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第一章『嫌われ者の少年と翼の少女』
2.殺す覚悟と救う覚悟
――昼過ぎ、『森の崖の前』
高い日射しがジリジリと肌を焼く。去年の今頃は、木々が紅葉に染まり始めていたというのに、今頭上を覆うのは、生き生きとした緑葉の屋根だ。
「よし、始めよう」
レッドホークとの決戦の地である崖にたどり着いたハルトは、手始めに崖下に向かい、高い位置に見える洞窟の動きを、注意深く観察した。頭上の太陽はさんさんと輝いており、逆光を遮るように、目の上で掌の影を作る。
実は、ギルドで見た地層調査の資料の端に小さく、洞窟の存在が記載されていた。ハルトがこの崖が巣だと断言できた理由はそれだ。
「うん、今のところ洞窟には何もいないみたい。でも、やっぱり巣はここで合ってたね」
そう言って視線を落とすと、昨日見つけたものと同じ緋色の羽根が、数枚、地面に散らばっていた。一枚を拾い上げ、指先で軽く回す。光を受けた羽根は、表面に細かな光沢を帯び、磨かれた金属のように艶やかに反射した。
改めて辺りを見渡すと、草むらの影や茂みの上、枝葉の隙間にまで、赤い煌めきが点々と見える。羽根を透かした木漏れ日は、大地に宝石を落としたようで――この光景が本当に現実のものなのか疑いたくなるほど、美しかった。
「グラ、レッドホークってすごいんだね」
「……クゥン」
「ありがとう、大丈夫だよ。もう覚悟は決まってる――上にいこう。戻って来る前に爆弾の準備をしないと」
堅い頭を撫でると、グラは肋骨を足にピッタリくっつけて、青白い瞳で見つめてきた。それはまるで『僕がついてるよ』と励ましてくれているように。
「うん。この作戦、絶対成功させようね」
「ワン!!」
グラのその嬉々とした声は、赤い宝石が輝く木々を軽やかに揺らした――。
崖上に移動したハルトは、相変わらずパンパンのバックパックからいくつかの道具を引っ張り出し、それぞれを順番に組み立てていった。
太い樹木に杭を打ち、そこにロープの端を固定する。そして、そのロープを片腕に抱え、徐々に伸ばしながら崖際まできて、身を乗り出して下を覗いた。流れた汗が髪の毛を伝い、一滴ポツンと、崖下へ落ちていく。
「資料にあった安山岩の断層は――あった。やっぱり亀裂が入ってる」
確認した断層は洞窟のすぐ上にあり、指先で触れただけでも、簡単に崩れてしまいそうなほど脆くなっている。爆弾なんて使えば、簡単に崖が崩壊してしまいそうだ。
ハルトはロープの長さを、脆い断層に届く程度に切った。
「ほんとに今日は暑いな。グラ、日陰にいてね。見張りありがとう」
「ワン!」
骨だけのグラに熱中症があるのかはわからないが、水も飲むし、用心にこしたことはないだろう。
汗ばむ手で導火線を調整し、爆弾とロープを慎重に繋げる。あとは奴が巣に戻るまで茂みに隠れて待機するだけだ。
「グラ、作戦通りに。崖の下から見てタイミングを教えて」
「ワン!」
グラは一声吠えると、身を翻し颯爽と走り去った。ハルトは崖の先に広がる森と空を見据える。木の葉を揺らすそよ風が濡れた肌に触れ、額にヒヤリとした感覚を残した。それが焦る心を触発し、また額に溢れて滴り落ちる。
昨日見た通り、弾丸鳥の高速飛行は強力だが、実は使用には致命的な制約がある。
まず、奴は一度能力を使うと、再び空気を取り込むために着陸しなければならない。次に、空気を圧縮するには約五分の時間が必要だ。さらに――奴は天敵を避けるため、巣以外の場所には長時間着地していない。
『――ビュン、ドン!』
遠方から高速で衝突する音が聞こえた。十中八九、奴が獲物を捕らえる為に、高速飛行を使った音だろう。だが――まだだ。個体数が一羽とも限らない。
(今音がしたのは北……つまり、もし奴なら、崖上の森で獲物を捕らえ、帰ってくるのは後方。少しやりづらいが……問題ない。タイミングはグラが教えてくれる)
