継ぎはぎ模様のアーヤ

霜月 幽

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第二章 境界の砦

21 倉庫の子供

 《倉庫の子供》

 狭い小さな箱に入れられて、揺れに身体がぶつかる。乱暴な扱いにアーヤは小さく身体を丸めた。がたがたと長時間運ばれた。暗い中に閉じ込められたアーヤは怯えていっそう丸くなる。
 どこへ運ばれるのか? 捨てられてしまうのかもしれない。川に放られたらどうしよう。

「ビーにゃ、怖いよ。ビーにゃ、助けて……」

 アーヤはかたかた震えながら、無意識にビートの姿を求めてぐすぐすと鼻を啜った。
 ビートの強い青い目と金色の輝く髪を思い浮かべる。言葉は少ないし、けっこう手荒にアーヤを扱うけれど、ビートは優しいとアーヤは思った。

「ビーにゃ、会いたいよ……」



 どれだけ経ったのか、暗い箱に入れられたままのアーヤにはわからない。ずっと揺れ続けていて、お腹は気持ち悪い。不安と恐怖で眠れもしない。トイレにも出してもらえないから、箱の隅でお漏らしするしかなかった。
 やっと箱の蓋が開いた時、だからアーヤは渇きと空腹と疲労でぐったりとなってしまっていた。

「まるでボロ雑巾だな。汚いし、ひどい匂いだ」

 首の後ろを掴まれてぶら下げられたまま、水場に連れて行かれる。服を剥ぎ取られて頭から水を浴びせられた。

 張り付いた毛皮から水をぽたぽたと落とすアーヤを眺め、カロロンが灰色の目を眇めた。

「ほんとになんて色なんだ。二色? 三色になるのか? 複数の毛皮を張り付けたようで気味が悪い。こんな子供を欲しがる奴の気が知れないぜ。ま、金持ちとか高貴な連中ってのは変態が多いからな。だから商売ができるってもんだ」

 寒さにぶるぶる震えているアーヤにカロロンがごわごわしたタオルを投げてきた。慌てて両手で受け取る足元にパンツと服を放る。頭から被る袖なしの胴間着だった。
 アーヤがまごまごと身体を拭いていると、苛立った口調で部下の男に服を着せろと言いつけた。
 やっと服を着終わったアーヤの襟首を再びカロロンは掴んでぶらさげた。そのまま、倉庫の奥の扉を開けて入る。

 中は薄暗く、金属の粗い格子で仕切られた二つの小さな部屋があった。部屋というより檻だろう。排泄物と汗、傷んだ食べ物などの据えたような匂いが換気の悪い空間に籠っていた。

 一つには一人、もう一つには三人の子供が入っていた。アーヤは三人の子供が入っている方に入れられる。ガチャンと鍵を掛けるとカロロンたちは振り返りもせずに出て行った。



 入り口の格子の近くで小さく身を縮めながらアーヤは薄暗い奥を伺った。中にいる子供たちも同様にじっと新参者を見極めようと観察しているようだ。

 それほど広くもない空間だ。暗がりでも猫のアーヤにはよく見える。
 黄緑色のウサ耳の子供と、ピンク色のネコ耳、茶色のイヌ耳。何れも三歳から四歳ほどだった。痩せて目ばかり大きくきょろきょろさせている。イヌ耳の子は特に痩せこけくたりと元気なく座り込んでいた。

 ネコ耳とウサ耳の子供が立ち上がってアーヤの近くに寄ってきた。格子の傍で座り込んでいるアーヤを遠慮もなくじろじろ眺める。

「変な毛皮!」
「継ぎはぎしたみたいだ」

 蔑んだ口調で吐き出すように言葉を投げる。

「こんなのが俺たちと一緒にいるなんて!」
「あのイヌ耳以下だな」
「お前、そこにいろよ。俺たちのそばに来るなよ。汚いのが移っちゃう」
「俺たちのようなきれいな色の子が、茶色の子と一緒ってだけでも我慢ならないのに。こんなのと同じにされてるなんて、最悪じゃん」
「継ぎはぎ!」
「ボロ雑巾!」

 檻の中に囚われている不安と恐怖の捌け口を見つけたように、二人はアーヤを罵った。

「可哀想に。そんな毛皮に生まれて不幸だな」
「お前も嫌だろう? 継ぎはぎの変な毛皮なんて嫌だよな」

 アーヤは俯いていた顔をあげた。

「変じゃにゃいもん!」

 足がふらついたが、頑張って立ち上がると両の拳を握った。はずみでお腹がぐうっと鳴ったが、それも堪える。

「アーヤは三毛猫なんにゃもん! かあしゃと同じなんにゃもん! 大好きなかあしゃとお揃いの三毛なんにゃもん!」

 継ぎはぎと言われてもいい。だが、この三毛色はお母さんの色だ。アーヤは自分の三毛色の毛皮を誇らしく思っている。お母さん猫と同じこの三毛色が大好きだった。

 思いがけない反論に、ウサ耳とネコ耳の子供が気おされて怯む。
 へたりこんで俯いていた茶色のイヌ耳の子が顔をあげてアーヤを見つめた。

「は、馬鹿じゃない? そんな毛皮に生まれたから、親に捨てられたんだろ?」
「違うもん! かあしゃはアーヤを大事にしてくれにゃの! アーヤ、この三毛がいいにょ!」

「おめでたい奴! 俺なんか、ウサ耳なのに白くないからってだけで教会の施設に捨てられたんだぜ」

 突然ガチャーンと隣の部屋から金属の格子が立てる耳障りな音が響いた。

「うるさいー!! 毛色のことで騒がないでー!」

 ヒステリックな甲高い声が上がる。

 ウサ耳とネコ耳の子供はうんざりした顔で声を低めてぼそぼそ告げた。

「あーあ、また、ご機嫌斜めだ。隣にはヒョウ耳の子がいるんだけどさ。顔は可愛い子なんだよ。だけど、毛皮の色がね」
「最初はきれいな黄色で、すっごく期待されたらしいよ」

