り飛ばした。
「ぎゃん!」
「触るな! 汚らわしい! なんて醜い毛色だ!」
蹴られた腹を庇って丸める小さい身体を、カロロンは足で小突いた。小さい身体は面白いように埃の中を転がった。
「バカなチビだ。人の心配してるどころじゃないだろ? 買い手がいなきゃ、お前のような出来損ないなんか、とっくにゴミ箱行きなんだ」
アーヤの襟首を掴んで持ち上げると、顔を近づけて親切にも忠告してやる。
「せいぜい大人しくしてるんだな。そうすりゃ、少しは長生きできるだろうよ?」
ほんとになんて色なんだろうとカロロンは顔を顰めた。二色? 三色になるのか? こんないろいろな毛皮を張り付けたような気味悪い子供を欲しがる奴の気が知れない。
カロロンはゴミでも放るように木箱の中に投げ入れると、蓋を閉じて鍵をかけた。荷物運びの下働きの男二人を呼んで箱を外へ運び出させる。
「タラークの旦那はこれから奴隷市場にも商売を広げるだろう。儲けが大きいからな」
「なるほど、なるほど。心得ておきましょう」
にやっと笑ってやると、一緒に物置小屋を出ながら緑のタヌキ耳は大きなお腹を撫でてヒヒヒと下卑た笑いをあげた。
出た場所はキヒロ商会支店の裏庭の一画である。裏木戸前に用意した荷馬車の荷台に箱を乗せると、男二人は御者台に座って手綱を取る。カロロンは馬にまたがると、荷馬車を先導して裏通りの道を走らせた。
「はあ、やっと捕まえた」
カロロンは馬上で息を吐いた。
ケリーの家がもぬけの殻だったことを知った後、砦の馬車を追いかけたが、人間たちは一足先に砦に着いてしまっていた。
騎士たちが守る砦は厳重で、カロロンでも為す術がない。
叱責覚悟で西アゴート支店に来たタラークに会いに行くと、支店長に協力してネコ耳の子供を手に入れろと命じられた。どんな手を使ってもいいとまで言われ、タラークの旦那のほうも余裕がなくなっているらしいと分かった。
支店の者を使って砦を探らせていると、通行許可証発行所の窓口に件の子供がいると報告があった。それからは忍耐の日々だった。
支店長の尻を蹴飛ばしてトーラシア国へ商売に行く商人の振りをさせた。毎日のように往復させて窓口の人間に顔見知りになり、信用させる。
その間に、アーヤが甘いお菓子が好きで、窓口を利用する商人たちがアーヤに飴などのお菓子を手渡していることも掴んだ。
人間の街は菓子の種類が豊富だ。子供が喜びそうな菓子を行くたびに買わせた。
「まあ、しょせん、ガキだ」
カロロンは荷台の上のアーヤが閉じ込められている木箱に視線を向けた。
菓子に釣られてのこのこ出て行き、まんまと睡眠薬入りの菓子を何の疑念もなく口にした。
荷馬車は西アゴートと狼耳族の中心町ルロンを結ぶ街道から小さな道を左へ曲がる。緩い起伏を通るこの道はバムラッドへ結ぶ街道へと繋がる。
こうした道沿いに地図にも乗らないようなカソタ村やサラサ村のような小さな集落が点在していた。
基本獣人は自給自足主義で、親類縁者で群れを作って気ままに暮らしている者が多いのだ。
そんな集落の外れにある大きな倉庫が幾棟か並ぶ敷地の門前に荷馬車を止めた。バムラッドへ繋がる街道の少し手前の地点だった。
ここはキヒロ商会の商品集積所で、街中の店に移す前の荷や大きな商品を保管するための倉庫である。
その倉庫の一つの一部に、奴隷を入れておく檻が据えられてあった。まだ、せいぜい五人ほどしか収容できない仮留めのものだが。寄進する教会で保護している子供らから目ぼしいものを見つけてここに留め置いて売りさばく。元手に比べ売値単価が大きいので、人身売買は儲けが大きいのだ。
男たちが箱を下げて運びだすと、警備についていた者たちがばらばらと手伝いに集まってきた。倉庫の扉が開かれ、ともに入って行きながら、カロロンはこの倉庫を大きく手直しする必要があるだろうと考えた。
ネコ耳の子供を例の客に売り渡して歓心を買えれば、その口利きで奴隷市場へ大きく参入できるようになる。方々からいろいろな奴隷を集め、収容面積も拡げなければならない。
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