ハルトは目を瞑り、耳を研ぎ澄ました。環境は万全だ。でも全てが完璧な作戦ではない。
爆弾の威力が足りなければ失敗。タイミングがズレても失敗。成功しても――自分が巻き込まれる危険もある。体感での成功率は六割弱といったところだろう。
胸から飛び出しそうな鼓動が、ハルトの不安を駆り立てるように強く脈打つ。徐々に迫る羽音と風圧に、心音が共鳴する。
『ドッ、ドッ、ドッ、ドッ』
うるさい心音に耐えかねて目を開いた時――頭上を大きな影が通り過ぎた。見上げた先では赤い翼を広げ、鋭い爪のある足で獲物を捕らえた巨鳥が、旋回しながらゆっくりと高度を落としている。レッドホークだ。
その悠々たる姿を見た瞬間、ハルトの口元がゆっくりと吊り上がる。制約がある以上、高速飛行は巣を離れてから一度きり――。つまり今、獲物を捕らえる為にあの能力を使った奴は、この作戦中に逃げる手段を失ったのだ。
順調に事を運べている喜びに、ガッツポーズのひとつでと決めたい気持ちを抑える。
ふと、ハルトの瞳に捕まった獲物の姿が映り、その違和感に、図らずも平常心を取り戻した。
捕まってるのは鳥……じゃない。あのサラサラと揺れているのは――人の髪だ。
徐々に巣に近づくにつれて、獲物の姿も鮮明になる。青い翼に黄色い鳥の足、そして首の上に人の顔を持つちぐはぐな生き物――。
(まさか、霊峰に住まう人魔――『ハーピィ』?!なんでこんなところに?)
数種いる人魔の中でも遭遇率が極端に低い、翼人ハーピィ。北の霊峰ペールドットから飛んで来たのか?こんな場所で餌になりかけているのは明らかな異常だった。
動揺を隠せず、危うく手に持つ魔晶石を落としかけた。瞬時に掴みなおしてホッと息をもらし、顔を振ってこの未曾有の事態の片鱗を、頭の片隅に追いやる。
考えるのは後にしよう。まずは確実にレッドホークを倒さなければ。
ハーピィを救出する余裕と時間は、今のハルトにはなかった。彼女がなんとか無事でいてくれることを願いながら、爆弾を強く握り直した。
再び神経を研ぎ澄ます。赤い翼から放たれる羽音と風圧が、隠れる茂みをカサカサと揺らし、耳から脳へ奴の接近を伝えた。
そして、レッドホークが少し離れこちらを向き、崖で視界から隠れた瞬間だった。
「ワン!!」
崖下から聞こえるグラの声に反応し、ハルトは魔晶石で導火線に火をつけ、思い切り崖から放り投げた。
「いけーーー!!」
ロープがピンと張り、軌道を変えた爆弾は振り子のように弧を描いた。そのまま崖に衝突した瞬間――
『ドガーン!!ガラガラガラドーン!』
爆発により脆い地層が崩れ、洞窟は轟音と共に崩壊した。ハルトは崩れた岩の上を駆け下り、舞う土煙を掻き分けながら、状況を確認する。
作戦は――成功した。着地直前に爆発に巻き込まれたレッドホークは、大きな岩に右翼を潰され、全身から真っ青な血――魔力を流していた。
「……レッドホーク、痛い思いをさせてごめん」
何が起きたのかまだ理解していない様子のレッドホークは、ちぎれそうな翼を必死に引っ張り、岩から脱出しようとしている。過呼吸を起こしたように短く鳴き続けるその姿が、決意を固めたはずの心に深く針を刺した。
「僕は今から、君を殺すよ。でも、君がもしこれから力を貸してくれるなら、僕は君を救う力も持っている。僕と――契約してくれないか?」
「ピギョーー!」
レッドホークの瞳が怒りで赤く燃える。左翼がうなりを上げてハルトを弾き飛ばした。ジタバタと暴れて必死の抵抗を見せる。
「……そうだよね、無理もないよ。ごめんね」
「ピギョーー!」
「……。グラ、頼む」
「……ワフ」
小さく鳴いたグラは一瞬でレッドホークの頭に近づくと、喉笛に牙を突き立てる。肉を裂く鈍い音が聞こえると、光を失った瞳が虚空を見つめた。