 内緒ごとを打ち明けるように、アーヤの傍に来てごにょごにょと頼まれもしないのに話し始める。

「それが、だんだん濁って来て、黄土色とも言えないような暗くて変な色になっちゃったんだ」
「ねー。そんなこともあるんだねー。俺、そうならなくて良かったよお」
「家族も親戚もがっかりしてさ。そりゃあそうだよねえ。すっごく期待して。玉の輿だって喜んでいたんだからねえ」
「それが二目と見られない色になっちゃったんだもんねえ」

 二人はアーヤの頭の上でうんうんと頷き合っている。同じ年ごろでも、アーヤは彼らの頭一つ分は小さかった。

「で、売られたんだって。で、ここに来てるの」
「だから、時々、ヒステリー起こすんだ。うるさくって。早く、どっかに売られればいいのに」
「あの色じゃ、なかなか売れないんじゃない?」

 二人は顔を見合わせてくすくす笑った。アーヤはそんな他所の子のことをよく知っているなあと首を傾げる。

「どうして知ってるかって? ここへあの子が来た時、あの子が家に帰しなさいよって騒いだんだ。それで、人買いの男がとくとくとバラシて聞かせたのさ。まあ、あの色を見れば予想つくけどね」
「でも、親に売られたって聞いて、さすがに黙っちゃってたなあ」

 ウサ耳の子は自分の事情を思い出したのか、切なそうな目をした。ピンクのネコ耳の子も所在無げな様子になる。教会の施設に入れられる子は大なり小なり、辛い事情を抱えた子供なのだ。



 狭い檻の中は、ウサ耳の子たちがいる毛布が敷いてある場所、犬の子が蹲る木の板の隅っこ、アーヤが丸くなる格子の近くと三か所に居場所が定まった。
 がたがた暴れていたヒョウ耳の女の子の檻も静まってしばらくした頃、外に通じる扉が開いて、人が入ってきた。同時に食べ物の匂いがする。

 金属の音を鳴らして、男が檻の床の上の小さな扉を開けると、食器が乗ったトレーを差し入れる。犬の子が取りに来て、二つのトレーをウサ耳の子の所へ運び、自分の分を持って檻の隅の居場所に戻った。
 隣の子にも食事が配膳された。
 そのあとで、別のトレーが運ばれ、アーヤに渡される。

 それを見て、ネコ耳の子が不満そうな声をあげた。

「なに? 継ぎはぎのくせに、俺たちより多いんじゃない? スープに肉も入ってる。なんで? ずるい!」

「そのネコ耳はもう、買い手がついてるんだ。あんまり痩せさせとくわけにはいかないんでな」

 食事を持ってきた男はそれだけ言って、扉の向こうへ去ってしまった。バタンと扉が閉まる音と同時に、ウサ耳が叫んだ。

「ええー! それなに? そんな継ぎはぎのくせにもう、買い手がいるの? 信じられない!」

 ピンクのネコ耳はイヌ耳の子のトレーからパンを取り上げると大小に割った。大きいほうをさらに二つに割って自分とウサ耳の皿に乗せる。
 イヌ耳の子は黙って残りの小さな欠片となったパンを取るともそもそと食べ始めた。トレーにはあとは薄い野菜のスープの器と水が入ったカップがあるだけだった。

 食べ盛りの子供には配膳された食事は少なすぎた。ウサ耳とネコ耳の子がイヌ耳の子から食事を奪うのは日常化しているのだろう。


「早く外に出たいなあ。こんな狭くて、暗くて、汚くて、臭いところは嫌だー!」

 ウサ耳の子が自分のトレーを前に、愚痴をぶちまける。

「教会に居れば、きっといいところに養子にいけたんだ」
「出たっていい事なんかないさ。俺は養子にって話で教会を出たんだよ。それが、こんな檻の中さ。騙されたんだ。売られて、奴隷にされるんだ」

 悔しげにネコ耳の子が呟き、ウサ耳はぐすぐすと泣き出した。


 アーヤはトレーを手に持つと、小さなパンをちびちびと大事そうに食べているイヌ耳の子の所へ寄って行った。隣に座ると、自分のパンを半分にしてイヌ耳の子の皿に入れる。
 イヌ耳の子がびっくりしてアーヤを見た。

「アーヤ、小さいから少しでいいにょ。代わりに食べてね」

 そしてスプーンでスープから小さな肉の塊を掬って移した。イヌ耳の子が信じられないという目でアーヤとスープの中の肉を交互に見ていたが、自分のスプーンを手にすると肉を掬って夢中で食べた。
 イヌ耳にとって、本当に久しぶりの肉だったに違いない。尻尾が嬉し気にぱたぱたと振れた。

 ――アーヤがおいしいものをいっぱい食べていた時、この子はお腹をすかせていたんだ。ウサ耳の子もネコ耳の子も。どうして、みんなお腹いっぱい食べられないの? ビーにゃ、どうして? 

 食べ終わったトレーを檻の小さな扉の前に置いたアーヤはその近くで丸くなった。とっても疲れて、眠くなってしまったのだ。硬い板の床の上で手足を縮めて丸く丸くなりながら、アーヤはうとうとと眠りだす。

「ビーにゃ。アーヤはここにゃ。ビーにゃ。会いたい。会いたいにゃ……」
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