この瞬間、僕はいつもやるせない気持ちになる。コイツは人に迷惑をかけ、もしかしたら命を奪っていたかもしれない。そうでなくても放っておけばいつか犠牲者が出る。だから倒さないければならなかった。
だが――自分は救う力を持っている。別のやり方があったんじゃないか、お互い分かり合えたら……違う未来もあった。半年も冒険者として魔物を殺しておきながら、この甘い心を、まだ捨てきれずにいる。
「……やっぱり僕は弱いな」
そうポツリと呟いたハルトは、近づいてきたグラの頭を優しく撫でた。
ふと、爆発に巻き込まれたハーピィのことを思い出す。大岩の下敷きか――最悪の光景を覚悟した。
ハルトは慌てて辺り一帯を眺め、その姿を探した。焦りが募り、不安に変わる。そして、少し離れた茂みの奥、赤い煌めきの中に、青いほのかな光を見つけた。近づくと特徴的な水色の翼が目に入り、少女の姿を映した瞬間、安堵の息が漏れ出た。
近づいてみるとやはりハーピィの子供、それも雌。歳は人間で言うと十歳くらいだろうか?左翼は歪な形に曲がり、深い傷からはレッドホークと同じ、青い血が流れ出ている。可愛らしい顔は擦り傷だけのようで少し安心した。
そっと抱き上げて首に手を当てると、弱々しく脈打っているのを感じる。まだ生きている。
少し悩んだ末、ハルトはカバンから布を一枚引っ張り出し、膨らみかけた胸元を覆った。そしてゆっくりと――その場を離れた。
――夜。
パチパチと何かが弾ける音と暖かい光を感じ、少女は目を覚ました。
左の翼が固定されて動かせない。仕方なく右翼をついて起き上がろうとしたが、全身に茨が巻きついているように、酷く痛んでだるい。それと……太ももに感じる硬いものは何だろう。
「目が覚めた?動かない方がいいよ。左の翼はボロボロでなんとか固定しただけだし、あちこち怪我してるから」
「……ニンゲン」
「うん、君はハーピィだね。話をするのは初めてだよ」
人間の声を聞いたからか、傍らに感じていた硬いものがモゾモゾ動き、カラッと音を立てた。犬の骨だと気づいたが、直後に人間の足元でまた眠り始めたのを見て、不思議と恐怖は感じなかった。
「……ワタシ、ジンマ、コロ、サナイ?」
「……僕にはできないかな」
その時、少女は突然顔を強ばらせ、右翼で壊れた左翼に触れた。左翼を貫き撃ち落とされた記憶、上空から鋭い爪を向けて飛来する紅色の鷲の姿が、脳内で鮮明に蘇る。
「……ナンデ、タスケタ?」
「まだ生きていたし、僕の爆弾に巻き込んじゃったから。申し訳なくて」
「アノトリ、タオシタ?」
「うん、今焼いてるこれ、レッドホークの肉だよ。後こっちはスープ。君も食べれるかな?」
「……」
残念ながら、見た目は美味しそうなお肉だが、起きた直後で鼻が利かず、食欲は湧かなかった。さっきまで自分を襲って食べようとしていたヤツが、今は食べられていて、ワタシは生きている。もちろんホッとしたというのが正直な気持ちだけど、『呆気ないな』という哀れみの感情が、心のどこかに違和感を与えていた。
ふいに聞き覚えのある声が脳裏をかすめる。
『私の可愛い子――』
そうだ、ワタシ……ママに――
「……ワタシ、ママ二、アイタイ」
「ママ?」
少女はそう言うと涙を流して鼻を啜った。なんとか動かせる右翼で涙を拭う。ハルトは腰掛けていた倒木から立ち上がり、静かに彼女の隣へ向かった。そこで胡座をかいて座りなおし、彼女の頭を優しく撫でた。グラもまた起きて軽く伸びをすると、少女の傍に寄り添うように伏せる。
「……ママはどこ?」
「ぐずっ……ワカラナイ、ママ、イナクナッタ。ワタシ、サガシニキタ。デモ、アノトリ二、ツカマッタ」
「……」
居なくなった母親を探してここまで……。少女の言葉はハルトの心を締め付ける。その痛みを掴むように、自然と右手が胸をぎゅっと掴んだ。
魔物だなんて言えない。この子の心は――人間と何も変わらない。
「……今の君の身体じゃママは探しに行けない。しばらく休んで翼を治さないと」
「……ワタシ、ドウシタラ、イイ?」
涙を拭った少女は、ハルトの顔を無気力に見上げた。
自分の無力さに打ちひしがれ、助けを乞うことしかできない感情――よく知っている。その叫びが届かない絶望感も。
目の前の彼女の姿に、王都に来たばかりの頃の弱い自分の姿が重なった――。
――半年前、王都南『住宅街』
その日は朝から肌寒く、風が当たらない建物の陰で、薄っぺらいマントにグラと包まれていた。
「……グラ、これからどうすればいいかな?」
「クゥン」
前を通り過ぎる人々は、僕を見れば目を逸らして距離を取る。連れている魔物を恐れ、関わることを拒んでいたのだ。
初めは辛かった空腹感が、今は当たり前になってしまった。痩せこけた身体を揺らす度になる腹の音が、通り過ぎる人の足音と同じ、雑音のひとつになるほどに。
「おっ。お前さんが依頼にあった孤児だな」
そのとき、鼓膜を揺さぶるような低い声が聞こえた。顔を上げた瞬間、被っていたフードがハラリと落ちて、冷たい空気が頬を刺した。
「……ほーう、ボーンハウンドか。アンデッド系の魔物の中では、珍しくない種類だな」
そう語る男の姿を見て、心拍は一気に跳ね上がった。隆々とした筋肉が服の上からでもわかる肉体、髭を生やした厳つい顔立ち――絶対悪い人だ。
「ぼ、ぼ、僕、何も持ってません。お願い……殺さないで」
涙目で命乞いをするその姿は、きっと無様に見えただろう。でも、彼が僕にかけた言葉は、恐れていたものとは違った。
「……辛かったな。もう大丈夫だ。うちに来い」
「……え?」
――
あの時、マスターが救いの手を差しのべてくれたから、今僕は生きている。シャルに出会って、前を見ることが出来ている。
彼女があの時の僕のように、救いを求めているのなら、僕はその手を握ってあげないと。
「……僕はモンスターテイマーなんだ。人魔と契約はしたことがないんだけど、君が応じてくれたらアビスに匿ってあげられる」
僕たちモンスターテイマーだけが使える力――『アビス』。魔物たちは普段そこに潜み、呼べば先程グラを召喚した時のように『アビスホール』を通ってやってくる。街中で魔物を歩かせるわけにはいかない故、モンスターテイマーにとって命綱と言っても過言じゃない。
「君と契約して王都に連れていく。僕の理解者がいるから、きっと君を治療してくれるよ。どうかな?」
「……ママモ、サガシテクレル?」
「うん。約束する」
少女は右翼で掛けられている布を掬いあげて見つめた。虚ろな瞳でしばらく考える。そして、ゆっくりハルトと目を合わせると、何かを決断したように頷いた。
「ニンゲンハ……コワイ。ケド、オマエヘン。ホカトチガウ。……ワタシ、シンジル」
少女の青い瞳に、焚き火の赤が揺れた。弱々しい声の裏に感じる確かな『意志』が、ハルトと少女を繋ぐ架け橋となる。
「……ありがとう。じっとしてて」
ハルトは静かに立ち上がり、左手を彼女に向けた。
「そういえば、名前は?」
「ジンマハ……ナマエ、ナイ」
「……わかった。グラ、離れてて」
寂しげに少女を見つめたハルトは、グラが移動するのを確認し、深く呼吸を整えて目を瞑った。
人生で二度目の契約。半年間使われなかったこの能力が、こんな形で日の目を見るとは、思ってもいなかった。
これまで魔物を殺すことしかできなかった僕が――今、救いの手を差し伸べる時がきた。
「我が名はハルト、汝に名を与え、新たな絆を結ぶ。力に導かれ、この名を心に刻め――『アン』」
言葉に反応するように、少女の身体が赤く輝く。その身体を闇が取り囲むと、光を喰らうように少女を包み込んだ。闇が徐々に薄くなり、ゆっくりと身体に溶け込んでいく。その瞬間、胸元には赤い紋章が刻まれた。
「契約成立、今日から君はアンだ。とりあえず、君が自由に飛べるようになるまで、よろしく」
「……ヘンナカンジ、ワタシトオマエ――ハルト、ツナガッテル」
「そうだね、これはアンが僕を信じてくれた証だよ」
「……ソッカ」
アンは胸の紋章を翼で撫で、小さく笑った――。
高い日射しがジリジリと肌を焼く。去年の今頃は、木々が紅葉に染まり始めていたというのに、今頭上を覆うのは、生き生きとした緑葉の屋根だ。
「よし、始めよう」
レッドホークとの決戦の地である崖にたどり着いたハルトは、手始めに崖下に向かい、高い位置に見える洞窟の動きを、注意深く観察した。頭上の太陽はさんさんと輝いており、逆光を遮るように、目の上で掌の影を作る。
実は、ギルドで見た地層調査の資料の端に小さく、洞窟の存在が記載されていた。ハルトがこの崖が巣だと断言できた理由はそれだ。
「うん、今のところ洞窟には何もいないみたい。でも、やっぱり巣はここで合ってたね」
そう言って視線を落とすと、昨日見つけたものと同じ緋色の羽根が、数枚、地面に散らばっていた。一枚を拾い上げ、指先で軽く回す。光を受けた羽根は、表面に細かな光沢を帯び、磨かれた金属のように艶やかに反射した。
改めて辺りを見渡すと、草むらの影や茂みの上、枝葉の隙間にまで、赤い煌めきが点々と見える。羽根を透かした木漏れ日は、大地に宝石を落としたようで――この光景が本当に現実のものなのか疑いたくなるほど、美しかった。
「グラ、レッドホークってすごいんだね」
「……クゥン」
「ありがとう、大丈夫だよ。もう覚悟は決まってる――上にいこう。戻って来る前に爆弾の準備をしないと」
堅い頭を撫でると、グラは肋骨を足にピッタリくっつけて、青白い瞳で見つめてきた。それはまるで『僕がついてるよ』と励ましてくれているように。
「うん。この作戦、絶対成功させようね」
「ワン!!」
グラのその嬉々とした声は、赤い宝石が輝く木々を軽やかに揺らした――。
崖上に移動したハルトは、相変わらずパンパンのバックパックからいくつかの道具を引っ張り出し、それぞれを順番に組み立てていった。
太い樹木に杭を打ち、そこにロープの端を固定する。そして、そのロープを片腕に抱え、徐々に伸ばしながら崖際まできて、身を乗り出して下を覗いた。流れた汗が髪の毛を伝い、一滴ポツンと、崖下へ落ちていく。
「資料にあった安山岩の断層は――あった。やっぱり亀裂が入ってる」
確認した断層は洞窟のすぐ上にあり、指先で触れただけでも、簡単に崩れてしまいそうなほど脆くなっている。爆弾なんて使えば、簡単に崖が崩壊してしまいそうだ。
ハルトはロープの長さを、脆い断層に届く程度に切った。
「ほんとに今日は暑いな。グラ、日陰にいてね。見張りありがとう」
「ワン!」
骨だけのグラに熱中症があるのかはわからないが、水も飲むし、用心にこしたことはないだろう。
汗ばむ手で導火線を調整し、爆弾とロープを慎重に繋げる。あとは奴が巣に戻るまで茂みに隠れて待機するだけだ。
「グラ、作戦通りに。崖の下から見てタイミングを教えて」
「ワン!」
グラは一声吠えると、身を翻し颯爽と走り去った。ハルトは崖の先に広がる森と空を見据える。木の葉を揺らすそよ風が濡れた肌に触れ、額にヒヤリとした感覚を残した。それが焦る心を触発し、また額に溢れて滴り落ちる。
昨日見た通り、弾丸鳥の高速飛行は強力だが、実は使用には致命的な制約がある。
まず、奴は一度能力を使うと、再び空気を取り込むために着陸しなければならない。次に、空気を圧縮するには約五分の時間が必要だ。さらに――奴は天敵を避けるため、巣以外の場所には長時間着地していない。
『――ビュン、ドン!』
遠方から高速で衝突する音が聞こえた。十中八九、奴が獲物を捕らえる為に、高速飛行を使った音だろう。だが――まだだ。個体数が一羽とも限らない。
(今音がしたのは北……つまり、もし奴なら、崖上の森で獲物を捕らえ、帰ってくるのは後方。少しやりづらいが……問題ない。タイミングはグラが教えてくれる)
ハルトは目を瞑り、耳を研ぎ澄ました。環境は万全だ。でも全てが完璧な作戦ではない。
爆弾の威力が足りなければ失敗。タイミングがズレても失敗。成功しても――自分が巻き込まれる危険もある。体感での成功率は六割弱といったところだろう。
胸から飛び出しそうな鼓動が、ハルトの不安を駆り立てるように強く脈打つ。徐々に迫る羽音と風圧に、心音が共鳴する。
『ドッ、ドッ、ドッ、ドッ』
うるさい心音に耐えかねて目を開いた時――頭上を大きな影が通り過ぎた。見上げた先では赤い翼を広げ、鋭い爪のある足で獲物を捕らえた巨鳥が、旋回しながらゆっくりと高度を落としている。レッドホークだ。
その悠々たる姿を見た瞬間、ハルトの口元がゆっくりと吊り上がる。制約がある以上、高速飛行は巣を離れてから一度きり――。つまり今、獲物を捕らえる為にあの能力を使った奴は、この作戦中に逃げる手段を失ったのだ。
順調に事を運べている喜びに、ガッツポーズのひとつでと決めたい気持ちを抑える。
ふと、ハルトの瞳に捕まった獲物の姿が映り、その違和感に、図らずも平常心を取り戻した。
捕まってるのは鳥……じゃない。あのサラサラと揺れているのは――人の髪だ。
徐々に巣に近づくにつれて、獲物の姿も鮮明になる。青い翼に黄色い鳥の足、そして首の上に人の顔を持つちぐはぐな生き物――。
(まさか、霊峰に住まう人魔――『ハーピィ』?!なんでこんなところに?)
数種いる人魔の中でも遭遇率が極端に低い、翼人ハーピィ。北の霊峰ペールドットから飛んで来たのか?こんな場所で餌になりかけているのは明らかな異常だった。
動揺を隠せず、危うく手に持つ魔晶石を落としかけた。瞬時に掴みなおしてホッと息をもらし、顔を振ってこの未曾有の事態の片鱗を、頭の片隅に追いやる。
考えるのは後にしよう。まずは確実にレッドホークを倒さなければ。
ハーピィを救出する余裕と時間は、今のハルトにはなかった。彼女がなんとか無事でいてくれることを願いながら、爆弾を強く握り直した。
再び神経を研ぎ澄ます。赤い翼から放たれる羽音と風圧が、隠れる茂みをカサカサと揺らし、耳から脳へ奴の接近を伝えた。
そして、レッドホークが少し離れこちらを向き、崖で視界から隠れた瞬間だった。
「ワン!!」
崖下から聞こえるグラの声に反応し、ハルトは魔晶石で導火線に火をつけ、思い切り崖から放り投げた。
「いけーーー!!」
ロープがピンと張り、軌道を変えた爆弾は振り子のように弧を描いた。そのまま崖に衝突した瞬間――
『ドガーン!!ガラガラガラドーン!』
爆発により脆い地層が崩れ、洞窟は轟音と共に崩壊した。ハルトは崩れた岩の上を駆け下り、舞う土煙を掻き分けながら、状況を確認する。
作戦は――成功した。着地直前に爆発に巻き込まれたレッドホークは、大きな岩に右翼を潰され、全身から真っ青な血――魔力を流していた。
「……レッドホーク、痛い思いをさせてごめん」
何が起きたのかまだ理解していない様子のレッドホークは、ちぎれそうな翼を必死に引っ張り、岩から脱出しようとしている。過呼吸を起こしたように短く鳴き続けるその姿が、決意を固めたはずの心に深く針を刺した。
「僕は今から、君を殺すよ。でも、君がもしこれから力を貸してくれるなら、僕は君を救う力も持っている。僕と――契約してくれないか?」
「ピギョーー!」
レッドホークの瞳が怒りで赤く燃える。左翼がうなりを上げてハルトを弾き飛ばした。ジタバタと暴れて必死の抵抗を見せる。
「……そうだよね、無理もないよ。ごめんね」
「ピギョーー!」
「……。グラ、頼む」
「……ワフ」
小さく鳴いたグラは一瞬でレッドホークの頭に近づくと、喉笛に牙を突き立てる。肉を裂く鈍い音が聞こえると、光を失った瞳が虚空を見つめた。
この瞬間、僕はいつもやるせない気持ちになる。コイツは人に迷惑をかけ、もしかしたら命を奪っていたかもしれない。そうでなくても放っておけばいつか犠牲者が出る。だから倒さないければならなかった。
だが――自分は救う力を持っている。別のやり方があったんじゃないか、お互い分かり合えたら……違う未来もあった。半年も冒険者として魔物を殺しておきながら、この甘い心を、まだ捨てきれずにいる。
「……やっぱり僕は弱いな」
そうポツリと呟いたハルトは、近づいてきたグラの頭を優しく撫でた。
ふと、爆発に巻き込まれたハーピィのことを思い出す。大岩の下敷きか――最悪の光景を覚悟した。
ハルトは慌てて辺り一帯を眺め、その姿を探した。焦りが募り、不安に変わる。そして、少し離れた茂みの奥、赤い煌めきの中に、青いほのかな光を見つけた。近づくと特徴的な水色の翼が目に入り、少女の姿を映した瞬間、安堵の息が漏れ出た。
近づいてみるとやはりハーピィの子供、それも雌。歳は人間で言うと十歳くらいだろうか?左翼は歪な形に曲がり、深い傷からはレッドホークと同じ、青い血が流れ出ている。可愛らしい顔は擦り傷だけのようで少し安心した。
そっと抱き上げて首に手を当てると、弱々しく脈打っているのを感じる。まだ生きている。
少し悩んだ末、ハルトはカバンから布を一枚引っ張り出し、膨らみかけた胸元を覆った。そしてゆっくりと――その場を離れた。
――夜。
パチパチと何かが弾ける音と暖かい光を感じ、少女は目を覚ました。
左の翼が固定されて動かせない。仕方なく右翼をついて起き上がろうとしたが、全身に茨が巻きついているように、酷く痛んでだるい。それと……太ももに感じる硬いものは何だろう。
「目が覚めた?動かない方がいいよ。左の翼はボロボロでなんとか固定しただけだし、あちこち怪我してるから」
「……ニンゲン」
「うん、君はハーピィだね。話をするのは初めてだよ」
人間の声を聞いたからか、傍らに感じていた硬いものがモゾモゾ動き、カラッと音を立てた。犬の骨だと気づいたが、直後に人間の足元でまた眠り始めたのを見て、不思議と恐怖は感じなかった。
「……ワタシ、ジンマ、コロ、サナイ?」
「……僕にはできないかな」
その時、少女は突然顔を強ばらせ、右翼で壊れた左翼に触れた。左翼を貫き撃ち落とされた記憶、上空から鋭い爪を向けて飛来する紅色の鷲の姿が、脳内で鮮明に蘇る。
「……ナンデ、タスケタ?」
「まだ生きていたし、僕の爆弾に巻き込んじゃったから。申し訳なくて」
「アノトリ、タオシタ?」
「うん、今焼いてるこれ、レッドホークの肉だよ。後こっちはスープ。君も食べれるかな?」
「……」
残念ながら、見た目は美味しそうなお肉だが、起きた直後で鼻が利かず、食欲は湧かなかった。さっきまで自分を襲って食べようとしていたヤツが、今は食べられていて、ワタシは生きている。もちろんホッとしたというのが正直な気持ちだけど、『呆気ないな』という哀れみの感情が、心のどこかに違和感を与えていた。
ふいに聞き覚えのある声が脳裏をかすめる。
『私の可愛い子――』
そうだ、ワタシ……ママに――
「……ワタシ、ママ二、アイタイ」
「ママ?」
少女はそう言うと涙を流して鼻を啜った。なんとか動かせる右翼で涙を拭う。ハルトは腰掛けていた倒木から立ち上がり、静かに彼女の隣へ向かった。そこで胡座をかいて座りなおし、彼女の頭を優しく撫でた。グラもまた起きて軽く伸びをすると、少女の傍に寄り添うように伏せる。
「……ママはどこ?」
「ぐずっ……ワカラナイ、ママ、イナクナッタ。ワタシ、サガシニキタ。デモ、アノトリ二、ツカマッタ」
「……」
居なくなった母親を探してここまで……。少女の言葉はハルトの心を締め付ける。その痛みを掴むように、自然と右手が胸をぎゅっと掴んだ。
魔物だなんて言えない。この子の心は――人間と何も変わらない。
「……今の君の身体じゃママは探しに行けない。しばらく休んで翼を治さないと」
「……ワタシ、ドウシタラ、イイ?」
涙を拭った少女は、ハルトの顔を無気力に見上げた。
自分の無力さに打ちひしがれ、助けを乞うことしかできない感情――よく知っている。その叫びが届かない絶望感も。
目の前の彼女の姿に、王都に来たばかりの頃の弱い自分の姿が重なった――。
――半年前、王都南『住宅街』
その日は朝から肌寒く、風が当たらない建物の陰で、薄っぺらいマントにグラと包まれていた。
「……グラ、これからどうすればいいかな?」
「クゥン」
前を通り過ぎる人々は、僕を見れば目を逸らして距離を取る。連れている魔物を恐れ、関わることを拒んでいたのだ。
初めは辛かった空腹感が、今は当たり前になってしまった。痩せこけた身体を揺らす度になる腹の音が、通り過ぎる人の足音と同じ、雑音のひとつになるほどに。
「おっ。お前さんが依頼にあった孤児だな」
そのとき、鼓膜を揺さぶるような低い声が聞こえた。顔を上げた瞬間、被っていたフードがハラリと落ちて、冷たい空気が頬を刺した。
「……ほーう、ボーンハウンドか。アンデッド系の魔物の中では、珍しくない種類だな」
そう語る男の姿を見て、心拍は一気に跳ね上がった。隆々とした筋肉が服の上からでもわかる肉体、髭を生やした厳つい顔立ち――絶対悪い人だ。
「ぼ、ぼ、僕、何も持ってません。お願い……殺さないで」
涙目で命乞いをするその姿は、きっと無様に見えただろう。でも、彼が僕にかけた言葉は、恐れていたものとは違った。
「……辛かったな。もう大丈夫だ。うちに来い」
「……え?」
――
あの時、マスターが救いの手を差しのべてくれたから、今僕は生きている。シャルに出会って、前を見ることが出来ている。
彼女があの時の僕のように、救いを求めているのなら、僕はその手を握ってあげないと。
「……僕はモンスターテイマーなんだ。人魔と契約はしたことがないんだけど、君が応じてくれたらアビスに匿ってあげられる」
僕たちモンスターテイマーだけが使える力――『アビス』。魔物たちは普段そこに潜み、呼べば先程グラを召喚した時のように『アビスホール』を通ってやってくる。街中で魔物を歩かせるわけにはいかない故、モンスターテイマーにとって命綱と言っても過言じゃない。
「君と契約して王都に連れていく。僕の理解者がいるから、きっと君を治療してくれるよ。どうかな?」
「……ママモ、サガシテクレル?」
「うん。約束する」
少女は右翼で掛けられている布を掬いあげて見つめた。虚ろな瞳でしばらく考える。そして、ゆっくりハルトと目を合わせると、何かを決断したように頷いた。
「ニンゲンハ……コワイ。ケド、オマエヘン。ホカトチガウ。……ワタシ、シンジル」
少女の青い瞳に、焚き火の赤が揺れた。弱々しい声の裏に感じる確かな『意志』が、ハルトと少女を繋ぐ架け橋となる。
「……ありがとう。じっとしてて」
ハルトは静かに立ち上がり、左手を彼女に向けた。
「そういえば、名前は?」
「ジンマハ……ナマエ、ナイ」
「……わかった。グラ、離れてて」
寂しげに少女を見つめたハルトは、グラが移動するのを確認し、深く呼吸を整えて目を瞑った。
人生で二度目の契約。半年間使われなかったこの能力が、こんな形で日の目を見るとは、思ってもいなかった。
これまで魔物を殺すことしかできなかった僕が――今、救いの手を差し伸べる時がきた。
「我が名はハルト、汝に名を与え、新たな絆を結ぶ。力に導かれ、この名を心に刻め――『アン』」
言葉に反応するように、少女の身体が赤く輝く。その身体を闇が取り囲むと、光を喰らうように少女を包み込んだ。闇が徐々に薄くなり、ゆっくりと身体に溶け込んでいく。その瞬間、胸元には赤い紋章が刻まれた。
「契約成立、今日から君はアンだ。とりあえず、君が自由に飛べるようになるまで、よろしく」
「……ヘンナカンジ、ワタシトオマエ――ハルト、ツナガッテル」
「そうだね、これはアンが僕を信じてくれた証だよ」
「……ソッカ」
アンは胸の紋章を翼で撫で、小さく笑った――。
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